表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/94

第29話 番外編 マリ=マッケンジーの就職

ミレーヌ町にあるシンプソン家の居間では、3人の人間族の女性が集まっていた。

3人は血族であり、仲の良い家族である。

見た目は3姉妹で、その実は直系3代の親子は、上から年齢順にエマ=シンプソン、ルル=リンク、マリ=マッケンジーである。


対面式の豪華なソファーに2対1で腰をかけて、その間にあるテーブルの上には、円形で美しい幾何学模様きかがくもようの透かし彫りのペンダントが置いてある。

先程から、エマが薄茶色の瞳をペンダントに向けながら、それの鑑定結果を並んで座っている母娘に説明している。


落ち着いた様子で話すエマに対し、説明を受ける2人は驚いて言葉も出ないようだ。

マリがヨシト=ウッドヤットから4年ほど前にプレゼントされた、『解毒のペンダント』をエマのギフトで『鑑定』をしてもらった結果、とんでもない代物しろものだと解ったのだから驚くのは当然だろう。

鑑定結果を話し終えたエマは、ペンダントを手にとって握りしめる孫娘を見ながら話しかける。


「さあ、説明は終わったよ。

それで、マリはそのペンダントを売るつもりなのかい?」


エマが、商売人らしい事を言う。


「売りません! 売る訳ありませんから!」


マリは、祖母の言う事に過剰反応を示し、急いでペンダントを首に掛け、服の下に隠す。


「でもマリちゃん、2000万ギルよ。

いいえ、母さんならもっと高く売ってくれるわよ。

だいたい、あなたには解毒なんて必要ないでしょ。

戦闘職になる訳じゃあるまいし」


ルルは、結構本気で娘にペンダントの売却を勧めている。

既に、彼女の目の中はギル(お金)に変わっているようだ。


「私はペンダントより、そのヨシト=ウッドヤットと言う男の方に興味があるね。

まだ若いから仕方ないけど、商人としては、そんな優れた職人を知らなかったなんて不覚だねぇ。

…マリ、早速会いに行こうか?」


「そうね、私も会ってみたいわ。マリちゃん、よろしくね」


母と祖母から言い寄られ、マリは追い詰められた様に叫ぶ。


「いやです! だいたい会って何を言うつもりなの?」


「別に何も、…まあ孫娘をよろしくってとこかね。

マリの好きな人が、どれ程の人か見てみたいしね。

商売の話は、ついでだよ」


「いっそのこと、押しかけ女房になっちゃいなさい。

せめてパートナーになれば、マリちゃんの悩みも万事解決よ」


2人の言葉に、ソファーから立ちあがって大反対するマリ。


「ダメダメ、絶対にダメ! 母さんは、特にダメ!

ヨシトさんに、私の事をパートナーにするように言いかねないもの。

それにおばあちゃんは、私の話を聞いてたのに、何で商売人根性丸出しなのよ。

ヨシトさんは、お金に困ってないし、医師の紹介がないとオーダーメイド品は造らないのよ。

商売人として取引を申し込む気なら、ぜ~たい反対よ!」


孫娘の必死な様子を見ても動じないエマは、さも当然とばかりに意見を言う。


「だったら問題無いよ。

今は注文したい品も無いから、まあ、自己紹介する程度さ。

商売人以前に、人とのつながりを持つ事は人生の基本だよ。

ましてや、優秀な人物なら尚更だね。

ペンダントの御礼を言う口実もあるから、みんなで一度、会いに行けばいいじゃないか。

別に、取って食ったりはしないから安心おし」


エマの言う事は正論だが、母親参観じゃあるまいし、いきなりそれは恥ずかしすぎる。

このままでは、何だかわからないけど、とにかくまずいとマリは思い、とりあえず反対する。


「取って食べられたら、私が困ります。

それに、いきなり3人で押しかけたら、ヨシトさんに迷惑かけちゃうもの」


「迷惑は、もうかけてるでしょ。

全くこの子は、積極的なのか臆病なのか、判断に困るわね。

そんな風だから、パートナーの申し込みさえ出来ないのよ。

プレイはしょせんプレイなんだから、さっさと申し込みをしちゃいなさい。

上手くいけば、好きな人がパートナーになるんだからマリちゃんも文句ないでしょ。

もし断られたり、体の相性が悪かったりしたら、他の相手を探しなさい」


今度は母親のルルまで参戦してくる。

しかも、今はあまり触れてほしくない話題だ。

力無くソファーに座りこみ、一気にトーンダウンする。


「ヨシトさんは特別なの。

嫌われたら、ちょっと立ち直れないかも…」


完全にショボンとなったマリの様子を見て、エマは助け船を出す。


「ルルは、気が早すぎるね。

まだ、そのウッドヤット氏が何者かも分からないのに、親が無理に勧めるもんじゃないよ。

だいたいそんな調子じゃ、お前が会ったって良い結果にはならないだろうさ。

職人はプライドが高くて、人付き合いが悪い人物が多いんだ。

まして、これほどの腕なら、尚更だろうね。

『錬金』ギフト持ちなら金で釣る訳にもいかないから、こちらの人柄を売り込むしかないんだろうね」


(さすがおばあちゃんは、良く分かってる。

親にパートナーや恋人の事をお世話になるなんて、あり得ないわ。

それにヨシトさんは、お金じゃなびかないし、利にさとい人じゃないもの。

人当たりはいいから、そこは間違ってるけど)


うんうんと頷きながら、マリはそんな事を考える。

そして、今回の出来事の主犯である、母親のルルに対して文句を言う。


「母さんは、何でも急ぎ過ぎなのよ。

私だって色々考えてるし、自分のペースがあるのよ」


確かにルルの行動は、即断即決の傾向があるので、彼女もあえて反論するつもりはないようだ。

だからと言って、ルルはそれで痛い目を見たり、後悔した事はあまり無く、したがってその性格を変える気も無い。

判断ミスを犯さないのでは無く、見切りが早くて最悪の状況も想定しているので、大した失敗をしていないがその理由である。


「もう! 2人して責めること無いじゃない。

わかったわよ、もう無理に勧めないわ。

でもマリちゃん、もし上手くいって恋人になったら、お母さんに紹介しなさい。

ダメでも慰めてあげるから、あまり時間をかけ過ぎない様にね」


元々、娘の恋愛関係やパートナーの件で、自分が矢面に立つ事は考えておらず、こうなることが想定の範囲内だったルルは、あっさりと身を引く。

後は、母親のエマに任せれば大丈夫だろう。


「さて、マリや。次にウッドヤット氏に会うのは何時だい?」


「1週間後だけど、…まさか、おばあちゃん」


「ああ、一度会おうかね。

まあ、心配しなさんな、悪いようにはしないよ。

あくまでも、リンク商会の会長としてではなく、マリの家族を代表して御礼を言う事が目的だからね」


確かにそれなら、何の心配もないだろう。

これほどのペンダントを未成年の間に貰ったのだから、家族が前に出て来ても違和感もないはずだ。

それに、一度決めた祖母相手に逆らっても時間の無駄なのだから。


「わかりました。そんなに言うなら、一緒に行きます。

でも、おばあちゃんは魔道具造りなんか見ても楽しくないと思うけど、それは大丈夫?」


「ああ、ネオジャンヌにもリンク商会の支店があるから、少ししたら私だけ席を外して、抜き打ち視察をするよ。

もう3年近く行ってないから、ちょうどいいだろうね」


支店の従業員が少し可哀そうな気がしたが、まあそれなら問題ないとマリは考える。

それに、エマは移送スキル持ちなので、用があれば勝手に帰るだろうし、好きにしてもらった方がこっちも気を使わなくていい。



「じゃあ、この件はもう終わりね。

一週間後のお昼前頃に迎えに来るから、おばあちゃんは時間を調整しておいてね」


「ああ、それでいい。

じゃあ、次はマリの就職の相談に乗ろうかね。

もうどこにするか決めてるのかい?」


相変わらず前置きの無い、急な話の転換だが、重要な事なのでマリの気持ちは自然に引き締まる。


「いいえ、まだ何も、就職活動さえしてません」


「希望する職種はなんだい?」


「今は、商社や歩合制の会社を考えてます」


しばらく考えていたエマだが、

「それなら、もう探さなくていい。うちに就職なさい」

あっさりと言い放った。


「お母さん、縁故採用えんこさいようはしないんじゃなかったの?

私の時は、知り合いの商会にわざわざ修行させに行かせたじゃない」


ルルが、意外そうな表情でエマに尋ねる。

縁故採用をしないのが、リンク商会のやり方だからだ。


「ああ、普通はそうだね。

うちは実力第一だからね。

身内にはどうしても甘くなるから、お互いの為にならないのさ。

だけど、この子の場合は別だよ。

私が仕込んでやった方が伸びるだろうさ。

それに、下手な所ではこの子の才能を生かせないよ。

商会としても、移送スキル持ちだと言うだけでもメリットはある。

こっちから頼んで雇いたいぐらいさ。

どうだい、マリはリンク商会で働く気はあるかい?」


「待遇はどうなるの? 特別扱いはまずいと思うし、お給料も気になるわ」


「そうだね、始めの半年は完全に固定給で下働きだけど、あんたの場合は必要ない。

私付きの秘書になって仕事を覚えてもらおうか。

もちろん、役に立たないと思ったら考えるけど、私が見た所では大丈夫だと思うね。

仕事を覚えた後は、その時に話し合おうじゃないか。

給料は、始めは固定給プラス成果手当だね。

一人前になったら、固定でも歩合でもいいから自分で決めなさい。

うちの商会規定があるから目を通しておくことだね」


「それならもう読んでます。

支店長にならなくても、プロジェクトリーダーになれば歩合が認められる事や、スキルによっては各種手当が付く事も知ってます」


「…なるほどね、それで、結論は?」


「よろしくお願いします。シンプソン会長」


あっさりとマリの就職が決まった。

だが、お互いの利益が一致しただけであり、そこには身内に対する甘えはほとんど無い。


「なら、早速明日から働いてもらおうか。

解ってるだろうけど、商会内では身内だと名乗る事は禁止だよ。

まあ、しばらくは、いくらマリでも役立たずだろうさ。せいぜい頑張りなよ」


「はい、よろしくお願いします」


2人は、立ち上がって握手を交わす。

これで、慣例による正式な雇用契約が結ばれた。

その様子を満足気な表情で見ていたルルも、立ち上がってその握手に加わる。

これも慣例によると、契約の立会人になったという意思表示である。


もちろん家族同士なので、書面の作成や金銭のやり取りなど無いが、マリが就職した瞬間に3人とも商売人同士になるので、嘘をついたり契約を破ると信用問題になる事は全員が知っている。


その後は、マリとエマが今後の事について話し合う。

結局、マリはシンプソン家に下宿する事になり、代わりに格安だが下宿代を支払う事となった。

この辺りは家族ならではだが、就業時間以外のお互いの生活については、基本的に不干渉とする話になっている。

家事や食事についてはお手伝いさんがやってくれるので、マリにもメリットがあるし、エマも1人で生活するよりは楽しいだろう。


全ての話が終わると、ルルは母親に声をかける。

「じゃあ、母さん。

私達は、父さんに挨拶してくるわね。

早くこの事を伝えとかないと、きっとねるから。

今日はお父さんは、リンク家にいるのよね?」


メイジ=リンクはマリのおじいちゃんで、リンク商会の共同経営者である。

彼はマリを溺愛しているので、確かに早く伝えておいた方がいいだろう。


「さあ、知らないね。

メイジの事なんて放っとけばいいのさ。

それとルル、あいつが甘い条件を言ってきても、相手にするんじゃないよ。

身内に甘過ぎるのは、お互いの為にならないんだからね」


「何で私に言うのよ。マリちゃんは目の前にいるのに嫌な感じね!」


「お前も身内に甘いからだよ。

損得勘定が出来る商売人のくせに、甲斐性無(かいしょうな)しと結婚した娘に文句を言われる筋合いは無いね。

全く、いらない所だけ父親に似るんだから、困ったもんだ」


「母さんだって、ダンとの結婚に賛成してくれたでしょ!

それに、ダンの事を甲斐性無(かいしょうな)しと呼んでいいのは私だけよ。

だいたい、母さんの条件はマリちゃんにとってそれほど良い条件じゃないわよ。

それなら父さんの話も、ちょっとぐらい考えてみたっていいでしょ!」


売り言葉に買い言葉で、心にもない事を言うルルに、「これだから色ボケは性質たちが悪いよ」と文句を言うエマ。

仲の良い親子喧嘩なのだが、これ以上ヒ-トアップする前にマリは間に入る。


「2人とも、そこまでにして。

母さん、私は始めからおじいちゃんには相談するつもりは無かったの。

おじいちゃんたら、この前会った時に、『マリさえ良ければ、支店を一つ任せてもいい』なんて言うのよ。

就職する話もしていないのに極端すぎるわよ。

さすがに断ったけど、おじいちゃんは本気だったと思う。

それに、おばあちゃんも言い過ぎよ。

父さんは普通なんだから、酷いこと言わないで。

第一、口約束だけど、もう正式に雇用契約は結ばれたはずです。

母さんが何と言っても、今更おばあちゃんの秘書をやめたりしません。

もちろん、一人前になるまでで、条件が変わらない限りですけどね」


エマは満足そうに頷くと、娘を少し皮肉のこもった目で見る。


「当り前さ、支店長なんて10年早いよ。

ルル、私がお前を外に修業に行かせて、マリをそばに置く理由が解っただろう?

自己評価が控え目で、公私がきっちり分けられないと駄目になるんだよ」


「マリちゃんの場合は控え目過ぎると思うから、確かに納得ね。

考えてみれば、もう決まった娘の就職に、口を出すのはよく無いわね。

じゃあ、マリちゃん。あなた一人でリンク家に就職の報告してきなさい」


「はーい、じゃあね、おばあちゃん。それと、母さん、今日はリンク家で泊ると思うから、もし家に帰るんだったら、おじいちゃん家に来てね」


「ええ、帰る前に挨拶に行くから、その時はお願いね」


「まあ、メイジのお守りを頼むよ。拗ねると厄介だからね」


マリは笑って「はい、母さん、また後で。おばあちゃん、また明日」と言ってリンク家に行く為に、歩いて居間を出て行った。


マリが玄関を出て行くのを確認すると、エマは向かいに座っている娘に声をかけて立ち上がる。

「ちょっと音話(電話)をかけてくるよ。今日は、手伝いの者がいないんだ。お茶でも入れてくらないか」


「ええ、紅茶でいいの?」


「もちろんさ、コーヒーなんてガサツな軍人が飲む物だよ」


「異論はありませんけど、ダンがコーヒー好きな事を解って言ってるわよね?」


「ああ、お前の夫の最大の欠点は、あんな黒い液体が好きな事だね」


そんな皮肉を言いながら、エマは音話をかけに居間を出て行く。


この世界には携帯電話どころか、親子電話も無い。

大きな家には、音話ボックスや音話室があるのが一般的で、エマは音話室に向かって行ったのだ。

ちなみに、音話がかかってきた時は、それを知らせる魔道具が数カ所設置されているので、特に不便はない。



しばらくして、お互いが用事を済ませて、再び親子は居間のソファーに腰を下ろし、それぞれ紅茶の味を楽しんでいる。

ティーカップをテーブルの上のソーサーに置き、ルルはポツリとつぶやく。


「それで、ウッドヤットさんの事は何か分かったの?」


「いいや、商会には大した情報が無いね。ウッドヤット商会についても同様さ」


「少し心配し過ぎじゃないかしら? マリちゃんの話に、矛盾する点は無いわ」


「さすがに詐欺師って事は無いだろうがね。

まだ若いのに、あれほどの魔道具を造れるなんて信じられないよ。

良くて年齢を偽っているか、最悪は犯罪者って事が考えられるね。

まあ、間を取って政府のスパイって言うのはどうだい?

何かの任務中、恐らく水精族の固有魔術関係の調査中に、たまたまマリに出くわした」


少し顔をしかめて、母親に質問するルル。


「裏の世界の人だって言うの? 軍関係とかの」


「あるいは武器商人とか、違法取引のバイヤーとかだね」


「それは確かにまずいわね。

でも、ただの偶然で知り合った人が、ダブルギフト持ちの天才的な魔道具職人で、面倒見が良い医師だって可能性もあるわよ」


エマは口の端を歪めると、目を閉じてフッと笑う。


「そんな都合のいい話を信じる程、世の中には天才はあふれてないさ。

まあ、だからこそ一度会おうと思った訳だよ。

さっき、ネオジャンヌ支店に、ウッドヤット商会の調査を指示してきたよ。

どうする? 調査報告書を見てみるかい?」


しばらくほっぺたに手を当てて考えていたルルだが、妙にさばさばした表情で両手の指を胸の前で組んで話す。


「悪い報告だと、母さんがマリちゃんに話すだろうし、良い話だと母親としては聞く必要は無いわね。

でも、商売人としては聞いておきたいわ。それで構わない?」


「ああ、妥当な判断だね。

7日以内には報告が届く予定さ。マリに届けさせる」


「お願い。…ごめんね母さん、すごく迷惑をかけるかもしれないわ」


「今更それを言うのかい?

まあ、お前達が結婚した時よりはましだろうさ。

それに、可愛い孫娘の為さ、大した事は無いよ」


「…マリちゃんが傷つく結果にだけはなって欲しくないわ」


「ああ、全くの同感だね。…マリはいい子だからね」


そのまま、シンプソン家の居間には、親子の静かな時間が流れて行く。

2人の心にあるのは、わずかな希望と大きな不安だった。


いずれにしても、彼に会う前には大よその素性が分かるだろう。

ヨシト=ウッドヤットという名前が、偽名で無ければだが…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ