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第20話 ケンは両親にレクサの事を相談する


10月11日、第2種2級警戒態勢が発令されてから7日、ようとして魔物の行方は知れず、村人たちにも疲れの色が濃く表れており、色々な不満が溜まっているように見える。

ステラ村の村長であるムトンボ=デュクラも、このままでは村人への生活への影響が大きすぎるので、3日前から名目は2級のままで警戒レベルを下げてはいるが、それでも村を覆う不穏な空気は払えるはずもない。

特に、村周辺の警戒に当たる警備担当は激務であり、レクサ=ヘリスは未だに将来についての相談を両親と出来ていない有様である。


ケンの両親が経営している万屋よろずや、マッケンジーとルルの店も開店休業状態ではあるが、ステラ村からの注文による備品の調達や消耗品の仕入れで、ダン=マッケンジーはステラ村とアビス市を何度も往復しており、皮肉な事に、あきない自体は好調であった。


夕方5時を過ぎると、ルル=リンクは早めに店を閉め、住居スペースにつながるドアを抜けてキッチンに向かう。

学園から帰ってくる息子とアビス市から戻ってくる夫に夕食を作る為である。

マッケンジー家のキッチンは、日本の家族向けマンション程度の広さで、居間と一体になったLDKであり、これは一般的な人間族の生活様式レベルである。

小さめのシンクの横には調理器や保冷庫が並び、その作りは対面型ではなく、日本の昭和時代のシステムキッチンのように見える。

しばらくすると、ケンとダンがそろって帰って来て、居間に顔を見せる。

ルルは調理台から目を放し、振り返ってから2人に声をかける。


「あなた、お帰りなさい。ケンも一緒なのね、もう少しで夕食が出来るから食べてしまいなさい。ダン、あなたも何か軽く食べるわよね?」

「ああ、さすがに少し腹が減ったよ。今日は僕が食事当番なのに、用意させてごめんな」

「お母さん、いつもより早いね。お店はもう閉めちゃったの?」

「いいから、2人とも手を洗ってらっしゃい。話はその後でも出来るでしょ。それと、ケンは服を着替えなさい。すごく汚れているわよ」

「「はーい」」

父と子のそろった返事に、ルルは笑って料理の続きを始めた。


6時前には料理が完成し、居間にある4人家族には少し大きめのテーブルの上に少ない量の食事が並び、親子は背もたれのある椅子に腰かけ、食べながら話をする。

まだ子供であるケンはともかく、食事と言ってもダンは軽食で、ルルはドリンクとお菓子をつまむ程度である。

食卓での夫婦の話題は、やはり警戒態勢や魔物についての事だ。


「それにしても長いな、明日でもう一週間だ。この7日で3カ月分は儲けさせて貰ったから、もう十分だ。第一、村の人の負担が大きすぎる」

ダンの人の良い意見に、ルルも頷いている。

「許可がないと村の外にも出られないし、商品の注文や出荷も満足に出来ないから、商売人はさすがに影響が大きいわね」

「ああ、アビス市の業者もそう言ってた。とりあえず空路だけでも正常に戻さないと流通がマヒするな」

ケンは食事中なので、話を黙って聞いている。

あまり子供が興味を持つ話ではないので、目の前の料理に集中しているようだ。

食卓に横並びに座っている、ダンとルルの会話は続く。


「数が多いと言っても、魔物は小型ばかりなのよね? 門の開け閉めだけで対応出来るんじゃないの?」

「それがそうもいかないらしい。今日聞いた話では、ほとんどの魔物が同じタイプで、しかも飛べる亜種らしい。多分、魔の森で、そいつの卵が大量に孵化ふかしたんだろう。風魔術を使って滑空するタイプで、高くは飛べないが擁壁くらいなら軽く超えられるらしい。それが理由で貨物車が飛べないと仕入れ先の会長が言ってたよ。輸送車タイプは上昇するのに時間がかかるし速くは飛べないから、風魔術を使って襲いかかられると墜落する。うちのみたいに小型で小回りのきく飛空車以外は、空路が制限されてるって訳だ。ともかく早く見つけないと、最悪の場合、村の中に入り込まれるかもしれない」

夫婦は向かいに座っている息子を見る。

そんな魔物が村を襲ったら、自分達はともかく、魔術の苦手な獣人や子供は非常に危険である。


「そんな魔物を見逃すなんて、軍は何をやっていたのかしら? まだ見つかってないんでしょ? それに、うちの村長は知っているの?」

「ああ、村長は知っていたよ。家に帰る前に本部に報告に行ったら、今日の昼前に、アビス市から連絡があったそうだ。…それにしても、魔獣は一体どこへ行ったんだろうな。駐屯軍やアビス軍だけでなく、国軍まで動員しているのに見つからないらしい。軍も失態を隠すのに必死なんだろうがお粗末だ」

「いっそ、『託宣』が降りればいいのに。サイズはともかく、それだけの数の襲撃なら、可能性はあるわよね?」

「ああ、だが、無い可能性の方が高いと思うな。もし魔物が分散しているなら尚更だ」


珍しくイチャイチャしないで真剣な話を続ける2人。

警戒態勢下では控える分別を持っているのだろう。

今も村の外では、村人達が魔物の警戒に当たっているのだから。


「そうだ、アビス市でマリに会ってきたよ。やっぱり今週は戻ってこれないそうだ」

「そう、仕方ないわね。まさかあの子、徴兵されてないわよね?」

少し緊張気味にぎゅっと手を握り締め、心配そうに夫の顔を見るルル。

「それは心配ない。アビス市も2級警戒態勢だからね。ただ、『等速』ギフトを使ってアルバイトをしているそうだ。…軍関係だから、すごく割がいいんだって言ってたな。それと、マリのギフトは更に使えるようになったみたいだ。なんでも、魔術弾に意志付け出来る時間が倍近くに延びたんだそうだ。魔術弾の種類にもよるが3日は大丈夫らしい。魔素防御結界の中だと1カ月近くも持つそうだ。マリが言うのには、修業したのと自由魔素の親和性が増えたおかげで意志付けが強くなったそうだよ」(文末参照1)

「お姉ちゃんすごい。軍の手伝いをしてるんだ」

こんな話だけに反応する息子に、両親は苦笑する。

「ケンちゃん、もう食べ終わったの?」

まずいと思ったケンは、食事を再開する。


「あなた、徴兵さえされなければマリは大丈夫よ。逆に儲けてると思うわ」

「ああ、そう言ってた。この7日で1年分は稼いだって笑ってたな。『だからお父さん心配しないでね』って言われたよ。よく考えたらマリには貯金もあるし、将来は有望だしで本当に心配いらないんだよな。…マリはすっかり大人になってしまったな」

この店は小さいとはいえ、一応彼女は商売人の娘である。

本当によく出来た娘に、母親は自慢げである。

ダンは、少しさびしそうな様子だが。


「それにしても、魔物は一体どこにいるのかしら? 2000匹なら目立つと思うんだけど」

「今は空からだけじゃ無く、森や茂みや洞窟の中を探しているらしい。足跡が追えないから、しらみつぶしに当たっているそうだよ」

「穴を掘って埋まっているかもしれないわね」

ケンがピクリと反応する。

「レクサもそう言ってた。魔獣は穴掘りが得意だもんね」

ちゃっかり話に参加してくるケンは、夕食を食べ終わったようだ。


「でも本当にそうなら長期戦になるわね。出て来ても、出てこなくても、どっちでも問題ありね。でも、どうせなら出て来てくれた方がいいわ、なるべく早く」

ルルの言葉に頷くと、ダンはケンに質問する。

「レクサ君と言えば、ダブルギフト持ちになったんだろ。しかも両方とも戦闘系とか言ってたな。ケン、本当なのか?」

「うん、そうだよ。あれ? 僕、お父さんに言ってなかったっけ?」

「私も聞いてないわよ。まあ、しばらくそれどころじゃ無かったものね」

ダンとルルは、この2日程、交替で村の夜間警戒に当たっていたのだ。

ケンとじっくり話すのは久しぶりなので、レクサの事を知らないのも仕方ない。


「ごめんなさい。学園のみんなは全員知っているから、話すのを忘れちゃった」

ケンが可愛く謝ると、別に怒ってもいない両親は「今聞いたからいいよ」「ケンちゃんが可愛いから許しちゃう」とご機嫌のようだ。


「それにしても、こんな時でもなけりゃ村中でお祝いするんだけどな。うちの村からダブルギフト持ちが出るなんて奇跡みたいなものだからな」

ダンの言う通りである。

ダブルギフトを持ちは、獣人族では十万人に一人程度と言われている。

まさに宝くじに当たるような物である。

人間族でも一万人に一人程度であり、そんな彼らは一般人に比べ、のべ8倍近くのギフトの天然魔素使用量があるとされている。

まさに選ばれし者であり、将来も引く手あまたである。


「ねえ、お父さん。レクサは戦いたくないんだ。学者になりたいんだ。でもレオは、そんなのダメだっていうんだ。お父さんはどう思うの?」

ダンは息子の質問には答えず、逆に質問を返す。

「お父さんは、レクサ君の事をよく知らないからね。ケンはどう思ってるんだい? レクサ君が学者になった方がいいのか、それとも戦闘職になった方がいいのか、どちらだい?」

ケンは首をかしげ、少し考えると自分の考えを言う。


「僕は、レクサがやりたい方を選べばいいと思う。レオの言う事も解るけど、レクサの夢の方が大事なんだ。ねえ、お父さん、そんなにギフトってすごいの? お父さんは、僕が戦闘系のダブルギフトをもらったら、やっぱり戦闘職になるように言うの?」

ダンは、息子の無邪気な質問に少し笑う。

そんなにダブルギフトは、大安売りされている物ではないのだから。

「ケンの事はよく知っているから、お父さんが反対しても傭兵になるんだろうね。そうだな、戦闘系のダブルギフト持ちなら、なれとは言わないけど反対はしないと思う。でも、普通の戦闘系ギフトなら反対するかもな」


(ダブルギフトって、そんなにすごいのか)とケンは考える。

確かに自分なら、出来るならばと言う条件が付くが、勇者を目指すだろう。

(じゃあ、学者に向いたダブルギフトをもらったら、学者を目指すのかな?)

さすがにそれは、今の所は考えられない。

レクサも同じ気持ちかもしれないとケンは思った。


ルルは不機嫌そうに、飲んでいたドリンクのコップを食卓の上に置く。

「私は反対よ、大反対! あのねケンちゃん、人間族は400歳を超えると、嫌でも戦わないといけないのよ。わざわざ若いうちに、命をかけて戦う必要はないの。高齢者になるまでに魔術の修業をすれば強くなれるし、安全に戦えるわ。若くて未熟なうちから戦闘職を選ぶのは、よっぽどそれが合っていても、お母さんは反対!」

母親の消極的な意見に、さすがに納得がいかないケンは文句を言う。


「でも、お母さん、村の人達はほとんど戦っているよ。向かいのおばさんも、レオのお父さんも全員だよ。僕だって戦闘系ギフトなら戦いたい!」

息子の言葉に、ダンとルルは顔を見合わせ頷く。

「ケンちゃん、この村の人達は特別なの。他の村や町では、多くの人は戦闘職じゃないの。魔物が襲ってくる時は、小さな村では避難するか、軍人さんを呼ぶのよ。色々な事情があって、村長さんは、ゾンメル教徒で戦う誓約をした獣人にしか、村に住む許可をくれないの」

この村が特別かもしれないという考えは持っていたが、それでも納得いかないケンは更に質問する。


「でも、お父さんは? お母さんだって戦わないよね? ギフトが戦闘系じゃなく職人系だから?」

「人間族はどこに住んでもいいんだよ。村長の許可も必要ない。例え戦闘系ギフトを持っていても、戦う必要などないんだ。それでもお父さんは、この村で自立手当を申請する時に、村長と話し合って条件を決めたんだ。お父さんは、よっぽどの場合を除いて戦う必要はないんだ」

更にルルも説明する。


「私も人間族だし、ダンと結婚してこの村に来たから、他の人とは事情が違うのよ。例えば、レオくんのお母さんも同じよ。戦う誓約をして村に住んでいないの」

「よくわかんないよ、この村が特別なら何で僕は戦っちゃいけないの?」

「戦ってはいけないんじゃないよ。自分が戦いたいだけで戦うのは、馬鹿のする事だとお父さんは思う。そんなのは、本当の戦いじゃない。そんなのは犯罪者や魔物と変わらない。修行にもならないし、大して経験も積めないとお父さんは想う」


ケンは自分が悪者扱いされた気がして、反論しようとするが言葉が出ない。

自分が何故戦いたいのかを両親に説明できないのだ。


魔物が世界の敵で、自分が選ばれし勇者だから戦うのか?

そんな都合のいい話を信じる事は、ケンにはもう出来ない。

だったら勇者になりたいだけで戦うのは、人を殺すだけの魔物や、欲しいから盗む悪者と比べても、父の言うようにそれほど違わないかもしれない。

戦いたいから戦うという子供っぽい理由では、自分が納得できないのだ。


それならば、周りがみんな戦っているから?

特別で優れた人間族になりたい自分が、そんなのを理由に出来ない。

自分が何となく戦いたいという以外に、特に戦う理由がない事にケンは初めて気が付いた。

ケンは唇をかみしめ、自分の未熟さを責める。


息子の姿を見たダンは姿勢を正し、彼の目を見つめ、少し厳しめの表情で語りかける。

「いいかいケン、今からする話は、まだケンには少し早いかもしれない。でも大事な話で少し長い話になるから、最後まで我慢して聞きなさい」

ダンの言葉とその表情に、ケンは「はい」とだけ答える。

ダンの少し長い話が始まり、居間には彼の声だけが響く。


「人間族と獣人族は違う。

一番大きな違いは人生の長さだ。

獣人は長い人でも90年ほどしか働けない。

人間族は500年近く働ける。

魔力体の寿命が人間族の寿命だから、肉体もそれほど衰えない。

記憶力や魔術も上だから、努力が必要な仕事は、長く続ければ続けるほど差が出てくる。

特に学者や先生の様な頭脳職は、よっぽど優れている場合は除いて、人間族が精霊族にかなわない以上に、獣人族は太刀打ち出来ないんだよ。

さっきのレクサ君の話だけど、普通はダブルギフト持ちになったら、それを生かさない選択はない。

人間族の場合の進路だって、間違いなく軍の士官学校が第一候補になるだろう。

それなのに、わざわざ不利な学者になりたいなんて、父さんだったら反対する。

はっきり言って、問題外だとも言える。

お父さんはね、獣人だからと言って馬鹿にする人は嫌いだ。

だけど、獣人も人間もみんな同じようにする考え方も嫌いだ。

お母さんやお父さんやお姉ちゃんにケン、家族だってそれぞれ性格や持って生まれた特長が違うのに、無理矢理同じにするのは悪平等だって思っている。

まして、獣人族は違いすぎるんだ、人生の長さも価値観も体の仕組みもね」


ダンは、食卓の上にあるお茶を一口飲むと、更に話を続ける。


「まずは戦い方についての違いを説明するよ。

獣人族は力が強くて速く動けるし、鍛えれば体は鉄のようになる。

でも、頑丈でも水の中ですぐ溺れたり、首を絞めるとすぐに死ぬ。

魔力体が無いから血が出過ぎると死んじゃうし、回復に時間がかかったりするし魔術も苦手だ。

人間族はそこまで頑丈ではないけど、脳や魔蔵さえ無事なら簡単には死なない。

そして魔術は、圧倒的に優れている。

だから人間族と獣人族では魔物との戦い方が違ってくる。

ギフトや体術を利用しなければいけない獣人族に対して、人間族はギフトか魔術が攻撃手段となる。

もちろん、死ににくいから肉弾戦をしかけたって構わないかもしれないが、そんな事は意味がない。

早く死にたいなら別だけど、鉄の固さの魔物に肉弾戦をしかけるのは馬鹿のする事だ。

そして、若くて魔術を覚えていない状態では、獣人族と同じ戦い方をするしかなくなる。

そんなのは、自分の力を見極めきれない馬鹿がする戦いだ。

人間族の戦い方は、魔術を使った遠距離戦闘になるんだ。

それに戦闘系ギフトを持ってなくても、魔術をたくさんスキル化出来れば、別にギフトに頼らなくていい。

ただしそれには長い時間がかかる。

お母さんが言ったのは、人間族が獣人族と同じ戦い方をする必要はないという意味だよ。

ここまではケンも解るね?」


ケンは黙って頷く。

魔法使いが呪文も覚えず、戦士と同じ戦い方をするなんて、テレビゲームのRPGなら直ぐにゲームオーバーだからダンの説明はよく解る。

もちろんゲームではなく命がけの戦闘だという事も解っている。

敵を倒したらレベルアップする訳でもないのだから、早く戦うより魔術をたくさん覚えたり、体を鍛えたりする方が強くなれるだろう。


「わかったよお父さん、お母さん。戦うなら誰にも負けないぐらい鍛えてから戦う。絶対無茶な事はしないよ」

ルルは、ホッと胸をなでおろす。

ケンは約束をした事は、そう簡単には破らない。

最近は落ち着いて来たようだが、前例があるからヒヤヒヤしていたのだ。


ダンも息子の言葉に満足して微笑む。

しかし、顔を引き締めると話を再開する。


「じゃあ、次はギフトと将来の職業についての話をしよう。

人間族と獣人族は、さっきも言ったようにギフトの重要性が違う。

例えば、お父さんのギフトが職人系でなく戦闘系ギフトだったとしても、職人になっていたかもしれない。

だけど、お父さんが獣人族で戦闘系ギフトを持っていたら、職人になっていなかったと思う。

父さんは、本当は嫌でも戦闘職を選ぶかもしれない。

戦闘職以外を目指すなら、頭が良かったりよっぽど才能があれば、先生や学者や商人でもいいかもしれない。

でも、人間族を相手に戦うのは厳しい。

もちろん努力しない人間は、努力する獣人には勝てないけど、普通は200歳以上の人には一生かなわない。

まあ、どの人種でも、それほど才能も無く、努力もしない人は、安い賃金で人に使われるしかないけどね。

でもこの国では、人間族は法律で優遇されていて、平凡な獣人達は、人間の使用人になるぐらいしかないんだ。

それが嫌な時はどうする? 

この国を出て獣人の国に住むか、戦闘職を選ぶしかないと思う。

その場合でも大変だぞ。

獣人の国に住むなら今までの生活を捨てて、一からやり直しだし、親戚や家族ともめったに会えなくなる。

それに獣人の国の生活レベルは、だいぶん落ちると聞いている。

だけど戦闘職を選ぶのが良いとも言い切れない。

何しろ命がけだし、運や才能や努力も必要だ。

獣人族は体を鍛えるなら3年もあれば十分だけど、戦闘系魔術の習得には最低でも10年はかかる。

でも努力しても魔術では人間族にはかなわない。

人間族に負けない部分、つまりギフトに頼るしかなく、実際のところギフト無しで体術や魔術のみで戦っている獣人族はほとんどいない。

それでも傭兵になれば人の言う事をそれほど聞く必要はないし、お金も儲かる。

軍人や治安員になれれば、公務員になって生活が安定して、人間族の国でも不自由無しに生きていける。

いずれにせよ、獣人がこの国で生きて行くのは大変なんだ。

つまり、ギフトなんて関係ないと言えるのは、人間族が恵まれているからだと父さんは思う。

獣人族は、好きや嫌いだけでギフトを無視して人生を決めるには相当な覚悟が必要だ」


ケンは考える。

人間族の自分は確かに恵まれている。

自分の立場と親友の立場、この国での人間族と獣人族の立場、それらを無視して将来を選ぶのは、父の言う通り馬鹿なのかもしれない。


ケンはまだ4歳だが、地球人で言うなら11歳以上の考えは持っている。

でも、自分の心も親友の気持ちも決して無視できないし、打算的にもなれない。

レクサの事も自分の事も、どうしたら一番いいかなんて解らないのだ。

この日彼は、人生の選択を初めて真剣に具体的に考えるきっかけを親友と両親から与えてもらった。



しかし、事態は急変する。

親子の会話は、突然、村に鳴り響く警報により中断を余儀なくされる。

10月11日、夜6時半過ぎ、ついに7日を経て、魔物の群れが現れたのだ。

もう一つの決着は、否応いやおう無しにつこうとしていた。




設定および解説

(1)マリのギフトの意志付け出来る時間が今までの倍近くに延びた事について

意志付け出来る時間とは、物質に思紋しもんが残っている時間です。

(思紋について解らない人は、元作の設定を見てください)

『等速』の威力が変化した訳ではありません。

この世界では、物理接触以外にも気体や液体に(もちろん固体も)含まれる魔素や自由魔素に接触すると物体の相対速度は減衰します。

それらの減衰現象のうち、固体の物理接触以外の全ての減衰を防ぐのがマリのギフトの本質です。

ギフトの威力は、意志付け出来る期間(ギフトの最大影響時間)ではなく、魔素による減衰エネルギーの総量です。

相対速度が少なければ、長い時間、等速で飛び続けます。

一旦固体に当たって止まっても、また加速すればギフトの威力が無くなるまで等速運動を続けます。

誤差の範囲ですが、止まった状態でも風の影響とかで、少しはギフトの減衰防止が働いているのです。

物理接触の減衰エネルギーがギフトの威力に含まれないのは、そういう特性を持っているからとしか言えません。

例えば、この世界の魔術の中には、移送魔術のように気体の物理接触による減衰を無視できる物もあります。

ちなみに、意志付けと魔術構成を組む事(魔術陣の構築)は別物です。

物質にしっかりとした魔術構成を組むと簡易の独立した魔術陣が出来ます。

特に、ほとんどの固体の場合は、魔術陣を壊さない限りは最低でも年単位は残ります。

これを魔術刻印を刻むとか打つと言います。

他人が組んだ魔術構成を持つ魔弾をマリが意志付けしても、その効果自体は失われません。

ギフトと魔術は別ですし、意志付けと魔術刻印を刻む事も別だからです。

余談ですが、別種の魔術同士や、別種のギフト同士も重ねがけ出来ます。

結論を言うと、マリは修行と自由魔素との親和性が上がった事により、物質に強めに意志付け出来るようになり、ギフトの最大影響時間が伸びたというだけです。


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