34 訪問
アンから逃げるように外へ飛び出し、夢中で走り出した。
――拒絶された。
怯えたアンの顔が目の奥に焼きついている。
呼吸が乱れ、胸がよく分からない痛みに襲われる。
激しい耳鳴りのようなエラー音が響く。
勝手に涙が溢れ出る。
この異常状態を、どうすれば止められるのか分からない。
息が切れ、足を止める。
辺りはすっかり暗くなっていた。
気がつけばそこは、アンとよく来る大きな公園だった。
身を切るような寒さに思わずポケットへ手を入れると、スマートフォンと延原から預かっている2枚のカードに触れた。
画面を見ると、アンからのメッセージが何件か届いている。
開くのが怖くて画面を閉じ、代わりに延原へメッセージを送った。
『今から行ってもいいか?』
しばらくして既読がつき、返信が届く。
『いいよ』
続けてメッセージが届いた。
『ワイン飲みたい。できたら赤。あと、つまみになりそうなものもよろしく。チーズ以外で』
思わず、ふっと息を漏らして笑った。
延原は食べ物の好き嫌いが多い。
それに、案外人使いが荒く、わがままだ。
『面倒くさい奴』と思いつつも、今はその図々しさに救われていた。
「仕方ないな」
ぽつりと呟き、近くのスーパーへ向かった。
◇
ロイドが家を出ていってから、一睡もできなかった。
近所を探したが見つからず、家にも戻ってこなかった。
(ロイド……どこに行ったの?)
何度メッセージを送っても、既読すらつかない。
久しぶりに一人で迎える朝は、ひどく静かだった。
気分を紛らわせようと煙草に火をつけたが、何の味も感じられず、すぐに揉み消した。
手紙に書かれた住所を確認し、のろのろと準備を始める。
じっとしているのも耐えられず、目的地も遠そうだったため、日が昇り始めた頃に家を出た。
ターミナル駅を経由し、普段は使わない路線に乗り換える。
さらに別の路線へ。
電車が進むにつれ、都会の喧騒が遠ざかっていく。
電車を乗り継ぎ、2時間ほどで小さな駅に到着した。
改札を出る時、ちらっと駅員と目が合った気がした。
軽くお辞儀をし外に出る。
都会よりも冷たい風が吹いていて、少し頭がさえた。
行き先を改めてスマホで確認する。
ここからは徒歩だ。
「ふぅ……徒歩二時間かぁ」
周りを見るが、タクシーも来そうもない。
寝不足も重なり、少し歩いただけでめまいもしたが、行くしかない。
駅を出てしばらく歩いたところで、一台の黒塗りの車が横でピタリと止まった。
ビクッと肩を揺らし、身構える。
こんな場所で何かあっても、誰も気づいてくれない。
恐怖で足が竦んでいると、車の後部座席のドアが滑らかに開いた。
中から小柄な初老の女性が降りてきて、こちらへ駆け寄ってくる。
「小川栞さんね! 良かった、心配していたのよ」
一瞬戸惑ったが、見覚えのある顔だった。
(たしか、初詣で宮本部長と一緒に居た……)
「宮本部長の……奥様ですか?」
「ええ、そうよ」
「えっと……」
「とにかく乗りましょう」
促されるまま乗り込むと、車が静かに走り出した。
高級感あふれる内装と滑らかな乗り心地に、かえって恐縮してしまう。
「ふふっ、びっくりした? ごめんなさいね」
「いえ……」
「小川さんが駅に着いたと連絡が入ったから、飛び出してきたの」
「わざわざありがとうございます」
「主人は家で待っているわ。詳しいことは、着いてから主人に聞いてね」
話しているうちに、厳重な門を備えた、屋敷と呼ぶにふさわしい古い洋館が見えてきた。
門の両脇には、黒いスーツを着たボディーガード風の男性が二人ずつ立っている。
車が門をくぐり抜けて玄関前に止まると、中から宮本部長が勢いよく飛び出してきた。
私を見るなり、心底ホッとした表情で笑う。
「ああ、よく来たね! 心配していたよ」




