33 境界
僕はデスクの前に座り、PCの画面を見つめながら作業を続けていた。
ロイドから吸い上げたデータを読み込み、分析を重ねた。
そして、水曜日の深夜――。
見つけてしまった。
初期設定には存在しないはずのプログラムを……。
『集中したいから、明日は一人にさせて』
スマートフォンを取り出し、ロイドへメッセージを送る。
「はぁ……」
デスクに肘をつき、頭を抱えて大きなため息を吐き出した。
翌日――。
昼過ぎ、静かな部屋にインターホンが鳴り響いた。
ギクッと体が強張る。
(誰だろう? ロイドなら鍵を持っているはず……)
二、三度鳴ったあと、インターホンは静かになった。
居留守を使い、ホッと一息ついたのもつかの間。
ピンポーン――。
再びチャイムが鳴った。
思わず息を呑む。
エントランスからではない。自室の玄関前のインターホンだ。
そっとドアスコープを覗き込むと、そこには宮本部長が笑みを浮かべて立っていた。
◇
明日、手紙で指定された場所へ行く。
行くことは決めていた。
嫌がって話してくれないかもしれないけれど、どうしてもロイド自身の口から話を聞きたかった。
いつ切り出そうかと一人悩んでいた、その時だった。
「アン。これ……」
そう言って、ロイドが私の手を取り、手のひらに小さな箱を載せた。装飾品が入っているような小箱だ。
「え?」と顔を上げると、彼は優しく微笑んだ。
「仕事、今日まで忙しかったでしょ? ご褒美」
重く沈んでいたはずの心が、思わずふっと緩む。
箱を開けると、そこにはシルバーのオープンハートのネックレスが入っていた。
「可愛い……! ありがとう」
「もうすぐホワイトデーだからね」
私はネックレスを胸に抱きしめた。
――うん。
ちゃんと聞こう。
私たちの未来のために。
そっと目を閉じ、深く息を吸い込む。
そして、重い口を開いた。
「ねぇ、ロイド……聞きたいことがあるの」
「ん? なに?」
「……ロイドはどうして、そんな怪我をしたの?」
途端に、ロイドの動きがピタリと止まった。
視線がすっと逸れる。
「ねぇ、教えて? 私……ロイドのこと、もっと知りたいの。ロイドの力になりたい」
ロイドの瞳がゆらゆらと泳ぐ。
私はネックレスを持っていないほうの手を彼の胸に当て、必死に顔を覗き込んだ。
「お願い……私じゃ頼りない?」
「あっ……」
ロイドの唇から小さな声が漏れる。
彼は胸の上の私の手をそっと包み込むと、静かに下ろさせた。そして手を離し、私から一歩後ずさった。
「……ロイド」
私は彼の言葉を待った。
ロイドは一呼吸置くと、真っ直ぐに私を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「俺が……人を殺したからだよ」
一瞬、部屋の空気がなくなった気がした。
(え? 殺した……?)
「俺は、暗殺用のアンドロイドだ」
息を吸うのも忘れ、頭が真っ白になった。
どう反応すればいいのか分からない。
たしかに『暗殺用のアンドロイド』だという話は、以前彼自身の口から聞いていた。
けれど、まさか本当に人を……?
ロイドの手がゆっくりと伸び、私の頬へと触れようとする。
思わずビクッと体を硬直させてしまった。
彼は空中で手を止めた。
そのまま切なさそうに俯き、「ごめん……」とそれだけ呟くと、部屋を出ていった。
パタンと玄関のドアが閉まる音で、ハッと我に返る。
(あ……私っ!)
「ロイド!!」
慌てて玄関を飛び出したが、すでにロイドの姿はどこにもなかった。




