第08話 ケンちゃんは大事な事を思い出す
ステラ村の東の山脈の岩盤に囲まれた水精族のコミューン、チリヌル湖にある、とある家の中の一室で、ノッコとケン=マッケンジーは楽しげに話し合っていた。
話題の中心はヨシト=ウッドヤットと言う人物に関する事で、話し合いと言うより彼女がヨシトと一緒に魔道具を作った話をケンが聞いて、疑問に思った事を質問していくという形になっていたが、お互いそれで十分楽しい様子であった。
しかし、彼女のあまりにも高いヨシトに対する評価に、ケンはさすがにちょっと機嫌を損ねたのか、少し意地悪な質問をする。
「僕わかんない。お姉さんは利用されるのが嫌って言った。ヨシトさんは、お姉さんの魔術を利用したのに嫌じゃないの?」
ノッコはフフッと笑うと、ケンの誤解を解くように解りやすく説明する。
「全然違うのよ。以前利用された人間族の貴族達(この場合は軍の諜報組織)は、私達の存在は認めたけど、決して解り合おうとしなかった。彼らにとって私達は便利な魔道具に過ぎなかったの。だから、戦争が終わって大していらなくなると、ポイって捨てられたのよ」
「そんな、ひどいよ」
ケンは驚き、その表情を悲しく歪める。
自分達の仲間がそんなひどいなんて、信じたくなかった。
ノッコは優しげに瞳を揺らすと、腕を伸ばし彼の頭をなでつつ話す。
「でもヨシトは違った。何より先ず私達と友達になろうとしてくれた。私達も含めて、辛い思いを抱えている人を助けたいって言ってくれた。私達の持つ固有魔術は素晴らしい物だから、人を幸せにするのに使いたいって言ってくれた。そして歌ってくれたの。…心が震えたわ、魔術を使わなくても彼の心が伝わってきた。私は生まれて来た事を心から女神様に感謝出来た。…素晴らしい経験だったわ」
それからも彼女の話は続く。
話は彼が作った料理や書いた本の話題にまで及び、ノッコがひとしきり話し終わると、ケンは質問する。
「ヨシトさんの食事は、きっと僕のお母さんと同じ位に美味しいんだね」
「私達は、めったに食べないから料理には興味なかったけど、あんなに美味しいと思ったのは生まれてはじめてかしら。今度また来る時に、特性ドリンクを作ってくれるって言ってたから楽しみなのよ」
彼女の様子は夢見る乙女の様だ。
外見からはそれほどわからないが、弾んだ甘い声がそれを証明している。
「ノッコお姉さんは、ヨシトさんの事が好きなの?」
「好きよ、大好き!」
子供らしいケンの質問に即答するノッコは幸せそうだ。
「結婚したいの?」
「まさか、あり得ないわ。友達でいる事が私達にとって一番幸せなのよ」
まだ3歳で、恋した事も無いケンには解らない。
だが、ノッコには解っていた。
万が一にもお互い愛をはぐくんだ場合、彼女は地上では暮らせない。
つまりヨシトは、全てを捨ててここで暮らすしかない。
もし子供に恵まれても、その子は人間族であり、やはりここでは暮らせない。
場合によっては、解決できる問題もあるだろうが、世の中にはどうしようもない問題があるのだ。
好きだとか嫌いだとか以前の問題であり、それに気付かないほどお互い馬鹿では無いのだから。
不思議そうな表情をする子供を見て、長い年月を生きてきた水精族は、その純粋さをうらやましく思った。
ノッコは気を取り直すと、がらりと話題を変える。
「さっきも行ったけど、私達は昼間は外に出ないの。今は、多分お昼過ぎ頃だから、あと6時間もすれば日が沈んで村の近くまで送ってあげられるわ。それまで此処にいて遊んでいなさい」
「うん」と返事をして、(何して遊ぼうか?)と考えていると、ケンは2人の友達の事を思い出した。
そういえば、隊長とハカセはどうしているのだろうか?
ケンは急に不安な気分になってきた。
彼らは大切な友達で親友だ。
自分が急にいなくなったから、山の中を探し回っているかもしれない。
彼は、ようやくその事に気付く。
『人の立場に立って考えなさい』
お父さんの言葉が頭の中に再生される。
例えば、急にハカセが居なくなったら、自分ならどう思うか?
(ものすごく心配するかも?)
父の教えが思い至らせた事実は、更に彼の心に波風を立てる。
想像力を働かせると、自分がとんでもない事をしているのではないかという事にようやく気付いたケンだった。
「ノッコお姉さん、僕、今すぐお家へ帰りたい!」
必死に訴えるケンに少し驚いたが、ノッコは冷静に反論する。
「駄目よ、今の時間だとケン君を河原に置き去りにする事になっちゃうわ。帰り道は解るの?」
彼は無言で首を横に振る。
「後6時間だから我慢なさい。ご両親には、私が魔道具に言葉を吹き込んで渡すから、そんなに怒られないと思うわよ」
実に精霊族らしい意見である。
確かに彼女達ならそうかもしれないが、人間族や獣人族ならあり得ない。
彼女の種族の閉鎖的な部分が、悪い風に現れているのだ。
彼女には、他種族の社会がどういう物かを理解する機会など無かったのだから、これは仕方がないとも言えるのだが。
だが、幼いケンにはそれを上手く伝えられる力がない。
ただ困惑して、不安な気持ちを抱えたまま落ち込む。
ノッコも彼の様子を見て、理解できずに困惑する。
彼は涙目になるが、『泣いたら負け』ルールを思い出し、必死で耐える。
彼女は溜息をつくと、彼に質問する。
「急にどうしちゃったの? お姉さんが怖くなったの? それとも他に理由があるの?」
フルフルと首を振り、ケンは思いを伝える。
「僕、うまく話せない。だから、お姉さん、僕の心を読んでください」
「解った。でも複雑な気持ちは読み取れないの。もし判らなかったら御免ね」
ノッコは手を伸ばし、ケンの頭に置いた。
ケンはただ純粋に思い浮かべる。
大事な親友達の事。
大好きな両親の事。
ステラ村の人達の事。
そんな全員が心配しているであろう事を。
「そんな! 何これ?」
ノッコは驚き、全身は硬直し細かく震える。
本来、感情はそれほど読みとれないはずの彼女達の固有魔術だが、純粋で強い想いはその常識を打ち払う。
この世界には、物理的に思考力がある。
思いは力になり、確かに伝わる物があるのだ。
ノッコは、ケンが何を悩んでいるかをほとんど正確に理解した。
そして、思わず椅子から立ち上がり、珍しくあたふたして部屋の中を歩き回る。
「これは大変な事だわ。こんな強い気持ちを人間族が持っているなら、ものすごく親御さんは心配しているはずよ。一刻も早く返してあげないと。でも、どうする? どうしたらいいのかしら?」
その彼女の様子を見て、ケンは申し訳ない思いで、動き回る彼女に近寄りキュッと手をつかむ。
「ノッコお姉さん、僕、一人で帰れるよ。それに、お母さんやお父さんが近くにいるかもしれないし」
何の根拠も無い事だが、彼女はその可能性を考える。
(この子は迷子の様だから、村に帰れるとは思えない。でも、確かに両親は探し回っているかもしれない。この子の場所さえ大人達に知らせる事が出来ればいいが、そうでない場合は危険すぎる)
彼女の考えでは、6時間待つという選択は今はもう最後の手段である。
ならば、知恵を使うしかないだろう。
「ケン君、今からお姉さんの言う事を覚えて、ちゃんと守ると約束しなさい。そうすれば、今すぐお家に帰れるわ」
「うん、僕、覚えるの得意だよ。友達との約束もぜったい守る」
「いい子ね、じゃあ、よく聞いてね」
二人だけの作戦会議が始まる……。
しばらくして、ノッコが作戦を伝達し終わると、ケンは背筋を伸ばし敬礼をする。
「了解であります、司令官どの」
「何? 兵隊ごっこなの」
「僕は、ケン二等兵であります!」
「せめて、軍曹ぐらいにしておきなさいよ」
彼女は笑い声でそう言った。(文末参照)
ケンとノッコは、家を出て地底湖のほとりに立っている。
ケンの姿は、きれいになった自分の服を着て、靴はないので裸足だが、靴下は背中に背負った彼女にもらったリュックの中に他の荷物と一緒に入れてある。
いよいよ作戦開始と言う前に、ノッコはケンの首にネックレスをかける。
ケンはちょっとビックリして、掛けたままのネックレスをつまみ、目の前に持ち上げじっと見る。
きれいな水色をした、直径3cmくらいの宝石の様な魔道具が鎖についている。
「お姉さん、これ何? とってもきれいだね」
「それは水のお守り、あなたの命を守ってくれる物よ。ケン君へのプレゼントよ」
ケンは嬉しい反面、少し悲しく思った。
考えてみれば、命を救われた上に迷惑のかけ通しだからだ。
いくらケンでも、さすがに申し訳なく思う。
「僕もらえない。お姉さんに、何にも良い事してないもの」
小さな声で悲しそうにしゃべる子供をあやすように、ノッコはポンポンと肩をたたく。
「ケン君は、私達にかけがえのない物を教えてくれた。純粋な気持ちは、ここまで伝わるんだって言う事をね。私達は、人の気持ちを無理矢理読み取ることばかりやらされていたから、そんな大事な事にも気付けなかったの。そして、ケン君から教えてもらった人間族の心は、私たち全員が共有できるの。だから、この水のお守りは、私達からあなたへの感謝のしるしなのよ」
ケンにはよく解らないが、彼女が心からそう思っているとだけは感じた。
だから、コクリと頷いた
「さあ行きましょう」
彼女はケンを水を弾く物理結界で包むと、服を脱ぎ、もろともに湖の中に飛び込む。
ようやくケンは親元に帰る事が出来るのだ。
水の中を、結界に包まれたケンは濡れずに進む。
辺りはすぐに暗くなり、横にいるノッコの姿も見えなくなるが、どうやら水底に向かっている事だけは感覚で解る。
二人は地底湖の底にある洞窟を抜け、ケンが沈んでいた川に向かう
水中洞窟を抜けだした先は、山肌に開けられた川の中の出口である。
ここでの川の水深は20mはあるが、ノッコが上を見上げると日の光がかすかに感じられる。
直射日光は、水精族にとっては毒である。
数分程度なら何とか大丈夫だが、それ以上は皮膚が低温やけどを起こすし、何より目に良くないのだ。
彼女はそのまま川を上流に進み、彼を救出した場所近くまでやってくる。
その場所で、遮蔽結界を自らに纏わせて日光を遮ると、ゆっくりと川面に向かい上昇する。
ノッコは、遮蔽結界を纏ったまま川の中からケンと共に河原に飛び出した。
ノッコは、ケンの結界だけを解き、素早く魔術を行使し煙弾と光弾を上空に打ち上げる。
「じゃあ、下で30分だけ待つわ。10分くらいたっても誰も来なかったら、リュックに入っている煙玉を使うのよ。それと、魔物が来たら迷わず川に飛び込んでね」
「うん、じゃなかった、了解であります、司令官殿」
「フフッ、じゃあね、小さな軍人さん」
そう言って彼女は川の中に飛び込んで行った。
一人残されたケンは、辺りを見回す。
30分たって誰も来なければ、すぐに村には帰れないのだから。
設定および解説
貴族と言っても公務員である。
公の為に命がけで任務をこなす人々を敬意を込めてそう呼んでいる。
ただこれは、ガリア地方の人間族の国とその友好国の間だけであり、獣人族の国には王制を引いている国が多く、そこでは実際に貴族は存在している。
貴族院は元帥位を筆頭に、治安部(警察組織)と軍に分かれている。
治安部は公爵を最高位にして男爵までで、治安学校を卒業する必要がある。
それ以下は貴族ではなく、準公務員扱いで、騎士とか治安官、治安員と呼ばれている。
子爵までが下級公務員である。
軍は大将から少尉までで、士官学校を卒業してから軍に入る場合が多い。
大尉までが下級公務員である。
ちなみに二等兵は、貴族では無く軍の一番下っ端である。




