4 ただいま
自宅マンションの部屋の前に着いてしまった。
肩にはいつもの通勤鞄。
右手にはスーパーのパンパンに膨らんだレジ袋、左手には格安ファストファッション店の大きな袋をぶら下げていた。
(居るかな? どうやって入ろう。「ただいま」でいいのかな? それとも、いつも通り無言のほうが自然?)
カードキーを握りしめたまま落ち着きなく足を踏み替えるたび、ポリ袋がガサガサと音を立てる。
履き古したローヒールのコツコツという音が、静まり返ったマンションの廊下に響いていた。
(あ! 靴! 彼の靴を買うの忘れてた! 買いに戻る? でも荷物が重いし……)
ドアの前で頭を抱え、悩んでいると――その時。
ガチャ。
内側から解錠される音がして、思わずビクッと身体が跳ねた。
ドアが開き、中から彼が顔を出した。
「何してるんですか?」
「えっ……と」
「自分の家じゃないんですか?」
「自分の家です」
気まずさに思わず目を逸らして下を向く。
すると、彼は私の両手からすっと荷物を受け取りながら言った。
「おかえりなさい」
彼のその言葉に、伏せていた視線を少しだけ上げた。
ぎゅっと強張っていた肩の緊張が解け、口元が自然と緩んでいく。
「……ただいま」
◇
「もうお昼だね。お腹すいた~、ご飯食べよ」
「……」
彼は昨日と同じように椅子に腰掛け、丸テーブルの上に並べられた総菜を無言で見つめていた。
彼の前にもお箸を並べ、「いただきます」と手を合わせて食べ始める。
「あの……」
彼の静かな声に、手を止めて顔を上げた。
「俺は、食べなくても……」
「でも、食べられるでしょ?」
「まぁ……そのまま出るだけですけど」
「分かってるけど!食べてる途中にそれ言わないで!」
私は思わずご飯を口に含んだまま、むっと頬を膨らませる。
すると、彼は首を少し傾け不思議そうな顔をした。
「ねぇ! そう言えば名前は?」
「名前ですか?」
「あるでしょ?」
「ありません」
「え? 購入時には一番初めに名前をつけるようにってマニュアルに――」
「……」
そうだった、彼には製造番号すらないのだ。
「……」
余計な思考が巡りそうになるのを、ブンブンと頭を振って振り払った。
「じゃ! 君の名前は今から『ロイド』ね!」
「ロイド?」
「私は『アン』って呼んで!」
「アン?」
彼は何か言いたげな眼差しで、私をジッと見つめてくる。
「なに?」
「えっと……まさかと思うけど『アンドロイド』だから?」
「ダメ? 分かりやすいでしょ!」
私が少し胸を張って答えると、彼は一瞬目を丸くした。
次の瞬間――
「あははっ」
その笑顔は、まるで少年のように無邪気だった。
見ているうちに、こちらまで胸の奥から可笑しさがこみ上げてくる。
(あれ? 私……今、笑ってる)




