第21話 レクサの夢と現実
村に鳴り響く警報は、最高レベルの警戒を示すものだった。
ダンとルルは食事の後片付けもせずに、すぐに行動を開始する。
「ルル、ケンを連れてステラ学園へ。僕は集会所に行ってくる」
「あなた、待って。防具だけは装備して行って。ケンちゃんもヘルメットと胸当てを付けるわよ。お母さんに付いてらっしゃい」
3人はそれぞれ防具を装備し終わると家からすぐに出て、戸締りを済ませ、早足でそれぞれの目的地に向かう。
ダンは、一見ダンボール箱に似た2階建ての村の集会所に着くと、扉を開けて中に入る。
1階の大広間は災害対策本部になっており、そこには4,5人の村人がいた。
こちらに向かってくる男達の1人に、ダンは声をかける。
「何があったんです?」
「アスカ町を例の魔物の群れが襲ったそうです。今から20分前です。俺達は爺さん達を学園に連れて行きます。マッケンジーさんも武器を用意してください」
少し不明な点もあるが、出て行く男を呼びとめる訳もいかず、とりあえず奥にいる村長に話を聞くため歩いて彼の前まで進む。
本部長席に腰をおろしているムトンボ=デュクラ村長は、落ち着いた様子で机の上の地図を眺めている。
「村長、アスカ町が襲われたと聞きました。先程報告した空飛ぶタイプですか?」
ダンの声に顔を上げるデュクラ村長。
「ああ、擁壁を越えて来たそうだ」
「軍は間に合ってたんでしょうか? それと、それ以外の状況は?」
「魔物は川から現れたそうだ。不意をつかれた形になったから、多少の被害が出るだろう。それ以外はまだ不明だよ。今確認している」
ダンは、あまりにも意外な話に、つい声が大きくなる。
「馬鹿な! 魔獣は水の中では窒息してしまう。そんなに長くは居られないはずだ」
ほとんどの人が、今回の魔獣が風魔術を使う事の意味を考えていなかった。
その気になれば、空気を操れるので、水の中で窒息する事はないのだ。
魔獣の知能はせいぜい獣レベルなので予測できなかったのだが、大規模襲撃時の魔物は、まるで優れた知能を持つ集団の様に振る舞う場合がある。
しかし、いまさらそんな事を言っても仕方が無い。
「今、ステラ川の周辺を確認してもらっている。軍にも出動要請をしたよ。間に合えばいいが、楽観は出来んね」
あくまでも冷静なデュクラ村長の様子を見て、ダンも冷静さを取り戻す
ステラ川は、下流でアスカ町の横を流れる川と合流し、そのまま魔の森の西に流れ下っている。
魔物が川を遡上して来ているなら、こちらにも何割か来ている可能性が高い。
川の合流点からの距離は、アスカ町もステラ村も、それほど変わらない。
「村長、指示を下さい。私は何をすればいいですか?」
少しだけ思案すると、デュクラ村長は指示を出す。
「マッケンジー君、今回の魔物は空からやってくる。しかも、外は暗くて魔物は速い。これに対応できる住民は100人もいないだろう。軍が到着するまで、村の防衛に当たってくれ。40分もすれば、到着するはずだ」
「了解しました。急ぎますので、これで失礼します」
ダンは踵を返し、まず武器を取りに自宅に帰っていった。
デュクラ村長は、ダンが出て行った集会所の扉を見つめた後に、目を閉じて腕を組む。
(マッケンジー君にああは言ったが、実際は軍の到着は遅れるだろう。アビス市政府にとって、この村には何の価値も無い。しかも、アスカ町が襲われている状況なら、軍を分けてまで来てくれるだろうか? 今、町は混戦状態で市街戦の真っ最中のはずだ。軍用船の砲撃は期待できないのだから、掃討作戦までは手を離せないだろう。魔物が村の中に入り込む前に来てくれないと、ステラ村も同じ状況になる。せめて、魔物の襲撃時間が遅れればいいのだが)
だが、それは叶わぬ願いであった。
20分後、ステラ川から這いだしてきた魔獣が、この村に向かっているとの報告が通信魔道具を通じて災害対策本部に報告されたのだ。
デュクラ村長はしばらく目を閉じた後に立ち上がり、自らも前線に向かうべく本部を後にした。
一方、ケンとルルはステラ学園に到着し、避難場所である講堂の中に集まっている子供達や戦わない一部の大人達と無事に合流を果たしていた。
ケンは辺りを見回し、友人達の姿を見かけると、ホッとした様子で走り寄って声をかける。
「よかった、みんないるみたいだね。レクサもレオもジェーンも、それからナパ達も」
「ケンが最後だ。後は大人達がまだ何人か残っているだけだ。僕達は走ってきたんだぜ。ケンは遅いぞ」
レオの言葉に、ケンはムッとして言い返す。
「全員、走ってきたのか? それ、あぶないよ。今回の魔物は空を飛んでくるそうだよ」
「みんな何ともなかったんだ。いい訳はみっともないぞ。ビリのくせに」
「ビリって言うな! お母さんと歩いて来たんだから仕方ないだろ」
「ママと来るなんて、もっとみっともないぞ」
「レオのお母さんもそこにいるだろ!」
「違うぞ! 別々に走ってきたんだ。一緒じゃないぞ!」
ケンとレオの口げんかを見て、2人の間に入るレクサ。
「2人ともそこまで! それよりケン、魔物が空を飛んでくるってどういう事? ケンがヘルメットをかぶってるのは、その為かな?」
本当に怒っていた訳ではないので、ケンもすぐにレクサの質問に答える。
「父さんが、アビス市へ行って聞いて来たんだ。今回の魔物は、村の壁を越えて襲ってくるんだってさ。だから防具をして、大人と一緒に逃げないと危ないんだ」
ケンの言葉に周りの大人も子供も驚いて、ざわざわと騒がしくなる。
ルルは、その様子を見て声を張り上げる。
「みんな、ちょっと聞いてください! 私から説明しますから!」
静かになるのを確認してから、マリは説明を始める。
「私の夫、ダンが市政府の出入り業者から聞いてきた情報ですから、多分間違いないと思います。村長も、今日のお昼ごろに情報を確認したそうです。今回の魔物は、滑空するタイプで風魔術を使う魔獣だそうです。ですから、魔術が得意でない方や特に子供達はそうですが、村の中でも安心はできないと思います。小型ですが、上空から襲われると危険ですから」
「そんな! 怖くて外を歩けないよ!」
子供達の中から声が上がり、再び騒がしくなる。
その時、パンパンと大きな手拍子が鳴り、ほぼ全員の視線が若くて美人の獣人の女性に集まる。
「皆さん落ち着いて! 村長が対応を考えているはずです。それに、警報が鳴ったのだから、それほど決着に時間はかからないはずよ!」
ヒメカ=ウリル先生の高い声が響くと、騒がしさは収まる。
「これ以降、外に出る時は、子供達だけの行動は禁止します。少なくてもこの場所なら、上から襲われる心配はありません。皆さん落ち着いて行動しましょうね」
ヒメカ先生のいかにも先生らしい言葉に小さな笑いが漏れ、講堂の中は完全に落ち着いた雰囲気になる。
周りのみんなが、すぐ横の床に敷いてあるマットの上に腰を下ろし出すと、ケンも母親と一緒に腰掛ける。
場所はレクサの横である。
彼の両親は、警備担当である為にこの場にいない。
それに、さっきからずっと深刻そうな表情をしているのがケンには気になっていた。
「レクサ、大丈夫だよ。レクサのお父さんやお母さんも空から来る魔獣なんかには負けない。だいたい魔獣は小さいんだから、一撃だろ」
レクサはケンの顔を見て複雑そうな表情で話す。
「そうかもしれないけど、僕は心配だよ。父さんも母さんも、飛行魔術はそれほど得意じゃない。ギフトは接近戦向きだし、遠距離の魔術は苦手なんだ。でも、空を飛ぶ相手を村の中に入れない様に無茶をするかもしれない。外はもう暗いから、速い相手には大怪我をするかもしれない」
ケンは親友を慰めようとするが、いい言葉が見当たらない。
何故なら、魔術の本を何百冊も読んで勉強しているから知っているのだ。
獣人族の多くは、飛行魔術をスキルにしないと、それほど小回りが利かない事を。
空中戦は苦手であるので、魔物の侵入を止めようとすると体を張るしかない。
急にレクサは立ちあがる。
「僕、やっぱり手伝ってくる」
「無茶だよ!レクサはまだ神託から4日しか経ってないだろ。死んじゃうぞ! それに戦いたくないって言ってたじゃないか!」
親友の腕を引っ張り無理やり座らせる。
一応、大人しく座ったものの、彼の考えは変わらない。
「ケン、そうじゃないんだ。まだ解らないと思うけどギフトは、特に僕の場合は、それほど練習は必要ないんだ。今回の相手はすごく相性がいいから、きっと村の誰より役に立てる」
ケンが再び反論しようとすると、その肩をルルは後ろからつかみ黙らせ、厳しい表情でレクサに質問する。
「レクサ君、あなたのギフトに付いて詳しく説明しなさい。場合によっては、私が一緒に付いて行ってあげる」
「お母さん、何言ってるの? レクサが戦う必要はないじゃないか。戦いたくない人が戦うのは間違っているよ!」
ケンは、レクサが無理矢理戦わさせられるかもしれないと思い、必死で抵抗する。
その様子を見たレクサはケンの手を握り締め、思いの丈を打ち明ける。
「ケン、聞いて! 僕が戦いたくなかったのは、とても父さんの様にはなれないと思ったからだ。3年ほど前に、父さんは大けがをした。両腕が無くなって、右足が折れていた。治るのに2カ月近くかかったんだ。僕は怖くて、悲しかったけど、父さんをすごいと思った」
ケンはその時の事を詳しくは知らない。
前世の記憶の件で、それどころではなかったから。
両親もわざわざそんな事を幼い子に報告するはずもない。
唖然とするケンに対して、レクサはさらに強く彼の手を握り締め、話を続ける。
「怪我が治った父さんは、すぐに仕事に戻ったんだ。信じられなかったけど尊敬した。だから僕には無理だと思ったし、出来れば戦闘職以外を選びたかったんだ。勉強は嫌いじゃ無かったし、今だって怖いから」
ケンも親友の手を握り返し、熱く語る。
「だったらそれでいいじゃないか! レクサは勇者になりたくないんだろ。危ない事はしたくないんだろ。そんなのちっとも恥ずかしくない。戦いたくないのに戦う方が間違ってる!」
レクサは泣きそうな顔で叫ぶ。
「そうだよ! 僕はケンとかレオとは違う。戦いたくないんだ。でも、父さんや母さんが大けがしたりする方がもっと嫌だ!」
周りの人も全て2人の話を聞いているようで、辺りはシンと静まりかえる。
ケンは親友の目を見ながら話す。
「わかった、レクサが決めたんなら戦ってこいよ。そうしたいならそうしていいんだ。でも学者は? 先生は? まさかあきらめるつもりなのか?」
何も言わず、レクサは目をそらす。
それは、ケンの恐れていた事だった。
「あきらめるな! 夢をあきらめちゃダメだ。そんなのレクサがダメになる!」
「僕の夢なんてちっぽけだ。誰の為にもならないんだよ。お父さんもお母さんも、レオも僕が戦った方がいいと思ってる。ケン以外は誰も認めてくれない。だったら、戦闘職になるしかないだろ! もし、戦闘になって誰かが死んだらどうするのさ。僕の気持ちなんて関係ない。もうあきらめたんだよ!」
ケンは絶句する。
そして、自分が親友を救えなかった事に気付き、体と心が震える。
「ケン、だからいいんだ。僕の望みなんて叶わない。…だけど、本当にそれでいいんだ」
2人の握っていた手が力無く離れる。
ケンの目からは涙があふれる。
2人の間の決着はついた。
泣いたら負けである。
「ばかやろう、…レクサは本当にバカだ」
レクサは悲しげに笑うと、無理に明るい声で話す。
「知らなかったのかい? 僕は、いっつもこうだったじゃないか。ケンにいっつも怒られてた。損ばっかりしてるって」
レクサはルルの方に向き直ると、冷静に話しかける。
「ケンのお母さん、僕のギフトが役に立つか判断してください。今から説明します」
ルルは無言で頷いた。
レクサのギフトの能力は、驚くべきものだった。
『狙撃』は、目に見える範囲だけでなく、存在さえ認識出来ればそこにマーキング出来て必ず当たる。
今の所は速度の調整は難しいらしいが、最大速度は音速の2倍で減衰の影響も軽減される。
飛ばす物体の質量により天然魔素使用制限が決まってくるので、魔弾との相性がいい。
『魔弾』は、物質に特性を持たせて結界に閉じ込めて弾丸を作るギフトだ。
レクサの場合、特に気体が得意で、変化特性は爆発系と雷系に優れており、威力も申し分なく、恐らく弾数も並のギフトの4,5倍程はあるという事だ。
ダブルギフト持ちの常識外の能力を聞き、ルルは思わず息を飲む。
だが、冷静を装い、いくつか確認する。
「狙撃対象を認識してから打ち出すのは、どれくらいかかるの?」
「練習してみましたけど、4秒くらいかかります。もっと練習すれば、もう少し縮められる気がします」
「今、同時に狙撃できるのは何発まで?」
「『魔弾』を使えば2発です。石とかを使えば8発は行けます。これはそんなに数を増やせないと思います」
少しあごに手を当てて考えたルルは、決断を下す。
「…そう、つまりレクサ君は、4秒間魔獣を接近させなければいい訳ね。4秒と言う事は、空飛ぶ相手なら余裕を見て200m以内に近寄らせないようにしなければならないわ。…誰かあなたを守ってくれる人が必要だわ。それは、私が受け持ちます。攻撃はともかく、防御系の魔術は得意だから、あなたを守ってあげる。一緒に行って、ご両親に会って許可をもらいましょう」
彼女はチラッと膝を抱えて泣いている息子を見る。
それから、ヒメカ=ウリル先生に向き直り、胸に手を当てて話す。
「先生、息子をお願いします。決してここから出さないようにしてください。レオくんもお願い、ここで待っていてね」
ヒメカ先生は、「約束します。気を付けて下さい」と答える。
レオは複雑な表情で、「わかったよ、…レクサをお願いします」と答える。
ルルは頷くと、視線をレクサに向け、手を差し伸べる。
「行きましょう、レクサ君。早い方がいいわ」
レクサはその手をつかみ立ち上がると、泣いている親友の方に一瞬目を向け、講堂に集まる人達全員に声をかける。
「はい、…じゃあね、ケン、レオ、みんな、僕がんばってくるから」
2人は振り返らずにその場を後にして、前線に向かう。
後に残されたケンは、ただ泣きじゃくるしかなかった。
ケンの心が叫ぶ、夢や希望を簡単にあきらめるなレクサ、それでは幸せになれない。
しかし、ケンの魂が叫ぶ、何もかも失ってからでは遅い、だからレクサは間違っていない。
自分の気持ちの中に、納得している部分がある事が、ケンには納得がいかず悔しかった。
ケンには、レクサが幸せになる方法は解らない。
分かっているのは、レクサどんな人かと言う事だけだ。
レクサは、自分の力を誇示したり、打算的なタイプではない。
他人には厳しいが、身内にはすごく甘い。
心の弱さを見せるのも、親友や両親ぐらいな物だ。
そして、自分に対する欲がほとんどないタイプである。
しかも、それを自覚しているから性質が悪い。
そんなレクサだからこそ、今回の選択はケンには納得できなかったのだ。
学者の夢をあきらめる事は、ベターな選択をしたように見えるが、その中にどれほどレクサの希望が入っているというのか?
きっと、これっぽっちも入っていないと思う。
だからこそ、また心を一つ殺したのだろう。
レクサは、唯一の夢や希望さえあきらめたのだ。
ただ己の運命を受け入れるだけの壊れたロボットのように。
だけど彼は人だから、きっと今も心の中は怖くて震えているに違いない。
それでも、きっと戦う事をやめないだろう。
自分の命を犠牲にしても、大切なものを守る為に。
膝を抱えて泣いているケンの様子を見て、レオは近付いて来て文句を言う。
「ケン、泣くな。レクサが悲しむだろ!」
ケンは俯いたまま目をこすり、つぶやくように話す。
「ほ、本当にいいのか? レ、レオは、レクサの気持ち、し、知ってるだろ」
しゃくりあげながら話すケンに、レオは肩をポンポンと叩く。
「いいんだよ、これで。いいから泣きやめ、レクサが心配する」
それからしばらく、2人はただ黙って時間を過ごす。
しばらくすると、レオはぶぜんとした表情で横に座っているケンにだけ聞こえるように話す。
「だいたい、今日じゃ無くても絶対こうなったんだ。レクサはダブルギフトを貰ったから、こうなるんだよ。誰かが死んだら、レクサは耐えられるのか? レクサが戦わないと誰が守るんだ? だったら早い方がいい。レクサの心がつぶれるなら、僕達がいた方がいいだろ? どうせダメになるなら、早い方がいいんだ」
もう一人の親友の意見に、ケンは反論できない。
レクサの小さな希望や夢は、完全に潰されたとケンも考えている。
だが、それは必然だったと言うレオの意見は、完全にその通りだと思った。
レクサは自分の希望より、大事な人の意志に流される。
でもそれは、人の良さや彼の心の弱さから来ているのでは無いとケンは思っている。
彼が流されるのは、両親や親友に関する事だけで、分かりきった悪い結果を受け入れるのは、欲の無さから来る打算の無さとあきらめである。
その彼が唯一持っていた希望が、人間族には勝てないだろう頭脳職になって、平凡な生活を送りたいという、小さな夢である。
だから、珍しく親の希望やレオの意見に強く抵抗したのだ。
ケンは、そんなレクサの小さな夢や希望を守りたかった。
親友に幸せになって欲しかったから。
だけど守れるはずなど無かったのだ。
彼自身が自分の夢より身内の事を優先するのだから。
レオは難しい事は解らなかった。
だけど、レクサが戦闘系ダブルギフトの持ち主になったと聞いた時、学者になっても幸せになれないだろうと直感で感じた。
だから、ギフトを交換するか戦闘職になれと言ったのだ。
そしてレクサは、戦闘職になる道に流されてしまった。
ケンとレオは、レクサの事をよく解っている。
だけど、だからといって、レクサ自身ではない。
それぞれの気持ちや行動は、確かにレクサに届いた。
後は、彼自身が考えて決めるしかない。
レクサ=ヘリスが獣人族に生まれた事やダブルギフト持ちになった事は宿命であり、どうしようもない事だ。
だが、幸せにつながる運命は、自らの努力により選び取る事が可能なのだ。




