42 ずっと――
意識がゆっくりと浮上する。
目を開けると、見慣れた施設の天井があった。
身体を起こすと、施設の服が擦れてカサりと音を立てる。
俺は――
夢を見ていたのか?
なんて幸せで……残酷な夢――
(あれ? アンドロイドって夢を見るのか……?)
ガチャリと扉が開いた。
『先生』かと思いそちらへ視線を向けると――
「ロイドっ……!」
泣き顔の延原が立っていた。
「のべ……はら……?」
延原は何も言わずに駆け寄り、俺にしがみつくように抱きついた。
じわじわと、夢だと思っていた光景が現実だったことを思い知らされる。
「あ……俺……俺はっ!」
身体が酷く震える。
疑似脈拍と疑似呼吸が急速に跳ね上がる。内部から異常アラートが鳴り響き始めた。
「落ち着け! 大丈夫だ、深呼吸しろ!」
延原が身体を離し、力強く両肩を掴む。
「どうしてっ……?!どうして俺はっ――!」
「ロイド!」
頭を抱えてうずくまる俺に延原が必死で呼びかけるが、頭の中で鳴りやまないアラート音にかき消される。
「俺はっ! 彼女をっ!!」
アンを刺した時の感触が手に鮮明によみがえり、震えが止まらない。
『愛してるわ……ロイド』
脳裏で彼女の声が再生され、目の前が真っ暗になる。
その時――
「小川栞は生きてるよ」
いつの間にか部屋に入ってきていた宮本が、俺の目を真っ直ぐ覗き込んで言った。
「え……?」
延原も俺の目を見つめ、宮本の言葉に深く頷いた。
「生きてる……?」
(本当に?)
目元から熱いものが溢れ、止めどなく頬を伝い落ちる。
呆然とする俺に、宮本が言葉を重ねた。
「急所からはかなり外れていて、傷も深くはなかったようだ」
延原が泣き笑いのような表情で続けた。
「お前、直前で相当抵抗したんだな。細い配線が何本も焼き切れかけてたぞ」
宮本が声のトーンを落とし、静かに言った。
「ただ……」
◇
外の空気は温かかった。
延原の運転で、彼女の療養先へと向かう。
助手席の宮本が、後部座席に座る俺に彼女の状況を説明してくれた。
「命に別状はないんだが、反応が無いんだ」
「反応が無い……?」
「名前を呼んでも、話しかけても、ただ遠くを見つめているだけで――」
宮本は今まで見せたことのない、後悔の滲む表情で続ける。
「今は私の妻が付き添っているが、目を覚ましてから誰も彼女の声を聞いていない……」
「――俺が……会っても大丈夫なのですか?」
俺は黙って話を聞いていたが、抑えきれない不安から問いかけた。
「お前以外に、誰がアイツを救えるんだよ」
延原がバックミラー越しに強い口調で言った。
宮本を見ると、彼もまた同意するように力強く頷いた。
しばらく走ると、大きな門を備えた洋館に辿り着いた。
車を降りると、温かな風が頬を撫でる。
洋館には入らず、開けた裏庭へと向かった。
「庭の木が気に入っているみたいでね。ずっと裏庭にいるんだ」
宮本がそう言って、遠くに向かって片手を上げた。
満開の桜の木の下に、優しそうな婦人と、車椅子に座った若い女性の姿があった。
俺たちが近づくと、婦人は静かにその場を離れた。
アンだった――
どこを見るでもなく――いや、舞い散る桜を見つめているのだろうか。
「――アン……」
そう声をかけると、アンはパチリと瞬きをした。
そして――ゆっくりと振り返る。
「……ロ…イド……?」
俺を見ると、嬉しそうに微笑む。
「……良かった――迎えに来てくれたの?」
宮本と延原が安堵の息を漏らし、婦人も目元をうるませていた。
「アン、俺は――」
言葉を詰まらせる俺に、アンは自分の左手薬指にはめられた指輪を指先でなぞりながら言った。
「私、役に立たないアンドロイドだし……捨てられちゃったのかと思った――」
(え……?)
その場にいた全員が息を呑んだ。
張り詰めた空気を感じ取ったのか、彼女は不安そうに首を傾げる。
「違うの……? 『俺のもの』って、言ってくれたでしょ……?」
俺は車椅子の前にひざまずき、彼女と目線を合わせる。
アンは縋るような瞳で俺を見つめ、ささやいた。
「ずっと、一緒にいてくれるんでしょ……?」
彼女の胸元で、ネックレスがかすかに光を反射する。
俺は彼女を守るように、ゆっくりとその身体を抱きしめた。
「うん。ずっと、一緒にいる」
アンは俺に深く身体を預け、安心して静かに目を閉じる。
「今年も、来年も、その次も……ずっと――」
桜の花びらが舞い散る中、二人はただ黙って抱き合っていた。
――END――
おまけの一話は明日投稿します




