第38話 ヨシトの住む場所
赤茶けた高い擁壁に囲まれた聖リリアンヌ教国の首都ネオジャンヌ。
人口は80万人を超え、この世でもっとも裕福な人間族が住む大都市である。
その正門前に、4人の人間族が立ちつくしていた。
言うまでもなく、マッケンジー一家である。
「すごく大きな門だよ。村とは全然違う。それに、きれいな街だね。僕、写真が撮りたい。お父さん、受像機(カメラ)持ってないの?」
ケン=マッケンジーは無邪気にはしゃいでいる。
「ごめんな、急いで来たから忘れたよ。…それより、家族全員で押しかけるなんて、やっぱり先生に失礼じゃないかな?」
妙におどおどしているのが、父親のダン=マッケンジー。
彼は、この街に来たのは初めてだ。
「父さん、心配しないで。ウッドヤット先生は、そんな事くらいで気分を悪くされないわよ」
恋人のヨシトの事を父に内緒にしているので、いつもと違う呼び方をしているのが、姉のマリ=マッケンジー。
彼女の移送スキルを使って、一家は約2000kmの距離を移動してきたのだ。
「ネオジャンヌは30年ぶりよ、何かお土産を買って帰ろうかしら」
完全に観光気分なのは、母親のルル=リンク
彼女はヨシトとは、以前に一度だけ会っている。
場所は、実家のあるミレーヌ町で、母のエマ=シンプソンと娘のマリを交えてだが。
「みんな、こんなとこに立っていないで早く行こうよ。先生を待たせたら失礼だよ!」
ケンは、ヨシトに早く会いたくて仕方がないようだ。
3歳の時から、もう6年半以上待ち望んだ人物なのだから。
時刻は夕方近い午後4時半ごろ、予定より遅れているからヨシトは待っているだろう。
これは、『せっかくだから、家族旅行に行きましょう。私が母さんに言って、マリちゃんに休みをもらってくるから』とルルが言い出し、その後に色々なごたごたがあって、出発時間が遅れた為である。
結局、二泊三日の家族旅行を兼ねる事になり、マリは強引にあと二日休みを取らされた訳だが、あくまでも主目的は、ケンの家庭教師をヨシト=ウッドヤットに頼む為である。
さすがにこれ以上待たすのは先方に失礼なので、正門近くでギル車(タクシー)を拾い、家族4人はウッドヤット商会に急ぐ。
しばらくして店の前に到着すると、マリは一足早くギル車から降りて、「私が先生に事情を説明してくるから、ちょっとだけ店の前で待ってて」と言い残し、店の裏の階段へ走っていく。
5分くらい経つと、マリが背の高い男と共に3人の前に現れる。
彼は、にこやかな表情でダンに話しかける。
「こんにちは、ヨシト=ウッドヤットと申します。あなたがダン=マッケンジーさんですね。一度お会いしたいと思っていました」
ヨシトの差し出した手を握り返し、ダンは言葉を返す。
「こちらこそ、ウッドヤットさん。娘がお世話になっています」
2人が握手をする姿を見ながら、ケンは内心でひどく驚く。
ヨシトから目が離せないのだ。
ケンはカンは鋭い方では無いのだが、自由魔素の親和性が高いから、相手の持つ最大魔力値が何となく分かるのだ。
枷が外れた後に見た人の中では、自分の姉もすごいとは思ったが、ヨシトの持つ魔力体の密度や力強さは、はっきり言って別格だ。
ケンから見ると、彼はまるで巨人のようだった。
(お父さんは、何で普通に話が出来るのかな。僕には無理だ)
ケンはヨシトに恐怖心さえ感じてしまい、思わず身がすくむ。
この世界には、ヨシトの優れた能力に気が付く人は多くいるが、はっきり分かる人でも、別に恐怖心を感じる事はない。
これは、最大魔力値を数値として分かる人と魔力体の力強さを直接感じる人との違いである。
ともかくケンは、借りて来た猫のようになってしまい、色々話そうと思っていた事が口から出なくなってしまった。
そんなケンの心も知らず、ヨシトは気さくに話しかけてくる。
「君がケン君だね。ヨシト=ウッドヤットだ。会うのを楽しみにしてたんだ。よろしくね」
ヨシトの差し出した右手を握る事無く、ケンは反射的にルルの後ろに隠れる。
それを見たマリの目がつり上がる。
「ちょっとケンちゃん。先生に失礼でしょ!」
それは分かっているが、今は無理なのだ。
その様子を見たヨシトは、興味深げな顔をする。
「ちょっと待って。…これで大丈夫かな?」
急にヨシトから感じていたプレッシャーが消えたので、ケンは驚く。
何をしたかは解らないが、今の彼は普通の人とそれほど変わらない。(文末参照1)
ケンは、大きく深呼吸すると彼の前に立ち、握手を交わす。
「…あの、今、何をやったんですか?」
「それは内緒だよ。例え教えても、君には無理みたいだしね」
ケンにだけ聞こえるような小声で、しかも思考念波を使った防音魔術を行使して声が漏れるのを制御しているので、周りには全くヨシトの話は聞こえない。
さすがに魔力視魔術を行使すれば、魔素の動きからヨシトが何らかの魔術を使っている事に気付くだろうが、それは魔力体を覗き見る行為に等しいので、相手の思考力を感じなければ普通はそんな失礼な事はしない。
だから、常時発動型の『魔力視』ギフト持ちくらいしか彼の力には気付かない訳だ。
ただし、魔力視はあくまでも魔素の動きを捉えるだけなので、思考念波自体を感じる事は出来ない。
思考念波魔術は、目の前で魔素の動きが無い限り、素養のない人には気付かれない便利な魔術なのだ。
ちなみに、彼が思考念波魔術の使い手である事をマリは知っているが、トリプルギフトの件と合わせて、例え家族でも話さないと決めている。
この二つはヨシトの切り札だから出来るだけ隠しておきたいし、例え教えたからといって、どうなる訳でもないという理由も大きい。
だが、その辺の事情を知らない好奇心の強いケンが、無理だと言われて納得するはずもない。
彼は、目の奥に力を込めて目の前の怪物に話しかける。
「僕が先生の生徒になったら教えてくれますか?」
ヨシトはフッと笑うと、「それは君次第だよ。…さあ、家に入って詳しい話をしよう」
そう言って、両親を案内しながら立ち去る彼の後ろ姿をケンは見つめる。
ケンはヨシトのすごさを実感して、何としても家庭教師になってもらいたいと心に決めた。
マッケンジー家一同は外階段を上がり、ヨシトが住む3階の住居スペースの入り口に案内される。
玄関ホールで、マリが家族に一声かける。
「ここからは、靴を脱いでスリッパに履き替えるの」
マリは慣れた様子で靴を脱ぐと、スリッパを履く。
それを見習って、3人もそれぞれ履き替える。
「土足禁止なんて珍しいわね。まるでケンちゃんの部屋みたい」
ルルの言葉に、ダンも意見を言う。
「いや、外国ではそんな地域もあるって聞いた事があるよ。掃除も楽だし、合理的だと言えるね」
それを聞いて、ヨシトはすまなそうに言う。
「すいません、マッケンジーさん。地域とか関係なく、俺のわがままなんです。何となくですが、靴を脱いで生活するのが楽なんですよ。慣れないでしょうが辛抱してください」
ダンは、逆に恐縮して低姿勢で答える。
「いいえ、構いませんよ。でも、家の造りからして違うという事は、ここは注文建築なんですね」
「ええそうです。ちょっと趣味に走っているから驚かれるかもしれません」
そう言って、廊下を歩いていくヨシト。
彼の後ろを歩きながら、ケンは強い既視観を覚える。
そこはまるで、日本の超高級マンションのようだった。
艶消しの見事な造りのフローリング床に、部屋には細かい細工の施された木製の扉。
木をふんだんに使った造りは、この世界では安っぽいとされるが、廊下の壁と天井は魔術を使った一体構造で、温かみのある大理石風だが、壁と天井の色は変えてあり、はめ込み型の照明器具が付いている。
見る人が見れば、全てが質の高い素材を使っているのが分かり、全体的に落ち着いた色目が何ともいえない高級感を出している。
ケンは確信する。
この人は、自分と似た前世の記憶を持っているに違いないと。
しかし、同時にケンは考える。
(前世の記憶なんて、厄介なだけだよな。ウッドヤットさんも僕みたいに小さい頃は、すごく苦労していたかもしれない。下手に言うと気を悪くするかもしれないし、どうしようかな? ここに下宿する事になったら、とりあえず時間はたっぷりあるからとりあえず黙ってようかな?)
そんな事を考えている間に、広い居間に着く。
ここも、日本のLDKの間取りに近く、床もフローリングだ。
窓は大きく取られ、バルコニーなど無いが、天井も高いので解放感がある。
20畳以上はある居間の真ん中には4人がけのソファーが置いてあり、その下には高級品のじゅうたんが敷いてある。
「どうぞ、座ってください」
ヨシトは、ソファーの間にある低めのテーブルの下から箱型の補助椅子を取りだすと、90度の位置に置いて座り、4人をうながしてソファーに座らせる。
既に、テーブルの上には5人分の紅茶のセットが用意されている。
「とりあえず、お茶にしましょう」
「先生、私が入れますから」
マリの言葉に頷くと、ヨシトは早速話し始める。
「急に来ていただいて申し訳ありません。どうしても平日はバタバタするので、無理を言いました」
ダンは、部屋の雰囲気に圧倒されつつも、何とか言葉を返す。
「いいえ、こちらこそ無理なお願いを聞いてもらえるのですから、何の問題もありません。それに、店を休みにして家族でこの街を観光するつもりでいるんです。そうでもしないと、自営業は休みなど取りにくいですから」
ヨシトはチラリとソファーの横に置かれた荷物を見る。
「なるほど、それで荷物があるんですね。…もう、ホテルは決められましたか?」
「いいえ、さすがにそこまでは」
「それでしたら、4階にゲストルームがありますから使ってください。2部屋ありますから、ご家族全員で泊れますよ」
さすがにその申し出には、ダンは遠慮する。
「いいえ、いくらなんでもそれは…」
「今からホテルを探して泊るより落ち着けますよ。それに、もしこの話がまとまれば、ケン君はそこで生活してもらう予定です。せっかくですから住み心地を確かめてください」
それでもダンが悩んでいると、ルルは助け船を出す。
「あなた、ここまで言ってくださってるんだから、ご厚意に甘えましょうよ。一泊だけなら、それほどご迷惑にはならないでしょうし」
ルルの後に続いて、さわやかな笑顔でヨシトは話す。
「いいえ、マッケンジー夫人。何拍だって構いませんよ。ですが、かえって気を使われるのでしたら、せめて一泊だけでもされてみてはいかがですか?」
そこまで言われたら、断る方がかえって失礼になる。
「わかりました、お世話になりますウッドヤットさん」
「ええ、ゆっくりして行って下さい」
ダンとヨシトは再び握手を交わす。
これで、家庭教師の話がどうなろうが、マッケンジー家一同の今日の宿泊場所は決まった。
それからしばらくは、本題そっちのけで雑談交じりの話になる。
なにせ、このままここに泊るのだから、時間はあるのだ。
「そうですね、やっぱり展望台が一番有名ですね」
どうやらヨシトは観光案内をしているようだ。
「楽しみだわ。マリちゃんは行った事があるの?」
「…一度だけあるわ」
「へぇー、誰と行ったのかしら?」
「私は、この街には勉強しに来てるのよ。魔道具を造っている仲間とに決まっているでしょ」
確かに間違っていない。
その人物は、目の前にいるが。
おおよそ30分は話していただろうか。
紅茶も飲みつくした頃に、ヨシトは話題を変える。
「それでは、ゲストルームに案内します。それから夕食はどうされます? もしよろしければ、用意しますけど」
「いいえ、外に食べに行きますわ。近くのお店をご存じかしら?」
ルルはそう言うが、マリは反対する。
「母さん、ここのお店は駄目よ。先生、私が作りますから、キッチンをお借りします」
ダンは少し驚いて、娘の方を見る。
「マリ、それはさすがに失礼だろう。使い勝手も分からないだろうし」
「いいえ、父さん。ここのキッチンは、よく使っているの。子供達に何度も料理をふるまってるから問題ないわ。せっかくだから、先生にもごちそうしたいし」
ダンは、ここで獣人の子供達が、娘と一緒に魔道具造りをしているのを知っていたので、それならばと納得する。
実は、さっき聞かされたばかりなのだが、カンの良い人なら気付く不自然な状況にもダンは人の良い笑顔を浮かべている。
「そうだね、せめてそれくらいしておかないと世話になりっぱなしじゃ申し訳ない。ウッドヤットさん、それでよろしいですか?」
「ええ、それじゃあ4階に上がりましょう。マリちゃん、もし何か解らない事があったら、上に上がって来てくれ」
そう言うと、ヨシトは立ちあがって自然な動作でルルの荷物を持ち、階段へ続く廊下のドアを開ける。
実に紳士的な対応だが、人間族にはレディーファーストの習慣は無いので、これは非常にキザな行為と言える。(文末参照2)
まして、夫の前でそんな事をするなんて誤解を生みかねない。
ルルとマリは、驚いてそれぞれの相手を見るが、2人とも全く気にして無いようなのでガックリとする。
そして、近寄って小声で話す。
(マリちゃん、後でウッドヤットさんに注意しておきなさい)
(了解、でも悪気は無いのよ。だから、父さんには言わなくていいから)
(あたりまえよ、まさか夫と自分の恋人の前で、私を口説く訳ないでしょ。もちろん、ダンには言うつもりは無いわよ)
女性2人がそんな会話を交わしているとも知らず、男3人は階段を上って行く。
ヨシトとダンは気が合ってるようで、仲良く話している。
それは嬉しいのだが、何となく納得がいかない2人は顔を見合わせる。
「母さん、ごめんね。でも、ヨシトさんは浮気性では無いのよ」
「ええ、だけど勘違いした女性に言い寄られかねないわ。マリちゃんも苦労するわね」
母子は苦笑しつつもその場を離れ、マリはキッチンへ、ルルは4階に上がっていく。
2人とも、好きな人の欠点なんて、よく知っているのだから。
ルルが4階に上がると、階段のすぐそばでヨシトが待っていた。
夫はどこにいるかと視線を移すと、階段の上がり口の1m50cm×3mほどのホールに一つだけある扉を開けたまま立ちつくしている。
何事かと思い、ルルも夫の背中から扉の中を覗き込む。
そこに見えたのは、高い天井だった。
5m以上はあるだろうか。
驚いて、夫と共に中に入る。
部屋の広さは10m四方はあり、床は複合材、窓は小さめだが数は多い。
見る人が見れば、相当頑丈な素材が使われていると分かるし、しかもヨシトの手によって改造されているので、ここで大きな爆発が起こっても、外には何の影響も無いだろう。
振り返ると、上ってきた階段の上にも、恐らく屋上に上がる為の階段が見える。
その横にはエレベーターがあり、これもどうやら屋上まで続いているようだ。
部屋というよりは、小さな体育館の様な印象を受けるこの場所は、色々な魔術機械が置いてあるのを見るとトレーニングルームの様である。
階段から向かって左側を見ると、ベランダがあるメゾネットタイプ(2階建て)のゲストルームが2つある。
奥側の部屋のドアが空いてるのを見ると、ケンが中にいるのだろう。
言葉もない2人に、ヨシトは後ろから声をかける。
「もうケン君は中を見て回っていますが、よろしければご案内します。まずこの部屋は、魔術の簡単な訓練が出来ます。かなり丈夫に造っているので、多少のことではびくともしませんよ。屋上もありますけど、小さな倉庫と車庫があるだけで、大したものは置いていません。もしご覧になりたかったら、鍵を開けますので言ってください」
いつまでも驚いていても仕方ないので、ルルは気を取り直してヨシトに話しかける。
「すごい造りですね、驚きましたわ。ウッドヤットさんは、ここで魔術の訓練でもしているのですか?」
「いいえ、今はもうほとんど使ってませんね。元々は魔道具の効果を確認する目的で造ったんですが、だいたいは2階の作業場でも確認出来るので、無駄なスペースになっていますね。まあ、一人暮らしですから構わないんですが」
その時、ケンがゲストルームのドアから飛び出してくる。
「お父さんお母さん、ここはすごいよ。広いしきれいだし2階建てでベランダもあるんだ。ベランダが建物の内側向きなんて面白いよね」
「こら、ケン! はしゃいじゃ駄目だろ」
「はーい、でもお父さんも見てよ。本当にすごいんだから」
「…そうだね、ウッドヤットさん、見せてもらっていいですか?」
「もちろんです。さあ、お2人ともどうぞ。空調とかの使い方や、サブベットについて説明します。特にお風呂とトイレが少し変わっていますので、それも合わせて説明しておきます。一応マニュアルも置いてますから、もしよろしければ目を通してください」
ルルとダンは、ゲストルームの中に入る。
そこはまるで、地球の高級ホテルの部屋の様な造りだった。
まず先に階段を上がって、2階部分の部屋に着くと荷物を下ろす。
そこは15畳ほどの部屋で、セミダブルのベットと収納式のサブベットが置いてあり、履き出し窓からベランダに出れる。
立派な机や書棚が置いてある事だけが、ホテルとは違う点であろう。
それから、4人はゲストルームの1階部分に下りる。
一階部分には、お風呂とトイレと小さなキッチンがあり、それ以外は、ふかふかのじゅうたんが敷き詰められた、居間の様な部屋である。
家具はほとんど置いていないが、小さな2人がけのソファーが部屋の隅にある。
キッチンの横のトイレは、温水洗浄付きの便座という、この世界ではめったに見られない代物だ。
風呂も、追いだき機能付きでシャワー付きという高級品である。(文末参照3)
それらの使い方を聞きながら、ルルは数年前に見た資料を思い出していた。
(建築博士に、魔術工学博士に、魔術教練マイスター。その上、魔道具及び魔術機械製造マイスターは、何かの冗談かと思ったけど信じるしかないわね。だって、現物を見せられると疑う方が馬鹿みたい。それにしても、ケンちゃんはこんな場所に住んじゃって大丈夫かしら?)
彼女の心配をよそに、ケンは完全に馴染んでいるようだ。
もちろんそれらの使い方を知っているのは、前世の記憶のおかげである。
ケンにとって、この場所は理想的な環境である。
すっかり気に入ったのか、喜びを隠せずに、はしゃいでいる。
だが、彼はまだ気付いていない。
ヨシトが、まだ家庭教師の話をしていない事や、ケンの様子を何も言わずに観察している事を。
自分にも他人にも厳しいヨシトは、見極めようとしているのだ。
ケン=マッケンジーという、まだ10歳の男の子を温かくもあるが冷静な目で。
つまり、ヨシト=ウッドヤットはケンの家庭教師をするとはまだ決めてはいない。
それが、ケンの幸せにつながるかどうかは解らないからだ。
何より彼は、エリート校自体を嫌っているのだから。
設定および解説
(1)ケンがヨシトから感じていたプレッシャーが消えた事について
ヨシトはケンの様子を見て、自由魔素との親和性が高い事を見抜いたのです。
ヨシトが以前に会った精霊族の中には、自由魔素との親和性が10%を超える人がいて、ひどく怖がられた経験から推測したのです。
だから、自由魔素防御魔術を思考念波を使って発動して、プレッシャーを10分の1程度に抑えたのです。
(自由魔素を完全に防御すると、魔力を回復出来ませんし、いくら彼でも半日程で窒息してしまうから10分の1程度にしています。)
ケンがヨシトが何をしたか解らなかったのは、思考念波魔術を使えないからです。
自由魔素との親和性が10%を超えるのが思考念波を使える最低条件ですが、ケンは才能がないので一生使えません。
(2)人間族にはレディーファーストの習慣は無い事に付いて
言葉通りですが、これは男女の体力差がない事に由来します。
人間族は魔力体ベースなので、体力の個人差はあっても性差はありません。
ですから、別に困ってもいないのに異性の荷物を持ったり、ドアを開けるのは不自然です。
つまり、ヨシトのやった行為は、『あなたに気がありますよ』と取られても仕方ありません。
夫の目の前でするなんて、論外と言えます。
でも、どちらかと言えば上流階級の習慣なので、田舎者のダンは『親切な人だ』と受け取ったのです。
もちろんヨシトも単なる親切心でやった事です。
彼は、まだ日本人の感覚が完全には抜けていないという事です。
ちなみに、獣人族は男性の方が少し力が強く、特に貴族社会ではレディーファーストの習慣は存在します。
しかし、一般的ではありませんし、女性の方が魔力値が高い場合が多いので、地球の様なジェンダーフリーの様な思想自体がありません。
(3)お風呂とトイレの事情
この世界のガレア地方は、地球の20世紀前半程度の文化レベルですが、魔道具が発達しているので、田舎でもシャワーや風呂や湯沸かし器はあります。
ただし、一般家庭では、水を魔道具で加熱してタンクに溜めておくタイプがほとんどです。
追いだき機能、つまり専用の家庭用風呂釜なんてものは一部の金持ちしか使っておらず、ここ最近出回ってきたものです。
つまり、ヨシトが造って、ダミーの商会を通じて販売しています。
トイレは洋式タイプが主流ですが、直接下水に流すのでは無く、都市では簡易浄化槽、田舎ではくみ取りです。
温水洗浄付きの便座は、いうまでもなくヨシトが造った物です。
値段も高めでメンテナンスが必要なため、ほとんど普及していません。
魔術を使えば洗浄便座自体必要ありませんから、ヨシトが設置しているのは獣人族の子供達の為です。
そもそも、この世界の人間族は、あまりトイレに行きません。
大きい方で週に一度くらい、小の方も二日に一回程度です。
(ただし、酒飲みの場合は別です)
獣人族でさえ、大で三日に一度くらい、小の方も一日一回するかしないかです。
つまり、トイレをそれほど重視している人は少ないんです。
これは、地球人とは生理機能が異なる上に、物質の分解効率がいいと設定しているからです。
ちなみに、ヨシトはよく食べるので、獣人族と同じレベルで排泄します。




