第32話 番外編 ヘタレ男と商売人
ウッドヤット商会の一階店舗の向かって左奥にある応接室で、ヨシト=ウッドヤットとエマ=シンプソンは来客用のソファーに座り、紅茶を飲んで話し合っていた。
エマのぶしつけといえる質問に少々困惑しつつも、彼はその言葉の意味を考える。
あらゆる可能性を検討して行き、しばらく考えてから結論を出す。
(恐らくシンプソンさんの言っている事に嘘は無い。
初めは俺がマリちゃんにあげたペンダントを見て、商売人として来たと思ったけど、本当に孫娘の事を第一に考えて話しているんだろう。
多分、得体の知れない孤児の俺とマリちゃんの仲を心配して様子を見に来た可能性が高い。
その後、恐らく俺に好感を持って、2人の仲を取り持とうとしているんだろうな。
人間族にしては珍しいタイプの人だけど、マリちゃんの両親はすごく家族思いの人達の様だから、この人がそうであっても不思議じゃない。
でも彼女は俺を誤解している。
俺は、女性を幸せに出来るタイプじゃ無い)
だからヨシトは、彼女の質問に答える事にする。
彼にとっての真実を包み隠さず、誤解の無いように。
「本来は、答える必要は無いとは思いますが、理由があるようなので話しておきます。
個人的な理由で、恋人とパートナーを分けない方がいいとは思っています。
ただしそれは、獣人族に傾倒しているとかでは無いですし、宗教観とも関係ありません。
それに、もうそんなこだわりは、ほとんどありません。
以前は交際相手にそれを望みましたが、その結果、上手く行かなくなった事が何回かあって、今では後悔していますので、パートナーと恋人を切り離せると思います。
実際、半年ほど前までは人間族のパートナーがいましたが、彼女とは恋人関係ではありませんでした。
今は、恋人もパートナーもいませんけど、どうしても必要だとは思っていません。
マッケンジーさんにも言った事がありますが、そもそも俺はモテないんですよ」
ヨシトの話を聞いて、エマも腹を割って話す事にした。
それは、一瞬だが、彼の心の闇が見えた気がしたからだ。
そうだとすれば、これは彼とマリとの関係を考える上で非常に重要な部分だからだ。
同時に彼女は、彼が天涯孤独である事を思い出す。
こういう話が出来る人が、彼の周りにはいないのかもしれない。
それならば、ガラではないが、お節介を焼いてみてもいいだろう。
いくら天才とはいえ、彼はまだ38歳で、とても若いのだから。
「信じられない話だね。
モテないと言う話もそうだけど、たとえそうでも獣人の女性相手なら引く手あまただろうに。
ウッドヤットさんは、獣人族も除外しないんだろ?
だったら、適当に付き合えばいいと思うよ?」
彼女のあえて突き放した言い方に苦笑しつつ、彼は答える。
明らかに感じの変わった彼女の様子を見て、勘の鋭い彼には、思う所があるのだろう。
その内容は、更に赤裸々な物だった。
「ご存じでしょうけど、元々30歳近くまでは学問一筋に打ち込んでいました。
魔力体の安定が遅かった事もあって、20歳頃までは、そもそも女性とお付き合いした事もありませんでした。
その後、何人かとは恋人関係になりましたが、いずれも振られました。
本当の理由はわかりませんが、彼女達の別れ話はほぼ一緒で、『あなたには、もっとふさわしい人がいる』と言う内容でした。
それに、この街の獣人女性は全て出稼ぎで、明らかに結婚を狙っている人ばかりですから、そういう関係になりたいと思える人はいませんでしたね。
ですからシンプソンさん、マリちゃんと俺を無理にくっ付けても、彼女が迷惑するだけですよ」
エマはその言葉に呆れて、そして納得する。
恐らく間違いないとは思うが、一応、質問を追加してみる。
「最後に別れたパートナーも同じ理由だったのかい?
それとも、体の相性が合わなかったのかい?」
今更隠す必要もないので、正直に答える。
「彼女の場合は、俺が忙しくてあちこち飛び回ってた時期だったので違いますね。
単純に体の相性が良く無かったのと、時間が合わなかったと言うのが大きな理由です」
「何で、その後に新しいパートナーを探さないんだい?」
「…それは、無理してパートナーを探す気にならなかったから…、
いいえ違いますね。体だけの関係は、あまりよく無かったと言うのが本心です。
もちろん相性が合わなかったせいもありますが、どうやら俺は、そっち方面に欠陥があるようです」
彼女は確信する。
この男の恋愛観はいびつだ。
まるで獣人族の若者の様にナイーブで、理屈では分かっていても頭が良い分、相手の事まで考えてしまって割り切れないのだろう。
それならば、年長者として言う事は言わなければならないだろう。
「全く、あなたは馬鹿だね!
どうせ、年の近い、若い子とばかり付き合ってたんだろうさ。
どうだい? 違うかい?」
彼女の強い口調に、思わず頷くヨシト。
全くその通りだったからだ。
「それなら、あなたを振った女性達の言い分は最もだよ。
あなたに頼りっきりになってしまうと思ったんじゃないかね。
人間族の恋人は、お互いに高め合える関係じゃなきゃならない。
まあ、1流を目指さない2流以下の人間族は別だけどね。
だから、優秀な若い人間族の女性にとっては、獣人族の様に愛されるのは重荷なんだよ。
戦争時代ならともかく、若い時代から相手の全てを受け入れる覚悟を持った人間族なんて変わり者以外はいないよ。
そもそも、人間族が年にこだわってどうするのさ。
適当に付き合うつもりでないなら、もっと年上と結婚を前提に付き合いなさいな。
それが出来なきゃ、いっそのこと、獣人女性にお金を渡して割り切って付き合う方が良いよ。
彼女達は情熱的だから、あなたの心を癒してくれるさ」
さすがにそれは抵抗感があったので、恐る恐る反論して見る。
「えーと、結婚って子供の為にするんですよね。
さすがにまだ早いと思いますよ。
それに、お金を払って女性を買うのはちょっと無理というか…」
「だまらっしゃい! あなたが言っているのは、そういう事なんだ。
人間族が獣人族と同じ感覚で恋愛するって事は、そうなってしまうんだよ。
結婚するならともかく、あなたの若さじゃ、100以上も年が離れていたら恋人になるのは難しいよ。
当人同士が良くても、相手が世間から白い目で見られるからね。
それに、お金を払って女性を買いたくないだって?
だったら、ウッドヤットさんは獣人女性と結婚する覚悟はあるのかい?
あなたみたいに最大魔力値が高いと、出産はそれこそ命がけになるよ」
それを聞いて、彼は黙る。
彼女の言う事は、全く正しく反論の余地がない。
何より、彼の懸念を完全に言い当てられたからだ。
この街での獣人女性との恋愛は、即結婚につながる可能性が高い。
彼が今まで獣人女性と付き合ってこなかったのは、まさしく出産時の女性の体の事を気遣ってである。
獣人女性を相手にする場合は、相手の死さえ覚悟して結婚前提で付き合うか、愛人を囲うようにして、決して結婚にはつながらない恋愛を楽しむかの2択になってしまうのだ。
後者の場合は、彼女の言うように、せめてお金だけけも渡したほうがまだ親切だろう。
それでは人間族相手の場合はというと、世間の目を忘れて相当に包容力があるかなり年上の女性と付き合うか、彼自身が心と体を分ける覚悟が必要である。
若い人間族の女性相手に、パートナーと恋人、言いかえれば、体と心を同時に求めるのは難しいと言うエマの意見は、気付かなかったが、言われてみれば最もである。
彼がもっと年を取れば解決する問題かもしれないが、まさか何十年も決まった相手がいない状態を続けるのはさすがに辛い。
彼が分けられない以上、同年代の人間族女性のパートナーには体だけを求め、恋愛感情が芽生えそうになればあっさりと別れる必要がある。
逆に好きな人相手には、体を求めない覚悟が必要である。
それに抵抗感があった事こそが、現在ヨシトに恋人もパートナーもいない理由である。
あえて考えない様にしていた事実を突き付けられ、ヨシトの優秀な頭脳は全力で動き出す。
彼女が真剣に言ってくれている以上、こちらも真剣に考えるべきだと思うからだ。
今まで逃げていた事に結論を出す為に、自分の気持ちと相談しながら必死で考える。
自分の特殊な生い立ちや、心の負の部分とも向き合い、どれぐらいなら耐えられそうか、何が駄目なのかを今までの経験を元に一つ一つ検証していく。
今までの苦難を乗り越えて来た経験からみても、それこそが自分の幸せにつながると信じていいはずだ。
例え予想外の結果になってしまっても、それもまた経験の一つであり、彼はまた一つ成長するのだから。
しばらくして、彼は心を定めて決断を下す。
「シンプソンさん、ありがとうございます。
どうやら俺は、人間族の宿命から逃げていたようです。
ずっと自分なりの努力や勉強をして来ましたが、俺の恋愛レベルは獣人族の学生並ですね。
さすがに今は結婚する気はありませんから、割り切って付き合うようにするか、もっと積極的に人間族の女性に声をかけて、俺の恋愛観に合う人を見つけたいと思います」
その返事に、エマは心底呆れる。
こんなに頭の回転が速いのに、誰でも簡単に気付く事も知らなかったこの男が天才とか、まして『完璧超人』と言われているのは悪い冗談なのだろうか?
しかし、妙に納得できる部分もある。
(そうだったね、天才なんてこんな変人ばかりだった。
考えてみれば、完璧な人間なんているはずはないね)
何だかどっと疲れた彼女は、一応確認のために話してみる。
「今まで、あなたから声をかけた事は無かったのかい?
それなのにモテナイなんて、よく言ったもんだよ。
私のお勧めは、まずは人間族の恋愛に慣れる事だね。
軽い気持ちでプレイをして割り切る事だよ。
それでもまだ獣人族みたいな恋がしたいなら、覚悟を決めるか、数多く当たって、同じような感覚を持つ人間族を探す事だね」
「はい、そうします。何だか俺の相談に乗ってもらったみたいで恐縮します」
良い表情でにっこり笑う彼の顔を見て、何となく嬉しくなる気持ちをエマは制御する。
彼女自身が彼に惚れてしまっては仕方無いのだから。
何より今は、本来の目的を果たさないといけない。
「さて、話が決まった所で、私の相談に乗ってもらおうかね」
彼女の笑顔を見て、彼の表情は引き締まる。
確かに話が脱線してしまったと思うからだ。
「…そうでしたね。
マリちゃん、…すいません、マッケンジーさんの事で、何か不安な事があると言う話でしたね。
しかも、俺の恋愛事情に関係があるって言う事だったと思うんですけど…」
「マリの事ぐらい、名前で呼べばいいよ。
さっきまであんな個人的な事を話しておいて、今更なに言ってるんだい。
それに、始めから全部話はつながっている事は、あなただって予想が出来るだろうに」
彼は頷くと、演技無しで真剣に彼女に尋ねる。
「そうですね、確かに変な遠慮はやめておきます。
それで、俺の恋人やパートナーの有無が、マリちゃんと何の関係があるんですか?」
それを聞いて、半分以上本気でエマは溜息をつく。
「今の話を聞くまでは、マリの恋人かパートナーになって欲しかったんだよ。まあ、今でもパートナーくらいにはなって欲しいけどね」
心底意外だったヨシトは、戸惑いながら首をひねる。
「あの、シンプソンさん? なんでそうなるんです。
確かに積極的に探す話はしましたけど、俺みたいにややこしい男には、彼女は合わないでしょうに」
(ぴったりなんだよ、この朴念仁め!
でもルルみたいに、いきなり結婚されるのは、もう御免だよ。
せめてマリが100歳ぐらいにならないと、今度こそは簡単には認められないよ。
あの子は、うちの商会の後継ぎ候補なんだからね)
思わずこめかみに青筋が浮かびそうになるのをエマは必死で我慢する。
「さっきも言ったように、あなたに恋人やパートナーがいたら、別に無理を言うつもりは無かったんだ。
そんな事をしても、孫娘は喜ばないからね。
ただこれは、あなたにも責任がある事なんだよ、ウッドヤットさん」
「どういう事です?
マリちゃんの恋人やパートナー選びが、俺に何の関係があるんですか?」
エマは憂鬱そうな表情で、彼の目をじっと見つめる。
「マリはつい最近、ようやく魔力体が安定したんだよ。ウッドヤットさんは知ってたかい?」
「…いいえ」
「医師のあなたには説明する必要もないけどね、これは遅い、すごく遅いよ。
マリの魔力量が多いとはいえ、あなたみたいな数値ならともかく、普通は成人前に安定する物だよ。
…そこで聞きたいんだよ、ウッドヤット医学博士。この原因を推測出来るかい?」
もちろん思い当たる点はある。
4年ほど前の、ヨシトとマリの魔力体の同調事件だ。
「…断定できませんが、魔力体か魔蔵に何らかのダメージがあったからと思われます」
「それで、何か思い当たる事は?」
「…あります」
「そういう事さ、私も1週間前に聞いて、ようやく納得できた。
自由魔素の親和性が上がったのは感謝してるよ。
でもね、そのせいで普通は学生時代に恋人やパートナーを選んで経験をする事がマリには出来なかった。
17にもなって未経験なんて、獣人族の貴族の娘や聖職者でもいないんじゃないかい?」
「いえ、そういう人も結構いますから。…すいません、失言でした」
エマににらまれて、シュンとなるヨシト。
確かに自分に責任の一端はあるのだから、怒られてもしょうがないと彼は思う。
この辺が、一般の人間族とずれているのだが、理屈では分かっていても彼は謝るしかない。
もちろんエマも分かって言っている。
元々好意でやった事の上に、マリ本人は気にしていないし、何の悪影響も出ていないどころか能力値が上がると言う幸運に恵まれたのだから責任などこれっぽっちも無い。
はっきり言って、論理的でも理知的でも無く、やくざのインネンを付ける行為に近いが、マリは容赦しない。
可愛い孫娘と気に入った赤の他人の利益の為に、更に責め上げる。
「孫娘がウッドヤットさんを好きかどうかなんて知らないし関係ないよ。
でもね、さっきも言ったように信頼している事だけは間違いない。
だからこそ、あなたを責めもせず、パートナー選びをしようとしているんだけど、これが厄介でね。
ウッドヤットさんを見てるから、男を見る目がどうしても厳しくなるみたいなんだよ。
だけど一応、先生と生徒扱いになるから、マリはあなたに頼む訳にもいかない。
あの子は、その辺を妙に堅苦しく考えちゃうんだよ。
パートナーになったら、あなたに迷惑をかけるとでも思っているんだろうね。
恋人相手でも情に流されて判断を謝る人間族なんて少ないから、成人同士なら、世間的に見れば全く問題ないのにね」
彼は更に真剣に考え込む。
彼女が何を求めているか、分かったからだ。
「つまり、彼女のパートナーになってその責任を取れって言うんですか?」
「そう思ったんだけどね。…少し不安だよ。
お互いの相性が合って、恋人同士になる程度なら構わないんだけどね。
今の話を聞いてしまうと、歯止めが効かなくなって、ウッドヤットさんは、うちの娘夫婦と同じように、若い内に結婚してしまうかもしれない。
マリはあなたのことを信頼しているから、結婚を申し込まれたら断らないかもしれない。
それは、マリの成長を止めるかもしれない。
まあ、そんな事は無いとは思うけどね」
心外そうな表情で、彼は話す。
「俺は少なくても50歳くらいまでは結婚するつもりはありません。
まだまだ未熟者だし、ましてマリちゃんはまだ10代ですよ。
あり得ませんよ」
(ああ、そうだろうさ。そんな情熱的なタイプなら、こんな事にはなって無いよ。
あなたなら、例えマリが申し込んでも成長を待ってくれるだろうさ。
さて、最後の詰めと行くかね)
エマは内心の喜びを作り笑顔に変えて、嬉しそうな声で話す。
「だったら何の問題も無いよ。
マリのパートナーになってくれるんだね。
ああ、よかったよ。
これで心配事は無くなった。
ウッドヤットさん、孫娘をよろしく頼むよ」
「え? いや、でも、そんな事…」
「お互い、パートナーがいないんだから何の問題もないだろう?
結婚さえしなけりゃ、恋人になってもらっても私は一向に構わないよ」
この時ヨシトは、完全にエマの術中にはまった事を自覚したが、後の祭りだった。
「あの、マリちゃんの気持ちを無視してそういうのはちょっと…」
「何言ってんだい、たかがパートナーだろ。
体の相性が合わなかったら解消すれば済む事さ」
「ですけど、俺は色々忙しいので、時間が合わなくて彼女に迷惑をかけるかも…」
「お互い、移送スキル持ちだろう? 相手がルミネシアの裏側にいたって何とかなるよ」
「でも、一応教え子なので、何だか権力をかさにきて相手が断れないのをいいことに…」
「さっきも言っただろ、世間的には問題ないよ。
だいたい今からウッドヤットさん以外の相手を見つける方が大変なんだよ。
それに、さっきからなんだい!
マリが気に入らないならはっきり断ればいいんだ。
あなたのせいでパートナー選びには苦労するだろうけど、あの子は優しいから文句一つ言わないはずさ」
完全に追い詰められたヨシトは、珍しく混乱している。
(あれ、何で俺は断ってるんだ?
責任を取るみたいなのは嫌なのか?
そもそも責任なんかあるのか?
断る理由がないから?
お互い相手がいないんだから、メリットのある話だよな。
年の差? 相手が10代だから?
そんな日本人みたいな考え方は、さっき止めるようにするって決めただろ!
それとも俺は、マリちゃんとパートナーになる事が嫌なのか?)
その様子を見て、止めとばかりにエマは言い放つ。
「ウッドヤットさんが申し込む気が無いなら、私がマリから申し込むように言うだけさ。
全く情けないね、それでも男かい!
さっきの決意は嘘だったんだね、見損なったよ」
わざと怒ってソファーから立ちあがるエマは、身をひるがえして応接室を出て行こうとする。
「待ってください!」
その言葉が来ると確信していたエマはニタリと笑った。
振り向いたその顔は、無表情だったが。
「俺がパートナーの申し込みをします。
言っときますが、責任とか関係ないですからね。
だいたい、マリちゃんとは魔力体の相性がいいから、パートナーにはうってつけなんです。
それに、彼女が断る可能性だってあるんですから、ご期待に添えるかどうか分かりませんよ。
今から呼んできますから、それまでには席を外してください」
マリが断る可能性なんて100%ない事を理解していたエマは、今日一番の笑顔を彼に向ける。
「ああ、それはよかった。
何なら恋人になってくれるとありがたいね。
じゃあ、私は帰るからマリをよろしくね。
そうそう、ついでだから私がマリを呼んでくるよ。
ごきげんよう、ヨシトさん」
そう言って、さっそうと部屋を出て行く後ろ姿を見て、ヨシトは苦笑する。
完全にしてやられたが、悪い気分では無い。
彼は、腕を頭の上にあげて思いっきり背筋を伸ばすと、覚めた紅茶に口を付け、マリが現れるのを待つ事にした。
2階の作業場に戻ったエマは、獣人の子供達と楽しそうに話しているマリに近寄っていく。
「マリ、私はもう帰るからね。見送りはいらないよ」
「そう、じゃあね、おばあちゃん。それと、ヨシトさんの作品はすごかったでしょ」
「ああ、そうだね。でもちょっと見ただけさ。今日は商売っ気は無しって言っただろ」
「その割には、長く話していたようだけど」
「ああ、ウッドヤットさんと色々話したんだ。面白い人だったよ」
「…おばあちゃん、まさかヨシトさんに、変な話はして無いでしょうね?」
「まさか、私は腐っても商売人さ。双方に利益が出る話しかしないさ。それに、一流の商売人はね、三方に利益が出る話をするんだよ」
にっこりと笑ったエマの表情を見て、マリも楽しそうに笑う。
自分より遥かにやり手の祖母に、孫らしい親愛の情を込めて。
「それじゃあ帰るよ。…ああ、ウッドヤットさんがマリを呼んでたんだ。危うく忘れるところだったよ。一階の応接室にいるから急ぎな」
「もう、早く言ってよ。それじゃあおばあちゃん、今日の夜にまた会いましょう」
そう言って、一階に下りて行くマリの後ろ姿を見ながら、エマは考える。
(今日の夜、どんな顔をして帰ってくるか楽しみだね。とっておきのワインでも用意しておこうかね)
そのまま彼女は、店を後にする。
分かりきった結果など、確認する必要はない。
今日は後一つ、リンク商会のネオジャンヌ支店の視察という仕事が残っているのだから。
今話までが、少年編とさせていただきます。
閑話を2話はさんでから、青年編に移る予定です。




