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第09話 ケンちゃん家に帰る


5月11日の午後1時過ぎ、ステラ村にある集会所は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

昨夜の11時頃に、行方不明だった3人の子供の内の2人が見つかった時は歓声が上がり、近くにいるはずのもう一人もすぐ見つかるだろうという報告に、何となく緩んだ雰囲気になったのだが、その期待は完全に裏切られた格好になってしまった。


ほぼ徹夜の捜索にもかかわらず、男の子は発見されなかった上、夜が明けてすぐに、子供用の片方の靴のみが、近くを流れる深い谷川の岩の縁に引っ掛かっていたのが発見されたからだ。

念のため、その場で捜索に加わっていた行方不明の子の母親であるルル=リンクに、靴を見せて確認すると、息子であるケン=マッケンジーが履いていた物に間違いないという返事だった。

つまりケンは川に落ちて流されたと考えられ、すぐさま谷川沿い中心に捜索範囲が絞られて、もちろん、川の中まで探査魔術を使って調べられたが、ケンは一向に見つからない上に、それ以上の手がかりもつかめない。

これは、もっと下流に流されたか、解りにくい場所、例えば川の中の岩の隙間とかに引っ掛かっているという場合が考えられるが、いくら人間族が窒息死しにくいと言っても時間が経ち過ぎている。

もしそうなら、魔術など使えない子供が自力で何とか出来る訳など無く、最悪の事態も覚悟せざるを得なかった。


そのような昨日から今までの出来事を思い返し、ステラ村の村長であるムトンボ=デュクラは深い溜息を吐いた。

普通の迷子や遭難ならば、もうしばらく捜索を続けてもいいが、この生存が絶望的な状況では自分が悪者になっても決断しなけらばならない。

今日の日没までにケンが見つからなければ、捜索の縮小、あるいは打ち切りを。


その頃現場では、村の大人達が必死になってケンを探していた。

父親であるダン=マッケンジーは、何度も何度も川の中に潜り探査魔術を行使する。

母親であるルル=リンクも同様にして、川の中を下流から探すが見つからない。

しかも、この辺りの川底には無数に穴が空いており、川の水はその中に流れ込んでいて、恐らく地下水脈を形成しているのではないかと考えられた。

ケンがもしその中に吸い込まれていたら、恐らく生きてはいないだろう。

それどころか、遺体さえ上がらないと推測される。

昨日の夜から動きっぱなしで、しかも多量の魔術を使い続けたダンとルルの身体魔素は昼前には尽きて、今二人は肩を寄せ、何も出来ずに谷川の前にある河原にたたずんでいた。


身体魔素を早く回復させるには、睡眠を取り安静にした方がいいが、寝られるはずなど無かった。

体も心も憔悴しきっていたが、それでも神経の高ぶりだけは治まってくれなかった。

絶望的な状況であると2人の理性は判断するが、それでも心ではそれを拒絶し、決してあきらめられなかった。


ダンは、茫然と目の前の川面を見ながら考える。

流れる川の水は蒼くて美しい。

しかし、何度も川の中に飛び込んだ彼は、中は暗くて冷たいという事実を他の誰より知っている。

ならばこの場所は、幸福と絶望のはざまなのだろう。

自分達の息子は、残酷な運命に導かれ、地の底の水の牢獄、地獄に連れ去られたのかもしれない。

彼はゾンメル教徒であり、戦う事は苦にしない。

しかしどうやって、この世の地獄と戦えというのか?

目の前に広がる蒼い水面は地獄の縁を連想させ、それに恐怖し、進む事も出来ず、さりとて逃げ出す事も許されない。


認めなければならないのか? 真の絶望を、この世の地獄を?

それでもなお戦えというのか? 最愛の息子の死を糧にして?


『神は乗り越えられる試練しか与えない』

ゾンメル教の教義を思い出し、敬虔な信者の心に疑問が生じる。

どうすればいいかも解らないのに、先など見えないのに、一体何と戦えばいいというのか?

今は幸せや不幸など解らない、本当は何も考えたくなどない。

彼の妻の肩を抱く手に自然に力がこもる。

押し寄せるこの世の全ての悪に対し、彼はただ黙って耐えるしかなかった。


ルルも目の前の川面を見ながら考える。

ケンがこの世に生を受けてからの幸せの日々を。

姉のマリが生まれてから10年間も事情が許さず、待ち望んだ子供である。

妊娠がわかった時は、ひっそりと喜びの涙を流した。

お腹の中で大きく育つ命は、何より自身を幸せにした。

無事生まれた時は、夫婦そろって大泣きした。

無事に育って行く赤ちゃんの将来を想像して、ダンと二人で笑い合った。


それからは、幸せな事ばかりではなかった。

一歳を過ぎた時、原因不明の病を発病し、身を裂かれる想いになった事。

それから半年を過ぎると、ようやく落ち着いたが、それでも不安で目が離せなかった事。

病は形を変え続き、精神が不安定で意味不明な言葉をしゃべり、明らかに異常であった事。

息子の将来を心配したが、実際は命さえあればそれだけで良かった事。

悪戯が過ぎて問題を起こしたが、それでも可愛くて可愛くて仕方なかった事。

ステラ学院に入学し、悪戯は増えたが、友達が出来て楽しそうにする息子の姿を見て、ようやく安心して女神様に感謝した事。


だが、それがいけなかったのか?

その結果が、これだというのか!

認めない、絶対に認められない!

認めたら全てが終わってしまう!

ならば私は戦い続けるしかない!

目の前に、冷たい現実が突きつけられるまでは。


だがしかし、もし、万が一その時が来たら、一体何をすればいいのか、自分がどうなってしまうのか予想もつかない。

そんな事考えられない、考えたくない。

そうだ、両親があきらめたら、それで本当に終わってしまうのだから。


すると、彼女の肩にかかったダンの手に力がこもる。

(そうだ、私は一人ではないんだ)

ルルは、肩に手を添え、夫の手を優しく握る。

二人ならきっと戦える。

だが万が一の場合は?

ああそうだ、簡単な事だ。

(女神様、息子の命をお救いください。もしその時は、私の命を捧げます)


それからも二人は、冷たい水面をじっと見つめていた。


―――――――――――――――――――――――――


レオ=デュランの父親は、ものすごい罪悪感を抱えて川辺を捜索していた。

昨日の夜に息子が無事保護されたと聞いて、心から安堵したのもつかの間、どうやらうちのバカ息子が、よそ様の子供2人をよりによって村の外に連れ出したらしいのだ。

しかも、レクサ君が反対したにもかかわらず、夜の山をさまよい、結果的にケン君の命を奪う事をしでかしてしまったのだ。

それを聞いて、息子を殴り飛ばしたかったが、今はそんな事をしても何にもならない。

せめて、ご両親に体だけでも返してあげなければ、人としての道を外れる。

謝罪以前に、それが無くては、何も始まらないのだから。


彼は、せめて手がかりをつかもうと必死に周りを探索する。

すると前方の空に、赤い光が点滅しているのがたまたま目に入った。

目の錯覚かと思ったが、続けて赤い煙が立ち昇っているのが見えた。

(一体何だ? 何かの知らせか?)

彼は、恐らく少し上流にあるだろう、その場所に行ってみる事にする。

その前に携帯型の通信魔道具を使い、捜索本部である集会所にある親機の方向を確認し連絡を入れる。(文末参照)

そして、あまり得意ではない飛行魔術を使い、恐らく500m程先にある場所に向け飛んで行った。


「まさか! 一体どうなっている?」

上空20m程の高さを飛ぶレオの父親は、あまりにも都合のいい光景を前方に見つけ思わず目をこする。

だが確かに存在している、ダンの息子が元気そうに手を振っている姿が見えるのだ。

思わず魔術の構成を乱し、落下しそうになるのを何とかこらえて、慎重に手を振り大声を出すケンの目の前に降り立った。


「…信じられない。ケン君に間違いないのか?」

「うん、そうだよ。隊長のお父さん、こんにちは」

「いや、こんにちはじゃないだろ。一体どうして?」

「ねえ、隊長とハカセは大丈夫?」

「ああ、息子とレクサ君なら無事だ。君は、どうしてここにいるんだ?」

「ノッコお姉さんに助けてもらったの。そうだ、ちょっと待ってね」

そう言うとケンは、川べりを歩き、川の水面に片手を付ける。


ケンは、しばらく何かブツブツとつぶやいていたようだが、川の水面にブクブクと多量の泡が浮かび上がると満足げに笑い、川辺を離れてレオの父親に近付いて来る。

「もういいよ。僕、お家に帰りたい」

「ああ、全くわけが解らんが、まあいい。連絡するからちょっと待ちな」

全てが不可解だが、今は何より大事な事は本部に無事発見を知らせる事である。

彼は、親機のある村の集会所の方角に向かい、通信魔道具のスイッチを入れた。



「村長、無事発見、無事発見です。デュランから連絡がありました。信じられませんが本当です!」

村の集会場に歓声が上がる。

大人達が次々と握手をして抱き合う。

村長はグッと拳を握りしめ、密かに歓喜した。

「よし、東側方向全域に通信しろ。無事発見、至急、村に戻れと。真っ先にマッケンジー夫妻に届くようにな!」

村長の号令が飛ぶと通信担当の女性から「はい」と言う声が聞こえた。

そして、吉報は送信される。


ダンとルルの持っている通信魔道具が、その通信を受信する。

魔道具から聞こえてくる不明瞭な幸せな言葉は、確かに夫妻の耳に届いた。

ダンは信じられず呆然とし、ルルはにっこりと笑った。

夫婦はお互いを見つめ合うと無言で笑い合う。

その瞳からは涙がこぼれ、二人は強く強く抱き締め合った。



それから何が在ったのかなんて、わかりきっている。

3馬鹿トリオは、それはもうこっぴどく怒られて、お尻ペンペンされ、おやつは抜きな上に、お小遣いもしばらく無くなった。

ただ、ケンは文句一つ言わなかった。


一日ぶりに出会った両親は、目が真っ赤であり、父親は何も言わずケンを生まれて初めて拳骨で殴った。

母親は、膝をついて、ただ優しく、優しく、宝物を包むように息子を抱きしめ、静かに泣く。

ケンもたまらず泣きだすと、ダンは妻と息子を抱えて、目に涙を浮かべながら女神様に幸運を感謝した。


ケンは、両親に強く抱きしめながら思う。

自分は多分、勇者なんかじゃない。

こんなにも何にも出来ないし、両親に心配をかける悪い子だから。

でも、世界で一番幸せな子供かもしれない。

だって、今こんなに悲しいのに、こんなに幸せなのだから。




設定および解説

通信魔道具について

携帯電話と言うよりトランシーバーの様な物である。

親機と子機がありマーキングされているので無線機のように通信が出来る。

品質や機能や通信距離はピンからキリまであるが、普及品は子機間の通話が出来ず、音質が悪く、距離も10-50km程度である。

通信魔道具の魔術陣は、思考波の技術を応用している物で、大型設備と銅線を使えば1000km近くの距離を通信できる。

伝報(電報)もこの技術を使った物であるが、無線の場合は通信対象の正確な方角が解らないと使えないので以外と不便であるし、音話(電話)のような同時会話が出来るような物ではない。

なお、思考力を伝える、思考波、思念波については異世界で孤児になった男の最後の設定に書いてあるので、解らない方は読んでください。


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