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第17話 マリの成人の日

「ケンちゃん。お姉ちゃんが遊園地に連れてってあげようか?」

「いらない」

「じゃあ、お姉ちゃんが面白い本を読んであげる」

「自分で読むからいい」

けんもほろろであるが、ダジャレではない。

ステラ村にあるマッケンジー家での姉弟の会話である。


今日は6月12日、マリ=マッケンジーの15歳の誕生日であり、彼女が人間族の成人を迎える日である。

夕方に居間で家族全員が集まって、マリの成人祝いのパーティーの真っ最中の出来事である。


居間のテーブルを挟んで夫婦と姉弟は対面で座り、量は少ないが料理は豪華な物が並んでいる。

先程からマリは、生意気だけど彼女にとって可愛くて仕方がない弟の横に座り、ベタベタとくっついてちょっかいを出している。

何度も話しかけては素気無そっけなくされ、しつこく腕を組もうとするのを払われて、拗ねた様子で文句を言う。


「もう、ケンちゃんはつれないな。せっかくお姉ちゃんの誕生日なのに、今日で正式に大人になったのに、ちょっとくらい、お姉ちゃんの頼みを聞いてくれてもいいんじゃない?」

「大人はそんなにくっついてこないよ。だって変な風に見られるもの」

ケンはそう言って、目線を真向かいに座っている両親の方に向ける。

マリも仕方なく、見慣れた光景に目を向ける。


「愛しのルル、君の瞳に乾杯」

「ダン、私の愛の器はあなたで一杯よ」

「ルル、この気持ちは永遠に変わらないよ」

「私もよ、何があってもずっと一緒」

両手の指を恋人繋ぎして、触れ合うほどの距離で目と目を見つめ合うバカップル。

夫婦仲がいいのは良い事だが、主役そっちのけで愛をささやくのは如何いかがなものか。

姉弟は仲良く向き直る。


「ケンちゃん、世の中にはあんな大人もいるのよ」

「お姉ちゃんは、間違いなしにお父さんとお母さんの子供だよね」

これはさすがに嫌だったらしく、マリは弟から10cm程度離れる。

ケンの勝利であるが、あくまで一時的な物だ。


彼のこのそっけない態度には理由がある。

ケンは、姉であるマリの事が少し苦手だった。

もちろん大好きではあるのだが、3年以上ほとんどいっしょに住んでいなかったので、どう接していいのか解らないのが一番の理由ではある。

姉は、一年ぐらい前から週に一度は帰って来て家に泊るので、始めは嬉しかったが、妙に構ってきて特にベタベタとくっついて来るので、照れくさくて逃げ回っていた。

それだけなら直ぐに慣れたかもしれないが、最近は別の理由も加わっている。

あまりにも姉が優秀すぎたから、素直に甘えられないのである。


小さい頃から問題児だったケンに比べ、姉は絵にかいたような優等生だった。

真面目で理解力に優れ、美人で人当たりも良くて、おおよそ欠点など無かった。

それにより、周りの人からケンはよく姉と比較されて、酷い場合は『マッケンジー家の悪い方』とか『出がらし』とか言われたものである。


両親は姉弟を比較してケンを責める事はしなかったのだが、ステラ学園に入学してからは、ケンの体調が良くなって、悪戯が酷くなったので、『少しはお姉ちゃんを見習って、良い子になさい』ぐらいは言われるようになった。

更に、マリの事をよく知る上級生達が寄って来て、何かと姉を褒める事が多かった。

自分が特別だと思っていたケンは納得がいかず、入学して1月程経った頃、担任であるボブ=ブレイブ先生に不満を漏らす。

「マリお姉ちゃんはそんなにすごかったの?」と少し怒った様子で。


ボブ先生は、それまで一度もマッケンジー姉弟を比較した事がなかったので、ケンは本当は否定して欲しかったのだが、その望みは叶わなかった。

ボブ先生は、その場では何も答えを返さず、お昼休みにケンを学園の談話室に呼び出すと、懇切丁寧こんせつていねいにマリの優秀さを資料を使って説明し始めた。

「君が必ず悩む問題であるから、現実を知りなさい」と前置きして。


マリの成績は10歳までの物ではあるが、同年代の学生の中での全国模試トップクラスの結果を残していた。

記憶力、応用力、理解力に優れ、品行方正で、人当たりにも問題なかった。

そして魔術の素養も群を抜いていた。

ボブ先生から姉の10歳時の能力測定用紙を見せられても、説明を受けるケンは良く解らなかったが、彼は記憶力は良かったので、その数値は今でもよく覚えている。

マリの最大魔力値は1527、魔素親和性も自由魔素を除き、平均より軒並み5%ほど高く、しかもレアギフト持ち。

一般人から見ると、まちがいなく天才、相当低く見積もってもハイレベルな秀才である。


最後にボブ先生は、厳しい表情でケンに説明する。

「ケン=マッケンジー君、もし君がお姉さんを目標にするなら、並大抵の努力では追いつけないよ。村人の中には、『人間族だから』とか『生まれ持った力があるからだ』とか言う人もいる。でも、小さな頃から見ていた私の考えでは、彼女は努力家だ。才能はおまけみたいなものだよ。小さな君には理解できないかもしれないけど、人間族にとって一番重要な事は努力する事だ。長く生きると差が広がる一方だからね」


当時のケンには納得できなかった。

何故なら自分は勇者だから勉強はそれほど必要ないし、魔術も苦手でなければ十分だと思ったからだ。

そもそも賢者をそれほどカッコいいとも思っていなかったし、目指すつもりもなかった。

体力的には、お姉ちゃんに勝っている自信があったので、世界の敵と戦うつもりだったケンには姉のすごさが理解できなかったのだ。


しかし今は違う。

ケンもまた、1年間必死に努力していたから、姉との差が理解出来てしまった。

もう自分が選ばれし者でもないと分かってはいたが、何としても優れた人間にはなりたかった。

何故なら、水精族のノッコと友達になるには、普通の人間族では駄目だからだ。


遭難事件の後にそう決めたものの、何をしたらいいか解らなかったケンは、とりあえず学園での勉強や体を鍛えるのをがんばる事にした。

子供が体を鍛える事は、特に魔蔵の発達していない8歳くらいまでは良くない事とされてはいるが、そんな事は関係なく、朝の長距離ランニングを続けている。

勉強には制限がない為に、彼なりに必死で勉強している。

そして当面の目標は、姉の成績を追い抜き、学園で一番強くて賢い人になることだ。


だがそれは、非常に高いハードルだった。

姉ほど優秀でも無く、今まで嫌いな事はしなかった彼は馬鹿だったので、それから一年間がむしゃらにがんばっても、決してトップクラスにはなれなかった。

更に体力面でも獣人族には当然かなわず、持久力以外の成績は学園の中では最下位周辺をうろうろしている有様である。


普通なら挫折してあきらめる所だが、一本筋の通った馬鹿である彼には、そんな事は考え付きもしなかった。

勇者じゃ無くなった自分が負け続けても、世界が終わる訳ではないのだから。

「『あきらめたらそこで試合終了だよ』って安○先生が言ってた。出来ないなら出来るまですればいいだけだよな」

そう言って、疑いもせずに必死で頑張る。

建前でそう言う人はいるが、心からそう信じている人はほとんどいないのではないだろうか。


ともかくケンはあきらめず、苦手な事でもとりあえず解るまでは頑張り、興味のある事には、のめり込んで勉強する。

本や教科書に噛り付くタイプではなく、積極的に外へ出て勉強するタイプだったので、妙に植物の生態に詳しかったり、父親の店の仕入れの仕組みを完全に理解していたりと実にユニークな子供に育って行った。


つまり、そんなケンにとっては、自分とは違う10歳年の離れた優秀な姉のマリは、憧れと多少の嫉妬が入り混じった存在なのである。

そして、当たり前だが、本日マリは自分より先に正式な大人になった。

また一歩先に行かれた事が嬉しくて、そして悲しかった。




しばらくして、成人祝いのパーティーが終わると家族会議が開催される。

議題はマリの今後の生活についてである。

一つは、成人になった彼女には、来期から大学の学費が発生するので、それをどうするかと言う事である。

もう一つは、成人になると成年自立手当と言う名の給付制度があり、独立するのに必要な土地か建物かお金が国から支給されるのでそれをどうするかだ。(文末参照1)

成人したマリにとっては、会議というより親への報告と相談だが、家族会議とはそんなものであろう。


「マリちゃんは、生活費や学費についてはどうするんだい?」

ダンがまず口火を切る。

両親にとっては、これが最も重要な事である。

お金は前もって準備する必要があるし、優秀な娘なので、他の心配は二の次だ。

「お父さん、もうお姉ちゃんは大人なんだから、ちゃん付けはおかしいよ」

茶々を入れるケンを見て、横に座っているマリはいきなり抱きつく。


「ケンちゃん、ありがと~う。お姉ちゃん嬉しい」

頬ずりしてくるので必死に離そうとするが、『お姉ちゃんパワー』が強くて引き離せない。

「お姉ちゃんはやっぱり子供だ! もう! 離れてよ!」

姉弟の微笑ましい様子に、ルルは笑いながらたしなめる。

「マリちゃん、嫌がってるんだから離してあげなさい」

「…はーい、わかりました」

渋々離れると、「コホン」と咳払いして自分の考えを話す。


「私は奨学金を取ってるから、学費は自分で何とか出来る。生活費と言っても、アルバイトで何とかなるし、出してもらう必要は無いわ。それに貯金もあるから大丈夫」

「でもねマリちゃん。返済不要の奨学金は未成年の間だけよ。今は何とかなっても、専門院や総合大学院に進学するんだったら貯金は使わない方がいいわ」

「それも大丈夫、私が今受け取っているタイプは、成績さえよければ大学卒業までは返済義務はないの。それに、まだ進路は未定だけど、総合大学院は考えてない。専門院に行きたくなったら、奨学金を取るか、いったん就職するかどっちかにするつもり」

ルルは困った表情で、娘のしっかりした答えに愚痴をこぼす。


「本当にマリちゃんは、優秀すぎてつまんないわ。もうちょっと私達を頼ってくれてもいいのに」

マリはおどけた様子で父親に確認する。

「お父さん、この4年近くでほとんど貯金は増えてないんじゃないの? 色々と大変だったものね」

「まあ、少ししか増えていない。…本当だって、本当に減ってないぞ。だから、マリの生活費くらいは大丈夫」

情けなく胸を張るダンだが、ケンの治療費にお金がかかったのと、遭難事件後のパーティーで少し使ったので貯まる訳もない。


「だから、私は大丈夫なの。私よりケンの為に貯蓄しておいた方がいいわ」

確かにケンの成績は中程度だから、もしこのままの成績で大学院まで行きたいと言った場合はお金は必要だろう。

娘に完全に言い負かされて、甲斐性無(かいしょうな)しのダンは黙るしかなかった。

その代わりにルルが意見を言う。


「わかったわ、マリちゃんの好きにしなさい。でも本当に困ったら、私達に相談なさい。なんなら私の両親に頼んでもいいんだから」

「ウッ」とさらに追い打ちをかけられるダン。

自分の親は平凡だが、ルルの実家は大金持ちだ。

ただ、彼女の父親から早い結婚を反対された時に、勢いで大見得おおみえを切った手前、それはあまりにも情けない。


「僕、おじいちゃんやおばあちゃんに会いたい」

「そうね、ケンちゃんは一度しか会ってないわね。本当はもっと会わせてあげたいけど、家族全員で行くとお金がかかるし」

「本当にすいません。お父さんがお金持ちだったら、全部解決する問題なのに」

ついにダンは完全降伏だ。

お金があれば、世の中の悩みごとの大部分は解決するのだから間違ってはいない。

よく出来た娘は、何とかフォローしようとする。

「お父さん大丈夫よ、今がんばって移送魔術の距離を伸ばしているから、お金がなくても家族旅行出来るわ」

黙って頷くしかないダンだった。


ダンは何とか気持ちを立て直すと、次の問題について娘に尋ねる。

「マリは、自立手当は何にするんだい」

「まだ決めてないから、ちょっと相談に乗って欲しいって思ってるの。前はアビス市で就職してお金を貯めようと思ってたから、アビス市で申請して部屋をもらおうと思ってたの。だけど、奨学金をもらうようになってからは、学生寮で十分かなって思ってるの。移送魔術をスキル化出来たら、就職先はどこでもいいもの。もしかしたら外国かもしれないからアビス市にこだわる必要はないし」

マリは上着の下に隠されたペンダントにそっと手を当てて、心に秘めた本音を漏らす。

外国と言う娘に驚きつつも、ダンは自分の経験を話す。


「お父さんの場合は、高校を出てから職人の専門学校に行って、成人後にすぐ働きに出たんだ。だから、その町で小さな古家付きの土地の占有権をもらった。マリの場合と違うから、参考にならないかもしれないね。マリの場合なら、大きな街の部屋をもらうのがいいかもしれない。人に貸しやすいし、10年間土地使用料を払わなくていいし、使用料自体も安いから、使うにしても貸すにしてもお金がたまりやすい」

マリも納得する。

とりあえず資金を貯めるだけなら、それがいいかもしれない。

次に意見を言ったのは母親のルルだ。


「お母さんの故郷で申請して、土地を占有して人に貸す? お金はそんなに儲からないけど、両親が面倒を見てくれるから管理が楽だし、ゾンメル教の教会があるから、将来はそこに住むのもいいと思うわよ」

この意見は、女性らしい視点と言える。

マッケンジー家は他人から購入したのではなく、ダンが結婚する前に給付し直してもらった家付きの土地占有権、つまりダンの自立手当であるので、ルルの名義ではないのだ。


結婚の際に生計を同一とする場合は、男性の家に女性が住むのがほとんどである。

だから、女性は離婚してもいいように、親類がいる町や村の土地の占有権をもらい将来に備えるのだ。

こんなに夫婦仲がいいルルの場合だってそうしているのだ。

もちろんこれは、ルルが結婚前に資金融通の為に土地を処分する事を両親が強く止めた為にそのまま残っているという事情があるだが、寿命の長い人間族が一生離婚しないのは珍しいので、この判断は当然の事と言える。

だが、さすがにステラ村で申請するように勧める意見はない。

マリには、この村は狭すぎるのだから。


マリは悩む。

母親の意見にも一理ある。

管理は不動産の管理会社があるが、手数料を取られるからあまり利用したくない。

それに、おじいちゃんやおばあちゃんがいる町なら安心感もある。

でも、資金の無い彼女の場合は、とりあえずお金が多く手に入る方がいいかも知れない。

やはり、大都市の部屋を給付してもらい、25歳あるいは30歳前に返却して、その時の事情で給付し直してもらうのがいいだろう。

あくまでも、お金にこだわるならばという条件だが。

そうしなければ、場合によっては両親や祖父母にお金を援助してもらわなければならないかもしれないのだから。


「まだ決定じゃないけど、お父さんの意見を参考にしてみる。アビス市で建物を探してみるけど、気に入ったのが無かったら、お母さんの言うように土地の占有権をもらって、おじいちゃんに管理を頼むかもしれない」

両親は頷いて最後に言う。


「マリの思うようにしなさい」とダン。

「マリちゃん、大事なのは気に入るかどうかよ」とルル。

「お姉ちゃん、僕はステラ村がいい」

ケンが可愛らしい事を言うので、マリは再び『お姉ちゃんパワー』を発揮して、弟を困らせたのだった。


設定および解説

(1)人間族は、15で成人を迎えると、国から独立するのに必要な土地か建物かお金が支給される。

これを成年自立手当、単に自立手当と呼ぶ。

土地の場合は所有権と占有権に分けられる。

所有権の場合は、村や町や都市以外の土地が貰える。

土地の価値により貰える広さが異なるが、農家や商家等の子供以外が貰うケースは少ない。

所有権は1代限りの物であるが、若く死亡した場合や子供がいれば、親や子供に対して100年は保障される。

その後は、国に返却するか借り受けるかを選択する。

占有権の場合も一代限りの物で、村や町の場合がほとんどで、建物付きの場合もある。

ケンの両親は、これを選んでいる。


建物の場合は所有権で、1代限りではなく、主に都市内の建物に限られ建物を所有して土地代を支払う。

最近は、占有できる土地の面積が狭いので、共同住宅の一室をもらう場合が多い。

多くの人間族が、これをもらって生活の基盤とする。

この場合、占有部分の土地についての使用料を払う事になる。

ただし10年間、25歳までは完全に無料となる。


お金の場合だが、金額が100万から200万ギル程度なのでほとんど希望する人はいない。

建物や土地をもらって、それを貸した方がもうかるからである。


以上の土地建物の権利の転売は、30歳までは禁止されているが、交換や賃貸しは可能である。

それまでの間にも、行政の許可を得て転売する事も出来るが、法に定められた色々な規制がある為、普通はそんな事はしない。

不要になった場合は、30歳までは一旦権利を国に返して、改めて給付しなおしてもらう事も出来るので、通常はそれを選ぶ。

ただし、手続きに半年ほど時間がかかるので頻繁ひんぱんには行われない。


ちなみに、獣人族の場合は国や都市によってそれぞれ違うが、人間族の国では在留許可と良くても一時金が支払われる程度である。。

ステラ村の場合は国から在留許可と50万ギルの一時金が支給される。

アビス市の場合は、在留許可が下りるだけである。

隣国の首都ネオジャンヌの場合は、何も無い。

但し親が公務員や永住権を持っている場合は、子供にも永住権がもらえて一時金が支給される。

今回の件とは関係ないが、出稼ぎの獣人族は雇用主の署名が必要な就労許可を年ごとに申請し、更新を受けて在住しているので正式な住民ではない。


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