第14話 番外編 マリ=マッケンジーの日常4
マリ=マッケンジーとヨシト=ウッドヤットは連れ立って喫茶店を出る。
もちろん支払いはヨシトのおごりである。
「じゃあ、中央駅に行こう。ところで、マリちゃんは何処で移送魔術の練習をしてるんだ?」
「いつもは大学の練習場です。でも、今日はヨシトさんがいるから許可が下りないと思います。たまにですけど、街の南側でも練習していますから、そこでいいですか? 広い平原ですから見晴らしもいいので」
「ああ、そこがいいと思う」
歩きながらそんな話をしていると、すぐに駅に到着する。
この中央駅はターミナル駅で、放射状にそれぞれ違った方面に向かう路線がある。
2人は、南出入り口方面行きホームに立ち、大型魔動車が来るのを待っている。
「すいませんヨシトさん。運賃まで出していただいて」
「気にしない気にしない。そもそも安いし、おじさんはお金持ちなの。マリちゃんは、さっき大人に頼るって言ったでしょ。だいたい、苦学生にお金を使わせたら、俺が気になった楽しくない。こういう時は、ありがとうって言って甘えるのが正解なんだよ」
「ありがとうございます。でも、こんなに良くしていただくのは、逆に気が重いです」
「あはは、それは耐えなさい若人よ。おじさんの楽しみを奪わないように」
しばらくすると大型魔動車が到着し、2人が乗り込むと、程なくしてゆっくりと発車する。
大型魔動車は、広い道の中央にある線路の上を滑るように進む。
これは主要駅にのみ止まるタイプであり、速度も時速60km以上は出ている。
複線の線路を中心に、片側3車線の道幅があり、様々な形や色の自由魔動車(地球の自動車の様な乗り物)も結構な数が走っている。
この街の主要道路沿いは、比較的高層(とはいっても8階建て程度)の建物が目立つ。
ただ、その形は直方体に近く、色は地味というよりは単色で暖色系が多いようだ。
4人がけの椅子に向かい合わせに座っているマリとヨシトは窓の外を何となく見ている。
もっともマリは、チラチラとヨシトの顔やしぐさを見ているようだが。
「しかし、都会だな。車も多いし建物も高い。建物が画一的で遊び心が足りないのはどうかと思うけど」
ヨシトがそんな感想を言うと、マリは笑って解説する。
「この街は、まだ新しいんです。古い町は、魔素災害で一度壊滅してるんですよ。人が住めるようになって、まだ250年も経っていないんです」
勉強家の彼は、この街の歴史は知っていたが、大人なので突っ込む事はしない。
「なるほど、その後ホットスポットを利用して発展したって事だね」
「はい、3つもあるから動力源は不足してません。むしろ余っていて、輸出しているようです。プロリア共和国とか、ソネット社会主義国とかが主な輸出先です」
教科書通りの答えだが、せっかく彼女が観光案内しているのを邪魔するつもりは彼には無い。
彼女としては、少しでも恩を返そうと必死なのだろうとヨシトは思う。
(そんなに気にしなくていいのに。ゾンメル教徒は自分に厳しく義理堅いな。実際彼女の情報は、俺にとってはものすごい価値があったのに)
彼は思考念波魔術の使い手で、山脈の岩盤の中を調べられるが、スキルを使わなければ探査範囲はせいぜい1km程である。
探査範囲の狭い遠隔操作スキルを使わないと、3000m以上の高さを持つ山脈の地下までは調べられないし、水精族の村が、山の中や地下にあるとは断定できず、行き詰っていた可能性も高い。
彼女は彼にとっては、間違いなく恩人なのだ。
もちろんマリが一生懸命説明しているのは、それだけが理由ではない。
好きな人に少しでも自分の住む街を気に入って欲しいからと、役に立ちたいからいう理由である。
単純に、彼と話しているだけで、少し緊張するけどすごく楽しいというのも大きな理由だ。
マリにとっての楽しい時間はあっという間に過ぎ、大型魔動車は終点の南出口駅に到着する。
南出口までは歩いても5分程度の距離であり、二人は大型魔動車を降りると並んで目的地に向かい歩く。
南出口に着くと、そのまま2人は門をくぐり街の外に出る。
門番はいるが、いちいち通行人をチェックする様な事はしないので素通りである。
南出口から100m程歩くと彼女は立ち止り、元気な声で彼に話しかける。
「ヨシトさん、飛びますよ。ここから1kmほど南に行きます」
「了解、そういえばマリちゃんの魔術を見るのは初めてだな。どんな具合か楽しみだ」
「ヨシトさんに比べたら、全然大した事ないです。じゃあ行きます」
彼女の飛行魔術を観察するヨシトは、構築の速度と正確さを見て感心する。
(すごいな、相当なレベルだぞ。これで未成年なんて、将来有望すぎる。これじゃあ、選べないのも無理はない)
自分の事を完全に棚に上げ、そんな事を考えている彼は、彼女のが飛び立つのを見て後に続く。
しばらく南へ飛び、広い草原の真ん中に降り立つと、早速ヨシトは彼女の前に立ち、説明を始める。
「いまからやるのは、魔力体の同調による経験の底上げだ。これは、ある程度性質の似た魔力体を持つ者同士が出来る、ちょっと特別な技だ。特に魔力体の相性が良いと、効果は上がるはずだ。こんな事は、普通はあり得ないからすごく幸運だ。始めは君の能力に合わせた特訓法を組むつもりだったが、こちらの方が手っ取り早いし、移送魔術の移動距離を一気に延ばせる。移送魔術の移動距離は使えば使うほど延びるが、普通は一回に付き百メートル程だ。ただし、上級者の感覚を同調させる事が出来れば、移動距離が格段に延びるだけでなく、移送結界の構築速度も上達する。これは、個人差があるから、どの程度延びるかはやってみないと解らない」
「はい、がんばります」
胸の前で両手で握りこぶしを作って、可愛くガッツポーズをする姿は、実に愛らしい。
「じゃあ、魔力体を重ね合わせるから密着するよ」
「え、え? 密着するんですか?」
「ああ、そうしないと上手く同調できない。じゃあ、俺が後ろに立って体を覆う形になるから、ちょっと我慢して」
そう言うと彼は彼女の後ろに立って、背中と胸を重ね、右手で彼女の右の手の甲、左手も同様に左手の甲を握り、足までぴったりと添わせて、まるで立ったままでの二人羽織の体勢になる。
彼女は、緊張のあまり全身が熱くなり、ガチガチに体が硬直する。
「今から魔力体を同調させるから、出来るだけリラックスして」
それは、今の彼女にとっては一番難しい注文だ。
(無理、そんなの絶対無理!)
彼は、完全に石の様な状態の彼女に、優しく背後から語りかける。
「不快だろうけど、少しの辛抱だから。俺の事を別人だとイメージしてみるのがいいよ。難しいかもしれないけど、例えば家族に、父親に抱っこされているようにイメージするとか」
「お父さん、…はい、やってみます」
彼女は、父親であるダン=マッケンジーの笑顔を思い浮かべる。
そうすると、本当に父から抱っこされている様な気持ちになり、一気に緊張が解ける。
その様子を確認すると、ヨシトは彼女の耳元で囁く。
「俺が移送魔術を発動させる。君は全身でそれを感じるように」
「…はい」
完全に夢見心地で、マリは返事をする。
彼の魔力体や思考が同調している今は、全身がとろけるように甘くて熱くて気持ちが良い。
身も心も委ねた彼女は、広く深く繊細に緻密に、彼の魔術もその思考も、魔力体の力強さも、肉体の温かさまで、全ての感覚を全身に浴びる。
次の瞬間、彼の移送魔術が発動し、そこから南へ1kmの場所に2人は移送される。
コンマ1秒も経たずに、2人は草原に降り立つ。
ヨシトはマリから離れようとするが、彼女が倒れそうになり、とっさに背後から抱きかかえる。
マリは全身に力が入らないようで、ボーっとした表情で彼に身を預けている。
完全になすがままの状態だが、それを見て彼は顔をしかめ、深く謝罪する。
「マリちゃん本当にごめん。俺の魔力体にあてられた様だ。相当気を付けていたはずなのに、君にとっては強烈すぎたかもしれない」
そのまま彼は、彼女の体を優しく草の上に寝かせて、自らは横に座って心配そうに見守る。
「大丈夫です。ちょっと体に力が入らないだけ。…あの、手を握ってもらってもいいですか?」
「わかった、どこか他に変な所はないかい?」
彼は草の上に腰を下ろしたまま、両手でしっかりと彼女の手を包み込む。
「ヨシトさん、心配かけて、ごめんなさい。しばらくこうしていると、落ち着くと思いますから」
彼女は眼を閉じて、彼の手の温かさを感じる。
こんな幸せな気分なのに、彼に心配をかけている自分が情けなくて、でもどうしようもなく嬉しくて、いっそこのまま時が止まればいいと思うマリだった。
5分ほどすると、ほとんど回復した彼女はしっかりした足取りで立ち上がる。
「もう大丈夫です。ご迷惑をかけてすいません」
「本当によかった。この方法はね、孤児院の人間族の子供達に魔術を教える時に使っていた方法の応用なんだ。上級者の思考力を魔力野に感じて、魔力体を同調させ魔術の構築を感じて発動すると、移送魔術の場合は、一気に距離を延ばせるんだ。理論的には問題ないし、魔術教練学校の何人かの教え子に対して行った時は完全に成功したんだけど、魔力体の相性が良くて同調が深いと、ここまで魔力体にダメージを与えるとは思わなかった。完全に俺のミスだから、君は何も悪くない。それよりも、もし何かおかしい所があったら言ってくれ。俺は医師の資格を持っているから診察するよ。もしそれが嫌なら、一緒に治癒院へ行こう」
(孤児院の子供達や魔術教練学校の生徒に教えているのは、教師の資格を持っているのかしら? 何より医師の資格まで持っているなんて、やっぱりヨシトさんはすごい人だな)
マリは首を横に振って、困ったように話し出す。
「本当に大丈夫です。むしろ体調はすごく良いです。本当に何かあったら、ヨシトさんに相談しますから。…それより、移送魔術がどうなったか確認したいです」
彼は彼女の意向を汲んで、わざと明るく話す。
「そうだね、じゃあ移送結界の構築をやってみせて。俺が探索スキルと分析スキルで、その状態を見るから」
あっさりと自分の持つレアスキルの事を言うヨシトだが、彼女はもう気にしない。
あれほどの力強い魔力体や思考を持つ彼なら、それぐらいは当然だと思うから。
「はい! やってみます」
そう言うと彼女は、結界の構築のみを行う。
大きな3,4人は十分に運べそうな結界が作られる。
「え、すごく大きいです。昨日までは、あと1人くらいを運ぶのがやっとだったのに」
(馬鹿な、あり得ない)
移送距離を延ばす事は出来ても、移送結界自体を大きくする事は、スキル化するまでは起こり得ないはずである。
彼は探索スキルと分析スキルで、何度も彼女の様子を確認する。
異常がない事が解ると、少し安心して声をかける。
「距離はどうだい、どれくらい先まで移送ロードを延ばせそうだい?」
「はい、思考波で移送ロードを形成して見ます」
彼女は目に見える範囲内の数カ所に移送ロードを作成して、どこまで距離を延ばせるか計算する。
「…すごい、100km近く行けそうです。マーキングが無いのではっきりした事は解りませんけど」
彼女は魔術を中断して、あまりの事に唖然となる。
彼も難しい表情で腕を組んで考えている。
「ヨシトさん、ありがとうございます。これで近いうちに、ステラ村と往復出来そうです」
喜ぶ彼女に対して、彼は真剣な表情で語りかける。
「マリちゃん、もう一度手を繋ごう。今の君の能力値を調べてみたい」
マリは当然断るはずもなく、頷いて両手を差し出す。
広い平原の真ん中で、2人きりで手を繋ぐのは、マリにとっては嬉しい事だが、ヨシトはそれどころではないようだ。
手を話した彼は、真剣な声で語りかける。
「マリちゃん、信じられないかもしれないけど、落ち着いて聞いてほしい。君の自由魔素に対する親和性が上がっている。これは、通常はありえないことだ」
「えっ! 私は4%だったはずです。…どれくらいになっているんですか?」
「8%だ、これは俺にも原因が解らない。悪い事ではないはずだけど、もしかして俺の力が、君の思考力や魔蔵にまで影響を与えたのかもしれない。根拠のない推測で、論理的な説明も出来ないが」
個人の持つ魔素親和性は、死ぬまでほとんど増減しないとされている。
ヨシトが驚き、困惑するのも無理はない。
だが、マリは妙に納得する。
あの瞬間、彼女は彼の全てを受け入れたのだから。
使い古された、くさい表現だが、愛の力は奇跡を起こすのだ。
少なくても彼女は、絶対の確信を持ってそうだと言い切れる。
「ヨシトさんは、自由魔素の親和性が高いんですよね。だったらそんな奇跡も起こるかもしれません」
「ああ、数字はちょっと言いたくないほど高い。でもだからといって、過去にこんな事は一度も無かったんだ。俺は君に対して、とんでもない事をしでかしてしまったかもしれない」
マリは、彼の辛そうな表情を見て、気にしない風を装う。
「…そっか、他に何か異常はありますか?」
「いや、俺が解る範囲ではない。だが、もし何か異常があれば、俺の連絡先を知らせるから必ず連絡して欲しい」
ヨシトは、商会の住所と音話の番号を記して彼女に渡す。
彼女は、喜んでそれを受け取り「ありがとうございます」と大事そうにポケットに閉まった。
ヨシトの反対で、これ以上の修業は中止になり、置きっ放しの彼女の学生鞄を回収してから2人はアビス市に飛んで帰る。
彼は心配して、いちいち彼女の様子を確認している様だが、マリは全く気にしていない。
(今日はホントに最高の日。休講にしてくれた教授に感謝しなきゃ)
確かにそうかもしれない。
初恋の人に出会い、その人の役に立って、高価なペンダント(彼女はまだ価値を知らない)をもらい、悩みの一つを解決する目途が立った上に、奇跡まで起こったのだから。
実は彼女が一番嬉しかったのは、ヨシトの連絡先をもらった事であるのだが。
2人は今、アビス市にある大きなホテルの前に立っている。
チェックインを済ませた彼が、部屋番号を彼女に伝える為だ。
「このまま、君を家まで送る。今日は安静にしていて欲しい。今日一日はここにいるから、何かあったら必ず連絡して欲しい。それ以降は、商会に伝報(電報)をもらえれば、事務員から俺に連絡が来るようになっているから」
彼女はクスッと笑うと、胸に手を当てて別れを告げる。
「ヨシトさん、心配し過ぎです。私、他に用があるので今から大学に向かいます。ちゃんと言いつけは守りますから、ヨシトさんも私に構わず、自分のお仕事を頑張ってくださいね」
そう言って、あっさりときびすを返し、彼女は駅に向かって歩いて行った。
ヨシトは少し躊躇したが、彼女の後ろ姿を見送ると、その言葉を信じてホテルの部屋に戻って待機する事にした。
確かにこれから忙しくなり、色々と準備する必要があるのだから。
彼女は、大学に着くと学生課の事務所を訪ねて返済不要の奨学金の申請をする。
奨学金を受け取る事に関しては、もう何の迷いも無い。
具体的な進路は決まっていないが、目標は出来た。
素敵な人に出会い、未来は確かに開けた。
でも、まだまだ彼女には何もかもが足りないのだ。
(もっと頑張って、彼を振り向かせなきゃ。私だけこんなに好きなのに、子供扱いされるのは絶対にイヤ!)
ゾンメル教徒である彼女は、戦いを開始する。
今は無理でも、2人には時間はたくさん残されている。
彼の連絡先も手に入れたのだから、焦る必要もない。
学生寮の自分の個室に帰って、鞄を机の上に置いた彼女は、決意を込めて気合を入れる。
「よし、がんばれ、負けるな私!」
マリ=マッケンジーは、青い髪と黄金の瞳を持つチャーミングな人間族の女性である。
並の男なら、すぐに虜になる程の容姿と将来を嘱望される優れた能力を持っている。
だが、そんなのは全然関係ない。
恋する乙女は、それだけで最強なのだから。




