第12話 番外編 マリ=マッケンジーの日常2
「あれが研究棟です。その横にあるのが学生食堂です」
マリ=マッケンジーは大学の構内の歩きながら、横に並んで歩くヨシト=ウッドヤットに施設についての説明をしている。
一生懸命に話す姿は何とも微笑ましいが、よく観察して見ると、彼女がチラチラと彼の姿を見ている時に、彼と目が合いそうになると視線をスッとそらし、前後の脈略無しに大学についての話が始まっている。
彼女は不自然にならない様にしているつもりだろうが、見る人が見れば不自然以外の何物でも無く、彼女の彼に対する気持ちは丸わかりである。
そんな不自然な大学案内は、2人が図書館前に着く事で終了となる。
マリは少し立ち止まって、その飾り気の無い建物についても説明する。
この大学の図書館は、箱型で二階建ての窓の少ない、見た目は地球でいうコンクリート造りに似た乳白色の建物である。
「ここが図書館です。小さく見えますけど、中はすごいんですよ」
「そりゃ楽しみだ」
マリは少し緊張気味に頷くと、慣れた様子で入り口のガラス扉から中に入っていく。
夏真っ盛りとは言え、今日は湿度はそれほど高くないので建物の中に入ると比較的涼しい。
小さなホールを抜け、開放された引き戸をくぐると、図書館独特のにおいが鼻を刺激する。
どうやら、入り口近くは広い閲覧室になっているようで、天窓や大きな開口窓があり、照明が無くても明るくて、たくさんの学生達が静かに勉強しているようだ。
閲覧室の奥には開けっぱなしの出入り口が見えており、その奥は少しうす暗い感じなので、多分、書庫になっているのだろう。
マリは、入り口近くにある図書カウンターに座っている、恐らく司書であろう獣人女性に声をかけ学生証を提示する。
「すいません、ゲストの方に蔵書を閲覧させたいのですが」
「ええ、もちろん構いません。その方は身分証明書はお持ちですか? 無ければあなたが身元保証をしてもらう事になります」
それを聞き、ヨシトは司書の前に立ち、カウンターの上に身分証明書を差し出す。
それを確認した司書は、記帳書を取り出し説明する。
「こちらに記名していただきます。退館時にはこの欄にチェックを入れていただきます。宜しいですか?」
「はい、了解しました。それから、蔵書の目録を見たいのですが」
そのような感じのやり取りが続き、分厚い目録を手に取ると、ヨシトはマリの方に顔を向ける。
「マッケンジーさん、ちょっと時間がかかると思うので、あなたの用事を済ませてください。何か用があるなら呼びますので」
マリは頷くと、閲覧室の机に向かいレポートを仕上げる事にする。
100席以上ある閲覧席の半分近くは学生達で埋まっていたが、少し奥側の壁近くの椅子に腰を下ろすと、彼女は鞄から書きかけのレポートを取り出し作業にかかる。
ヨシトは彼女が机に向かうのを確認すると、蔵書の目録を手に取り、素晴らしい速さで目を通して行く。
気になったタイトルと整理番号をウエストポーチから取り出したメモ用紙に書き込む。
数分で確認し終わると、カウンター向こうの司書に声をかける。
「よろしいですか? この12冊を確認したいので良ければ案内してください」
メモを渡された彼女は、少し驚いた様子で本のタイトルと番号を確認していく。
「いずれも相当古い物ですね。おおよそ近くに集まってあるはずなので、ご案内します」
「お願いします」
司書がカウンターから出て歩き出すと、その後ろをヨシトは付いていく。
奥の出入り口を抜け、書庫に入ると、彼はその光景に圧倒される。
「すごいですね、見事なものだ」
そこには吹き抜けがあり、書庫の全貌が見える。
地下3階、地上2階の整然とした書棚の列がドミノのように並べられている。
振り返り、ヨシトの様子を見た司書の女性は、クスっと笑うと自慢げに小声で話す。
「ええ、これほどの数の蔵書はめったにありません。当大学の自慢の一つです」
2人は中央の吹き抜けにある階段を地下に向かい下りて行く。
地下3階に着くと、彼女は説明を始める。
「書棚の横に番号が書いてあります。22番はこの棚です。おおよそ番号順になっています。その後の数字は書棚の中の位置を表しています。棚の上部に番号が書いてあるので、あなたがお探しの22の8は、…こちらです。何か質問はありますか?」
「本を複写しても構いませんか?」
「本自体を傷つけず、個人で利用される範囲なら許可されています。念のため、複写した用紙は退出時に確認させてもらいます」
彼はウエストポーチから10cmくらいの魔道具を取り出す。
「この魔道具に記憶させるので、紙は使いません。これは精霊族が使う、転写魔術を応用した魔道具です。説明は難しいんですが、情報を圧縮して転写するので、中身を確認するには、あなた自身が少々難しい魔術構成を組んでもらわなければならないんです。まあ、外部記憶の一種と考えてもらって構わないと思います」
司書の女性は少し困った顔をする。
「そんなの初めて聞きました。でも、私的利用に限られるなら問題ないかと思います。…自信はありませんけど」
ヨシトはニッコリ笑うと、彼女を安心させるように言う。
「まあ、駄目ならそれでも構わないんですよ。俺の頭の中に記憶させるだけですから」
司書はしばらく考え、結論を出す。
「私達が確認するのは、紙に書かれた物か写真の様な物だけです。例えば、撮影魔道具の中にある物までは確認してませんので問題ありません」
「はい、了解しました。…後は自分で探してみます。ありがとう、何か解らない事があれば、またお聞きします」
彼女は頷くと、「失礼します」と言った後に立ち去る。
彼は早速、水精族の住む場所について調べ始める。
古い本の内容を速読しつつ、並列思考で今までの苦労を思い返す。
(ここまで来るのに長かった)
タラチナの『魔力視』ギフトの派生能力を解析し、いくつかの試作品を作ったが、思考を過不足なく制御する事は彼をもってしても困難だった。
色々と下準備をし、思考錯誤を繰り返した結果、あと一歩まで漕ぎ着けたのだ。
後は彼らのもとを訪ね、協力を頼み、魔道具を完成させる。
最愛の人の悩みを解消する為に。
お昼前頃に、マリはレポートを書き終えた。
まだヨシトは戻ってきておらず、どうしようかと考える。
(やっぱり手伝うべきよね。うん、そうしよう)
彼女は素早く机の上を片付け、鞄の中にしまうと書庫に足を運ぶ。
吹き抜けからは彼の姿は確認できないが、古い書物を調べると言っていたので多分地下にいるだろう。
階段を下りて地下3階を調べると、程なく彼の姿を見つける。
声をかけようとして、その真剣な横顔に思わず見とれ赤面する。
大きく深呼吸した彼女は、落ち着く為に頭の中で素数をカウントしながら彼に話しかける。
「手伝います、ウッドヤットさん」
ヨシトは振り向くと、少し困ったように笑う。
(433,439,443,449,457 ,461 ,463……)
人間族が並列思考が出来る特性を生かして、マリは頭の中のほんの一部を使って素数を数え続け、何とか緊張を解く事に成功する。
彼女は同時に3つから4つの思考を操れるが、頭の中の大部分で、彼の事だけを考えていたかったから、それ以上の思考分割はしない。
そんな彼女の苦労を知らない目の前の男は、彼女にとってはたまらない表情で話す。
「ありがたいんだけど、おおよそ調べ終わったよ。やっぱり、はっきりした場所までは解らない。後は、しらみつぶしに当たっていくしかないようだ」
「そうですか、お役に立てなくて残念です」
「いいや、そんな事はない。水精族の存在や特性は確認できたし、どうやら、ここから東の山脈近くにいる事も解った。ちょっと大変だけど、時間をかければ何とかなると思う。だから、本当に感謝しているよ。…そうだ、せめて何かおごろうかな。時間は大丈夫かい?」
「はい、よろこんで」
2人はその場を後にして、図書館入り口に向かい階段を並んで上って行った。
図書館のカウンターで退館チェックを済ますと、2人は外に出て大学構内を歩く。
相変わらずジロジロとみられるが、相変わらず2人とも気にしていない。
「さすがに学食と言う訳にいかないから、どこか君の好きな場所を選んでほしい。俺もちょうどお腹が減っているから、遠慮しなくていいよ」
遠慮しようかと少しは思ったが、もし断ったらこれっきりになってしまうかもしれない。
マリは、にこやかに頷き「まかせてください」と元気に返事をする。
大学を出て、中央駅近くの軽食が出る喫茶店に入ると、2人は窓側の奥の席に向かい合わせに腰を下ろす。
ウェイトレスにそれぞれが注文しおわると、二人は改めて自己紹介を始め、それから話題は水精族の事や、彼らの持つ固有魔術関係の話に移って行く。
ヨシトが、人の考えを読む魔術について説明すると、マリはさすがに微妙な表情になる。
彼女の誤解を解く為に、彼は今回の件について説明し始める。
「今やっているのは、制御できないギフトや派生能力を抑制する魔道具造りなんだ。だけど、これがなかなか難しい。今でもスキル関係の制御は何とかなるんだけど、ギフトに関する事はお手上げに近い。基本的には、自身で制御する術を身につけるしかないんだ。まあ、それのお手伝いをする魔道具をオーダーメイドで造っているのが俺の仕事ってわけ。その為には水精族の固有魔術を解析して応用する必要がある。だから、悪用する目的じゃないから安心していいよ」
彼女はほっとした表情をする。
もうさすがに、素数は数えなくても大丈夫なようだ。
「ウッドヤットさんは職人なんですか?」
「まあ、そんなとこだけど、色々手広くやっている。これでも、ネオジャンヌではちっとばかし名が売れてるんだ」
ウェイトレスが注文の品を運んで来て、彼の前にランチセット、彼女の前に紅茶を置くと2人は中断していた会話を再開する。
「私、水精族については何も知りません。…すいません、お力になれなくて」
「気にしなくていいよ。100年以上前に人前から姿を消した種族だから、知らなくて当然だ。それに、彼らの事を調べれば調べるほど、他種族と関わり合いを持ちたくない理由も解るしね。まあ、地道に探すさ」
ヨシトはランチセットを食べ始める。
マリは、悲しそうに話し出す。
「でも私、東の山脈のすぐ近くのステラ村出身なんです。それなのに、何も知らないのは恥ずかしいです。近くにそんな不幸な人達がいるなら、村の人達は力になってくれると思います」
それから彼女は、故郷の村と家族について説明する。
小さな村で、ほとんどがゾンメル教徒であり、彼女も一応そうである事。
本当に田舎で、産業どころか高校も無くて、仕方なくこの街に出て来た事
自分には両親と弟がいて、両親は万屋を経営していて、貧乏だけど幸せに暮らしている事。
村の人達は、獣人族がほとんどだが、温かく真面目な人が多い事。
ほとんどが戦闘職を兼業しているが、そのせいか周りからは良く思われていない事。
東の山は岩山で木が育たないし、更にその東には禁域があって、それらが理由で村人は山にほとんど立ち入らない事。
「禁域?」
食事途中の、ヨシトの手が止まる。
「はい、だけど水源を守る為だと聞いてます。山脈からは、大きな川の源流が何本も流れ出してますから」
「いや、それはおかしい。岩山で木が無い場所にわざわざ禁域を作る必要性はない。もしかしたら、そこに水精族の村があるかもしれない」
そうかもしれないと思った彼女だが、一応反論して見る。
「でも、禁域はすごく広いですよ。水精族の村の大きさと言うより、山が何個も含まれてます。それに、大きな湖があるという話は聞いた事がありません。雨が多くて、川はたくさんありますけど、村が作れるような大きな川じゃありませんし」
彼は、こめかみに手を当てて少し考え、確信を得たようだ。
「だからこそだ。岩山自体は水源になどなり得ない。冬場に雪が積もる以外には、水を大して蓄積できないからね。つまり、岩山の中か地下にそれに変わる何かがある。例えば、広大な地下水脈とか地底湖とかだな。マッケンジーさん、その禁域の場所を詳しく教えてくれないか?」
ヨシトはメモ用紙を取り出し、数枚を魔術で繋ぎ合わせ大きな紙を作ると、ステラ村から東の山脈の正確な地図を書いていく。
マリは、その緻密さに驚いたが、とりあえず知っている事を彼に伝える。
全て聞き終えると、快心の表情でテーブルの上のマリの手を優しく握るヨシト。
「ありがとう、何とかなりそうだ。君に出会えて本当に良かった」
「はひ! あ、ありがとございます」
彼女のこわばった赤い顔を見て、ヨシトはパッと手を放す。
「あっと、御免。つい興奮して失礼な事を。…出来れば許してほしい。君には本当に迷惑のかけっぱなしだな。そうだ、ちょっと待ってて」
マリにとっての幸運な出来事は、更に続く。
彼は、自分の首からペンダントを外すと、マリの手のひらの上に乗せる。
ヨシトが手渡したのは、魔黄白金製のペンダント。
女性がつけてもそれほど違和感がない、非常に細かい細工が施された見事な物だ。
円形の透かし彫りで、美しい幾何学模様がキラキラと光に反射して幻想的である。
もちろんとても高価で、身体魔素を補う実用性にも非常に優れた物だ。
更にヨシトが色々と素材にも工夫を凝らし、とても複雑な魔術陣を仕込んでいるので、装着者の体内に入った代表的な毒物を魔力体情報を読み取り浄化する能力を持っている。
「出来れば受け取ってほしい。俺の感謝の気持ちだ」
「…はい、うれしいです」
マリはボーっとしたまま、そのままペンダントを首に掛ける。
その価値よりも大好きな人からもらった事に感激して、返すなんて考えられもせず、いつもの貧乏性が顔を出さなかったのは自然な流れである。
魔黄白金の材料費だけでも100万ギル(ガレア地方での通貨単位は『ギル』、1ギル=1円)は下らないペンダントだが、彼にとっては手間さえかければいくらでも造れる物なので、お互いが納得しているならいいだろう。
彼女は幸せそうに笑うと、胸元に光るペンダントをぎゅっと握りしめた。




