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第26話 ケン=マッケンジーの日常2


お昼1時過ぎに、ケンの親友であるレクサ=ヘリスがマッケンジー家にやって来た。

もう1人の親友であるレオ=デュランは、最近の休みの日はデュランの店で服飾職人になる為の修業に精を出しているので、一緒に過ごす事はあまりない。

レクサはいつものように、店番をしているルルに挨拶すると、カウンター奥の扉を開けて住居スペースへ入っていく。

2階に上がると、土足厳禁の貼り紙があるケンの部屋のドアをノックする。

すると、部屋の中からケンの声がする。


「合言葉は?」

「…ボブ先生のパンツは紫色むらさきいろ

ケンがドアを開けるとレクサは靴を脱いで部屋に入る。

その表情は、微妙に恥ずかしそうだ。


「えーっと、もう合言葉はやめた方がいいと思うよ」

「レオが、どうしてもって言うからしゃあないだろ。

この前の『ラナ婆さんのタレおっぱい』よりはましだと思う。

まあ座ってくれ、確か一週間ぶりだよな、レクサ」


「そうだね、久しぶりだね。最近いろいろと忙しくて時間が取れないよ」

ここ最近彼は、放課後に両親から戦闘訓練を受けているのだ。

2人は、部屋のじゅうたんの上に、向かい合って腰を下ろす。

それから、ここ一週間の事をお互い報告し合う。

レクサの誕生日以降、ステラ学園では幼年部クラスと初等部クラスに分かれてしまったので、これは集まるたびに話す事である。


「そっか、魔術訓練はそんなに難しいんだ」

「うん、魔術の基本式は暗記しなきゃいけないし、魔術ごとに適正な魔素使用量、使用方法を守らないと、うまく発動しないんだ。

術式と適性値を同時に把握して行使するのは大変だよ。

人間族みたいに、思考の並列処理できれば楽なんだけど、脳の魔力野だけに頼る僕達には、制御が難しいんだ」


それは、ケンには解らない感覚だ。

普通の人間族は、魔蔵と脳の魔力野を使って2種類の魔術を同時に操れる。

例えるなら、右手と左手で同時に違う絵を描けるような物である。

鍛えれば更に増やせるが、上限は頭の出来に左右される。

目安としては、高齢者で4つが限界である。

ちなみに、今のところではあるがケンの父親ダンなら2種類、母親のルルなら3種類、姉のマリなら4種類の魔術を同時に行使出来る。


「そんなに難しい事かな? 僕はダンスが得意だから、全部の手足をバラバラに動かせるぞ」

「それは僕だって出来るけど、ケンとはちょっと感覚が違うかもしれないね。

僕は体に覚え込ませるしかないんだ。

でも多分ケンは、本当にバラバラに動かしてるんだろ?」


「うん、体も合わせると5ついっぺんに動かせるぞ」(文末参照1)

それを聞いたレクサは驚く。

そんな事が出来るのは、普通は一部の精霊族や特別優秀な人間族だけである。


「ケンって、すごいんだね。ダンスが得意な訳だよ」

「だから、別にそんなに難しく無いんだって。

お姉ちゃんは4つまで大丈夫だって言ってたぞ」


マリの事を例に出されて、レクサは苦笑する。

いくらなんでも、あんな天才と一緒にされたくは無い。

だけど考えてみれば、ケンとマリとは兄弟なのだ。

レクサは、親友に対して羨望せんぼうのまなざしを送る。


「ケンって、もしかしてマリさんみたいに天才になるのかな?」

「それって、多分ないと思う。

おじいちゃんが言ってたけど、お姉ちゃんはお母さんに似ているからすごくて、僕はお父さんに似てるからダメだろうって言ってた。

でも半分はリンク家の血が入ってるから、それほど酷くはならないよって言ってたぞ。

僕もそう思う」


微妙な話に、レクサは苦笑いする。

一見ひどい話のようだが、ルルと一緒に戦った彼には、彼女の優秀さが良く解る。

あれだけの魔獣に襲われて、自分にも彼女にも傷一つなかったほどの防御魔術の使い手なのだから。

それに、ケンが全く気にしていないようなので、自分も気にしない事にした。

少しダンが可哀そうな気がするが、まあそれは自分には関係ないし、マッケンジー夫婦が異常なほど仲が良い事は、村中の人が知っているから問題ないと、…多分思う。



それから話題は、レクサの進路についての事に変わる。

つまり、彼の希望である士官学校についての事だった。

部屋の中で、2人は珍しく真剣な表情で話し合っている。


「それで、やっぱりプロリア共和国の士官学校に行くのか?」

ケンの言葉にレクサは首を横に振る。

「まだ決めてない。

ケン達や両親とも、5年どころかずっと会えなくなるかもしれない。

だから本当は、この国の学校が良いんだけど、あまりにも条件が違いすぎるから考えちゃうんだよ。

やっぱりこの国は、獣人にとっては不利だよ」


その言葉に溜息を吐くケン。

「何で獣人族は、上級公務員になれないんだ? 軍人は実力の世界だろ!」

2人はお互いに顔を見合わせ、リンダ連合市国とプロリア共和国との違いに思いを馳せる。


プロリア共和国は、リンダ連合市国の北東に隣接する友好国である。

国土はこの国より広いが、半分近くが高地であるので農業はそれほど盛んではない。

一番大きな違いは、人口1500万人のうちの8割近くが獣人族が占め、獣人と人間のはっきりとした差別が無いことである。

選挙で選ばれた大統領も獣人であるし、何より法治国家である。

この国で禁止されている都市内の土地の所有も認められていて、種族に関わらず貧富の差が激しいが、実力のある者にはチャンスのある国である。

文化レベルや国力は少し落ちるが、レクサが行くなら上級士官学校がある首都アレクサンドラであるはずなので、こんな田舎の村よりは文化的な生活を送れるだろう。


「なあ、レクサ。そりゃ僕も寂しいけど、後5年待って下級公務員にしかなれないよりは、来年の2月に入れて、授業料とかも全部タダで上級公務員になれる方がいいと思うぞ。

レオもそう言ってたし、レクサのお父さんも賛成なんだろ?」

レクサは黙って頷く。

ケンはその様子を見て、相変わらず打算的でない親友の肩に手を置いて話す。


「レクサが僕達を心配するのは分かるけど、一度男が決めたのなら、がんばらなきゃダメだと思う。

だいたい、そんな事で将来を決められたら僕が嫌だ。

レクサが僕達に会いに来れないなら、こっちから遊びに行くぞ。

だから気にするな」


ケンは彼の肩から手を放し、表情が悲しく歪みそうになるのを必死でこらえる。

本当はケンだってレクサと別れたくない。

だけど、あれほどはっきりと自分の意志を示した親友の邪魔だけはしたくない。


「ケンの言う通りだとは思う。だけど、まだ決められない。

魔獣の襲撃の件で、僕を特待生として受け入れてくれるプロリア共和国はすごいと思うし感謝してるよ。

だけど、国を守る事が大切な人を守る事に繋がらないのは嫌なんだ。

ケンとレオがいなかったら、僕はこんな風になってなかったと思う。

将来なんて考えられなかったと思う。

自分の事だけ考えて決めるなら、プロリア共和国に行くべきだとは思うんだ。

だけど、それで幸せになれるんだろうか? そんな事を考えちゃうんだよ。

…僕って本当に馬鹿だよね」

彼の悲しそうな顔を見て、ケンはこれ以上の説得をやめる。


「わかったよ、もうごちゃごちゃ言わない。

前と違って、どっちを選んでも悪く無いもんな。

だから、レクサが考えて決めろ」


「うん、ありがとう。実は、レオもそう言ってくれた。

『軍人になるなら、どっちでもいい』って言ってた。

レオらしいよね」

2人は笑い合う。


ケンは場の空気を変える為に、わざとふざけた様子で話し出す。

「じゃあ、この話はおしまいな。

…ところでさあ、前から約束してたあれだ、レクサが勉強している魔術を見せてくれよ。

わかりやすい解説付きで」

「いいけど、僕の魔術は人間族のとは違うよ。ケンも何と言うか、頑固だよね」

レクサも調子を合わせて答える。

それに、確かに約束はしていたから断る理由も無い。


「仕方ないじゃないか、お父さんもお母さんも、まだ早いって言うだけで教えてくれないんだから」

「はいはい、わかったよ。じゃあ、初級の風魔術から行くね」

「お願いします、レクサ先生」

なんだかんだ言っても付き合いの良いレクサは、ケンの冗談に笑いつつ、魔術の解説を始める。


「僕達は人間族と違って最大魔力値が少ないから、身体魔素を節約しなきゃならない。

身体魔素のみを使う魔術の構築はずっと簡単だけど、操作系魔術以外は使わないんだ。

もちろん、操作、加熱、冷却、重力系の魔術までなら魔素の消費量もそれほど多く無いから身体魔素のみを使ってもいいけど、それ以外は、周りの天然魔素を利用する方法を練習しないと、身体魔素が直ぐに無くなっちゃうからね。

しかも回復するのに一日はかかるから、特に戦闘職としては問題あるんだ。

だから僕は将来の為に、身体魔素のみを使った魔術には頼らない事にしたんだ。

戦闘職を目指す獣人は、みんなそうしてるよ」


そう言ってレクサは、彼にとって親和性の高い空気に意志付けした後に、体から身体魔素をほんの少し切り離し、思念波で身体魔素による意志誘導をして更に意志付けの割合を高める。

その後に、思念波を使った操作魔術を発動して、小さなつむじ風を起こす。

これは、身体魔素をほとんど使わない操作系風魔術の基礎である。

簡単な操作系魔術は、魔術陣を構築する必要が無いのだ。


「何やってるか解る?」

「レクサの説明は解るけど、魔素が感じられないからさっぱり解らん。

…やっぱり僕が魔術を練習するのは無理か。

イメージトレーニングでは完璧だったのに」


がっくり落ち込むケンに、掛ける言葉が無いレクサ。

彼の性格を知っているから、下手な慰めはしない。

もちろん、否定的な意見を言うつもりも無い。


2人の間にあるつむじ風の音が小さく部屋に響き、扇風機の弱風程度の風が、ケンとレクサの前髪を揺らす。

しばらくして、レクサは思念波を止めて風魔術を解除する。

「僕にはまだ無理だけど、しっかりした魔術陣の構築と制御を行うと、効率の良い魔術陣が形成されて、身体魔素の消費は更に抑えられて、更に効果も持続時間も増加するんだ。

これが完璧に出来るようになって更に使い続けると、魔術をスキル化出来る。

簡単な物でも数年かかるのが普通みたいだから、役に立つ魔術の中で、自分の得意な分野の魔術を練習するのが基本だね」


「なるほど、でも僕の読んだ魔術教本とはちょっと違うな。基礎は繰り返し満遍まんべんなく練習する様に書いてあったぞ」

「それは、人間族だからだよ。

僕達がそんな事をしたら器用貧乏になっちゃうから、やりたくても出来ないんだ。

10倍近い魔力値の差があって、回復も早くて、並列思考が出来て、寿命も5倍近い。

僕は獣人の中でも恵まれているけど、体力や戦闘以外は勝てる気がしない

。だからケンは焦っちゃダメだ。無理すると体を壊すよ。

高齢者になれば、ケンは僕なんかよりずっと強くなっているはずだから」


レクサの意見はもっともであり、さりげなく自分の焦りを指摘して、心配して忠告する気持ちは素直に嬉しい。

そんな親友の存在をありがたく思いつつも、ケンは首を横に振る。


「解ってるつもりだけど、納得できないんだ。

だって高齢者になっても、その時にはレクサもレオもいないだろ。

僕は、2人が女神様の所へ行く前に、出来るだけ強くなりたいんだ。

2人に負けないぐらいに、女神様にも恥ずかしくない様にがんばりたい。

僕は、人間族だからとか、獣人族だからとかいうだけで勝負が決まるなんて卑怯ひきょうだと思う。

…なあレクサ、寿命が違うんだったら90歳まででいいから勝負しないか?

僕ら2人で、人生をかけて『決闘』しよう。判定は女神様にしてもらうんだ。

そしたら勝っても負けても、女神様の国に行ったって絶対幸せになれる!」


ケンは、前々から考えていた想いを親友にぶつける。

『決闘』はゾンメル教の信者同士であるなら神聖なもので、その決定は絶対である。

いや、そんな事は2人にとっては関係ないのかもしれない。


「…そうだね、ケン。僕も君に負けたくない。

だから、『決闘』しよう。君も頑張れ。僕も頑張るから」

「ああ、約束だ」

2人の馬鹿は、がっちりと握手を交わした。


レクサは覚悟を決めたように、親友に向かって話す。

「ケン、ありがとう。おかげで踏ん切りがついたよ。

僕はプロリア共和国に行く。

僕らの『決闘』は、女神様が見てくれるんだ。だから精一杯、恥ずかしくない様に戦う事に決めたよ。

今のうちにケンを引き離しておかないと、僕に勝ち目はないから必死に頑張るよ」


「ああ、レクサ。きっと追いつくから必死で頑張れ。

言っとくけど、僕は負ける気なんてこれっぽっちも無いからな!」

2人は繋いでいた手を放し、お互いの手のひらを激しく打ち合わせて宣戦布告をする。



この日から、2人の人生をかけた『決闘』は始まった。

レクサは一足早く進路を決め、外国の士官学校へ行くだろう。

ケンはまだ何も決まっていないが、心に闘志だけは秘めている。


それは、同じ年に生まれた人間族と獣人族の男の子が、終生の戦いと友情を確認し合った瞬間だった。

きっと女神様も、2人を見守っているに違いない。



設定及び解説

(1)ケンが5つの思考の並列処理を出来る事について

人間族は、よほど出来が悪い者を除くと、最低2つは魔術の並列処理が出来ます。

これは、魔蔵が思考の補助をする為です。

(魔蔵は、身体魔素を形作る事が出来る。つまり、魔術限定の思考力を持っている。更に、魔術関係で副脳の役割を果たして情報を記憶出来る、だが、魔蔵自体には感情や人格は無いという設定)


思考の並列処理の上限は、おおよそ個人の持つ頭の良さに比例します。

頭の良さとは記憶力や頭の回転の速さだけでなく、空間把握力や想像力や直観力や器用さや社会性、経験等、全てを含んだ物で、それが優れていれば、練習して鍛える事によりその数は増え行きます。

並列処理の数は、人間族なら多くて4つほど、獣人族は多くても2つまでです。

特別優秀な精霊族なら10種類の魔術を同時に行使出来ます。

この辺りが、人の上限と設定しています。


だから、ケンが姉のマリより並列処理の数が多いのは、本来ならばあり得えないんですが、小さい頃から彼を苦しめ続けた、前世の記憶が影響を与えています。

例えば、記憶のフラッシュバックが起こらない様に、思考を二つに分けて片方に記憶の再生を押し付けると、もう一方にも記憶の再生が起こる場合があります。

苦しいので、更にもう一つ分けると、そこにも記憶の再生が起こります。

そんな事を繰り返しているうちに、ケンの幼い頭脳は必死に柔軟に対応して行き、同時に5つまで並列処理が出来るようになってしまったという訳です。

ただし、ケンの知能は姉のマリほど高く無いので、5つの思考の並列処理をすれば普段の倍は疲れます。

これは、まだ子供だからであり、年をとれば解決する問題です。


実は、優秀だった頭脳を無理に分けた為に、ケンの知能は凡才になったという設定です。

作者は、優れた能力を得るには、何らかの代償が必要なのは当然だと考えています。

ただ、普通の人は並列思考をすると理解力や集中力が少し落ちるんですが、ケンの場合は変わりません。

ケンは、仕方無しに特殊化したとも小器用になったともいえますが、将来鍛えれば5重以上の上級魔術行使が出来るようになるはずです。

(上級魔術は、並の人が使える最高レベルの魔術、優秀ならば最上級魔術が使えます。これが、人の限界と設定しています)

ただ、元々マリのように賢くないケンの場合は、普通ならば数十年単位の時間がかかるという設定です。

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