表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/94

第27話 番外編 マリ=マッケンジーの憂鬱


マリ=マッケンジーは、総合大学卒業を1カ月後に控えた12月始め、もう大学に通う必要はないので実家に帰って来ていた。

アビス市にある4年間暮らした大学の学生寮は既に引き払っていて、後は卒業式に出席するかどうかだが、男達の告白とか研究職への勧誘が煩わしいので行くつもりはない。

今17歳の彼女は、これからしばらくは、久しぶりに家族とのゆっくりした時間を過ごす予定である。

彼女は、来年2月からは社会人になって働くつもりだが、まだどこに就職するかは決まっていない。

これが日本の大学生なら、それはもう必死に駆け回っているだろうが、ガレア地方の国々では日本の就職戦争の様に学生が1年以上も前から就職活動をする事は無い。

新卒を逃すと就職が難しい訳でなく、就職先が小さい会社だからと言って、人生の勝ち組や負け組が決まる訳でもない。

この世界にも会社はたくさんあるが、日本と違って新卒就職枠も少なく、新卒学生の価値もそれほどない。(会社や簡単な社会に仕組みについては文末で解説1)


だからマリも別に焦る必要もなく、自分にとって良い就職先を選ぶ為に、これからの2カ月間は就職活動をする予定である。

彼女が今考えている就職先は、多くの勧誘があった研究職や公務員などでは無く、商会や歩合制の会社である。

その方が多くのお金も貯められるし、精神的にも早く成長するだろうという、彼女にしては打算的な考えからである。

飛び級が認めていない為に総合大学に4年も通っていたが、優秀な彼女にとっては大学で学んだ分野にはそれほど興味を持てず、内容自体が物足りなかった事も、この選択に影響を与えている。


そもそも人間族は、100歳ぐらいまでの間にキャリアアップして才能を磨き、資金を貯めて人間関係を築き、将来は独立を目指すのが良いとされている。

公務員や特別な専門職は別として、長い一生を他人に使われるだけで終える人は2流以下とされているが、それは魔術が使えて若い時代が長く続く人間族にとっては当り前だろう。

だからマリは、一度就職すると専業になる研究職や公務員になるつもりは今のところ無かった。


そんな事情を抱える彼女には、最近もう一つ決めかねている事が出来ていた。

1か月前に、ようやく彼女の魔力体が安定してパートナーを決める必要が出て来たのである。(文末参照2)


昨日、村に帰って来たばかりのマリは、今日は朝から家族と一緒にゾンメル教の教会に行き、礼拝を済ませた後の帰り道の途中で、母親のルル=リンクに恐る恐る話しかけた。

「母さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、後で私の部屋に来てくれるかな?」

横に並んで小声で話しかけてくるマリの様子を見て、ルルは「わかったわ」とだけ返事をする。


マッケンジー家に帰ると、今日は店が休みな事もあり、早速2人は2階にあるマリの部屋に向かう。

彼女の部屋は16畳ほどもあり、南向きで日当たりも良い。

昨日帰って来たばかりなのに部屋の中はきれいに整理されていて、センスの良いタペストリーが壁を飾り、女性らしい清潔感が漂う部屋である。

マリは自分がベットに腰掛け、椅子に母親を座らせると、早速話し始める。


「母さん、私、一月前にようやく魔力体が安定したの。話には聞いていたけど、性欲って本当に困った物だと思ったわ」

ルルは少しほっとした様子で娘を見る。

「そう、やっとなのね。遅いから心配してたけど、マリちゃんは魔力が高いから仕方がないかもね。それで、能力値はどうだったの? 最大魔力値でどれくらい?」

能力値はそう度々(たびたび)計る物ではないが、ほとんどの人間族は魔力体が安定した時には再測定する。

学校には必ず測定機械が置いてあるから、マリが計ってない理由は無い。

ルルが最大魔力値について聞いたのは、それが能力値増加分の目安になるからだ。


「うん、一か月前に計ったらやっぱり上がってた。2034だって」

思わず絶句するルル。

マリの10歳の時の最大魔力値は1527だったはずだ。

これほど高い魔力値を持つ人間族では、良くても2割ほど増える程度なので、3割も伸びるなんて非常に珍しいのだ。

目の前のベットに腰をかけている、自分の娘の能力の高さを改めて思い知らされるルル。


「まさか私の母を越えるなんて、…ちょっとびっくりね。それなら、魔力体の安定が遅かったのも仕方ないかもしれないわ。それで、パートナーは決めたの?」

「…まだ」

うつむいて胸元を握りしめ、それだけしか答えないマリに対して、少し厳しめの口調でルルは言う。

「早く決めなさい。マリちゃんほど魔力値が高いと、生殖器に溜まった魔力をちゃんと開放しないと病気になりやすいわよ。まさか、プレイのやり方が解らないとかじゃないわよね?」

「それは大丈夫。それに、放出魔術で魔力は出したから、病気にもならないと思う」

「なるほど…、つまり、パートナー選びについての相談ね」

「うん、そういうこと。どんな基準で選んでいいか分からないし、何か気を付ける事があったら聞いておきたいの」

相変わらず胸元に手を置いて辛そうな表情をする娘に対し、ルルは心配していた事を尋ねる。


「マリちゃん、まさか、ウッドヤットさんとパートナーになりたいとか言わないわよね?」

マリは激しく首を横に振る。

「…それは、出来ればいいとは思うけど、…ちょっと遠すぎるから、どうしてもという事は無いわ」

娘をさとすように、母親は話す。


「パートナーはね、遠距離は駄目よ。生活のリズムが合う人にしておきなさい。

それと、獣人族はやめておきなさい。

相手に発情のサイクルを合わせてもらわないといけないから長続きしない場合が多いわ」


獣人族は、人間族と違い定期的に発情しない。

パートナーになってもそれは変わらないので、普通は選ばないのだ。

マリは少し思案すると、両手をベットの上に置き、少し笑って返事をする。


「学生時代ならともかく、今は無理かも。この村の独身男性で、パートナーのいない人間族はいないはずだし、そもそも、年が近いのはケンちゃんぐらいしかいないし」

母親の目じりがつり上がり、きつい口調になる。


「あのねぇ、冗談とは思うけど、家族でプレイするなんて3流の人間族がやる事よ。魔力体の性質が近いから、強い快感が得られるとか言って、好んでする人間族もいるらしいわ。マリちゃんも分かるでしょうけど、それはすごく恥ずかしい事なのよ」

もちろん、そんな事は考えた事も無かったマリは、気分を悪くする。


「もう! 母さんも、冗談を真に受けないでよ。だいたいケンは子供でしょ。それにそんな事をしなくても、私、結構パートナーへのお誘いがあったのよ」


「冗談でも、それは品の無い冗談だから人前では言わない様にね。

…それにしても困ったわね。しばらくはこの村にいるなら、いっそアビス市で探してみる?

短期間なら問題ないし、プレイはさっさと経験した方がいいわ」

ルルの意見を聞き、マリは胸元に手を置き、小さな声でつぶやく。


「…どうせ短期間なら、ヨシトさんに頼んでみようかな?」

ルルは、少し強い口調で娘をさとす。


「あのねぇ…、マリちゃんはお母さんの言う事を聞いてたの?

遠距離は色々と大変だから止めておきなさい。

そもそも、ウッドヤットさんにもパートナーがいるでしょうし、きちんとした人なら、簡単には相手を変えないはずよ。

だいたいマリちゃんは、ウッドヤットさんとは文通してるだけでしょ!

それなのにいきなり申し込んでも、相手に迷惑をかけるだけです!

それに、マリちゃんにはそんな勇気があるとは思えないわ。

悪い事は言わないから、他の人にしておきなさい!」


マリは、肌身離さず身につけているペンダントを上着の上から握りしめ、少し身を乗り出して抗議する。


「確かに、ずっとヨシトさんと手紙のやり取りをしてきたけど、今は違うの。

母さんには言って無かったけど、私、半年前に移送魔術をスキル化出来たの。

それからはネオジャンヌに何度も行って、ヨシトさんの店に勉強しに行ってるの。

ヨシトさんに無理を言って、魔道具造りを教えてもらう約束をして、週に一度は会ってるんだから」


ルルは思わずずっこけて、椅子からずり落ちそうになる。

そういえば、半年前からマリは実家に戻ってこなかったり、帰って来ても礼拝後は直ぐにアビス市に帰ってしまう事があった。

まあ、同居もしていない、成人後の娘が何をしようと勝手なのだが、まさか男を追っかけているとは思わなかった。


しかし、それならマリは、もう4年近く1人の男性を思い続けている事になる。

思ったより大胆な行動を取るくせに、たかがパートナーの申し込みも出来ない、積極的なのか消極的なのか解らない娘に呆れ果てて、ルルは今度は慎重に、ゆっくりと背もたれに体重を預ける。


(マリちゃんをこんなにアホの子と思ったのは、はじめてね。

さっきの遠距離だからと言う理由は嘘だった訳ね。

これは、厳しく言った方がいいかもしれないわ)

そう思ったルルは、娘に鎌をかける為に、そっけなく言い放つ。


「…マリちゃん、そんなに好きなら告白してきなさい。すっぱりと振られたら、あきらめも付くでしょ」

「母さんひどい! 私、10年計画で考えてるのに! だから、そんなのはダメ!」

彼女の右手が、上着の下に隠れている大切なペンダントを無意識に握る。

その様子を見たルルは、一つ溜息を吐く。


「マリちゃん、あなた気付いてないとは思うけど、ウッドヤットさんの事を考えている時は、手が胸元のアクセサリーを握りしめているわよ。彼からのプレゼントを触っても、服がしわになるだけよ」

思わず、パッとペンダントから手を離すマリ。

これで決定的だ。


「一体どうなっているのかしら?

プレゼントを貰うくらい仲が良いのにパートナーの申し込みも出来ないなんて、マリちゃんが何を考えているのか、お母さんには解らないわ。

プレイなんて大した事じゃないんだから、一度申し込んでみたら?

相手にパートナーがいたら、断られるかもしれないけど、案外上手く行くかもしれないわよ。

後でパートナーを解消されても、体の相性だけの問題だから気にする必要はないし、パートナーから恋人になる人や、結婚する人も多いわよ」


ルルの言葉に、辛そうに首を横に振るマリ。


「…これは違うの。

初めて会った時、私がちょっと仕事のお手伝いをしたから、御礼に貰っただけなの。

それに私、自信が無い。

ヨシトさん周りには、素敵な女性がたくさんいるの。

きっと相手にされないと思う」

マリの話に引っ掛かりを覚えたルルは質問する。


「マリちゃん、前に聞いた話では、あなたがウッドヤットさんに会ったのは、大学に入ってすぐの頃だったはずよね。

その時にウッドヤットさんは、初対面のあなたにプレゼントを渡したの?

マリちゃんから聞いた話では、ウッドヤットさんはずいぶんと誠実そうな人だったけど、あなたが未成年だと知っていてそんな事をするのは、商会の会長としてはどうかと思うわ。

…マリちゃん、ウッドヤットさんから貰ったプレゼントをお母さんに見せなさい」


思わず身を引いて、ペンダントを握りしめる。


「何で? 私、別に悪い事していないよ? それに、ヨシトさんは悪い人じゃない!」


彼女はヨシトから貰った物が、高価な魔黄白金製だと今はもう知っている。

母親に言われなくても、ヨシトがした事は普通ならあり得ない事だと理解している。

だけど、このまま見せない訳にもいかないだろう。

ルルの様子を見ると、譲るつもりはないように見える。

もしマリが必死に隠し続けたなら、ルルなら直接、ヨシトに会いに行って事情を聞いて来るかもしれない。

観念して、マリは居ずまいを正して母親に説明を始める。


「母さん、見せる前に聞いてほしいの。

ヨシトさんは、ダブルギフト持ちなの。

レアギフト『錬金』とオリジナルギフト『複製』を持っているからお金に困って無いって言ってたわ。

始めにこのペンダントを貰った時は、高価なものだとは思わなかった。

後で気付いたけど、もともとヨシトさんが身に着けていた物で、ヨシトさんの造った物だったから返したくなかったの。

だから、ヨシトさんを悪く言わないでほしいの」


それからマリは、首から魔黄白金製のペンダントを外して、母親に手渡す。


「なるほど、ダブルギフト持ちで『錬金』持ちの魔道具職人な訳なのね。

それなら確かに…、ってこれ、魔黄白金じゃないの!

あれ? ちょっと違うのかしら?

…良く解らないけど魔術陣まで付加してあるわね。

…これは材料費だけでも100万ギルは下らないと思うわよ。

…ああ、『錬金』ギフトなんてこの世から無くなればいいのに」


思わず本音が漏れるルルに対して、マリは心配そうな表情でそわそわしている。

ルルは娘の様子には気付かずに、感心したように、じっくりと手にとってペンダントを見ている。


「しかも、鎖まで含めて全部魔黄白金とは贅沢ね。

強度の問題は、どう解決しているのかしら?

混ぜ物をしたら魔素蓄積量が減っちゃうし、それに、この光沢はどうやって出すのかしら?

特に透かし彫りの技術は、ちょっと異常なくらいね。

この複雑な立体構造、思ったより軽いって事は、ペンダント内部まで細工しているみたいね。

中身の加工や細工は、私の『加工』ギフトを使っても難しいわよ。

魔黄白金は下手にいじくると魔素の蓄積量が減っちゃう場合があるから、複雑な加工は一流の職人でないと扱えないはず。

しかもデザインが素晴らしいわ。

一体いくらぐらいするのかしら?」


どうやら母親の商売人の血が騒いでるようだ。

もう我慢できず、マリは身を乗り出す。


「母さん、そろそろ返してくれると嬉しいんだけど…」

ルルはハッとして、我に帰る。


「マリちゃん、これは大問題よ。

どういう事情か知らないけど、これは簡単に他人にあげていい物じゃないわ。

だからと言って、今更返す訳にもいかないし…」


そう言いながらも、マリにペンダントを手渡すルル。

マリは、ペンダントを受け取ると急いで首に掛け、大事そうに握りしめる。

その様子を見て、ルルは少し心配になる。


(なるほどね、ダブルギフト持ちで、これほどの細工が出来る職人なら、マリちゃんが好きになるのも分かるわ。

それに、お互いまだ若いって言う話だから、良く考えてみれば、お似合いかもしれないわ。

でも、これほど解りやすい態度の娘を突き離すでもなく、手を出すでもなく、わざわざ魔道具造りまで教えてるのって、一体ウッドヤットさんは何を考えてるのかしら?)


一度会って確かめたいが、もう成人を迎えた娘の恋路を邪魔するようで気がひける。

マリが今後、家族と同居する場合は別だが、成人後に恋人をわざわざ親に紹介する習慣は人間族にはない。

結婚するならともかく、パートナーにもなっていない人物なら尚更である。

ルルは、打算と好奇心と娘に対する愛情を考え合わせて、ある結論を出す。


「マリちゃん、御礼をするにしても、しないにしても、ペンダントの価値を知る必要があるわ。私の母に『鑑定』してもらいましょう」


それは、マリのおばあちゃんがいるミレーヌ町に行き、ヨシト=ウッドヤットの職人としての腕を見極め、場合によっては優秀な職人を確保し、上手くいけば娘の恋を後押しする提案だった。


設定および解説

(1)戦争時代は別であるが、ガレア地方の多くの国々では、財閥や数万人規模の従業員を持つ大会社は存在していません。

もし大会社による資産の集中を認めると、若者が高齢者に完全に牛耳られる為に法律で禁止されているからです。

株式市場や先物市場はありますが、億単位の利益が出た場合は8割以上が税金に持って行かれます。

投資家は社会に貢献する事が求められ、資産家が利子だけで儲ける事は社会的に悪とされています。

これらの経済の発展を妨げそうな制限が定められた理由は以下の通りです。


そもそも、人が人を強く支配する仕組みが人間族の価値観に合わない事。

寿命が長く、魔術のある世界なので、社会的な成功は個人の努力や資質に左右され、能力の低い者でも人間族なら普通に食うに困らない生活が出来るので、個人が社会の歯車になる必要性が低い事。

奴隷的な労働を禁止している為に、人間族の労働者の権利がかなり強い事。

大量生産が成り立たない世界なので、資金をそれほど集める必要が無い事。

宗教的にも、利子を取って儲け過ぎたり、富の独占は良くないとされている事等です。


つまり、中小企業しか認めない事にして、社会的発展より個人の資質を高める事に力を入れているのです。

エネルギー問題や食糧難の無い世界では、人が生きて行くにはそれで十分でしょう。


(2)魔力体の安定について

神託を受けず枷を外さない状態では、人間族の場合で魔力が成長、安定する年齢は平均で20歳頃です。

しかし枷を外すと、早い人で1年以内、遅い人でも4~5年で魔力体が安定します。

一般的に、最大魔力値が高い人間族ほど安定するのに時間がかかります。

最大魔力値自体は50歳くらいまで成長する人や、まれに高齢者になるまで微増を続ける人もいますが、その場合は魔力体が不安定になる事はありません。

マリの場合は、元々最大魔力値が高かった事に加え、ヨシトがやった魔力体の同調が影響して、これほど遅くなった訳です。

魔力体が安定すると、定期的に性欲が発生し、人間族はパートナーと言う名のセックスフレンドを作り、プレイ(性交)をしますが、地球人で言うとスポーツで発散する程度の意識だから罪悪感や羞恥心はほとんどありません。

これは、子供は作ろうとしない限り出来ない事や、そもそも人間族がそういう種族である事、女神様が子づくりを推奨しているので宗教的にも性におおらかである事等が関係しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ