37 対面
施設は森の中にひっそりとたたずんでおり、思った以上に静まり返っていた。
オリーブドラブ色の外壁は周囲の木々に溶け込み、遠目には建物の輪郭さえ判然としなかった。
建物の入り口に立ち、脇にあるモニターを真っ直ぐに見つめる。
レンズを覗き込むと、どこかのサーバーで認証が行われ、重い扉が開いた。
廊下を進み、長い階段を下りた先にもうひとつの扉があった。
同じように虹彩認証をパスし、中へ足を踏み入れる。
頭上で自動感知のライトが点灯した瞬間、俺はギクッと体を強張らせた。
見れば、左右の壁沿いに十体以上もの『自分』が並んでいた。
プログラムが未入力の、俺と同じ顔をしたアンドロイドたち。
(あぁ……俺も、最初はこんな風だったのか――)
目を閉じ、何度か深く息を吐き出して気持ちを落ち着かせると、まっすぐ廊下を進んだ。
先生の研究室にたどり着き、扉を開ける。
そこには、先生がいつも座っていた革張りの椅子に腰掛け、施設内の監視モニターを眺める『助手』の姿があった。
彼はゆっくりと振り返ると、へらりと笑みを浮かべて話しかけてきた。
「やあ。おかえり」
「帰ってきたわけではありません」
「じゃあ、何しに来たんだ?」
「……あなたに聞きたいことがあります」
「へえ。何?」
(あれ? この人、こんな雰囲気だったか……?)
以前は、にこやかで穏やかな、親切な人だと思っていた。
確かにいま浮かべている笑みも昔と変わらないはずなのに――
なぜか人を馬鹿にしたような、不快な底意地悪さを感じる。
「なぜ俺に、先生を殺させたんですか?」
「ふっ、はははは!」
助手は可笑しくてたまらないといった様子で、わざとらしく大笑いした。
「そこまで分かっていて、なぜ戻ってきた?」
「直接、あなたに確かめたかったからだ」
助手は俺をじっと観察するように、嘲笑を浮かべたまま見つめてくる。
そして机に肘をつき、確信したように言った。
「はっ! 本当に意思が生まれてるようだ。気色悪い!」
「……」
「だが、中身はガキだな」
かつて接していた時には一度も湧き上がらなかった感情が、胸の奥で渦巻く。
俺は思わず彼を睨みつけた。
(なんだ……この、苛立ちは――)
「質問に答えてください。なぜ先生を――」
助手はゆっくり立ち上がり、机の上にあったレポートを手に取って眺めた。
「はっ! 笑わせるよな。たかが機械に『人に寄り添う』ことを求めるとかさ!」
「……」
「しかも『国家プロジェクト』だとよ!」
そう言ってレポートをぐしゃっと握り、俺の胸元に投げつけて怒鳴った。
「アンドロイドを人に近づけるべきじゃない!!絶対にだ!」
「なら! 俺だけを破棄すればよかっただろ!」
俺は声を張り上げた。
「何も、先生まで殺さなくてもっ!」
「お前だけ消したって、あいつがいればまたいつか成功させる。現にお前には意思が生まれたんだからな」
「……」
「お前らはただの機械だ!!それ以上でもそれ以下でもない!」
(ただの機械――確かに、その通りだ。だけど)
「なぜ……アンドロイドが人に寄り添ってはいけないんだ?」
「『寄り添う』だと? プログラム通りにしか動けない機械がか? 危険だろ」
「そんなことは――」
「『危険じゃない』なんて言い切れるか?」
危険――
俺は人間に危害を加えたいなんて、一度だって思ったことはない。
……けれど実際、命令やプログラムには抗えない。
「なあ。お前『女』のところに転がり込んでたらしいな」
心臓が跳ね上がり、体が凍りつく。俺は即座に答えた。
「彼女は関係ありません」
「今朝、ようやく上がってきた資料だよ」
助手が放り投げてきた紙片には、アンの姿がはっきりと写っていた。
「この女だろ? 機械のくせに……不認可になった生殖機能までつけやがって!」
(機械は……アンドロイドは、人を愛してはいけないのか?)
呆然とアンの写真を見つめる俺の至近距離まで、助手が足音もなく近づいていた。
「お前の『先生』は死んだ。意思を持った罰だ。苦しんでから消えろ」
ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、助手が俺の腰に何かを押し当てる。
ビリッと強い衝撃が走り、視界が急速に闇へと呑み込まれていった。
(アン――)




