第40話 ケンとヨシトの契約
この世界での冒険者とは何だろう?
実は、獣人族の中にはそう呼ばれる人達がそこそこ存在している。
彼らは、戦闘をメインとしないフリーの傭兵達だ。
その実力も社会的評価も性格の良さも、普通の傭兵よりは数段落ちる。
では、ガレア地方の人間族にとって、冒険者になるとはどういう事だろう?
一応、戦闘をメインとしないフリーの傭兵になる事をいうが、一般的には単なる風来坊とも呼ばれていて、魔術をろくに使えない、頭の悪い傭兵の事を指す場合が多い。
彼ら中には、数は少ないが、中二病の者も犯罪者もいる。
実際は、冒険者とは名ばかりの社会になじめない人達であり、会社にさえ所属させてもらえない落ちこぼれ達なのだ。
つまり、人間族の冒険者は、社会性も戦う力も無い愚か者である。
文明の発達したこの世界では、物語にある冒険者ギルドなんて、そんなものはない。
あえて言うなら、フリーの傭兵の人材派遣会社だろうか?
そのような会社は在るには在るが、評判はかなり悪い。
登録している人の多くが獣人族のろくでなしなのだから当たり前だろう。
そんな彼らの派遣先での仕事内容は、土木工事の人足とか、魔物の死体処理とか、糞尿の処理とかの日払いの3K仕事だ。
ガレア地方では戦争が無いので当てはまらないが、それ以外の地域ではおとり部隊として戦争に参加する場合もある。
そんな社会の底辺の使い捨ての人材は、もう冒険者とは呼べないだろう。
そもそもこの世界では、冒険の価値はあまり無いし尊敬もされない。
したがって、純粋に冒険にお金を出してくれる、まともなスポンサーなど無い。
この世界の人は空を飛べるし、飛空車があるから未踏の地域なんてそれほど無いのだ。
あえて言うなら、深海の探検ぐらいだろう。
だが、最悪の場合は海の底に眠る100m級の怪物を呼び起こす事になる。
そんな事をすれば、その冒険者は二度と人前には姿を見せられないだろう。
それなら宇宙はどうであろうか?
何しろ重力の制御が出来る世界なので、百年以上も前に精霊族と人間族の宇宙飛行士が、他所の惑星まで行った記録まで残っている。
その後、参加者全員が行方不明となったため、宇宙へ行く人はいなくなった。
彼らの評価は、『好奇心で身を滅ぼした愚か者』というのが一般的だ。
だいたい、開発するなら惑星ルミネシアに土地はたくさん余っているし、資源不足もない世界では、宇宙に手を伸ばす必要もない。
女神様がいる世界では、大きな隕石が降って来ても何とかしてくれるから、人類絶滅の危機なんて事も無い。
そんな状況なので、獣人族の好奇心が強い人でも宇宙に手は出せないし、行きたくても誰もスポンサーにはなってくれない。
人間族の場合は更に極端で、宇宙飛行士は意味の無い事をする論理的でも理知的でもない愚か者とされ、蔑まれるのが普通である。
それでは、真の意味での冒険者はいないのか?
いるにはいるが、ほとんど存在は知られていない特殊な人達である。
例えば精霊族の場合は、考古学の研究者とか、民俗学者とかの頭脳職の人達。
例えば獣人族の場合は、好奇心が強い若者や、一部の傭兵やハンターたち。
自らはほとんど冒険者とは名乗らないが、こういう人達が一番近いのかもしれない。
もちろん人間族にだって好奇心の強い人や研究者がいて世界を旅しているが、彼らは間違っても冒険者とは名乗らない。
唯一あるとすれば、年を取った旅行者が自分の事を冒険者と呼ぶ場合があるくらいだろう。
ただし、金持ちの道楽なのでケンの考えとは少し違っているが。
以上の理由から、人間族の若者が冒険者になる事は、社会からの脱落を意味する。
決して、才能がある人間族の若者が真っ先に選ぶ職業では無い。
だが、それを夢だと熱く語るケン=マッケンジー。
ヨシト=ウッドヤットは絶句するしかなかった。
しばらくして我に帰り、念のために質問する。
「冒険者になりたいっていうのは、意味が解って言ってるのかい?」
「ウッドヤットさんが驚かれる意味は解りますし、3流の職業だという事も知っています」
「ご両親は知っているのかい?」
「いいえ、反対されるから言ってませんし、言うつもりはありません」
「俺が言うかもしれないよ?」
「どうぞご自由に。成人さえすれば、こっちのものですから」
「俺に話したのは何故だい?」
「僕は両親に、力が付くまでは戦わないと約束しました。
ただでさえ馬鹿な選択なのに、あっさりと死んで家族を悲しませるつもりはありません。
でも、そんな優れた力を持つ冒険者になるには、傭兵の経験を積んだり魔術の修業をする必要があります。
お金も時間もかかりますし、良い師匠に出会えなければ更に難しくなります。
僕はウッドヤットさんに弟子入りして出来るだけ鍛えて欲しいんです。
その為には、正直に話すべきだと思ったんです」
ヨシトは理解する。
目の前の子供は、好奇心の塊だ。
自分も若い頃は世界を見て回りたいという気持ちになったが、それは自らの境遇に立ち向かいたくないという理由の逃げだった。
だが、この子は違う。
自分が決して手に入れられなかった家族を持っていて、しかも、その価値を理解している。
それでも冒険こそが、自分の人生に必要だと信じているんだろう。
そうでなければ、ここまで我慢して、必死に努力するとは思えない。
つまり、ケン=マッケンジーは、頭はいいし客観性も社会性も持っているが、自分の信念を実現させる為には、苦難をいとわず損得勘定さえも無視できる頑固者なのだ。
人はそれを馬鹿と呼ぶ。
ヨシトは、自分には決して出来ない選択をしてなお且つ恥じない、彼のいさぎよい態度に好感を持つ。
だからなおのこと、彼にはそんな道に進んで欲しくは無かった。
「ケン君、君はとてつもない馬鹿だね」
「よく言われます」
「そんな君に、俺が協力するとでも?」
「それは解りませんけど、僕は死にたくありませんので、出来るだけ鍛えて欲しいんです。外国で一人っきりになっても死なないくらいには」
ヨシトは考える。
この子の人生に、どこまで関わるべきだろうか?
当初の予定通り、半年間預かって、適当な高校にでも進学させるように仕向けるか?
あるいは、自ら家庭教師に力を入れ、エリート校に合格させるか?
それとも、彼の希望に沿って自分の出来得る限り、徹底的に鍛えるのか?
だが、それは自分だけで考えても決められないし、決めるべきではない。
そして決断する。
全ては、ケン=マッケンジー次第であると。
「はっきり言おう。俺は、君を預かる事は始めから決めていた。
良くても一日一時間程度の家庭教師をするだけで、それ以外の時間は、予備校に通ってもらうつもりだった。
費用は取るつもりは無かったから、君に奨学金を取らせて、それを元手に知り合いの家庭教師に見てもらってカリキュラムを組むつもりだった。
だがその条件では、君は満足出来ないという訳かい?」
ケンはコクリと頷いた。
「奨学金を取るのは問題ありません。レクサもしてる事ですから。
費用もお任せします。僕はお金じゃ無くて、違う方法でお返しします。
でも、出来るならウッドヤット先生に教えてほしいんです。
勉強だけでなく実技や魔術や全ての事を、出来るだけ長く、先生の知る最高の方法で!」
ケンのゆるぎない態度にもヨシトは動じない。
口では何とでも言えるのだから。
「俺はそんなに暇じゃないよ。
君の考えでは、師匠と内弟子の関係になってしまうね。
君にそれほどの価値があるとでも言うのかい?
俺は商売人だよ。…まあ、殿様商売だけどね。
だからこそ、君に協力したいという何かが無ければ、さっき言った条件を曲げる気は無いよ」
ヨシトは言っている。
(協力して欲しければ男を見せろ)と。
つまり彼は、とりあえずケンがその条件をのめば、後は彼の頑張り次第でどう関わるかを決めるつもりでいたのだ。
ケンが次の一言を発するその時までは。
『こんにちは、僕の名前は比留間健一です』
「…何だって?」
『あれ違ったか? グッド・イーブニング ボンジュール ニーハオ …これ以上は知らないです』
ヨシトの思考は停止した。
目の前で、あり得ない事が起こったからだ。
日本語、英語、フランス語、中国語でのあいさつ。
彼の全身が震えた。
その様子を見て、ケンはゆっくりと話し始める。
「これが、僕が冒険者になりたい本当の理由です。先生、世界は驚きに満ちていると思いませんか?」
ヨシトは、ただ頷いた。
何故かは解らないが、彼の瞳からは涙があふれて止まらなかった。
しばらくすると、ヨシトは話し始める。
もちろん、もう30年以上も話した事が無かった日本語で。
『まさか、日本語をこんな風に使える時が来るなんて思わなかった。君は前世の記憶を持っているのかい?』
『待ってください。速くてわかりません。僕はうまく話せません』
仕方無く、ヨシトはガレア地方の共通語で話し始める。
「説明してくれるかい? 君はいったい何者だい?」
「少なくても勇者じゃないです。ただ、不完全な前世の記憶を持っているだけです」
「…詳しく聞かせてくれるかい?」
「はい、もちろんです」
それからケンは話し始める。
1歳の時に急に現れた前世の記憶の事。
あまりにもリアルだが、まるで映画を見る様で実感が無かった事。
突然現れる記憶を制御できず、非常に苦労した事。
最近は全く見る事が無くなった事。
どうやら、その記憶は不完全で、まだらな記憶である事。
そして、ヨシトが前世の記憶を持っている事を水精族のノッコから聞いていて、一度どうしても会いたかった事などを。
ヨシトはそれを聞くと、自分の事を話し始める。
8歳の時に、気が付くと突然孤児院の前にいた事。
それから睡眠中に、前世の記憶が現れた事。
非常に実感の伴った完全な記憶だった事。
それは、2年ちょっとで終わり、それ以降は一度も夢で見ない事。
その記憶を利用して、作家デビューをした事。
最後に、前世の名前が黒部義人である事を告げた。
「ウッドヤットさんは、名前まで同じなんですか? もしかして、異世界に召喚されたんじゃないですか?」
「いくらなんでも、あり得ない。まあ、女神様が何かした場合は別だけどね。
第一、君も名前が似てるだろ。…ケンに『健一』か。何か理由があるかもしれないな」
ヨシトの場合はともかく、ケンは全くの偶然である。
でも、この勘違いは判断材料が少ないのだから仕方が無い。
それから2人は、記憶のすり合わせをしていく。
だが、記憶の内容が微妙に違う事に気付く。
「年号が違うな。俺の日本は『昭和』、ケン君のは『照和』」
ヨシトがテーブルの上に置いた紙に書かれた文字をトントンと叩く。
「他も細かい事が違いますね。特に固有名詞が違いますよね」
「だがそれ以外はほとんど変わらない。歴史も、文化程度も、言葉や世界の国々だって無視できるほどの違いだ」
2人は、考え込む。
それでも違っているのだから、違う異世界から来たのだろうとヨシトは思う。
ケンは、ヨシトほど前世の記憶に自信が無いので、自分の間違いではないかと必死に思い出している。
「ケン君、パラレルワールドというのを知っているかい?」
「はい、でもそれは、空想の産物ですよね?」
「それを言うなら、異世界転生の方こそあり得ないよ。少なくてもパラレルワールドでは、物理法則は違わない。あくまでも、並行世界であり、可能性のある話だからね」
「僕にはどちらも同じような物だと思いますよ。二つ同時に存在しているなんてあり得ませんから」
ここで、『シュレーディンガーの猫』の話をしても仕方ないだろうとヨシトは思う。
どうやら彼の記憶は不完全で、そこまでの話は期待できそうもないからだ。
そんな話をしていると、恐らく心配したのだろう、居間に父親のダンが顔を見せる。
「すいませんウッドヤットさん。もう話は終わりましたか? 私達は上に行こうと思ってるんですが」
時計を見ると、ケンとヨシトが話し始めてから、もう1時間以上は経過している。
心配をして、当然だろう。
「すいませんマッケンジーさん。実は、すっかり話がそれてしまって、まだ細かい話はして無いんです」
「お父さん、もう少し待ってて。話が終わったら、僕も上に行くから」
2人にそう言われると、ダンは「わかりました、じゃあ私達は上にいますから、話が決まったら呼びに来てください」と答えるしかない。
ダンが立ち去った後に、ケンとヨシトは顔を見合わせて苦笑する。
「すまない、ケン君。すっかり興奮して本題を忘れていた」
「いいえ、前世の話は、僕の気持ちを知ってもらうのに必要でした。…本当は、安心してるんです。僕にとっては、前世の記憶は辛い事だったんで、ウッドヤットさんはその話を聞かされると嫌かなと思ってたんです」
「何言ってるんだ、君の話には、とてつもない価値がある。もちろん、俺限定だけどな」
その言葉を聞き、ケンは勝負に出る事にする。
「だったら、僕の話を買ってくれませんか?
多分長い話になりますし、僕には上手く使いこなせません。
その代わりに、僕を鍛えて欲しいんです。
僕は世界を見て回りたい。不思議な話があるなら行って確かめたい。
前世の話なんて、おとぎ話くらいしかないですけど、探せばもう一人くらいいるかもしれません。でも、治安の悪い国もあるみたいですから、生き残れる力が欲しいんです」
ヨシトは考え込む。
自分ならともかく、彼一人では危険すぎるからだ。
「なあケン君、年を取るまで努力して、それから旅行者として世界を回る気は無いのかい? 実は、俺はそう考えている。俺にも世界を回ってみたいという気持ちはあるんだ」
妥当な提案だ。
人間族の人生は長い。
年を取ってからでも遅くは無いのだ。
だが、ケンは納得しない。
「例えばですけど、年を取る前に死んじゃったらどうするんです? きっと後悔しますよ。
僕は何年かかっても、まず初めに冒険者になって世界を見て回ります。
そうしないと、後の事なんて手に付きません。
僕が我慢しているのは、戦う力が無いからです。
死んだら何にもなりませんし、両親より早く死ぬ事だけはしないと心に誓っています。
だから、どんな苦境に立たされても、簡単に死なないくらいの力が欲しい!」
ヨシトは、その積極性をうらやましく感じる。
自分とは違う性格や考え方に好意を持つ。
だからこそ、この子を死なせたくはないと強く思う。
その為には、この子を導く先生になるしかないだろう。
それにより失うものもあるだろうが、それさえ覚悟する。
「わかった、そこまで言うなら力になろう。ただし、エリート校なんぞ問題にならないほどの苦しい修業を受ける覚悟はあるか?」
ケンはこぶしを固く握りしめ、熱く語る。
「あたりまえです! 絶対あきらめません!」
ヨシトの腹も決まった。
自分の持つ力全てで、彼を鍛えてやろう。
「ケン君の前世の話を買い取れって言ったよな? もちろん買い取ろう。
君が15歳になるまで、俺の余った時間をすべて君に使おう。
ただし、君が断らない限りだけどな」
ヨシトが右手を差し出す。
その手を握り返すケン。
これにて、契約の成立だ。
ケンは手を離すと、嬉しそうに話しかける。
「よろしくお願いします。師匠と呼ばせてください!」
そう呼ばれるのは嫌だったのか、ヨシトの表情は微妙だ。
「いや、それはどうよ? 同士の方がいいんじゃないか?」
「僕はそこまで厚かましくありません。本当に同士だと思うんなら、思いっきり鍛えて下さい」
「了解した、ケン君、いや、これからはケンと呼び捨てにしよう。君は俺の初めての内弟子になる訳だからね」
「はい、燃える展開ですね!」
ヨシトは苦笑する。
意外な展開になったが、後悔はしていない。
こんな事が起きるなんて、人生は本当に面白い。
唯一気になるのはマリとの関係の事だが、それも受け入れる事に決めた。
「さあ、ご両親に報告に行く前に、適当な嘘話でもでっち上げるか。ケンが前世の話をして俺が納得したなんて言ったら、家庭教師の話は無かった事にされるかもしれないからな」
「…そうですね。でも、嘘は嫌だな~」
「嘘くらい、息をするように吐けないと、一流の冒険者にはなれないよ」
「師匠、嫌な事を言いますね」
「俺が嫌だから師匠と呼ぶのも禁止。これからは、ヨシト先生と言いなさい」
「はい、ヨシト先生」
ヨシトは笑いながらも考えている。
この子は未熟だから、この5年間で考えや進路も変わるだろう。
世の中は、この子が考えている程、きれいじゃないのだから。
だが、だからこそ、彼が真っ直ぐに生きられるような知識と力を付けてやりたいと心から思った。
その後の2人の打ち合わせで、両親への報告内容が決まった。
表向きはヨシトの提案通り、奨学金を取ってこちらに予備校に通いながら、半年間はエリート校を目指して勉強するが、駄目だったら志望校を変えるという内容である。
その判断は、ケンとヨシトが話し合って決めるという事を両親に話す。
ダンとルルからは当然ながら反対されず、一時的にヨシトはケンの保護者になる事を認めてもらう。
もちろん、本当の契約内容は、ケンが成人するまでは師匠と内弟子の関係になる事だ。
ケンがあきらめない限り、最長5年間ものヨシトとの契約期間は続く事になる。
それが男と男の約束であり、異世界の記憶の対価なのだから。




