9 アンドロイド
『じゃあさ! 私を初めて見かけた時はどう思ったの?』
頭の中で、アンの声が蘇る。
(ずいぶん自律神経のバランスが崩れた人だな。疲れて自暴自棄になっているのか。……今の自分と同じだな)
あの時は、そう分析しただけだった。
けれど、今は違う。
アンは時々、顔だけ熱を帯びる。
息が乱れ、触れた肌から伝わる脈拍も速くなる。
一瞬『怒り』の反応かと思ったが、目を見ても瞳孔が拡大しているわけではない。
すると、アンは視線を逸らしてしまう。
自分のデータベースにはない反応だった。
何度か試してみると、『ちょっと! 恥ずかしいから!』と抗議された。
そうか、この反応は『恥ずかしい』という感情なのか――。
熱を帯びたアンに触れると、自分の中の素子まで熱を帯びるような感覚に陥る。
最近は、まるで連鎖反応を起こすように、彼女と同じ状態になってしまうのだ。
なぜそんな現象が起きるのか、自分でも分からない。
確かめるように、何度も彼女に触れたくなる。
彼女の見せる、様々な反応をもっと知りたいと思ってしまう。
昨日、街を歩いていると、見知らぬ男から激しい『敵意』を向けられた。
アンを守るように引き寄せると、相手の瞳孔はさらに開き、頭部の血流が急上昇した。
誰だ、こいつは。
アンの知り合いか?
……いや、そんなことはどうでもいい。
(アンを守る)
その思考だけが、俺のすべてを支配していた。
◇
定時に会社を出て、しばらく歩いたときだった。
ビルの壁にもたれかかって立っているロイドの姿が目に入った。
「え? ロイド?」
「……お疲れ様」
「何してるの?」
「んー……迎えに来た」
不器用なその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ただいま」と言ってみると、ロイドは「おかえり」と低く返してくれて、私たちは並んで歩き出した。
同僚の加奈ちゃんの彼氏がよく会社まで迎えに来ているのを、実は少し羨ましく思っていた。
言葉にして頼んだわけでもないのに、今、ロイドがそれを叶えてくれている。
とくに、今日は早く会いたいなと思っていたから、余計に嬉しい。
「ふふっ……」
そんな私の思考なんて知る由もないロイドからすれば、意味不明な笑いだろう。
案の定、ロイドはギョッとしたような顔でこちらを見た。
「なに? その笑い」
「ううん、嬉しいなーって」
「なんで?」
「迎えに来てもらうのって、ちょっと憧れてたから」
そう明かすと、ロイドはサッと目を逸らし、少し照れたような仕草をした。
そして、どこかぶっきらぼうに呟く。
「……嬉しいなら、毎日でも迎えに来るよ」
そう言ってロイドは私の手を取り、しっかり包み込むように握った。
そんなロイドの様子に、私にまで照れくささが伝染してしまう。
私は誤魔化すように、わざと明るい声で尋ねた。
「ねぇ、今日の晩御飯なに?」
「んー……グラタン。『寒くなってきたら美味しい』ってネットに書いてあったから」
「ほんと!? 楽しみ!」
「……早く帰ろう」
ぽつりと呟いて、ロイドは私の手を優しく引いた。




