第22話 レクサの初陣
レクサ=ヘリスとルル=リンクは、村の正門に隣接する警備員の詰め所に向かい、早足で歩く。
念のため、村の上空を警戒する事も忘れない。
村の正門までは、歩いて10分もかからないだろう。
ルルは、レクサの横に並んで歩きながら、自分が大きな過ちを犯しているのではないかという疑念を拭えずにいた。
結果的に、レクサの将来の選択肢を奪ってしまったからだ。
客観的に見て、この選択は間違っていないとは思う。
しかし、彼が戦闘職を選ぶのを息子のケンがあれほど強く反対した事は、どうしても心に引っかかる。
ケンは少し思慮の足りない所はあるが、人の心が解る優しい子である。
ルルは、ダンとの結婚について、身内から反対された経験上、人から見て愚かな事でも、本人にとってはかけがえのない幸せにつながる事があるのも知っている。
だからこそ、聞かずにはいられなかった。
「ねえ、レクサ君。本当に良かったの? ケンが言ってたわ、あなたの夢は学者になる事だって。別に今すぐ戦闘職を選ばなくても構わないんじゃないの?」
「いいえ、もう決めましたから」
そっけない返事にルルは驚き、少しあわてる。
「でも、例えばそうね、戦闘職も学者も目指してみるのもいいんじゃないの?」
「僕の立場じゃありえません。両方とも簡単な道ではないです。≪2刀流は、1刀流には勝てない≫と言うのは、傭兵の間じゃ常識です。2刀流で勝負出来るのはギフト持ち、つまり天才だけです」
正論なので返す言葉が無い。
自分が信じてない事を言っても無駄である事に気付いたルルは、直球勝負をする事にする。
「私はあなたの事はよく解らないの。だけどケンが、あなたの幸せは戦闘職には無いと思っているみたいなの。それは分かるでしょ? だから、あなたの気持ちが聞きたいなって思ったのよ。親としては、息子の言う事を信じたいだけなの。別に答えなくてもいいわよ、私のわがままだから」
レクサの瞳が揺れる。
上空を見ているルルは知る由もないが。
「ケンは、僕が戦闘職を嫌と言ったから、かばっているだけです。結局、僕の気持ちの問題だと思います。本当に戦闘職になる覚悟を僕が持ってたら、ケンは反対しません、絶対に」
「…そう、分かったわ。レクサ君の気持ちの整理が早くつけばいいわね」
「…はい、ありがとうございます」
これ以上は解らないし踏み込めないとルルは思った。
ただケンが言った『レクサがダメになる!』という言葉が頭を離れなかった。
しばらく歩くと、2人は警備員の詰め所に着いた。
幸いにして、レクサの両親ともそこにいて、早速ルルは話しかける。
「ヘリスさん、あなたの息子レクサ君を戦闘に参加させたいの。彼はギフトしか使えないから防御は私が担当するわ。出来ればもう1人か2人、付けてほしいのだけど、大丈夫かしら?」
レクサの父親は、じっと息子の顔を見つめて冷たく言い放つ。
「戦う覚悟があるならやればいい。だが、そうでないなら必要ない。どんなに優れたギフトを持っていても、そんなのは二の次だ。戦場ではちょっとした油断が死に直結する。どうだレクサ、戦士になる気があるか?」
レクサは無表情で頷く。
「解ってるよ父さん、何度も言われた事だもの。僕は、これ以上親友を裏切りたくない」
レクサの父親は、一瞬厳しい表情をしたが、黙って頷いた。
それから、ルルの方に向き直り感謝を示す
「リンクさん、私も一緒に魔獣の迎撃をします。だが、私は防御魔術は得意ではない。勝手なお願いだが、息子を守って欲しい」
「分かりました。全力を尽くします。それで状況はどうなっています」
「今はまだ魔獣は確認できていません。ですが楽観はできないでしょう。我々は正門付近を受け持ちます。魔獣が川から来るなら、ここが最も激戦地になるはずです」
ルルは詰所の中を見回す。
ここにいる獣人族は20名程で人間族は自分を含めて3名、しかし精鋭ぞろいである。
さっき見た感じでは、この辺りには50名以上が配置されている。
ここで食い止めないと村の中に入り込まれ、人や建物に被害が出る事は容易に予想される。
魔物は、まず初めに人を襲い、人がいなければ探し回り、建物を破壊する。
しばらく探し回るとあっさり退却するので、『託宣』が降りた場合などは、非戦闘員は村を離れる場合も多い。
だが今は学園の中に守るべき者がいて、目の前には自らの判断で引っ張り出した未成年がいる。
先程からレクサは、彼の母親に抱きしめられている。
その姿を見ると、ルルの胸が詰まる。
だからこそ、彼女も一歩も引くつもりはなかった。
それから5分後、再び村に警報が響き渡る。
詰め所にある通信魔道具に、偵察隊から連絡が入る。
通信担当の獣人の男が大声で報告する。
「来ました、距離は、…5kmもありません。数は不明、…いえ、100匹以上」
「照明弾を打て、迎撃する」
詰所の中が一気に騒がしくなり、ルルもレクサのそばに歩み寄る。
「レクサ君、行きましょう。…それは?」
レクサが抱えている大きめの革の袋を指さして、ルルは尋ねる。
レクサは袋の中から、ライフル弾に似た弾をつまみだす。
「通常弾です。500発ほどあります。魔弾の効果が切れた軍のお下がりなので、威力は大した事ないですが、僕のギフトにはこれで十分ですから。…さっき母さんから渡されました」(文末参照1)
恐らくレクサの母親は、このような場合に備えて用意していたのだろう。
彼のギフト『狙撃』の弾には、石ころなどを使うより、通常弾の方がはるかに減衰を防ぐ効果がある。
そして、もう一つのギフト『魔弾』で通常弾は魔術弾に変わる。
「レクサ君、今のうちに半分くらいは爆発弾にしておきなさい。後は、魔獣の弱点を見てから決めればいいわ」
「はい、やってみます」
レクサは詰所にある少し小さめの革袋を借りると、通常弾を半分ほどを取り出し2つに分けて片方にギフトを行使する。。
「……終わりました。まだまだいけそうです。ほとんど天然魔素の使用量が減った気がしません」
ダブルギフト持ちは、ギフトごとに普通の4倍ほどの天然魔素使用量を誇る。
余裕があるのは当然だろう。
ルルは少し渋い顔をして彼に質問する。
「20秒くらいかしら、一体どういう風に魔術弾にしたの? 一括で? まさか一つ一つ250個を変化させたの?」
「一括です。…ビックリしました。まさか並列処理できるとは思いませんでした」
「それはギフトだからよ。魔術じゃそうはいかないわ。それにしても、魔術弾にするのに20秒はかかり過ぎね。前もって全部を魔術弾に変えた方がいいかもしれないわね」
「僕は固体は苦手みたいです。それに、弾に込めた威力の調整もまだ難しいみたいです」
「重ね掛けは出来そうなの?」
「…はい、2種類までなら行けそうです」
「そう、なら全部魔弾に変えなさい。あなたは雷弾が得意だって言ってたわね。残り半分はそれにしなさい。もし、魔獣との相性が悪ければ、ギフトの重ね掛けすればいいわ」
「はい、やってみます」
20秒後、レクサがルルの指示通り全ての通常弾を魔術弾に変え終わると、準備はすべて終わった。
「今度こそ行きましょう、そろそろ、魔獣が来ているかもしれないわ」
「はい、解りました。父さん、僕の方は準備が終わったよ。父さんの方はもう大丈夫?」
「ああ、指示は出し終わった。後は戦うだけだ。行きましょうリンクさん」
「ええ、どうせなら早く終わらせましょう」
ルルとレクサ親子は、詰所を後にして正門の外に向かい歩き出した。
照明弾が辺りを照らし、夜だというのに村の上空は明るい。
空にはまだ魔獣の姿は見えず、村人たちは辺りを警戒しているようだ。
ほとんどがチームを組んで戦うようで、3~5人ぐらいがひとかたまりになっている。
ルルとレクサ親子も3人のチームといえ、遠距離ギフト、防御系魔術、近接戦闘とバランスが取れたメンバーである。
3人は村の正門から100mほど離れた場所に立ち、先頭をレクサの父、真ん中にレクサ、最後尾にルルが、それぞれ3m程度の間を開けて簡単な陣形を組む。
「来たぞ! 右10度」
レクサの父親の大声が飛ぶ。
「確認できません」
つぶやくような声で答えるレクサ。
「落ち着いて、レクサ君。出来る事だけやりなさい」
「はい」
レクサが目を凝らすと、400m程先に小さな点が見える。
「父さん、5匹ですか?」
「そうだ、それと敬語はやめろ。時間の無駄だ」
レクサは5匹の恐らく魔物であろう物体にマーキングして、爆発弾の方が入っている革袋から弾を5発つかんで取り出し、手を上に振り上げ、爆発弾を上空に放り投げる。
『狙撃』ギフト発動!
奇跡の力で瞬時に音速の2倍まで加速された5発の爆発弾は、「ドン」という音と共に衝撃波を纏い、1秒も経たずに目標に必中する。
体長80cm程度の魔獣は、四散して瞬時に絶命する。
「いいわ、その調子よ。とりあえず数を減らしましょう」
「はい」
レクサは8発の爆発弾を革袋から取り出し、4発ずつ両手に握りしめる。
一度に狙撃できる銃弾は8発、狙撃間隔は最短で4秒、しかし、目標へのマーキングだけなら100体近くまでメモリー出来る。
それを知っている父親は、指示を出す。
「レクサ、見つけ次第全部言っていく。出来る限りやればいい。いいな?」
「はい」
「次、…左15度、距離500m、数12」
400mまで近付いた時にようやく確認出来て、すばやく12匹にマーキングして、両手につかんだ爆発弾を放り上げる。
8つの衝撃が、うなりを上げて魔獣を襲う。
ムササビに似た、まだ名前も無い魔獣の亜種は、クレー射撃の的の様に飛び散る。
レクサは革袋に右手を突っ込むと、大雑把に10発近くの爆発弾をつかみ握りしめる。
残り4匹、しかし空を滑空する魔獣は速い。
じりじりとした感覚が彼を襲う。
(怖い、逃げたい、4秒が長い)
約4秒後、ギフトが使えると感じた彼は、右腕を振り上げ10発の銃弾が宙を舞う。
4発が魔物に向かい撃破、少し後に残り6個の爆発弾が土の地面にポトポトと音を立てて落ちる。
爆発弾を拾い上げようとするレクサに対して、ルルは短く忠告する。
「拾わない! 敵に集中しなさい」
「はい」
落ちた弾丸を無視して、レクサは再び4個ずつ弾を握り込む。
ルルが後ろからレクサに話しかける。
「思ったより魔獣は速くない。4秒で100m程度、暗い中でレクサ君が確認できる距離は400m程度、それなら、一度に32匹までなら魔獣は近付けない。それ以上でも私達が何とかするから、レクサ君は落ち着いてやりなさい」
「はい」
振り返らずに、そう返事する。
続いて父親の声が飛ぶ。
「左45、距離400、数3、左方向に向かっている」
「はい」
魔獣は直ぐに見えなくなるが、一度マーキングしてしまえば的は外さない。
ただ、イメージでギフトを使う。
彼の見えない場所で、魔獣は3匹ともバラバラになって草の上に飛び散る。
次々に飛んでくる魔獣に対して、レクサ親子は息ぴったりで対処していく。
その度に、魔獣の体は四散して周辺に飛び散る。
その様子を見たルルは、苦笑いする。
(これは、後片付けが大変ね。まあ、その程度なら喜んでやりますけど)
もうレクサに彼女のアドバイスは必要なく、背後を中心に周辺を警戒するだけだった。
戦闘開始から20分経つが、魔獣の襲撃は止まらない。
まとまって一気に襲撃してこないのは幸運だか、一体何匹いるのか解らないほどだ。
レクサだけで、もう300匹以上も撃破しているのは見事だが。
「ルルさん、弾が足りなり」
爆発弾どころか、雷弾も使いきろうとしたレクサが報告する。
「了解、拾い集めるから10秒待って」
ルルは周辺に散らばる銃弾に意志付けして、魔術で操作して手のひらに集める。
そのままレクサに近付き、ベルトに吊るした空になった革袋にジャラジャラと入れる。
耳元で、ルルはレクサを励ます。
「念のため、予備の銃弾を作ります。だから安心なさい」
彼が黙って頷くのを見て、彼女は後ろに下がる。
ルルは、護身用にしていた魔銀のヘルメットと魔鉄鋼の胸当てを外し、結界に包み込むとギフトを発動する。
彼女のギフトは『加工』、材料さえあれば、精密にイメージ通りに固体を加工できる職人系ギフトだ。
今回彼女が造るのは魔鉄鋼を魔銀で覆った通常弾である。(文末参照2)
わずか1分ほどで、通常弾が250発ほど出来上がる。
「レクサ君、魔弾をひとまとめにしなさい。空いた革袋に今造った通常弾を入れるわ。頃合いを見て、魔弾に変えなさい。早く出来るように工夫はしたけど、魔獣が現れたら狙撃に集中するように」
「はい」
レクサの返事を聞き、ルルは少し安心する。
まだ彼は頑張れるようだ。
そう彼女は判断してしまった。
魔物の襲撃は続いている。
レクサの活躍で、ステラ村には全く被害は無い。
だが、彼はこれが初陣なのだ。
彼の心は限界を迎えようとしていた。
設定および解説
(1)この世界の銃弾は、通常弾と魔弾(魔術弾)がある。
通常弾は、魔術陣などが仕込まれてない(魔術刻印が無い)質量弾で、もちろん新たに魔術を付加する事が出来る。
魔弾は、通常弾に魔術特性を持たせたもので、その種類は多岐に渡り、炎弾、氷弾、雷弾、照明弾、爆発弾、等がある。
いずれの場合も、火薬を使って打ち出す物ではないので薬莢は存在しない。
魔術や魔道具(銃や大砲)で弾を加速させて打ち出し、魔弾の場合はそれと同時に安全回路が外れ、着弾すると仕込まれた魔術も発動する。
その初速は地球の銃器類と大差がないが、最大射程は通常弾で500m程とかなり短い。
地球の銃弾との違いは、弾自体の形状が紡錘形をしていて大きく、この世界では相対速度が速いほど魔素による減衰が激しいので、銃弾自体の材質が減衰の影響を受けにくい金属を使っている事である。
弾の材質は、銅、銀、金、鉛、ウラン等の金属及びその合金で、それぞれの特性により用途が違う。
鉛弾が一般的に多く使われるが、大型の魔物は強力な耐魔術結界を持っており、魔弾の効果が薄いので、その場合は耐魔術結界を通過出来るウラン弾を使う。
(2)ルルが造った、魔鉄鋼を魔銀で覆った通常弾について
魔鉄鋼は武器にも防具にも使われる安価で魔術とも相性が良い鉄の合金だが、魔術陣の効果が持続しないので、1カ月もしないうちに魔弾は通常弾に戻ってしまう。
だから通常は銃弾や砲弾の材料には使われないが、今回の場合は直ぐ使うので関係ない。
魔銀は銀の合金で、人との魔素親和性が高く、魔術との相性も良く、軽くて丈夫なので防具などに使われる素材である。
軽い為に、あまり銃弾には使われないが、魔弾にすると魔術の効果が高い。
ルルは、材料の無い中で、銃弾の芯に丈夫で比較的重い魔鉄鋼を使い、その周りを魔銀で覆う事により、レクサの『魔弾』ギフトにかかる時間の短縮と衝撃力を上げる事を狙って魔鉄鋼を魔銀で覆った通常弾を造ったのである。




