8 彼
元カレと遭遇した後、路地裏でロイドと話しながら、ゆっくり煙草をふかしていた。
そして、気になった疑問を投げかけてみる。
「ねぇ。なんで『敵意』だって思ったの?」
「……呼吸や筋肉の動き。あとは視線や瞳孔の開き具合とかで――」
ロイドの淡々とした説明に、思わず「へー」と感心した声を漏らす。
「じゃあさ! 私を初めて見た時はどう思ったの?」
ずいっと身を乗り出してロイドの顔を覗き込み、ニヤリと笑みを浮かべる。
ロイドは私と視線が合った瞬間、ギョッとしたような表情を浮かべ、一歩後ずさってサッと目を逸らした。
「えーっと、忘れた……」
「うそ!」
アンドロイドが『忘れた』はずがない。
きっと、ろくでもないことでも考えていたのだろう。
なんだか面白くて、逃げるロイドの顔をさらに覗き込んだ。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
ロイドはごまかすようにそう言うと、私の指先からすっと煙草を取り上げ、携帯灰皿でもみ消した。
それからロイドは私の手を取り、路地裏から出た。
私たちはそのまま、手を繋いで家まで帰った。
◇
翌日の昼休み。
社員食堂の一角で、一人スマートフォンを眺めながら昼食をとっていると、同期の加奈ちゃんがトレイを持って声をかけてきた。
「お疲れー。隣、いい?」
「お疲れ! もちろん、どうぞ」
世間話をしながら箸を進めていると、加奈ちゃんはふと声を潜め、テーブル越しに身を乗り出してきた。
「……ねぇ。新しい彼氏できたって、本当?」
口に運んでいたうどんの汁が気管に入り、私は盛大にむせ返った。
「ゲホッ……え!? 何それ、誰が言ってたの!?」
「誰って……延原君が言ってたよ『栞が男と買い物してた』って。で、『新しい彼氏できたのか?』って聞かれてさ」
「あー……うん、まあね」
一緒に住んでいる以上『彼氏』ということにしておいた方が都合がいいかもしれない。
(……ロイド、怒らないかな?)
そんなことを考えながら、曖昧にうなずいてごまかした。
「マジで!? どんな人!? なんで教えてくれなかったの!?」
「んー、なんだか恥ずかしかったし……」
目を逸らして適当にはぐらかそうとすると、ロイドの顔が浮かんで少し赤くなってしまった。
それを見逃さなかった加奈ちゃんは、ニヤニヤと面白そうに私を見てくる。
「ほーう。今度詳しく聞かせてね! それより延原君、妙に気にしてたよ」
「そうなの? もう別れたんだから関係ないのに」
「やっぱり別れたんだよね?」
「うん。『君とは結婚できない』って言われたもん。なんで?」
「だよね? それがさ……『別れるつもりはなかった』とか言っちゃってさー」
「はあ!?」
思わず声を荒らげて腰を浮かせたが、周囲の視線にハッとして慌てて椅子に座り直した。
「何それ……意味分からないんだけど」
「なんか、未練たらたらって感じだったよ」
加奈ちゃんは少し気まずそうに肩をすくめた。
「そんなこと言われても、今さら困るんだけど……」
「まあ、私は栞が今幸せならそれでいいの。延原君には『余計なこと考えずにさっさと忘れろ!』って言っておくね」
「うん……ありがと、加奈ちゃん」
そう返すと、残りの昼ご飯を急いで口に運んだ。
なぜだか無性に、早くロイドの待つ家へ帰りたくなった。
今日は仕事を早く切り上げて、まっすぐ帰ろう。




