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第16話 押さえつけられたモノは胸にある


冬も終わりに近づいて来た5月中旬の頃、ケン=マッケンジーとレオ=デュランとレクサ=ヘリスは、今日はケンの部屋に集まって馬鹿話をしていた。

ケンの部屋はマッケンジー家の2階にあり、広さは14畳近くあるので3人の部屋の中では一番広い。

窓には薄手のカーテンが掛かり、普及品のベットが窓際にあり、中古の机や本棚や整理ダンスがあり、何だかガラクタにしか見えない物がきれいに棚に並べられているかと思えば、彼にとって大事じゃ無い物は雑然と収納ボックスの中に突っ込まれている。

そんなケンの部屋の一番大きな特徴は、土足厳禁であり、床一面にベージュ色の毛足の長いじゅうたんが敷き詰めてある事だろう。

この世界では靴の上履きや下履きの感覚がほぼ無いので土足厳禁は特殊であるし、この国の生活様式は地球の20世紀前半のアメリカンスタイルに近いので、お金持ちの家ぐらいしか毛足の長いじゅうたんを子供部屋に使う事はない。

では何故そうなったかと言えば、ケンは2歳頃に自分の部屋をもらうと、前世の記憶である日本人の生活を参考に、部屋の中では裸足で過ごすことにして、扉に靴を脱ぐように貼り紙をしたのがそもそもの始まりである。


その時点での部屋の床は、木のフローリングではなく、やわらかめのプラスチックに似た複合材だったので、裸足でペタペタ自室を歩き回るケンを不憫ふびんに思った両親が、彼が2歳半頃の時に、倉庫に残っていた中古のじゅうたんを再利用して、お金をかけずに親子でリフォームしたから見た目がセレブになっただけである。

そんな広くてフカフカのじゅうたんが敷き詰められた部屋は、知り合ったばかりの3馬鹿トリオにとっては格好の遊び場であったが、わずか2日目にしてジュースやお菓子を食い散らかして部屋をベトベトにしてしまった為に、ケンの母親から罰として半日かけて徹底的に掃除させられた上に、部屋での飲み食いを永久に禁止されてしまったので、その後はレオの部屋が3馬鹿のたまり場のメインになったのである。


今日3人がこの部屋に集まったのには訳がある。

決して馬鹿話をする為でなく、ケンの家の倉庫の中にあった、もう使わなくなった在庫品の古い布切れを利用して、レオのギフトの特訓をする目的なのだ。

つまり今日はケンの部屋で、レオがギフトを使って古布を材料に服を作る訓練をするというわけだ。

だから、ケンの部屋の隅には大きな籠が置いてあり、中には一杯の古布や端切れが入っている。


しばらくすると、本来の目的を思い出した3人は、籠を引っ張り出して来てじゅうたんの上に腰をおろして意見を言い合う。

「レオ、どんな服を作るんだ?」

「ケンはバカだな。まず誰に作るかを決めなきゃ」

「それもそうだけど、布の量は決まっているから、誰に何を何着作るかを決めた方がいいよ」

最後のレクサの意見に賛成した3人は計画を練る。

「僕のギフトは、1回体のサイズを覚えたら1カ月は忘れないんだ。だからお前達の家族の誰でも服を作れるぞ」

「僕はいいや、この前作ってもらったから」

「僕もいいよ、理由はケンと同じ」

2人の意見を聞いてレオは了解とばかりに手を叩く。


「よし、元々の材料はケンの家のだから、ケンのパパやママに2着ずつ、レクサのパパとママに1着ずつ作ろう。残りは、まあ誰でもいいんじゃないの」

「「賛成」」

3人は立ち上がって、籠から古布や端切れを取り出してじゅうたんの上に並べる。

一面に並べられた布を踏みつけないようケンとレクサはベットの上に座り、レオは端切れの種類を確認する。


「よし、じゃあまずケンのパパからだ。何がいいかな?」

「作業着がいいよ、何着あっても困らないもの」

即答するケン。

「ああ、いいぞ。全く同じなら修行にならないから、ちょっと違ったタイプで作るぞ」

そう言ってレオは、作業着に合う丈夫な布を数枚選ぶとギフトを発動する。

30秒ほどすると、不可視の力から解放された作業着2着がじゅうたんの上に落ちる。

拾い上げたレオは、説明を始める。


「作業着は、ゆったりめに作らないといけないんだ。それと背中の部分を見てくれ」

そう言って作業着の背中部分を2人に見せるレオ。

そこにはパッチワークの要領で『マッケンジーとルルの店』の文字が記されていた。

「すごい、レオ、腕を上げたね」

「お父さんが喜ぶよ。デザインもかっこいいし」

2人に褒められて、得意顔のレオ。

作業着は一着がつなぎで、もう一着はセパレートである。

端切れを使っているので若干カラフルな模様になっているが、見た目にはそれほど気にならない。

十分商品として通用する出来であり、レオの洋服職人としての将来は有望の様だ。


「後はボタンを付けるだけだ。ケン、問題ないか試着してもらってくれ」

「わかった、お父さんに言ってくる」

ケンは2着の作業着を持って、一階にいる父親のもとに向かう。

「さあ、次はレクサの番だぞ。何がいいか考えたか?」

「うん、父さんや母さん両方とも運動着がいいと思う。練習用のが何着か欲しいって言ってたから」

レオは床に並べられた端切れを見ながら、少し考えている。

「じゃあ、長袖と半袖とズボンを一着づつ作ろう。上着は汗をかくから、それがいいと思う」

「うん、ありがとう」

嬉しそうに言うレクサに質問するレオ。


「この前作った、ズボンとシャツはどうだった? ママやパパは何か言ってたか?」

「うん、普段着に着てるよ。でも、そういえば動くとズボンが少し窮屈って言ってた」

レオは少し考える。

「わかった、調整して見る。一度持ってきてくれ。多分、遊びが少し足りなかったのかもな。使った後の具合も見たいから全部持って来てくれ」

「うん、今度レオの部屋に行く時に持って行くよ」

「よし、それじゃあ作るぞ、練習着だから少し柔らかめの汗を吸い取る生地を選んでっと」

そんな感じで、特訓は進む。

結局当初の予定通り、ケンとレクサの両親の服を作り終わった所で布はほとんど無くなって、特訓は終了した。

ちなみに、1階にいたルルがリクエストしたのは、バスローブとナイトガウンであった。


3人は残った端切れを籠に戻して、じゅうたんの上に腰を下ろしてから、再び話し始める。

「それにしても、レオのギフトはすごいよ。職人系の中でも、かなりいい方じゃないの?」

レクサの言葉に、ケンも同意する。

「やっぱり編み物が最高だよ。この前もらったセーターは、すごく着心地が良かった」

2人の手放しの称賛に喜ぶかと思ったレオだが、少し表情を曇らせている。


「僕もそう思うけど、ママは全然ダメだって言うんだ。一流の職人になるには、もっとデザインの勉強をしなきゃダメなんだって。同じ服でもカッコがいい服は、何倍も高く売れるんだって言ってた。だから、今日作った服のデザインは、僕なりに考えてみた。どうだった?」

ケンとレクサは顔を見合わせ黙ってしまう。

何がカッコいいかはともかく、何が高く売れるかは予想も出来ない。

だが、親友の悩みなのでケンは何とか意見を絞り出す。


「ごめん、よくわからない。でも、僕は良かったと思う。カッコよくて高く売れる服なら、レオの好きな伝説の傭兵の絵が入ったTシャツとかは?」

少し困った顔でレオは答える。

「僕は、まだそんな難しい絵柄は作れない。それにママが著作権がどうとか言ってたから、売り物にならないんだって」

「そうか残念、でも著作権って何?」

「知らん!」

2人のやり取りに苦笑したレクサは、知ってる事を話す。


「僕も詳しくは知らないけど、人の作ったものを勝手に使って商売しちゃいけないって事だったと思う。絵とか歌とか物語とかを真似して儲けちゃいけないんだって」

納得いかないケンは、レクサに尋ねる。

「何でだ? 真似したって無くならないだろ。歌手の人は自分で歌を作ってるのか? それに真似しちゃいけないなら、レオが作っている服とかもダメなんじゃないか?」

レクサも完全には自信は無かったが、自分の考えも含めて説明する。

「人の作ったものを真似して儲けると、誰も努力しなくなるからだと思うよ。歌とかは、作った人にお金を払ってるんだと思う。それに、誰でも知っている様な事や、すごく古い話とかは、真似してもいいって本に書いてたよ」


今度はレオが質問する。

「伝説の傭兵は、すごく昔の人だぞ」

「だけど、絵を描いた人は最近の人だよ」

「…よくわからん、とにかく、僕は成人したらデザインの勉強をしに、働きながらアビス市の専門学校に行くかもしれん。…まだ先だけどな、一応、報告しておくぞ」

ケンとレクサは小さく笑って頷く。

進む道が違う以上、遠からず別れが来る事は3人とも覚悟はしている。

離れ離れになる事は寂しいが、3人はライバルでもあるので負けられない気持ちもある。


「だけどな、そんな事よりもっと大変な問題があるんだ」

レオはの言葉に、2人は首をかしげる。

「何だよレオ、勉強が苦手だから専門学校に入れないとか?」

ウッと黙りこむレオをフォローしようとするレクサ。

「多分だけど、専門学校なら大丈夫だよ。それに大変なのは、そんな先の事じゃないよね」

レオは、ウンウンと頷きながら反論する。

「そうだぞ、バカだって専門学校には入れるんだぞ。職人は勉強の成績なんか関係ないんだってパパが言ってた」

少し納得のいかないケンは、言い返す。

「僕のお母さんも職人だけど、すごく成績が良かったってお姉ちゃんが言ってた。それに、僕のお父さんも専門学校に入ったけどバカじゃないぞ」

「こんな村に来る人間族は馬鹿しかいないって、トムおじさんが前に言ってた。だから、ケンのパパはバカなんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど、レオのお父さんよりはましだ!」

「なんだと!」

「なんだよ!」

「はいそこまで! そんな事でケンカしちゃダメだよ。2人のお父さんは、職人として一流なんだからバカじゃないよ。それより、レオの『大変な問題』っていうのをまだ聞いてないから、ケンはちょっと黙ってて」

レクサの仲裁に、確かにその通りだと思ったケンは黙る。

レオも、その事を思い出して、咳払いをしてから真剣な表情で話し出す。


「いいか、2人ともよく聞けよ。僕は職人系ギフトを女神様にもらってから考えた。伝説の傭兵は無理だから、将来はパパに負けないくらいの職人になるって決めたんだ」

ケンとレクサは頷く。

それは、最近よくレオが言っている事である。

「だけど、このままじゃ僕は夢をあきらめるしかない! どうしていいか、わけがわからない物があるんだ。僕がすごく困ってるのは、女物の下着だ!」


部屋に微妙な空気が流れる。

レクサが両手でこめかみをもんだ後、とりあえず質問する。

「ごめん、女物の下着の何が困るのさ」

「そうだよ、パンツなんて服より簡単だろ」

やれやれという仕草で、レオは得意気に話す。

「バカだな、本当にお前らは解っちゃいない。いいか、女物の下着と言ってもパンツじゃないぞ。逆に出っ張りがないから作るのは男より簡単なんだぞ。僕が言ってるのはブラジャーの事だ!」


「…はあ、ブラジャーね」

レクサの力無い様子に、ケンは思わず口を出す。

「バカにするなよ、僕だってお母さんがブラジャーをしているのを知ってるぞ」

ケンの言葉を聞き、レオは口の端だけで笑う。

「じゃあ、ブラジャーの中のおっぱいがどうなってるのか解るか?」

ケンは今まで想像した事がなかったので、恐る恐る質問する。

「おっぱいは、おっぱいじゃないの? ブラジャーの中では何か違うの?」

にやりと笑ったレオは、立ち上がって拳を胸の前で握りしめて演説の様な主張を始める。


「ブラジャーの中のおっぱいは窮屈きゅうくつなんだ。人間族のおっぱいはそれほどでもないけど、獣人族のおっぱいは年を取るとれるんだ。ステーシーおばさんやラナ婆さんが、垂れたおっぱいを無理矢理ブラジャーの中に押し込んでいるのに、僕は少し前に気付いた。これは大変な事だ、おっぱいがかわいそうだと思わないか! このままじゃダメだ、僕はおっぱいに優しいブラジャーを作りたい!」

ケンは驚きのあまり立ち上がり、親友の手をがっちり握る。

「そんな事があるなんて知らなかった。おっぱいを救わなきゃ、おっぱいがかわいそう過ぎる」

「いや、ちょっと待ちなよ。おっぱいに人格は無いと思うよ。2人とも落ち着いて」

立ち上がって止めようとするレクサの言葉も、2人には届かない。

まあ、聞こえないふりをしているだけだが。


「僕は、ママに聞いたんだ。何で女の人は苦しいのにブラジャーを着けるのかって。ママが言うには、動くと邪魔だったり、形が崩れたりするのを防ぐ為だそうだ。全くわけがわからん!」

「わけがわからん! おちんちんは、動くのに邪魔じゃないぞ。形なんか崩れないぞ」

「十分理由は解るから。それに、おっぱいとおちんちんは別だと思う」


「しかも、寄せたり上げたりして形を整えたり、ブラジャーの中には金属が入っているそうだ。それなのに防御力は無いんだぞ、鉄の胸あてに謝れ!」

「そうだ、おちんちんの形を整えたりしないぞ。おかしいぞ、魔鉄鋼まてっこうの胸あてにも謝れ!」

「ブラジャーは防具じゃないから。ブラジャーだけで魔物と戦うなんておかしいでしょ!」


レオは、2人の姿を交互に見ると、力強く宣言する。

「ママはブラジャーを作るのは、僕にはまだ早いって言った。でもこのままじゃ僕は、ブラジャーが作れない職人になっちゃう。そんなのはダメだ! 僕は、あきらめないぞ! だから、これから村の女の人全員に聞いて来る。垂れているおっぱいを無理矢理ブラジャーに押し込めることが正しいのか? 形を整えるのが正しいのか? 全員に聞かなきゃ判らないんだ、おっぱいに優しいブラジャーを作る為には!」

ケンが真剣な顔で、レオの前に行き肩に手を置く。

「レオ、待つんだ。村の女の人は200人以上いるんだぞ。僕も手伝うよ、レオの夢とおっぱいを救う為に!」

「ちょっと待って! 本当に待ってよ2人とも! また怒られるよ! いいから落ち着いてくれよ。ケンもレオも冷静になってよ!」

しかし2人の意志は固く、信念のこもった瞳でレクサに熱く語る。


「僕はもう止まれないんだ! おっぱいの為に!」

「レオの夢の為に、僕も戦うぞ!」

がっちりと肩を組んで、(と言っても身長差があるので、ケンはレオの腰に手をまわしているが)妙にテンションの高いケンとレオ。

レクサはその姿を見ると、あきらめたようにがっくり肩を落とす。

こうなったら止めても無駄だからだ。

仕方なくレクサは、泥をかぶる覚悟を決める。


「わかった、僕も手伝う。でもそのまま聞いても、怒られるだけで答えてくれないよ。今から良い方法を考えるから、2人ともとりあえず座って落ち着こう」

しかし、レオは悲しそうに首を横に振る。

「レクサいいんだ、お前が反対するのは解っていた。だから、ケンと僕だけでやる」

「そうだぞレクサ、またお前まで怒られるぞ。やりたくないのにやって怒られるなんて、そんなのはバカがする事だぞ」

レクサは少し悲しそうに笑うと、肩を組んでいる2人の方にそれぞれ手を置いて話す。

「いいんだよ、僕達は親友だろ。僕も出来れば、レオの力になりたいから」

3馬鹿トリオは、お互い頷き合うと、がっちりと握手を交わした。


それから3人は円陣を組む形で座り、作戦会議を始める。

結局レクサの提案で、無記名のアンケート用紙を女性達へ配って、下着に関する不満点を書いてもらった後に回収する事になった。

アンケートの内容のほとんどが真面目な物ではあったが、『垂れているおっぱいを無理矢理ブラジャーに押し込めることが正しいと思うか』と『おっぱいの形を整えるのが正しいと思うか』を項目に入れる事をレオとケンが譲らなかったので、アンケート作成者であるレクサは、後で両親からこっぴどく怒られたという。


しかしこのアンケートは意外に好評で、その内容を見たレオの母親がブラジャーの改良をした上に、デュランの店は顧客に対してアンケートボックスを置くようになった。

レオも、母親から女性下着について、徐々にだが教わっているようである。

1人で割を食った形のレクサだが、彼にとっても怒られた甲斐かいはあったようだ。


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