第39話 ケンの将来の夢
1月5日の夕方の6時半頃、ネオジャンヌにあるヨシト=ウッドヤットの持ちビルの3階の食堂では、食卓を囲んで会話を楽しむ5人の人間族の姿が見える。
もちろん、ヨシトとマッケンジー家一同である。
この部屋は、応接セットがある居間とはキッチンを挟んで向かい側にあり、しかも階段のすぐ横にあるので、ヨシトが魔道具造り教えている獣人族の子供達が、食事を取る為の部屋でもある。
10人は座れる木製のテーブルの上にはマリの手料理が並び、和気あいあいと食事をしながら話す姿は、仲の良い家族や親戚の様だ。
「この食堂の廊下をはさんで向かいの部屋は書斎になってるんです。もし本を読むなら自由に見て下さい。音話(電話)もそこに置いていますから、遠慮なさらずに使ってください。ネオジャンヌの観光案内も置いてますから、明日の観光の下調べをされてみてはどうですか? それと、もしお暇なら、ゲストルームにはラジオや小型のテレビも置いてますから使ってください。でも、テレビは目が疲れますから、すぐに飽きると思いますよ」(文末参照1)
ヨシトの言葉に対し、ダンは打ち解けた様子で話す。
「テレビ放送があるのは大きな都市だけですから、お土産のつもりで見ますよ。しかし、何台もテレビを持ってるなんてすごいですね。やはり、ウッドヤットさんが造ったん物ですか?」
「まあ、そういう事です。俺の場合は、ギフトの関係で、一台あれば元手はかかりませんから」
ヨシトの場合は、『複製』ギフトを使えば完全に同じ物が造れる。
ただし、魔術刻印は複製できないので、それはヨシトが新しく魔術陣を構築して刻印を刻むしかない。
もっとも、魔術機械のほとんどの部品は魔術回路を使っているので、魔道具より値段の高い魔術機械の方が『複製』しやすいという妙な事になっているが。
(魔道具と魔術機械、魔術刻印と魔術回路については文末参照2)
7時を大きく過ぎると夕食も終わり、食卓の上の後片付けが始まる。
手伝おうとするマッケンジー家夫妻に、「いいえ、すぐ終わりますから、居間で待っていてください」と返事するヨシト。
彼は操作魔術で食器を一カ所に集めると、物理結界と浮遊魔術を使って流し台のシンクに運ぶ。
その後は、水道の蛇口をひねり水を出すと結界内で一気に食器を洗う。
洗浄と乾燥が終わると、そのまま操作魔術で食器棚に収納する。
ここまで、わずか30秒ほどしかかかっていない。
マリ以外の3人は、そのあまりの見事さに言葉もない。
ケンは、その魔術の素晴らしさに感動していた。
特に、操作系魔術を使って食器を収納する技は、理屈はわかっても真似は出来そうもない。
食器を置く時の音が、全くしなかったのだ。
この操作には、ミリ以下の操作精度が必要なはずで、それを同時に10枚近くの食器に行使出来るなんてあり得ない。
「さあ、終わりました。じゃあ、本題に付いて話し合いましょうか」
もう驚き疲れたダンは、「はい、そうですね」と答えるしかなかった。
居間の真ん中にあるソファーに全員が着席すると、ヨシトはダンに向かって話し始める。
「それで、マッケンジーさん。息子さんの詳しいお話を聞かせてもらえますか? 家庭教師を受ける受けないは、それから判断します」
ヨシトは、おおよその事情はマリから聞いて知っていたが、ダンの顔を立てるために言っている。
ただし、家庭教師を受ける事を決めていないのは本当である。
ダンは、少し姿勢を正すと、ゆっくりと話し始める。
「私達、家族の住んでいるステラ村は、それはもう田舎です。義務教育が終わると進学先は他所の町に行くしかありません。ご存知かもしれませんが、ステラ村は特殊でして、獣人族がほとんどで、ケンの友達には人間族がいませんし、何より世間知らずです。ですから、都市に住んでいて、下宿させてくれる家庭教師の方を探していたんです。後はマリから聞いていると思いますが、期間は進学先が決まるまでで、支払いはケンが社会人になるまで待ってくれるという、虫の良い話です。こちらの条件は以上です」
ヨシトは頷くと、更に確認する。
「マリさんの話では、進学先はシリウス高専をご希望されているようですね。それは、条件に加えないのですか?」
ダンは、首を横に振って否定する。
「いいえ、成功報酬は息子に出させたくありませんし、あくまでも目的は、生活環境に慣れさせ、息子の可能性を引き出してもらう事です。…これは私の個人的な考えですが、エリート校の教育方針は好きではありません。無理に才能を伸ばすより、子供はのびのびと育ってほしいと思っています。私は、優れた才能を持って生まれて来ていません。私から見れば、子供達の能力は、もう十分なんです。もちろんこれは、持たざる者の偏見かもしれません。ですが、人として生きて行くためには、能力を上げるよりも努力して出来る事を見極め、出来ない事は協力して解決すべきだと思っています。その為に必要なのは、信頼出来る人とたくさん知り合って、人間関係を作る事だと考えています。それは、エリート校に進学しなくても出来ると思います」
ヨシトはその意見には完全に同意できる。
そして何より、ダンの人柄に非常に強い魅力を感じた。
彼が努力家だという事はわかっている。
先程握手を交わした時に感じた手の感触は、『働き者の手』だったからだ。
ヨシトは、その場にいる全員を見る。
ルルは、『あなた素敵!』という表情で夫を見ている。
マリもにこやかに笑っている。
ケンにも異論は無いようだ。
(なるほどな、彼は家族の要なんだな。見ているだけで、信頼され、愛されているのが分かる。こんな両親に育てられたから、今のマリがあるという訳か)
彼女から聞いていた以上に、彼はあたたかくて純朴で真面目だった。
だから、ヨシトは協力する事に決めた。
「わかりました、お引き受けします」
「ありがとうございます、ウッドヤットさん」
2人は三度目の握手を交わす。
「後は、どの程度の条件にするかという事ですが、ご希望はありますか?」
「それは、妻に任せています。私は、よく解らないので」
ヨシトがルルの方に顔を向けると、彼女は頷いて、荷物から資料を取りだす。
それは、能力値の測定用紙と、最近半年のテスト、今使っている問題集、シリウス高専の入学案内や担任教師の所見など、ケンの教育に必要なものだった。
ヨシトはそれらを受け取ると、素晴らしい速さで目を通して行く。
5分もかからず読み終わると、あごに手を当てて考えている。
ダンとルルは、(必要なとこだけチェックしているんだな)と思っているが、彼はほとんど完全に頭に入れている。
しばらくすると、彼は身分証明書を取りだして、全員に説明する。
「私は、医師の資格を持っています。ケン君を今から診察してもいいですか? 能力値や魔力体の特性を確かめたいので」
もちろん両親にもケンにも異存は無いので、すぐに診察が始まる。
ヨシトは立ちあがってケンのそばに行くと、両手でケンの手を握る。
(やっぱり兄弟だな、俺との魔力体の相性がいい。それに、数値は資料通りだ。それ以外の数値は、…これもかなり高いか? まさか、ほんの短期間で伸ばしたのか? …信じられないが魔蔵や魔力体が、少し強化されているな。小さい頃に無茶をしたとしか思えん。だが、異常無しとは運がいい。恐らく、加護の高さと自由魔素の親和性が高いおかげだろう。いずれにしても、マリの言う通り、彼は秀才で努力家である事は間違いないな)
ヨシトは手を離すと、「もういいよ、ありがとう」とケンに言ってから席に戻る。
「ケン君は、エリート校に行く以外なら、あえて家庭教師を付ける必要はありません。ですから、まずはどの辺りを目標にするか決めましょう」
ヨシトは、ちらりとルルの方を見る。
「ウッドヤットさん。それは、ケンに直接聞いて話し合って、あなたが判断してください」
「俺と息子さんにすべて任せるという訳ですか?」
「ええ、これは、ケンちゃん自身の戦いですもの」
そう言って、ルルは立ちあがる。
「じゃあ、後は2人で決めて下さい。…さあ、ダン、マリちゃん、書斎に行って、観光案内でも読んでましょうか」
「そうだね、ルル。ウッドヤットさん、内容が決まったら、後でご報告してくれるだけで構いませんから」
「先生、何か用事があったら呼びに来てください」
ダンとマリまで立ち上がり、居間を出て行こうとする。
ヨシトはあわてて引き止める。
「いや、ちょっと待ってください。いくらなんでも、未成年相手に親無しで話すなんてまずいですよ」
ルルは、振り返ると冷静に告げる。
「ケンちゃんがシリウス高専を目指すのは、親友との『決闘』に関係しています。それは、ゾンメル教徒にとっては絶対です。もう一つ理由がありますが、それは、ケンちゃんの生き方の問題です。いずれの理由も、ケンちゃんのわがままですから、自分で話して協力を仰ぐべきだと思います」
ヨシトは、彼女に厳しめの口調で言い放つ。
「俺は、エリート校のことをよくは思っていませんよ。家庭教師自体を断るかもしれません」
「それも仕方ありません。息子の目標は高いんです。あなたの協力を得られなければ叶わないほどに。…それに、あなたは引き受けて下さると言ったでしょう? 断る場合でも、納得のいく説明をしてくれると信じていますから」
そう言って、居間を出て行く姿を見ながら彼は考える。
(そういえば、ケン君は勇者になりたいって言ってるんだったな。ご両親に安心してもらおうとして、手の込んだ魔術を見せた事がまずかったのかもしれん。…さて、どう落とし所を見つければいいか)
ヨシトは気を取り直して、ケンの座っている真向かいのソファーに移動して腰を下ろす。
「ケン君は、いいのかい? みんな出て行っちゃったけど」
「はい、僕はウッドヤットさんと2人っきりで話してみたかったから、逆に良かったです」
そういうケンの目には、闘志の炎が見える。
(これだから、ゾンメル教徒というのは厄介だ)
ヨシトは内心で溜息をつく。
いくらなんでも、10歳の男の子に負けるなんてあり得ないし、戦う必要もないだろう。
ヨシトも頑固者だから、彼のシリウス高専の志望理由が単純に強くなりたいというだけなら納得しないし、それでも彼が一歩も引かなかったら、断ればいいのだから。
「なあ、ケン君。君がシリウス高専を志望する理由を教えてくれるかな? さっきルルさんに言ったように、俺はエリート校をよく思っていない。もし俺に発言権があるなら、必ず反対する。まして、恋人の弟が行くなんて尚更だな」
ヨシトは正直に思いを告げる。
駆け引きなんて必要ないのだから。
もちろんだが、ケンも考えを曲げない。
「僕は強くなりたいんです。誰にも負けないくらいに。だから、小さい頃は勇者になりたかったんです」
「なるほど、すると俺は、勇者の家庭教師という訳だ。正直勘弁してほしいな。物語では、そういう役どころは、弟子をかばって死ぬと相場が決まっている」
ヨシトの頭に浮かぶのは、伊達メガネをかけた、ア○ン先生だ。
この世界には魔王もいないし、メガ○テの呪文もないから心配いらないだろうが。
ヨシトの冗談に、少し表情を崩したケンは、肌身離さず付けているネックレスを外してテーブルの上に置く。
「それは何だい?」
「『水のお守り』です。水精族のノッコさんから貰いました」
「見せてもらってもいいかい?」
「はい、どうぞ」
ヨシトは手にとってネックレスを鑑定する。
「そうか、ノッコがこれを君に渡したんだね。この『水のお守り』の効果は知っているかい?」
「いいえ、知りません。お母さんは、普通のネックレスだろうと言ってました」
「それは違うよ、これは水の中で窒息しない為の魔道具だ。枷が掛かったままの、水精族の子供に付けるものだよ。もし装着者の魔力体が傷ついたら、再生の魔術が発動される効果もある。もっとも、1日に1回しか使えないけどね」
ヨシトは、『水のお守り』をケンに返しながら、そんな説明をする。
「僕は、ノッコさんに命を助けられました。僕が強くなりたい理由の一つは、彼女に認めてもらう為です」
「…少し、詳しく話してもらえるかな?」
ケンは頷くと、もう6年半前のことを話し出す。
話を聞き終わると、ヨシトは溜息をつく。
「なるほどね、つまり君は、一人で水精族のコミューンに行ける力を身に付けたいんだ。彼女と友達になる為に」
「はい、会ってお礼が言いたいです」
「おおよその場所が分かっているなら、時間はかかるかもしれないけど君なら出来るよ。エリート校に行かなくても、多分数年後にはチャレンジ出来るだろう。その『水のお守り』は無くさなければ、死ぬ危険性はほとんど無い」
つまりヨシトが言っているのは、『それでは納得できない』、
もうケンは、その希望をかなえる資質を持ち合わせているのだから。
だから、彼はもう一つの理由を話し始める。
「もう一つの理由は、僕の親友レクサ=ヘリスと、人生をかけた『決闘』の最中だからです。残りはたった80年しかありません」
それからケンは、自慢の親友であるレクサとの『決闘』について話す。
ダブルギフト持ちや、今はプロリア共和国の士官学校を卒業して、幹部候補生として軍人になっている事などを説明する。
そして決着の判定は、女神様に委ねるという荒唐無稽な話も包み隠さずに話す。
ヨシトはたまらず質問する。
「君は、戦闘職を希望しているのかい? それなら士官学校を選びそうなものだが」
「いいえ、違います。僕がどんな道を選んでも、女神様なら公平に判断してくださるはずです。だから僕は、最善を尽くしたい」
「それが、シリウス高専という訳かい?」
「はい、能力の底上げをしてくれる学校が最善だと考えました。だけど今は、あなたに鍛えてもらうのが一番いいと思っています」
ヨシトは考える。
強くなりたい理由は分かったし、エリート校に行きたい理由も筋が通っている。
確かに女神様に認めてもらうには、並大抵の努力では駄目だろう。
そして、自分ならば彼をより強くする事が出来る。
だから最後に質問する。
「理由はよく解ったよ。そこまで考えているなら、具体的な進路を決めているのかい?」
「はい、もちろんです」
「だったら聞かせてくれ。君の将来の夢や希望は何だい?」
ケンは、輝く瞳で力強く宣言する。
「僕の夢は、冒険者になって、世界を見て回る事です」
ヨシトは絶句するしかなかった。
設定および解説
(1)音話の料金やテレビとラジオに付いて
音話は、思考波の特性と銅線のネットワークを使った通話用の魔道具なので、500km以内しか会話できません。
2点間を結ぶ物なので、交換手や音話局の様な物もありません。
その代わり通話料はタダです。
音話機を買って、設置台数分の年間維持費を政府に支払うだけで済みます。
公衆音話もありますが、10ギル程度で利用出来ます。
よほど貧乏でなければ、ほとんどの家が持っている便利な魔道具です。
次に、この世界のテレビですが、画像も荒くてコマ落ちするので、あまり人気がありません。
質の悪いネットのテレビ電話の様だといえば、分かりやすいかもしれません。
この世界では、電磁波の減衰が激しいので、情報量の少ない特殊な波長帯しか電波放送には使えません。
思考波を応用した技術もありますが、まずは通信に利用されるために放送で使うことは法律で禁止されています。
そもそも、複雑な魔術機械は大量生産できません。
ラジオは大量生産されて安く買えますが、テレビはオーダーメイドでしか造られていないので値段もかなり高いのです。
つまり、テレビの品質向上は難しいので、ラジオがこれからも放送の主流になります。
多分、光通信技術でも開発されなければ、テレビ全盛の時代が来る事は無いと思います。
ちなみに、ステラ村には電波が届いていません。
村の人は、数日遅れでアビス市で放送された番組を通信してもらい、有線でラジオを聞いています。
休日のお昼には、村内放送で人気番組が流れるので、ラジオの存在自体を知らない人は、ほとんどいません。
(2)魔術刻印と魔術回路、魔道具と魔術機械について
似たような物ですが、細かい解説をします。
興味の無い人は、読まなくても構いません。
魔術刻印と魔術回路は、魔術陣の一種です。
魔術陣については、以前に説明していますが、魔術に必須な立体的な模様だと思ってください。
魔術刻印は、固体に強固に刻まれた魔術陣の事です。
ですから、魔術刻印を魔術陣と言っても間違いではありませんし、専門家でもない限り魔術刻印と言う人はいません。
固体の場合は、魔術陣を内部に立体的に刻みつける事が出来て、独立魔術陣を形成します。
魔術陣自体は物理的な物では無いので、同種以外の魔術なら重ねがけ出来ます。
これにより、魔素を流すだけで魔術は発動します。
魔術回路とは、魔術陣をかたどった構造体を意味します。
解りやすくいえば、地球の電気回路の様な物です。
魔素を蓄積できる物質(主に金属)を使って造った物理的な物なので、魔術刻印を焼き付けると、本来の効果が阻害されます。
次に、魔道具と魔術機械の違いについて説明します。
簡単にいうと、魔道具は道具に魔術刻印を刻んだ物です。
魔術機械は、魔術回路を内部に持つ道具のことです。
物理的に魔術陣を再現するのは難しいので、魔術機械の方が値段が高くなります。
つまり、ヨシトの場合は魔術陣自体を『複製』出来ませんが、魔術回路は『複製』出来るので、結果的に魔術機械の持つ魔術を『複製』出来るのです。
この二つの一番大きな違いは、部品交換が出来るか出来ないかという事になります。
しかし、これも一般人は区別せず使っています。
小さくて安いものを魔道具、大きくて高いものを魔術機械と呼ぶ人も多いです。




