第10話 閑話 その後のステラ村
5月12日の昼、つまりケンが無事発見された次の日、父親であるダン=マッケンジーは村長宅を訪れていた。
昨日の夜にはたっぷりと睡眠を取り、すっかりと元気を取り戻した彼は、様々な報告と村人たちに対する御礼をどうするのかを村長に相談する目的で、この場所に来たのである。
念のため、息子のケンは学園を休ませて、妻であるルル=リンクに万屋と息子を任せているので夫婦そろってではないが、妻からはくれぐれも御礼を言うように言付かっている。
ステラ村の村長であるムトンボ=デュクラが現れると村長宅の応接間に通されたダンは、立ち上がり出迎えて、まず謝罪と御礼を言う。
村長も型通りの対応をして、それらが滞りなく終わると早速本題に入る。
ソファーに浅く腰掛け直し、少し緊張気味に話し始めるダン。
「まず初めに、村の人々への謝罪と御礼の件ですが、どの程度の事をすればいいのか相談に乗っていただきたいのです」
ムトンボは手を膝に乗せ、指でトントンと叩きながら思案すると話し出す。
「何もしなくていいと言う訳にはいかんだろうね。村人達に迷惑をかけたのは事実だし、多くの者が仕事など放り出して手伝ったのだから。それにこう言う事は、はっきり型を付けた方が後々問題にならなくていい」
ダンは頷き納得する。
それを見てムトンボは、ある提案をする。
「3家合同で金を出し合って、村人全員に食事をふるまうのはどうだ? 場所は村の集会所を使ってもらっていい」
「そんな程度でいいんでしょうか? …確かに逆の立場だったら、納得できますが」
「ああ、君さえよければ私が他の2家にも言っておこう。一度3家で話し合って段取りを決めなさい」
「はい、お願いします」
すると、ムトンボは愉快そうに微笑む。
「ただし、酒だけはたっぷり用意するように。日取りは必ず休み前の夜にするんだ。そうしないと、色々まずかろう?」
獣人族が多い村では、確かにそれは言える。
二日酔いで、次の日が仕事にならないのも困るだろう。
ダンも笑って了解すると、とりあえずこの話は終わった。
「それで、一体何があったか説明してもらえるかな? 昨日は休息を優先させるために帰って休んでもらったが、他の2人はともかく君の息子に関しては実に不可解だ。この時間に来たという事は、ケン君から事情を聞いたのだろう?」
村長の言葉に頷いたダンは、足元に置いてあったカバンから魔道具を取り出す。
見た事も無い形をしたそれに、ムトンボは首をかしげる。
ダンはテーブルの上にそれを置くと、事情を説明し始める。
「子供の言う事なので確かではありませんが、どうやら精霊族に保護されていたようです」
それを聞くと、身を乗り出すムトンボ。
「精霊族、と言う事は、まさか水精族か!」
「御存じなのですか?」
ムトンボはゆっくりと深く頷き、あごに手を当て思案する。
「私も直接見た事はない。ただ、村長に就任する際の伝達事項にその名前があってな。水精族に関する事は、特記事項に記載されてあった」
「私は、存在自体を全く知りませんでした」
「それはそうだろう。彼らに限らず精霊族は閉鎖的だからな。特に水精族は我が国と不可侵条約まで交わしている筋金入りだ。あの山の東では一切の開発が許されない禁域がある。一般的には水源確保の為だと思われているが、実は水精族コミューンがあるからだ。戦争時代の功績で独立所有権を持っているんだそうだ」
「…なるほど、しかしいいんですか? それを私なんかにしゃべってしまっても」
「別に秘密でも何でもないんだよ。ただ、忘れられた事実と言うだけだ。ところで、その魔道具は何だね? 今の話からして、恐らく水精族に関連しているのだろうが」
「ええ、息子の恩人からのメッセージです。村長にも聞いてもらいたくて持ってきました」
ダンは、テーブルの上に腕を伸ばし魔道具のスイッチを入れる。
すると、女性の声が魔道具から聞こえて来た。
つまりこれは、音声記憶再生機なのだろう。
『私はノッコ、ケン君を助けた者です。ですが、何も感謝していただく必要はありません。それは、ご両親にひどく心配をかけたと思うからです。今思えば、せめて何かメッセージを残しておくべきだったと思っています。ですが、少しでも私に対して感謝のお気持ちがあるのなら、たったひとつお願いがあります。出来れば、ケン君をきつく叱らないで上げてほしいのです。彼が目を覚ましたのは、ずいぶん経ってからの事で、ご両親に無事を伝える事も出来なかったのですから。最後に一つ、私達はステラ村の人達と交流を持つ気はありません。それがお互いにとって最善だと信じています』
わずかにそれだけのメッセージが終わると二人は沈黙する。
ダンは、年長者である村長に質問をする。
「どうしたものでしょう? ケンに聞いたのですが、彼女がいなければ間違い無く息子は助からなかったと思います。出来ればせめて御礼だけでも伝えたいのですが」
ムトンボは、難しい顔で彼に意見する。
「とは言ってもな。水精族コミューンの場所は解らない。禁域は山脈の中で、広さも100km四方はある。しかも昨日の報告によると、恐らく何処かの地下水路の先が彼らのコミューンに繋がっているのだろうが、幾千もある穴を全て調べる訳にも行くまい。ケン君に聞いたら解ると思うか?」
ダンは、無念そうに首を横に振る。
「いいえ、息子の記憶はあてになりません。と言うよりも、暗い地下通路を結界に包まれて運ばれたそうです。それでは解るはずなどありません。…ただ、ケンは大人になったら、彼女達を訪ねるそうです。命を助けてもらった上に、プレゼントまで貰ったから改めて御礼を言いたいと言っていました。ケンに見せてもらいましたが、可愛らしい小さなネックレスでしたよ。…水精族は、心の優しい種族の様ですね。それと、息子は将来の目標が出来たようです。彼女達と友達になれるように強くなるんだそうです」
ムトンボ村長は少し笑うと、ゾンメル教徒らしい意見を言う。
「それもよかろう。自分の力で夢や希望を実現させるのも戦いだからね。子供の未来に期待しようじゃないか。それにダン君、君だってまだ若い。将来的に、彼らと巡り合う機会があるかもしれない。我々よりも更に長寿な人々だから、その時はきっと、そのノッコさんと言う名の女性にも御礼が言えるだろう」
ダンも笑って、その意見を是とする。
そして、これから起こるであろう事について確認を取る。
「しかし村長、恐らく村人たちは息子が助かった訳を知りたがるでしょう。なにより、捜索に加わった彼らには、知る権利があると思います。もし質問があれば、私は水精族に関して説明したいと思いますが、宜しいでしょうか?」
ムトンボ村長は即答する。
「もちろん、そうしてくれたまえ。それから、パーティーの時に改めて私からも村人に説明しよう。彼女は、君たち家族だけでなくステラ村の恩人でもあるのだから」
その後も二人はしばらく話し合うが、それは、バーティーに関する細かい確認作業であり、特筆すべき事は何もない。
次の日の夜に、3馬鹿トリオの親達は村長宅に集合し、金銭面や準備作業についての段取りを話し合う。
結局、パーティーはそれから三日後の夕方頃から集会所で開催される事が正式に決定され、食材や酒類の買い付け作業をマッケンジー家が担当する事となった。
3馬鹿トリオは雑用担当にこき使われたが、一週間3人で遊ぶ事を禁止されていた為に、逆に喜んで手伝ったという。
5月16日の夕方6時頃から村の集会所で開催されるパーティー名は『小さな勇者3人の無事帰還を祝う会』である。
会が始まると、まず初めに主催者である3家族が改めて挨拶を行い、出席者に対し深い謝罪と感謝を述べる。
続いて村長が挨拶し、水精族に関しての説明と注意事項を述べる。
村人達のほとんどが隠れた隣人に感謝しつつも、水精族が心を読み取れるという説明を聞き、深く関わらない事の有用性を感じ、それと同時に悲しく残念な気持ちになったという。
それからパーティーは本格的に始まり、酒の勢いもあり完全に無礼講となった。
老若男女問わず、飲んで歌って笑う。
3馬鹿トリオは、あちこちに御酌をして回るという役目をこなす。
レオとレクサは、さすがに少しは懲りているらしく、まるで借りて来た猫のように大人しかった。
酔っ払い達に絡まれたり泣かれたり撫でまわされたりして、そりゃもう酷い塩梅だった。
レオとレクサは涙目になりながら、自分達が仕出かした事を思い返し、二度とあんな事はしないでおこうと、それぞれが心に誓った。
ただ、ケン=マッケンジーだけは少々違った。
嫌な顔一つせず、にこやかに村人たちの間を駆け回り御酌する。
積極的に皆の前でパフォーマンスをして場を盛り上げる。
少し前の彼からすれば、あり得ない行動である。
ケンは自分が楽しむだけでなく、同時に人を気遣う気持ちを手に入れたのだ。
恐らく両親でさえ気付いていない事がある。
彼の幼い黒い瞳の奥には、小さい信念が宿っていた。
命を失いかけ、悲しい宿命を背負った種族に助けられ、両親の深い愛情に触れ、自分の未熟さを実感し、決して自分は特別ではないと理解した彼は、ある意味生まれ変わったと言える。
何より、彼には大きな目標が出来たのだから。
ノッコと友達になれるような自分になる。
その為には、ヨシト=ウッドヤットに負けない人物になる。
今は何をしていいかさえもわからないが、父母の言うように常に戦って行こうと決めたのだから。
解説と作者の言い訳
ケンは確かに成長しましたが、それほどチートにはなれませんし、性格的に地味に大人しくコツコツ努力するタイプでもありません。
いわば、興味のある事は苦労を苦労と思わない特化型タイプだと作者は考えています。
そして彼の強みは、優しく、芯が強く、馬鹿だという事です。
この世界の人間族は、魔力が高くて魔術が得意で寿命が長い分、獣人族に比べると全員がチートとも言えます。
そう言う部分を嫌味なく上手く書ければいいのですが、いまだに展開は定まっていません。
したがって、終着地点もまだ未定です。
とりあえず次は、主人公の姉であるマリ=マッケンジー視点の番外編を挟みたいと思っています。




