38 混乱
ガタガタと、遠くで荒々しい物音が響いている。
ゆっくりと瞼を上げると、視界に飛び込んできたのは、険しい表情で周囲を警戒している助手の姿だった。
「貴様! 誰を呼んだ!」
助手は俺の胸倉を掴み上げ、叫ぶ。
(……呼ぶ? 何のことだ?)
その直後、部屋の扉が勢いよく蹴り開けられた。
黒いスーツを着た数名の男たちが、手に銃を構えて雪崩れ込んでくる。
「くそっ!」
助手は俺を突き飛ばすように手を離すと、部屋の隅へ退いた。
そしてポケットから銃を取り出し、威嚇するように男たちへ向ける。
俺はゆっくりと起き上がり、助手の挙動を見つめた。
助手は俺と目を合わせると、ニヤリと口角を上げた。
そして――
自らのこめかみに銃口を当てた。
助手は悪意に満ちた笑みを浮かべたまま、引き金を引いた。
銃声が響く。
(え……?)
目を見開いたまま頭から血を流し、崩れ落ちる助手。
あまりの出来事に、思考が追いつかない。
周囲の男たちが怒号を上げ、バタバタと動き回る。
そのうちの一人が俺に駆け寄り、声をかけてきた。
「君、大丈夫か――」
ふと入口に視線をやると、そこに宮本が立っていた。
俺の姿を確認すると、まっすぐ近づいてくる。
(逃げないと!!)
思考より先に体が動いた。
全員が混乱している隙に、俺はその場から弾かれたように飛び出した。
そして『あの日』のように、ただひたすら走り続ける。
(何が起こった?! 助手は……死んだのか?!)
意識を失う直前、助手は確かに言っていた——
『意思を持った罰だ。苦しんでから消えろ』
(罰? 苦しんで消えろ? アイツは俺に何をしたんだ……?)
また変なプログラムを書き込まれたのかもしれない。
どうすればいい?
無我夢中で走り続けるうちに、あたりはすっかり闇に包まれていた。
気がつくと、俺は延原のマンションの前に立っていた。
これ以上巻き込みたくはなかった。
しかし、今頼れるのはあいつしかいない。
ポケットの中でスマホが激しく振動していることに気づく。
画面を開くと、延原からのメッセージが届いていた。
『どこにいる?! すぐ連絡しろ!』
申し訳なさに胸を痛めながら、震える指先で返信を打つ。
『マンションの下』
一瞬で既読がつき、間もなくして延原が息を切らせて駆け下りてきた。
その顔は、あからさまに怒っていた。
(俺を心配してくれてたのか――)
「お前、今まで何やってたんだよ?! どれだけ心配したか……!」
「……ごめん」
延原の怒鳴り声に、なぜかホッとしている自分がいた。
俺は震える声で告げた。
「なんか……変なプログラムを入れられたかもしれない。診てくれないか」
「……分かった。とにかく部屋に入ろう」
部屋に通され、パソコンの横にあるソファへ座らされる。
延原は俺とパソコンをケーブルで繋ぎ、データの読み込みを開始した。
(そう言えば――)
助手にアンの写真を見せられたことを思い出し、即座にGPS機能を立ち上げてアンの居場所を検索する。
(――いない?!)
GPSが応答しない。
アンの居場所が分からない!
跳ね起きようとした俺を、延原が強い力で制した。
「どうした?! じっとしてろ!」
「――いないんだ! 彼女がいない!!」
「落ち着け、大丈夫だ! アイツなら安全なところにいるから!」
GPSの出力レベルを引き上げる。
スキャン処理に伴い、内部の冷却ファンが激しく回転し、思考にノイズが走る。
システム内で緊急エラーの警告音が鳴り響く。
延原が何かを叫んでいるが、処理負荷のせいで音声が届かない。
探さなきゃ。
彼女を探さないと!
アンに何かあったら――!
抑え込む延原を振り払い、外へ飛び出そうとしたその時。
「ごめん。ロイド」
延原の低い声が聞こえた直後、背中に鋭い衝撃が走った。
視界が急速に途切れ、闇が落ちてくる。
(あぁ……これは、アンドロイドの緊急停止――)
◇
この洋館に来てから食事を出されたものの、喉を通らなかった。
奥様も気遣って話しかけてくださったが、生返事を返すのが精一杯だった。
夕方になると、スーツ姿の男性たちが慌ただしく館を出て行った。
(ロイドに、何かあったのっ?!)
広い洋館に残されたのは、奥様と私、そして数体の給仕兼護衛用のアンドロイドだけ。
焦りが募る。
宮本は夜が更けても戻ってこない。
祈るような気持ちで時間を過ごした。
――ダメだ。ここに居ても何も分からない。
始発の電車に乗るため、ソファで少しだけ浅い眠りについた。
空が白み始めた頃。
私は誰にも気づかれないよう、静かに洋館を抜け出した。




