27 予兆
「はい、いいですよ。なんて言うと思いますか? プライバシー侵害もいいとこじゃないですか」
「んー、やっぱりダメかー」
「当然です」
延原は少しがっくりと肩を落としたが、予想内だったのか食い下がることはなかった。
「じゃ、話だけでも聞かせてよ。ここ座れよ」
そう言ってソファーの上にあった書類を床に避け、座れるスペースを作った。
「水しかないけどいい?」
そしてソファーの横に置いてある段ボールから、新しいペットボトルを投げてよこした。
「俺は別に飲まなくても――」
「でも、飲めるだろ?」
「そのまま出るだけですよ」
「知ってるよ」
そう言うと彼は「わははっ」と大きく笑った。
似たような会話をアンともしたことがあるな、と思い出し、少し頬が緩んだ。
(まぁ、せっかく用意してくれたしな)
とりあえずソファーに座り、ペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。
「そういえば『ロイド』って元からの名前?」
「いえ」
「小川さんがつけたの?」
「はい」
「……なぁ。まさかと思うけど、アンドロイドだから?」
「そうです」
「うわー、安直。彼女らしいけど」
少し呆れたように笑う延原に、思わず同意してこちらも苦笑いを浮かべた。
無意識に、左手にはめた指輪をなぞる。
そんな俺を見て、延原が尋ねてきた。
「なぁ。いつから好きになったんだ?」
「……はっきり『ここから』というのは無いですよ。気がついたら、という感じです」
「へー」
「人間もそんな感じじゃないんですか?」
「そんな感じらしいね」
「『らしい』……って」
「だって僕、誰かを『好き』とか『愛してる』とか、はっきり意識したことないから……」
彼は少し寂しそうにそう言うと、横にある一人掛けのソファーに深く腰掛け、ペットボトルの水をあおった。
「お前は小川さんのこと、『愛してる』ってはっきり言えるんだろ?」
「当然です」
「そして小川さんからも、その言葉をもらったんだろ?」
「……もちろん」
「少し羨ましいよ」
延原は気持ちを振り払うように大きく伸びをしながら、「うぉー」と声を上げた。
読めない彼の行動に少し引きつつも、なんだか面白くなってきた。
彼はグッと体を起こすと、好奇心に満ちた目をこちらに向け、本格的に質問を重ねてきた。
「で、そういう『意思』っていうの? 自分で『こうしよう!』って意識的に思ったきっかけとかあるの?」
「……まぁ」
「いつ?」
「彼女に出会う少し前です」
「どんなきっかけ?」
(きっかけ――それはたぶん)
「人間的に言うと『命の危機』かな……」
そう言うと、彼は深く考え込んだ。
「それは、どこで? もしかして、この冊子を見かけたという『施設』?」
「……」
「そこって、何してるの? 目的とか……」
「知りませんよ。俺はプログラマーでもないし……何も――分かりません」
本当に、何も分からない。
けれど、避けては通れない。
アンと―――未来を生きるためには、踏み込んでいかないといけないが、決心がつかない。
延原はそんな俺の様子をじっと見ていた。
それから小一時間ほど話し込み、俺も用事があるため帰ることにした。
「また来いよ。いつかプログラム見せてくれたら嬉しいな」
屈託なく笑う彼に変な奴だなと思ったが、嫌な気はしなかった。
思わずこちらも笑みがこぼれる。
「そうだな……考えておくよ」
◇
「ねぇ。延原君、ここ2・3日会社に来てないらしいんだけど、何か知ってる?」
仕事がひと段落した休憩中、加奈ちゃんが尋ねてきた。
「そうなの?」
「うん。仕事だけはオンラインで完璧にこなしているらしいけど」
「珍しいね」
ここ2・3日……。
延原君にあの冊子を貸したのは、3日前――。
胸の奥の染みが、じわじわと広がっていく。
気がつくと、私は宮本部長のデスクの前に立っていた。
「部長。少し聞きたいことが――」




