36 すれ違い
延原の質問にひとつひとつ答えていくうちに、あの日の鮮烈な記憶が蘇ってきた。
(思い出した……あいつだ!)
先生の助手をしていた男。
あいつが『暗殺用のアンドロイドだ!』と叫んだのだ。
「施設に行って、自分の目で確かめてくる」
「ダメだ! 危険すぎる。罠が仕掛けられている可能性だってある」
けれど――
「先生と助手がそこまで険悪な関係には見えなかった」
「そう見えなくても、消すことが必要だったのかもしれない」
延原の言葉に、俺は眉をひそめた。
(必要ならば消す?)
「……それに、俺に対してもいつも丁寧に接してくれていた」
「必要ならそうするさ」
必要なら、何でもするのか?
分からない。信じられない――
「それに、こんな時間に行っても誰もいないんじゃないか?」
いや……泊まり込みの職員が数名いるはずだ。
しかし、あの助手の男が今もそこにいる可能性は低いだろう。
「お前は思いつくと、すぐ無鉄砲に行動するからな。僕も一緒に行く。とにかく朝を待とう」
翌朝、俺は彼が起きてこないうちに静かに家を出た。
延原の申し出はありがたいが、彼までこの事件に巻き込むわけにはいかない。
施設までは距離がある。
あの日は、ただひたすらに走った。
数日かけて、あの場所から逃げてきた。
けれど今は、GPSが施設の場所を教えてくれる。
この問題を解決して、俺の中に残る危険なプログラムを延原に消してもらうんだ。
そうしたら――
◇
宮本に促され、洋館に入った。
そこはまるでミステリー小説の舞台のようだった。
屋敷の中では、黒いスーツ姿の者や、制服のような作業着を着た人々がせわしなく行き交っている。
「えっと……すごいご自宅ですね」
私がそう呟くと、宮本夫婦は顔を見合わせて苦笑した。
「私たちの自宅ではないのよ」
「今は警備上の理由で、一時的にここに避難しているだけなんだ」
警備上――?
「実は仕事上のトラブルがあってね。保護対象はここに留まるよう指示されているんだが……」
「保護対象……ですか?」
「君もその保護対象なんだ」
「え?! 私がですか?!」
思わず声を張り上げてしまう。
「あぁ、君は……意図せず深く関わってしまったからね」
(深く関わった? 私は身に覚えなんて――)
そう否定しようとした瞬間、ハッと息を飲んだ。
「それって……」
続きを確かめようとした時、スーツを着た若い男性が駆け寄り、宮本に慌てた様子で声をかけた。
「宮本さん、緊急連絡です!」
「どこからだ?」
「延原という男性からです――」
「待て!」
しかし、男性は制止に気づかず、言葉を続けてしまう。
「『対象が消えた』とのことです!」
(……え?)
宮本は、驚きに固まる私をチラリと見ると、苦渋の表情を浮かべた。
そのまま気まずそうな表情の男性を連れ、部屋を出ていこうとする。
「ま、待ってください! なんで延原君の名前が出てくるんですか?!『対象』って何なんですか?!」
私は必死に宮本を呼び止めた。
「小川さん……とにかくここで待っていてくれ。今は急ぎで行かなければ」
「いつ戻られるんですか?!」
「――できるだけ早く。戻ったら必ず説明する」
「私も連れていってください!『対象』ってロイドのことですよね?!」
駆け出そうとした私の肩を、宮本の奥さんが優しく抱き寄せて引き留める。
「――すまない。彼女を頼む」
宮本はそう奥さんに言い残し、私を置いて走り去ってしまった。
目の前が真っ暗になり、まるで底のない穴に落ちていくような感覚になる。
ロイドの状況を確かめたくてスマホを取り出したが、画面には「圏外」の文字が表示されている。
「ここは外部と連絡が取れないようになっているのよ」
奥さんが申し訳なさそうに、私をなだめるように囁いた。
「きっと大丈夫よ。今はとにかく待ちましょう」
(ロイド……!)




