表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/94

第11話 番外編 マリ=マッケンジーの日常1


それは、ステラ村での遭難事件が起こる2カ月以上前の2月末頃の事である。

ステラ村から140km程北西にあるアビス市には、ケン=マッケンジーの姉であるマリ=マッケンジーが親元から離れて一人で学生寮に住んでいた。(アビス市の説明は文末にて)

今の彼女の状況は、この一月に無事高校を卒業し、総合大学に通い始めてから1カ月程経っており、ようやく新しい生活にも慣れて来た頃である。


マリは一言で言うと、チャーミングな人間族の女性である。

彼女を初めて見た人は、その愛くるしい整った顔と黄金の瞳に目を奪われ、青い髪と少し背の高い容姿のアンバランスさに魅了される。

年齢は13歳だが、外見からでは未成年だとは判らない為に、大学に入るとしょっちゅう男達から声をかけられ、本人は辟易へきえきとしていた。

小悪魔や悪女になる資質は十分だが、本人はいたってまじめであり学業成績も極めて優秀である。

この世界では重要な能力である魔術の資質にも非常に優れ、レアギフト『等速』を持ち、将来を嘱望しょくぼうされている彼女だが、本人にその意識はあまりない。

ステラ村では獣人達に囲まれ育った彼女は、ある意味特別に慣れていて、自身の個性に対する自覚が足りないと言える。


高校時代も目立つ存在ではあったが、クラスメイトからは高嶺の花と言うよりは身近なアイドル扱いされていた。

これは、彼女の中身は素朴な村娘であり、人当たりも良かったので、その実は男性より女性、特に下級生に人気があった為である。

これらの事情は、年を重ねるごとにマリが次第に美しくなってきて、高校を卒業する頃には一気に花が開いたような状態だったからである。

特に最近のモテモテぶりは、大学に入り、環境が変わった事による人間関係のリセットが起こった事が原因であるが、マリ本人からすれば自身は何も変わっていないのだから、普通に戸惑い、状況の変化に対応出来ずにいて、自分の魅力を誇示する意志が無い彼女にとっては迷惑なだけである。


そんな彼女には、それ以外にも2つの悩みがあった。

一つは、両親や可愛い弟と、たまにしか会えない事である。

彼女の実家は人間族の家庭の中では、はっきり言って貧乏である。

未成年だから学費自体はかからないが、大学の途中で成人する彼女は、将来を見越して貯蓄する必要があるので高校時代からアルバイトをしていたのだ。

成人後に両親に学費を出してもらう事など考えもしない彼女は苦学生と言ってもよく、今でも休みは全てアルバイトに精を出していた。

彼女ほど優秀なら、バイトなどせずに返済不要の奨学金を受ければいいのだが、将来を決めていない自分が楽をするのは運命から逃げる様な気がして、一応ゾンメル教徒である彼女には踏ん切りがつかない。


結果的に、この3年間ステラ村にはほとんど帰れず、特に弟のケンとは生まれてからほとんど顔を合わせられないので、忘れ去られているのではないかと密かに危惧している。

ラブラブな両親の事は、それほど心配していないが、やっぱり少しさびしい気持ちもある。

まさしく貧乏は敵だが、敵と戦うのはゾンメル教徒とってそれほど苦にならない。

とは言え、やはり悲しく寂しい気分だけはどうしようもなく、黙って耐えるしかない。


もう一つの悩みは、卒業後の進路についてである。

高校時代に勉学や魔術教練にいそしんだ彼女は、生まれ付き恵まれた才能を持っていた事もありメキメキと頭角を現したが、結局明確な将来の希望を見い出せず、アビス市の全普通科高校卒業生の次席の成績を残したにもかかわらず、最高レベルの総合大学に入学したのだ。

これは日本人の感覚なら当然の選択かもしれないが、この国ではそこまで優秀なら、飛び級が出来る専門性の高い大学か大学院を志望する人がほとんどである。

実に皮肉な事に、一般人のレベルから見れば彼女は優秀すぎて、特殊な道以外はどの道にも進める事が災いし、それ故に道を定められず、選べないので更に努力するしかない。


≪運命から逃げず、立ち向かい修行し、己の道を切り開く。

それが重要であり、人生における戦いであり、その先に最大の幸福がある≫

これは、ゾンメル教の教義の一つであるが、怠惰な人には合わないだろう。

しかし、優秀な努力家である彼女にとっては、確かにこの3年で得られた経験は他者より勝っており、ゾンメル教の教義は実にマッチしていると言える。


つまり、マリ=マッケンジーのこの3年間は、親元から離れた環境と本人の資質と努力とゾンメル教の教えが複雑に絡み合い、はたから見れば最高の成果を残したと言って良い。

本人が意識して選びとった結果ではないので、マリにとっては不本意だろうが。



そんな彼女は、朝の九時過ぎに大学の学生寮から学生鞄を抱え外出する。

行き先は大学の図書館で、その目的は課題のレポートを作成する為である。

これは昨日急に休講が決まり、今日一日は講義が無くて暇になってしまったのだが、いきなりだったのでアルバイトの予定を入れる事が出来ず、遊ぶにもお金がかかるので選択肢にもならず、実に貧乏性の彼女らしい選択の結果である。

その証拠に、大学までの道程を大型魔動車おおがたまどうしゃ(地球での市電に相当する)にも乗らず、10分以上もかかる石畳の道を歩く。

今は夏真っ盛りと言ってよく、薄手の半袖のブラウスを着ている彼女であるが、その額には薄っすらと汗がにじむ。


しばらく歩くと、大学の最寄り駅である中央駅の案内板の前にいる人物に、たまたま目が止まる。

そして、何だか目が離せなくなる。

その人物は、人間族の男性で背が高く、どうやら地図を見て困っているように見える。

彼女は親切ではあるが、常識人である。

こんな街中で初対面の若い男性相手に、いきなり自分から声をかけるのは、特に最近の事情からして考えられない。

しかし、素通りも出来ず、その横顔に話しかけてしまう。


「あの、何かお困りですか?」

その男は振り向くと、少しはにかむような表情で彼女に向き直る。

「ええ、この街は不案内で、大きな図書館を探しているのですが、見当もつきません。ご存じありませんか?」

彼女は少し考える。

大きな図書館と言えば、市立図書館であるが、この街の住民以外は閲覧料がかかるし、一般書以外の閲覧は許可されない。

「何をお調べですか? 市立図書館はありますが、専門的な事を調べるには向きませんよ」

自分でも不思議だが、そんなおせっかいな事をしゃべってしまう。


「ある精霊族に関する事を調べたいんです。恐らく100年以上前の歴史資料になると思います」

「それはちょっと難しいかもしれません。古い資料は、市立図書館ではほとんど閲覧禁止になっていますから」

マリはアビス市の図書館の仕組みについて説明する。

住民登録をしていないと専門書は見れない事や閲覧料がかかる事、更には閲覧禁止の書物を見るには、ある程度の資格が必要な事などを、目の前の平凡な顔をした男に話す。


「まいったな、さすがに歴史関係の博士号は持ってない。それ以前に、外国人には不親切なシステムな様だ。…ありがとう、他を当たってみるよ」

男はにっこりとほほ笑むと、彼女に礼を言い立ち去ろうとする。

彼女は、その背中に思わず声をかける。


「あの、うちの大学の図書館はどうでしょうか? 私がいれば入れますし、200年以上の歴史がありますから、もしかしたら何か見つかるかもしれませんし、全て閲覧自由ですし、お金もかかりません」

男は驚いたように振り返る。

マリも何でこんな事を言い出したか解らずに困惑する。


ここまでマリが変な行動を取るのは、もちろん理由がある。

一言でいうと、思考力と魔力体の2重の一目ぼれである。

この世界では、容姿だけでなく、魔力の質や思考力の好き嫌いにより、たまにこのような事が起こる。

彼女は、男の持つ思考力に感化され、魔力体の力強さに魅了されたのだ。

好き嫌いや相性があるから、相手の能力の強さだけで決まらないのは地球人の一目ぼれと変わらないかもしれない。

彼女の場合も理屈ではないのだが、あえて言うなら男の優れた能力を感じられるだけの繊細さと、自身も高い能力を持つからこそ起こった事故の様な物である。

もちろんこんな事は、彼女は初めての経験なので、自分に何が起こったかも解らないのだ。


一方、相手の男もその事を理解していないようだ。

一目ぼれなんて一方通行な物だから、気付かないのは致し方ない。

マリを見た男は、彼女にとっては魅力的に優しく微笑む。

「ありがとう、親切なお嬢さん。御迷惑でなければ、そうしていただけますか?」

男の表情に見とれていた彼女だったが、すぐに我に帰ると頷いて返事をする。

「はい、私もちょうど図書館に行く用があったので、迷惑なんかじゃありません。ここからだと歩いて5分ぐらいですから、案内します」


少し赤くなった顔を見られないように、彼女は男の少し前を歩く。

自分が何でこんな事を、見ず知らずの男相手にやっているかは意味不明だが、悪い気分ではないので無視して急いで歩く。

背の違いもあり、男は苦も無く彼女の横に並ぶと、低くよく通る声で彼女に話しかける。


「そういえば、まだ自己紹介もしていませんでしたね。ヨシト=ウッドヤットと言います。リリアンヌ教国の首都ネオジャンヌで、しがない商会の代表をやっています。よろしく、可愛らしいお嬢さん。よければ、お名前を教えていただけますか?」

「…マリ=マッケンジー、…学生です」

それだけしか言えず、真っ赤になった顔を見られないように、マリはうつむくしかなかった。



大学の入り口で、ヨシトは身分証明書を提示して入講許可をもらう。

そのまま二人で、図書館に向かい並んで歩く。

近くにいる学生達、特に男性は、注目株の新入生が平凡な顔の背の高い男と連れ立って歩く姿を見て、羨望せんぼうの眼差しを送る。

だが、二人は傍目はためには意に介していないように見える。

マリはそれどころではなかったし、ヨシトは気付いていたかもしれないが、興味深げにゆっくりと周囲を見渡していたからだ。


「大きなキャンパスですね。俺は総合大学に通った事が無いので新鮮です。マッケンジーさんは幸せですね、こんな恵まれた環境で学生生活を送れるなんて」

「はい……、いえ、私は実家が貧乏なんで苦学生なんです。確かに幸せなんですけど」

支離滅裂な事を言うマリだが、まあヨシトにとっては社交辞令であったので、少し驚き彼女を気遣う。


「それはお気の毒です。すいません、それぞれの家庭の事情があるのに、勝手な事を言ってしまって」

「はい、…いえ、大丈夫ですから」

(バカバカ、私、何言ってるの! ちょっとは落ち着け、自分!)

この頃になると、さすがに自分が彼を好きな事を自覚したはいいが、驚いて困惑してあせってしまってどうしていいか解らず、さりとて離れたくない。

彼女は完全にテンパっていたが、その理由を朴念仁である彼は気付かない。

まさか初対面で、これほど好意を持たれているとは思いもせず、緊張している理由は警戒感から来ているのかと思い、更に優しく声をかける。


「ご迷惑だとは思いますが、どうしても調べたい事があったんです。ですから、用が終わればすぐに立ち去ります。さっき身分証明証を職員の方に確認していただいたように、決して怪しい者ではありませんから、そんなに緊張しないでください」

ヨシトにとっては、親切な彼女が、やはり後悔しているのかと思い言ったセリフだが、さすがに彼女は聞き捨てならない。

マリは急に立ち止まり、少し驚いて振り返った彼の顔を見て、怒ったように話す。

「いいえ、迷惑なんかじゃありません。両親からも、困った人は出来るだけ助けるように言われてますから。緊張していますけど、知らない大人の男の人と話すのは、あまりなかったからです。私、小さな村の出身なんです。だから、本当に大丈夫なんです」


ヨシトは、ちょっと困ったような表情で人差し指を頬にあて、少し考えてから話す。

「わかった、さっきの言葉は訂正するよ。せっかくの出会いだから、時間があれば付き合ってほしい。俺も君に親切にされて嬉しい。出来れば仲良くなりたいからね」

「はい、是非お願いします」

彼女は、少し緊張が解けたようだ。

テンパるところまでテンパって、挙句の果てに怒ってしまったので、ふっきれたのかもしれない。


そのまま、また二人は並んで歩きだす。

今度はマリも、少し緊張気味であるが、普通に会話出来ているようである。


「私、今日一日は暇なんです。ですから、たくさん付き合えますよ」

そんな彼女の様子を見て、彼も楽しそうに笑った。



設定および解説

アビス市について

80万都市でステラ村から140km程北西にあるアビス都市圏の主要都市である。

アビス市の面積は500平方kmもあり、広大な広さを持つ牧草地帯に囲まれている。

山脈から流れ出す国境川に隣接し、川向うには友好国であるプロリア共和国が在り国境の街でもある。

交易もそうだが、全ての産業が盛んな大都市で、リンダ連合市国の特徴から言っても一つの国家であると言っても過言ではない。

特に工業が盛んで、中規模な工場が都市外周部に規則正しく並び、周辺には安定したホットスポット跡が3カ所存在し、そこから自由魔素を供給する事で動力に困らない事が一番の強みである。

外壁の高さは20m以上あり、非常に立派な物で、40m級の魔物の襲撃にも耐えられる強度を持つ。

市民権を持つ人は人間族の割合が8割だが、プロリア共和国からの獣人の出稼ぎが多く、人口比は1対1である。

傘下に20以上の村や町を抱える、政治と学術と商工業の都市でもある。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ