28 不在
考え事をしているうちに、いつの間にか宮本部長のデスクの前に立っていた。
部長は驚くべきスピードで書類に目を通しながら、顔も上げずに「どうしたの?」と声をかけてきた。
「部長、少しお聞きしたいことが……」
ちらりと顔を上げた部長は、相手が私だと確認すると手を止め、にっこりと微笑んだ。
「ああ、小川さん。どうしたの? さっきの案件?」
「あ……いえ、そうではないのですが」
「ん?」
「延原君が、ここ数日欠勤しているそうで……」
「そうなの?」
部長はPCを操作して手早く出勤状況を確認すると、「本当だねえ」とつぶやいた。
「あ、でも仕事はオンラインでこなしているそうなので、業務上の問題はないのですが……」
「そう。ならいいんじゃないか?」
「そうなんですが――」
「まあ、彼は別部署の人間だから僕が口出しできる立場でもないんだけど……何か気になることでも?」
一瞬言うべきかどうか悩んだが、宮本部長の冊子がからんでいる……
「休み始めたのが、さっきお話しした例の『冊子』を渡した翌日からなんです」
「……だから気になってるのかな?」
「ええ、まあ……」
「そうか。開発部のほうに聞いてみて、必要そうなら明日にでも家に行ってみるよ」
穏やかにそう言ってくれた部長に安心して、私はホッと胸を撫でおろした。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げてから自分の席に戻り、仕事を再開した。
宮本はそんな小川の様子をチラリと確認すると、しばらくして席を立ち、喫煙所へと向かった。
煙草を深く吸い込み、宮本は一人、愉しそうに目を細めていた。
「さて、どうするかなー」
◇
延原は自宅に引きこもり、ずっと手と頭を動かし続けていた。
(面白い……! 楽しい……!)
これほどまでに夢中になったのは子供のとき以来だ。
月曜の夕方に冊子を手に入れてからは、それをひたすら読み込んだ。
二日で一通り確認し、木曜には実際に『ロイド』から話を聞くこともできた。
会社は繁忙期のため完全に放置するわけにもいかず、最低限の仕事はオンラインで済ませた。
今日は土曜日。
会社からの連絡もないはずだし、心ゆくまで研究に没頭できる。
昼夜の感覚すら失われかけた部屋に、突如として玄関のインターホンが鳴り響いた。
「はい……」
ぼんやりした頭のまま、何も考えずに応答モニターを覗くと、そこには思いもよらない人物が立っていた。
「法務部の宮本です」
ギクッと体が強張る。
なぜこの人がうちに……?
宮本部長はニコニコとした笑みを浮かべたまま、インターホン越しに話しかけてきた。
「延原君? 大丈夫かな?」
「あ……はい」
「ここ数日休んでいるって女子たちが騒いでいてね。人気者は大変だねえ」
「いえ……そんなことは」
「それより、少し開けてもらえないかな? 話がしたいんだ。『冊子』の件でね」
「あ……分かりました」
部屋の前までやってきた宮本を、ひとまず玄関の中へ通す。
カチャリとドアが閉まると、彼は相変わらずの笑みを崩さないまま言った。
「小川君から借りた例の『冊子』――返してもらえないかな?」




