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第25話 ケン=マッケンジーの日常1


魔獣がステラ村を襲撃してから1カ月ほど経った11月中旬の魔曜日、

今日は休日なのでステラ学園も休みである。


ケンは、朝早くから日課である体力作りのランニングに出かけていた。

背中にリュックサックを背負い、その中には20kg程度の重りが入れてある。

これは、もう1年半も続けている日課であり、家の近くの広場から出発して、村の擁壁沿ようへきぞいの約5kmの道程を地球人のマラソン選手並の速度で走る。

いつもは学園に行く前の時間なので2周だが、今日は休日なので3周走る。

最近はそれでも物足りなくなってきたので、2周目は全力疾走と少しの休憩を繰り返して走る、いわゆるインターバルトレーニングを行う。

そして3週目は、リュックを下ろしてから1周のタイムを計る。


5kmを全力で走り切り、自宅の近くの広場に到着すると、広場にある時計を確認する。

タイムは13分ほどかかったようで、少し気落ちして、その場に大の字になって寝転び、息が整うまで休憩する。

全身に伝う汗が気持ち良くて、朝のまだ涼しい空気を胸一杯に吸い込む。

30秒ほどであっさりと回復すると、上体を起こして座り、そのままストレッチ運動を行う。


これは、彼の前世である比留間健一が、学生時代にクラブ活動でやっていたトレーニング方法を参考にしたものだが、ケン自身にもそれが今の自分にとって正しい方法かどうかは判らない。

だけど、他に体を鍛える良い方法を思いつかない彼は、愚直に日課を続けている。


ストレッチを終えると再びリュックを背負い直し、10分ほどかけて武術教本で読んだ体術の型の練習をする。

それが終わると歩いて家に帰るのだが、その途中で先程のタイムを思い出して、また少し落ち込む。


(やっぱり全然ダメだ。とてもレオにはかなわない)

以前一緒に走った事を思い出し、悔しくて奥歯を噛みしめる。

親友のレオは、どちらかと言えば短距離が得意なタイプであるが、この外周沿いの5kmのコースなら10分もかからず走り切る。

獣人族の体力と比べても仕方がない事は分かってはいるのだけど、一緒に走ろうとしてもどんどん引き離されていく事は悔しくて悲しかった。

レオや傭兵の大人から聞いた話では、獣人族の熟練の傭兵は、荷物を抱えて100kmの道程をギフトや魔術を使わず2時間程度で走り切るそうである。

ケンの目標はそこまでではないが、出来れば5km程度くらいはレオに負けないくらいの速度で走りたかった。

だが、道のりは遥かに遠いようだ。


家に帰るとその足でお風呂場に行き、服と靴を脱いで中に入り、洗面器にお湯を入れ、何杯も頭からかぶる。

タオルで体を拭き風呂から出ると、落ち込んでいた気分もさっぱりとする。

洗濯物を籠に入れ、バスタオルを腰に巻き、靴に足を突っ込んで自室に戻る。

時間はまだ朝の7時20分過ぎ、朝食までには後30分は時間がある。


部屋の前で靴を脱ぎ、中に入って裸足のまま下着や服を着て、机に向かってノートに今日のタイムを書き込む。

ケンは、この1年半の外周の走破時間を見返して思い悩む。

始めのうちは良かったが、この1カ月はほとんどタイムは縮まらず停滞気味なのだ。

(これ以上重りを増やすと、さすがに怪我をするかもしれないな。何かいい方法は無いかな?)


ケンが悩んでいるのには訳がある。

早く強くなりたいのだが、参考に出来る本が無いし、大人達に相談すれば「10歳まで待ちなさい」と言われて八方塞がりなのだ。


もちろんこれには事情がある。

まず、子供が鍛える事は良くないという研究結果が多く発表されているので、学園の図書室にもそのようなトレーニング方法を記した本は置いていない。

更に言うと、大人の人間族でも肉体のみを激しく鍛えるのは好ましくないとされている。


そもそも人間族は、肉体を鍛える事はあまりしない。

効率的ではないし、それでは大して強くなれないからだ。

魔力体への依存が大きい人間族は、普通に生活するだけで体力は維持できるし、魔力体を鍛えるトレーニングをすれば、わざわざ肉体を鍛える必要などない。

それではケンも魔力体を鍛えるトレーニングをすればいいと思われるが、これは枷をはずした人間、10歳以上にしか出来ない方法である。(文末参照1)



ノッコと出会った後、優れた人物になりたいと思ったケンが真っ先に思いついたのは体を鍛える事だった。

学園の図書室に勇んで向かい、大人の人間族のトレーニング方法の本を探して読んだケンは、これらの事情を理解して、どうしたらいいか解らずに途方に暮れてしまった。

普通はこのような事情を知れば、神託を受けるまでは大人しく待つだろうが、ケンは簡単にはあきらめたく無かった。


『要するに、子供でも肉体と魔力体を同時に鍛えればいいんだ』

勝手に勘違いした彼の暴走が始まる。


どうしたらいいか解らなかったケンは、ステラ学園の学園長でもある担任のボブ=ブレイブ先生に相談した。

『人間族の子供でも、体を動かすのはいいことだよ。そうすれば2つの体は順調に成長する。強くなれるかどうかは解らないが、朝に軽く体を動かしてみたらどうかな? 毎日続ければ、女神様も君の努力をきっと認めて下さるはずだ』


それから毎日、このランニングを続けているのだ。

ケンは両方を鍛えるつもりで、がんばっている訳である。


ボブ先生は、もちろん鍛える事を勧めた訳ではなく、問題児だったケンに毎日の習慣を付ける目的で軽く言っただけだった。

まだケンと出会って3カ月程度であったボブ先生は、ケン=マッケンジーの性格をよく理解していなかったのだ。

これほどのトレーニングを長く続ける子供がいるとは、さすがに予想出来なかったとしても仕方が無いだろう。


今、ケンがやっているのは、獣人族の大人のトレーニング方法に近い。

ケンがタフ過ぎてボブ先生の意図しない結果になってしまっているのだが、この激しいトレーニングは、人間族の子供にとっては危険である。(文末参照2)

もしこの事を知れば、ボブ先生はトレーニング自体を固く禁止するだろう。

つまり、ケンのやっている事は、とても褒められた物ではないのだが、その事に気付かないケンは更に暴走して、朝食までの時間を利用して魔力体を鍛えるトレーニングも合わせて行っている。


魔力体を鍛えるには、最低でも枷を外して、世界に満ち溢れる魔素を感じる必要がある。

そうしないと、自ら鍛えるにも加減が解らないからだ。

当たり前だが、神託前のケンには無理である。

だから、本に書いてあった事を想像力で補い、独学で考えた特訓を始める。


まずは瞑想の真似を10分間行う。

世界に満ちる溢れる魔素をゆっくりした呼吸で肺を通じて魔力体に取り込み、更におへそからも魔力体に取り込むイメージをして、体の隅々に行き渡らせる。

もちろん実感は無いが、そう思い込む事にしている。


それが終わると、肉体と魔力体をなじませる運動をする。

肉体と魔力体を同時に動かしシンクロさせるイメージでストレッチ運動を10分間行う。

これにより、鍛えた肉体と魔力体が相互に補完し合い、多分、上手く行けば、更に双方とも鍛えられたはずである。

残り10分は、活性魔術や強化魔術を自らの肉体と魔力体に行使して、全身を作り変える。(これも、あくまでもイメージ)


ケンは真剣だが、この特訓による効果は、実はほとんど無い。

魔力体は、枷がかかっている状態では一部の特殊な事例を除いて強化できない。

例えば、自身で魔力体に圧力をかけるとかだが、命がけな上に普通は出来ない。

魔蔵の成長を待ち、魔力体の自然な成長に期待するしかないのである。

ちなみに、個人差はあるが、8歳くらいまでに魔蔵の成長は終わる。

何の根拠も無く、こんな無駄な努力をもう1年半も続けているケンは、変人以外の何者でもない。


すると、1階から食事の用意が出来た事を知らせる母親の声がする。

「はーい」と元気に返事を返して、ケンは靴を履いて居間に下りて行く。


一階に下りると、食卓の前には両親が既に並んで座っており、相変わらずイチャイチャしている。

「おはよう、お父さん、お母さん」とあいさつすると、お互い見つめ合っていた両親はケンに向き直り、「おはよう、ケン」「ケンちゃん、おはよう。手を洗ってらっしゃい」と返事を返す。

母の言う通りに手を洗って来て、彼の指定席である両親の向かい側に座ると、家族3人で朝のお祈りをしてから食事が始まる。


しばらく食事に集中いた3人だが、母親のルルが息子のケンに話しかける。

「ケンちゃん、今日はお休みだけどどうするの?」

「お昼から、レクサが遊びに来るんだ。それまでは家にいる」

「そう、わかったわ。出かけるときは店にいるから、声をかけてね」

「うん、でも多分、今日は出かけないよ。レクサと一緒に魔術の修業をするんだ」

ルルは少し困った顔をして息子に忠告する。


「ケンちゃん、朝から体を動かすのは程々にしないと、反対に弱くなっちゃうのよ。だから無理しない様にね」

魔術の訓練など出来るはずがないので、その件はスルーだ。

「うん、ちょっと走っているだけだから大丈夫だよ」

その会話を聞いたダンは、笑ってルルに話す。

「ルルは心配し過ぎだよ。僕だって小さい頃は、元気に走り回っていたものさ。男の子だからそれくらい元気な方がいいよ。ちょっと朝から走るくらいなら問題ないさ」

「うん、お母さん、僕、無理して無いから心配しないでいいよ」

「…そうね、男の子は元気な方がいいものね」


繰り返し言うが、ケンのやっている事は、一般的にはオーバーワークである。

朝から10km以上のランニングを、雨の日も風が強い日も、一日も休みなく続けている人なんて、獣人族の運動選手ぐらいであろう。

強くなれるかもしれないが、少し分が悪い賭けであり、馬鹿しかしないような危険な事である。

普通の人間族の子供がこんな事をすれば直ぐに体調を壊すが、ケンは異常にタフであるので本人は普通だと思っているし、両親も気付いていないのだ。

村人の中には、このケンの日課を知っている人はいるが、彼らは人間族の子供の体を詳しくは知らないので、「悪ガキが朝から元気に走っとるのう」と言う感想を持つくらいで気に留めていない。



家族全員で朝食を済ませると、その後ケンは自室に戻って、午前中いっぱいを使って読書や勉強をこなす。

本は学園の図書室で借りて来て、必ず一日一冊以上を読むことにしている。

これも一年半欠かさず続けているので、既に700冊以上は読んでいる。

本のジャンルは、図書室にある興味深い物を片っ端から借りてくるが、多くが魔術書や実用書のたぐいであり、良く解らない内容でもとりあえず頭に入れる。

人間族は記憶力がいいし、特にケンは記憶力は優れているから、そこそこ集中して読めば、丸暗記する事も可能である。

今日の本のタイトルは、『初歩の魔道具その3』だ。


250ページ近い本を1時間半程で読み終わると、次に宿題を片付ける。

お昼前には終わらせると、レクサが来るまでの間に庭に出てダンスの練習をする。

庭に専用のシートを敷き、前世の記憶を参考にして、ヒップホップ系のリズムを口ずさみながらブレイクダンスを踊る。

とりあえず30分ほど踊ると、満足したのか、服をよく叩いて汚れを落としてから部屋に戻る。


部屋に帰ると、ゴロリとじゅうたんの上に寝転び、前世の記憶について整理をする。

彼がこの厄介な現象と付き合い始めて、そろそろ4年が経つ。


彼は、この突然頭の中に現れる映画のような現象を、独立した別々の思考で見る技を身に付けているので、前世の記憶の再生中でも他人が見れば分からないし、もうすっかり慣れて、記憶のフラッシュバックも起こらないので、落ち着いて比留間健一の記憶と向き合う事が出来ていた。

年を重ねる毎にその回数自体も減っていて、このペースで行くなら、何年か経てば記憶の再生自体が無くなるかもしれない。


ただ、相変わらずその記憶はまだらな物であり、印象的だが断片的であった。

どうやら日本と言う国での比留間健一の小学生から大学生の間の記憶みたいだが、日常生活よりは、印象深い記憶が多い。

恐らくだが、一連の記憶の半分くらいしか再生されていないのではないかとケンは思っている。


例えば、比留間健一が面白い本を読んでいても、物語の前半部分だったり、逆に飛び飛びだったりして、欠けた部分は想像力で補うしかなくてイライラする。

ゲームをやっていても、オープニングと不完全なイベントとエンディングの始めの部分だけと言う場合もあり、ダイジェストにもなっていない。

面白い授業がぶつ切りで再生されたり、バスケットボールと言う球技の試合で活躍した様子が最終ピリオドだけ現れたり、ダンス大会に出場した思い出のうちの、友人との控室での会話だったりと興味深いが、ほとんど意味不明で何の役にも立たない。


今思えば何でこんな記憶で、自分が勇者だと勘違いしたか笑ってしまう。

両親に聞いたところによると、そんな人は一人もいないそうなので、もちろん特別ではあるだろうが、自分が唯一の存在でないと知った今では邪魔なだけである。

両親からは、前世の記憶自体が空想の産物であると思われていて、あまり他人に話さない様に釘を刺されている事も、理解出来るが腹が立つ。


それでも、好きな漫画の結末だけは気になって仕方なかった。

(結局、あいつは海賊王になったのかな?)

そんな事を考えているケンだった。



設定および解説

(1)魔力体を鍛えるとはどういう事か。

純粋な魔力体は、魔蔵が形作る身体魔素の集合体である。

自由魔素の塊であるので、気体でも液体でも固体でもない。

だが、物質の3態の性質の一部を併せ持つ。

気体のように手ごたえがなく、液体のように密であり、固体のように体を形作る。

これらから解るように、魔力体は物理的に鍛えられない。


つまり、魔蔵が持つ支配力や情報力や制御力を高める事が魔力体を鍛える事である。

これにより、魔力体に含まれる肉体の情報が影響を受け、肉体も一緒に鍛えられるという訳である。

逆に肉体を鍛えても、魔力体にはそれほど影響を及ぼさない。

人間族は、魔力体ベースの生き物なのである。


具体的な鍛え方としてはそれぞれの能力値によって異なるが、基本は魔蔵に負荷をかけて自分で制御して能力を伸ばす。

最大魔力値の場合は、魔力体の密度を高めれば上昇するが、もし他人が人為的に密度を高めれば、魔蔵が魔力体を制御できず、結果的に寿命が縮む。

全ての能力値に付いて言える事だが、寿命を代償にしなければ、伸びる上限は決まっている。

逆にいえば、上限までは伸ばせるという訳だが、これが意外に難しい。

自然増加以外で無理の伸ばそうとするなら、例えば薬物投与、特殊な環境下に住む、自分自身で魔力体に圧力をかけるくらいだろう。

これらはいずれも危険であり、死ぬ可能性もある。


(2)激しい運動が人間族の子供にとっては危険である事について

まず子供時代、特に8歳くらいまでに非常に強い負荷を肉体に与えると、肉体も魔力体も不安定であるから魔蔵自体が変質する場合がある。

長期間続ければ、その影響は大きくなる。

魔蔵は魔力体を形作る臓器だから、少しの変化でも無視できない。

上手く行けば魔力体の密度が高まり、肉体も強くなり、能力値も少し伸びるが、ほとんどの場合は悪影響を及ぼす。

最悪の場合は魔蔵が劣化し、最大魔力値が少し減少した上に、肉体も少し弱くなって寿命が縮む。


ケンの場合は、実はそれほど無茶はしていないが、医師が見れば、かなり分の悪い賭けをしていると思うだろう。

これを何年も続けると、ケンが体が大人になった時や、神託後の能力値に影響が出てくる可能性が高い。

普通ならば良くなる可能性は低く、少し悪くなるか、何の影響も出ない可能性が高い。

しかしケンの場合は、とある理由で悪くなるリスクはほとんど無く、努力が無駄になる可能性よりも、良くなる可能性が高い。


良くなる場合は、最大魔力値が増えて、寿命も少し延びる。

もちろん本人は、がむしゃらに頑張っているだけだから、その辺りの事情は知る訳がない。

これらを解り易く説明するのは難しいが、地球人で言うと、一流になれる才能を持つ野球選手が、小さいうちから激しい運動をすれば、超一流になるか、体を壊して2流選手になるかという感じに似ているだろう。

ちなみに、人間族の寿命とは魔力体と魔蔵の寿命である。

最大魔力値が増加すると、思考力により生きる力が魔蔵と魔力体をより強化して寿命が延びる。

ただし後天的要因での寿命の増加には個人差もあるし、元々生まれ持った数値を持つ人にはかなわない。


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