32 知りたい
「ロイド!行ってくるね!」
「うん。行ってらっしゃい」
いつも通りの朝。
玄関先で、アンの唇に軽いキスを落とす。
「そろそろグラタン食べたいなー」
「いいよ。本当にグラタンが好きだな」
「だって、ロイドの魚介グラタン美味しいんだもん」
「ははっ」と笑って、彼女の頬を優しく撫でる。
アンのためなら何でもする。何でもできる。
彼女を見送った後、軽く家事を済ませてから延原の家へ向かう。
自宅の家事に加え、延原宅の家事……。
気づけば俺は、完全に二人の世話焼き係になっていた。
ほんの少し前まで、こんな生活を送ることになるとは思いもしなかった。
途中で立ち寄ったショッピングモールで、シルバーのオープンハート型ネックレスが目に留まった。
――アンに似合いそうだ。
手に取り、このネックレスが彼女の胸元を飾る様子を想像する。
自然と笑みがこぼれた。
俺は左手の指輪を指で撫で、そっと口元に寄せた。
もうすぐ、ホワイトデーだ。
◇
仕事が忙しい。
それを言い訳に、『手紙』を後回しにしている自分がいた。
けれど、抱えている案件の最終期限は明日。
明日になれば、仕事は一段落する。
昼食後。
食堂の窓際の席で一人、宮本部長からの手紙をじっと見つめる。
――君が気になっていることを教えてあげよう
ロイドのことを知りたい。彼の力になりたい。
けれど――
「栞」
ギクッとして隣を見ると、いつの間にか加奈ちゃんが座っていた。
私は慌てて手紙をポケットに仕舞い込む。
「大丈夫? 何か心配事?」
「ううん、大丈夫だよ」
いつものように笑顔で答えようとしたけれど、うまく笑えない。
私はただ俯いてしまった。
「ねぇ、加奈ちゃん……」
「なに?」
「大切な人のことをもっと知りたい……でも、知るのが怖いって思ったら、どっちを優先する?」
言葉にして初めて気づいた。
怖い――
初めてロイドに会ったときは、左の肩と髪が燃えていた。焼けた肩からは金属部分が見えていたし、左頬も切られていた。
『俺はボディーガード兼暗殺用に作られてる』
確か、そう言っていた。
考え込んでいる私の顔を覗き込んで、加奈ちゃんは元気に言った。
「もちろん『知りたい』を優先する!」
「……そうなの?」
「だって、なんで知るのが怖いの? 知ったら栞の気持ちは変わるの?」
「……変わらない」
「じゃあ!『知りたい』を優先していいんじゃないの?」
そうだ。
私のロイドに対する気持ちは、何があっても変わらない。
ただ、知ることで何かが変わる気がする……。
――それでも
ロイドのためなら何でもする。何でもできる。
「栞はさ、考えすぎなんだよ!」
「そうかな?」
「そうだよ!『行動した』後悔より『行動しなかった』後悔の方が大きいって言うでしょ?」
加奈ちゃんは「ね!」と力強く言った。
確かにその通りかもしれない。
私は――
ロイドを知りたい。
(ロイドに話したら、きっと反対されるだろうな)
私は左手の指輪を指で撫で、そっと口元に寄せた。
私は一人で、この住所に行ってみよう。
明後日の金曜日に――




