6 染まる
「……なぁ、アン」
窓際の丸テーブルに肘をつき、ぼんやり煙草を吸っていた私に、ロイドが声をかけてきた。
「なに? ロイド」
「たしか『使ったらすぐ洗う』って、俺に言ってなかったっけ?」
彼は台所の流しに残ったコップを指さして言った。
図星を突かれて、「うー……」と呻き声を上げる。
小さなため息をつきながら、ロイドはそのままコップを洗い始めてくれた。
ロイドを路地裏で見つけてから、一月ほどが経つ。
朝晩だけでなく、昼間でも肌寒さを感じるようになっていた。
ロイドは、今の生活にずいぶん染まってきた。
一つ一つ教える必要はあるけれど、一度教えたことを忘れることはない。
家の中もどんどん整理されていく。
さすがアンドロイドだ。
けれど、融通が利かないところも、いかにも『アンドロイド』らしいなと思う。
「臨機応変ってことも覚えてほしいなぁー」
思わずぶつぶつと独り言が漏れた。
「アンがいい加減すぎるの!」
「うぅ……」
私はコップを洗うロイドの後ろ姿を眺めながら、煙をふーっと吐き出した。
「あ! そうだ! 明日ちょっと出かけない?」
煙草を灰皿で消しながら提案すると、ロイドがビクッと体を強張らせた。
「俺、いちおう追われてるんだけど……」
「大丈夫! 秘策があるんだー!」
そう言って、ドラッグストアで買ってきた市販の髪染めを取り出した。
ロイドの髪は金髪というには落ち着いていて、茶髪というにはあまりに眩しい、色素の薄い綺麗な色をしている。
「さぁさぁ、座って」
全身鏡の前に、丸テーブルの椅子を用意する。
彼は洗い物を終わらせ手を拭くと、椅子へ移動した。
「何するの?」
「髪染め。髪色を変えればだいぶ印象が変わるよ」
「どんな色にするの?」
「えーっと……ダークブラウンって書いてある」
「書いてある?」
「ほら!」
箱を見せると、ロイドはそれを受け取り「ふーん」と言いながら大人しく座り直した。
「一般的な髪色だから、人ごみに紛れたら分からないよ!」
「まぁ……確かに」
「私は髪色なんて関係なく、背が低いからすぐ人混みに埋もれちゃうんだけどね」
少し自嘲気味に笑った。
「嫌なのか?」
「そりゃあね。はぐれたら見つけてもらえないし、相手を見つけるのも、スマホがあっても一苦労だもん」
「あはは、そうかもな」
そんな雑談をしながら、髪染めの準備を進めていく。
ロイドの髪に薬剤を馴染ませながら、私はふと思い出したことを口にした。
「昔から、憧れてたことがあるの」
「憧れ?」
「夢だよ、夢。恥ずかしい少女の夢」
「へー、聞かせてよ」
気恥ずかしさを誤魔化すように、彼の髪にゆっくりとくしを通しながら言った。
「イルミネーションが輝く中でさ、恋人と少し喧嘩して、はぐれちゃうの。周りには仲良さそうな家族やカップルがたくさん歩いてて」
ロイドの前に置いた鏡越しに目が合った。
彼は楽しそうな顔で「それで?」と続きを促した。
私は少し照れくさくなって目を逸らし、言葉を続けた。
「私は彼を見つけられなくて、泣きたくなるの。……すると、息を切らした彼が私を見つけて、ギュッと抱きしめてくれるの」
「ロマンチックだね」
「うん……けど、実際は私の方が相手を見つけることばかりだったけどね」
私が笑いながら鏡を見ると、ロイドは微笑みながら言った。
「今度、付き合おうか?」
「あはは。機会があればね」
「……アンは見つけてほしいんだ。覚えておくよ」
何だか急に顔が熱くなった。
(アンドロイドに何言ってるんだか――)
これじゃぁまるで『見つけてほしい』とおねだりしているみたいじゃないか。
「そんなこと、覚えてなくていいの! ほら、このタイマーが鳴ったらシャワー浴びて髪洗ってきてね」
誤魔化すようにそう言ってパソコンを開き、ロイドに似合いそうな髪型を探し始めた。
ロイドの髪は左側だけが短いままだ。
髪が染まったら美容室に行って、綺麗にカットしてもらおう。
「ねぇ……この髪型どう?」
「んー」
ロイドとそんな会話を交わしながら、私は明日のお出かけに胸を躍らせていた。




