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第41話 人間族の恋と現実

少しだけ性的な表現がありますが、よほど潔癖な方以外は大丈夫だと思います。


ケンとヨシトが契約を交わした翌日から、早速ヨシトは動き始める。

どうせなら、ケンの両親がいるうちに、細かい手続きを済ませた方がいいからだ。

住民登録の移動、受験予備校への転入手続き、それ以外にもネオジャンヌの高校の資料を集め、ケンの進学先の候補を決める。

その間、マッケンジー家一同には、ネオジャンヌ観光をしてもらう予定である。


それを聞いたケンは、「僕の事だから、手伝います」と言ったのだが、

「せいぜい楽しんでこい。親が帰ってからが『地獄』だから」とヨシトに返され、思わず身震いをしてしまい、それならばと覚悟を決めて、楽しい一家団欒に参加する事にした。


家族4人は、ヨシトに手配してもらった観光用の7人乗り小型魔動車(案内人兼運転手付)に乗り、首都ネオジャンヌの観光を楽しむ。

4人そろっての家族旅行なんて、初めてではないだろうか。

しいて言うなら、母方の祖父母の家に何年かに一度行く程度だ。

貧乏暇なし、もちろんお金も無い。

田舎の村の自営業なら尚更だ。


小型の魔動車は、ネオジャンヌの平らな石畳の道を軽快に進む。

ケンにとっては、これから住む街の下見も兼ねているが、マリは何度もこの街を訪れているので目新しい物は無いだろう。

実際彼女は、あまり楽しそうには見えないが、両親はいちゃいちゃするのに夢中で大して気にしていないようだ。


(まあ、お姉ちゃんは、先生とデートする方が楽しいはずだから仕方無いな)


姉には悪いとは思うケンだが、とりあえず忘れて、案内人の話に耳を傾ける。

「やっぱり、一番お勧めのホテルは、教国ホテルです」

案内人の獣人の男の良く通る声が、小型魔動車の後部座席に座っている家族の耳に届く。


「ダン、そこにしましょうよ。さすがに今日は、ウッドヤットさんの家に泊る訳にはいかないわ」

「そうだね、ルル。家族全員で泊ろうか?」


3列シートの2列目に仲良く並んで座っている夫婦がそんな話をしていると、後ろから声がする。


「父さん母さん、私はパートナーと約束があるから、今日は彼の家に泊るわ」

3列目に座るマリがそう言うと、その横にいるケンも話す。


「僕は、ヨシト先生に家に連れて帰ってもらうんだ。

着替えとか、勉強道具とかの荷造りをしなくちゃいけないから。

だから今日は、一人でステラ村に泊るよ」


未成年のケンでも、かせが外れている状態なので一応大人扱いされ、この程度の事は許される。

でも、ステラ村は場所が場所だけにルルは気になったようだ。


「あら、そうなの? マリちゃんはともかく、ケンちゃんは大丈夫なの?

ウッドヤットさんは、うちの村の位置情報を知っているのかしら?」


「ヨシト先生は、アビス市には行った事があるから、どうとでもなるって言ってた。

とりあえず移送スキルでアビス市に送ってもらう予定だから、夕方5時に正門前で先生と待ち合わせしてるんだ。

その後の事は詳しく聞いていないけど、多分大丈夫だよ」


ダンは少し気になったのか、

「なあ、ケン。今日ぐらいゆっくりしたらどうだ? せっかくの家族旅行なんだから」

しかし、兄弟そろって反論する。


「お父さん、僕は楽しんでるよ。

でも、受験生にとっては今日遊ぶだけでもホントはダメなんだよ。

だから、夫婦2人きりで教国ホテルに泊ってよ」


「そうよ、私達の事より、母さんとこの街を楽しんだ方がいいわ。

だって、ケンちゃんはこれからこの街に住むし、私も何度だって来る機会があるもの」


子供達からそんな風に言われれば、バカップルが断るはずもない。

運転手に声をかけて、近くにあった音話ボックス(公衆電話)の前に停めてもらい、そこから教国ホテルに音話をかけて予約すると、2人はすっかり新婚気分で手を繋いでネオジャンヌの観光スポットを巡る。

事情を知らない人から見れば、初々しい恋人同士にしか見えず、もう20年以上連れ添った夫婦だとは気付かないだろう。


数ある観光場所の中でも、マッケンジー夫妻が最も気に入った場所は、『恋人達の道』と呼ばれる地下道の中にある、男女の姿を描いた壁画の前だった。

圧倒的な存在感を持つ、幸福そうな恋人達の絵を目にして、夫婦は腕を組んでしばらくの間、時を忘れて見入っていた。


地下道の中に、案内人の声が反響する。


「この絵は、誰が書いたか分かりません。

一説には、戦争で恋人と生き分かれた男が書いたとも、年老いた男が若かりし日を偲んで短期間で描き上げたとも言われています。

いずれにしても、この空間には愛があふれているので、愛する2人がこの場所に来れば、幸せになれると言われています」


思考力のあるこの世界では、想いは力になる。

マッケンジー夫妻は、幸せそうな表情で見つめ合い、愛に満ちた空間を楽しんでいた。

マリはその姿を、じっと見つめている。

それからマリは、恋人達の美しい絵を見ながら考える。


自分の両親が、深く愛し合っているのは解っている。

でもこれは、一流の人間族の常識から見れば異常な事なのだ。

獣人族の様に、人前で必要以上に体を寄せ合う振る舞いは、自制心の無い行為とされる。

まして子供達との家族旅行の最中に、結婚して長く付き合っている夫婦が、案内人とはいえ他人の前でイチャイチャするなど論外だ。

だから、両親は街では暮らせないのだ。


それでは、自分とヨシトはどうあるべきか?

個人の気持ちを優先して、社会とのつながりを制限していいのか?

ケンの家庭教師である恋人との関係は、人からどう見られるのだろう?

まだ若い2人は、本当にこのままでいいのか?

そして、今何が大切かを心に刻みこむ。



それからもマッケンジー家のネオジャンヌ観光は続く。

マリも気持ちを切り替えて、この幸せな時間を堪能する。

例え人間族の人生は長くても、かけがえのない時間というのは確かに存在する。

彼女は、両親や弟と過ごす幸福な時を今はただ心の中に焼き付けていた。



―――――――――――――――――――――――――



今は夜、場所はウッドヤット家3階のヨシトの部屋の中。

寝乱れたベットの上で、ヨシトとマリは生まれたままの姿で愛し合っていた。

プレイが終わった後は、2人は横になったまま寄り添ってシーツをはおり、いつものように会話を交わしている。

ヨシトはマリを腕枕しながら、昨日ケンと交わした契約に付いて説明している。

必然的に、ヨシトの持つ前世の記憶の話になる。


「…そう、ケンちゃんと似た前世の記憶、それがヨシトさんにもあるのね。

ごめんなさい黙っていて。ケンちゃんが前世の記憶を持っていたのは知っていたけど、信じては無かったの。

その前世の記憶のせいで、ケンちゃんは小さい頃から、色々と問題行動を起こしていたから言えなかったの。

私の事ならともかく、弟が誤解されるのは辛かったのよ」


「いいや、黙っていてのは俺も同じだから、マリが謝る事なんて無い。

だいたい、俺の中では整理が付いていた問題だったし、前世の記憶の事を話す機会なんて、そうそうあるはずもなかった。

俺が作家だと話した時に言えば良かったんだけど、マリと付き合う前だったしな。

それに、いくらなんでも前世の記憶を元にして作品を書いてるなんて非論理的すぎる。

俺自身でも信じられない部分もあるし、もし俺が逆の立場だったら、心配するだけで何も出来ないから、マリに相談する気も起きなかった。

まあ、ケン君に会うまでは、親に捨てられた俺の妄想の可能性もあるって思ってたぐらいだし、この年になって異世界の存在とかこの世の不思議なんて言ってる場合でも無いからな」


マリは彼の腕の中で、おかしそうにクスクスと笑う。


「それを確かめるために冒険者になりたいって、本当にケンちゃんらしいわ。

つまり、ヨシトさんは、ケンちゃんの命を守るために鍛えるつもりなのね?」


「ああ、ケン君は好奇心の塊だ。頭は良いが、頑固で素直過ぎるから、治安の悪い場所では深刻なトラブルに巻き込まれるだろう。

強くなって人生経験を積まないと危うすぎるんだ。

だから、成人するまでの5年間は面倒をみる事にした。

でも、ちょっとやそっとじゃ続かないと思うよ。

並の人間なら100年以上かけて覚える知識や技を詰め込むつもりだからね。

あっさりとリタイアするかもしれない」


マリは、ちょっと拗ねた感じで彼の顔を見つめる。


「それは、ケンちゃんを舐め過ぎよ。何があっても絶対にやり遂げるわよ。

私には解るの、家族だから」


「ああ、そうかもしれないね」


彼女の手が、彼の厚い胸板に添えられる。


「だからね、私達、別れましょ?」


ヨシトの手がマリの手をそっと握る。


「…そうなるよな。

ごめんな、君に辛い話をさせてしまって。

でも、俺からは言えなかった。俺は自分勝手だから」


マリは、悲しそうに小さく首を横に振る。


「いいえ、ヨシトさんがケンちゃんの家庭教師を引き受けるなら、パートナーは解消するつもりだったの。

でも、今の話を聞いて覚悟が決まったわ。

このまま恋人を続けるなんて出来ない。

いいタイミングだし、それが最善よ。

このままだと、私やあなただけじゃなくて、ケンちゃんにも辛い思いをさせるかもしれないもの。

それに、何よりホッとしてるのよ。

だって、弟のお葬式になんて参加したくないもの」


ヨシトは、優しく語りかける。


「そんな事は、俺が絶対に防いでみせる。

それに、君さえよければ、人になんて言われたって、このままの関係を続けたっていいんだ。

10年も経てば、誰も何も言わなくなるさ」


マリは、彼の胸にそっと頬を寄せる。


「…ねえ、ヨシトさん。私は本当に、両親の事が大好きよ。

でもね、あなたには、ああなって欲しく無いの。

…以前、私は言ったわよね。私達の恋愛観は異常で未熟だって。

でも私達は成長した。このまま付き合っても、レベルアップ出来ないくらいに。

…だから、どうしても別れなくっちゃいけないわ。

あなたも私も、もっと他の人と付き合って、新しい恋を見つけなきゃ人間族としての未来は無いわ。

好きだけで突っ走ってはいけないの。私の両親の様になっちゃいけないのよ」


彼は彼女の頭を優しくなでながら、絞り出すように、かすれた声で話す。


「そうだね、マリの言う通りだ。

…でも、俺は辛い。

こんなに好きなのに別れなくちゃならないなんて、理不尽だとさえ思う。

このまま突っ走って、君を家族にしたいとさえ思う。

だけど、別れるのが当然だという気持ちもあるんだ。

これは、マリのおかげだよ。今の俺は、確かに人間族なんだと実感出来る」


「そうね、私も同じ気持ちよ。私達はこの3年間で確かに成長したわ。

何より本当に幸せだったわ。

…だけど、これ以上は無理よ。逆効果だわ」


「ああ、逆効果だ。こんなにも君を放したくないんだから」



マリとヨシトは、目の前に流れるルビコン川を渡らない事にしたのだ。

このままの関係を続けると、2人の恋は燃え上がる。

それは、結婚への道まっしぐらで、戦争時代ならともかく、決して社会からは受け入れられない。

唯一の解決法は、この街や今まで築いて来た人間関係を捨てて、マリの両親の様に田舎で暮らす事だろう。


だが、その川は渡れない。

今までの努力や人生そのものを否定する事になるのだから。

だからこそ、一旦別れる必要がある。

何より今は、最高の機会と言えるのだから。


あえて説明するならば、

2人がパートナーを続ける場合は、弟が必死に頑張っている一つ屋根の下で、先程までしていた行為プレイをこれからも続ける事になる。

これは別に悪いことではないが、真面目な二人は気になってしまい、プレイを十分に楽しめないだろう。


それならば、彼がマリの家に行けばいいのだが、その場合はこの家にケン一人が残されてしまい、それが他者に知られたらヨシトは保護者失格になってしまう。

もちろん、マリの両親や一緒に住んでいる祖母のエマもいい気はしないだろう。

したがって、2人は一夜を共にする事が出来ず、プレイを早めに終わらせてヨシトはすぐに家に帰らなければならなくなる。

まだ若い2人にとっては辛い事であり、何よりパートナーとして不適格である。


つまり、ヨシトがケンを預かる事は、マリに『少し距離を置こう』と言ったに等しいのだ。

マリは、当然それを理解していた。


彼の考えでは、半年くらいならパートナーを続けながら、他所に部屋を借りてプレイをして強制的に会う時間を減らす事で、お互いの熱を覚まそうとした。

だが、マリの考えは違い、彼が弟に会うと言った後に相当悩んだ末、パートナーだけは解消するつもりでいた。

2人とも、冷却期間を置く事が必要だとは判断していたのだ。


しかし、彼と彼女の予想は外れてしまう。

これから5年間もケンが下宿するなら、人間族の常識ではマリが恋人を続ける事も問題になる。


愛の形には色々あるが、恋人は家族では無いから一応のけじめが必要である。

人間族にとって一番良いとされる恋人との関係は、お互いが成長出来て協力して助け合える事で、一方的に相手に依存する関係は駄目なのだ。

世間から見れば、今回の話はマリの相談をヨシトが引き受けた形になり、それを5年間も続けるのは明らかに行き過ぎである。


本人同士の意識はともかく、マリが一方的にヨシトにたかっている様にみえるし、人の口に戸は立てられないのだから、悪い噂が流れるかもしれない。


その内容は、例えばヨシトなら『女にだらしない、けじめのつけられない商人』とか『教師失格』などだろう。

マリなら、『向上心の無い女』とか『がめつい女』という所だろうか。

もちろん、悪評はケンの評価にも影響を及ぼしかねない。


ヨシトは優秀な職人であり、商売も上手くいっているので味方も多いが敵も多い。

こんな関係は、結婚して生計を同一とする家族にでもならなければ認められないが、2人は若すぎるから、それさえ社会的には認められない。

あまりにも状況がそろい過ぎていて、恋人やパートナーを続ける理由は、お互いが好きという気持ち以外には何一つ無い。


論理的に判断すれば2人は別れるべきであり、それは誰に言われなくても優秀だからこそ嫌でも解ってしまう。

愛だけでは生きられないのが、この街での生き方である。

相手の事を大切に思うからこそ、離れなければいけない時もあるのだ。



マリはわざと吹っ切れたように、さばさばと話す。


「でもね、私はあなたの教え子で、あなたが先生である事だけは変わらないわ」


「ああ、当たり前だ。マリがマイスターになっても、それは変わらない」


2人は、しっかりと抱き合うと、そのまま愛し合う。

今夜までは、恋人でありパートナーなのだから。




次の日の朝、愛し合う二人は大切な関係を清算した。

そしてマリは、弟の人生を最愛の人に託した。

お互いの成長と、人間族としてのより良い人生を過ごすために。


心は泣いている。

でも、涙は流さない。

これですべてが終わった訳ではないのだから。



解説

お互いが好きだけでは、進展しない場合があるのは、異世界でも変わりません。

納得のいかない方もおられるでしょうが、2人が結婚するには早すぎるのです。

ヨシトは、マリの祖母とも、彼女が100歳を超えるまでは結婚しないと誓っていますし、それぞれが人間族として社会的に成長する必要もあります。

しかし、今は恋人関係で無くなっても、100年後にはどうなるかは解りません。

もし再び運命が巡り合うなら、2人は今よりももっと幸せになれる事だけは確実です。



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