25 接触
モニターに映った延原伸の姿を見て、一瞬迷ったが出ることにした。
玄関先までやってきた彼は、ひどくやつれて見えた。
明らかに寝不足と分かる、濃い隈が落ちている。
目の下には、寝不足を物語る濃い隈が落ちている。
しかしその一方で、目は大きく見開かれ、瞳孔も開いている。
抑えきれない好奇心と興奮に満ちあふれていた。
「……何ですか? 彼女なら仕事に行きましたよ」
「あぁ、平日だしな。僕は君に用があって来たんだ」
興奮で息を荒くしている延原の手元に目をやり、思わずギクッとした。
彼の手には、見覚えのあるあの分厚い冊子が握られていたのだ。
(なぜ彼が持っている……?)
「何の用ですか?」
「あまり人に聞かれたくない。中に入れてもらえないか」
「嫌です」
「……即答だな」
「当たり前でしょう。二人で暮らしている部屋に、なぜ前の男を入れなきゃいけないんですか。普通に嫌ですよ」
俺の容赦ない言葉を聞いて、彼は一瞬目を見開いた。少し冷静さを取り戻したのか、あからさまに肩を落として「ごめん」と呟いた。
だが次の瞬間、何かを閃いたように嬉々とした声を上げた。
「じゃあ――うちに来いよ!な!」
「はぁ!?」
何言っているんだ、こいつは。頭がおかしくなったのか?
動揺する俺を無視して、彼は目の前に冊子を突き出し、パラパラとページをめくって見せた。
「これが何か分かるよな? とにかく! これについて話がしたいんだ。頼む!」
そういえば、アンがこいつのことを『天才プログラマー』だと言っていたな……。
アンが繋ぎ合わせてくれた『傷』をそっとさすった。
(こいつの実力を、まずは知りたい――)
「……分かりました」
俺は静かに頷き、延原の家へと向かった。
◇
三月に入り、法務部は繁忙期の真っただ中にあった。
定時退社どころか、食事をとる時間すら満足にない。
そんな私のために、ロイドは食べやすい小さめのおにぎりをいくつか握って持たせてくれていた。
まるで甲斐甲斐しい『お母さん』だ。
それなのに、彼は投資までこなして確実に資産も増やしてくれている。
自分に不甲斐なさを感じる瞬間もあるけれど、基本的には「まっ、いっかー!」と甘えてしまっていた。
「さっき言ってた案件は大丈夫か?」
(あ……『お父さん』が来た)
「はい! ちょっと難しいですけれど、大丈夫です!」
振り返って宮本部長を見ると、いつも通りの安心感のある笑顔を向けてくれた。
私の机の上に目を走らせ、書類を見てうんうんと頷いた後、ふと――思い出したように言った。
「あー……そういえば、勉強は順調かい? 今は忙しくて無理だろうけど」
「はい! 少しずつですが……分からないところは、同期の延原君に教えてもらっています」
「延原君に?」
「はい」
答えた直後、この前の会議室で見せた延原君の異常な様子が脳裏をよぎった。
うかがうように部長の顔を盗み見ると、彼は珍しく笑顔を消し、険しい表情で深く考え込んでいた。
「そうか――――あの冊子は見せたのか?」
「……はい」
「どんな様子だった?」
どんな様子……。
あの時、会議室で見せた彼の表情を慎重に思い出しながら答えた。
「あ……えっと、興奮していて――少し、嬉しそうでした」
「嬉しそう?」
「はい」
そう伝えると、部長は一瞬驚いたように目を見開いた。
――そして次の瞬間、ゆっくりと口角を上げた。
「そうか! 『嬉しそう』だったか――」
「部長……?」
「あー、仕事の邪魔をして悪かったね。また何か気になったことがあったら、何でも言ってくれ」
そう言うと、彼は何事もなかったかのように自分の席へと戻っていった。
その背中を見送りながら、私は胸の奥に冷たい小さな染みがぽつりとできた気がした。




