21 気配
「えーっと……これは何?」
ある土曜日の朝。
いつものように煙草を片手に持ち、コーヒーを待っていた私の前に、小豆の入った温かいおかゆが置かれた。
「小豆粥。厄除けになるんだって」
「へー……」
ロイドはお正月以来、どうやら季節行事にハマったらしい。
ロイドが自分で色々調べて、ちゃんと準備をしてくれるのだ。
正月明けには『七草がゆ』が出てきたし、先日は『鏡開き』もした。
私の実家はあまり行事ごとをしない家だったため、『今を生きている』感じがして楽しい。
そして今日はロイドの提案で、近くの神社へ『どんど焼き』を見に行くことになっている。
目の前のお椀を覗き込み、ほかほかと立ち上る湯気を見つめていると、思わず顔がほころんでしまった。
「ふふふっ……」
「ん? なに?」
「ロイドとの思い出が増えていくなーって、思ったら嬉しくなっちゃって」
私がそう言うと、ロイドは照れながら私を見て言った。
「俺も……嬉しい」
そうして彼は私の向かいに座り、二人で小豆粥を食べた。
◇
最近……アンが、すごくかわいい。
出会った頃は、瞳孔の開き具合や熱反応を確認し、実際に肌に触れて脈拍を測り、彼女の感情を理解した。
今では姿を見たり声を聞くだけで判別できるようになっていた。
感情なんて触れなくても分かる。
しかし不思議なことに『触れたい』と思う衝動は変わらない。
ことあるごとに彼女に触れてしまうし、逆にアンから触れられると胸の奥が温かくなる。
クリスマス、年末、年始……。
今更だが、ハロウィンだって一緒にやりたかった。
アンは季節の行事をするたびに、どんなに小さなことでも本当に嬉しそうに喜んでくれる。
俺はただ、今のアンを楽しませたかった。
不安や危険なんて……
俺一人で抱え込んでいれば十分だ。
たとえば……こんな話を、彼女に聞かせるわけにはいかない。
「君はどうして、彼女に近づいたんだ?」
『どんど焼き』の帰り道。
ショッピングモールで化粧室へ入ったアンを壁にもたれて待っていると、『宮本部長』と呼ばれる男が静かに声をかけてきた。
「別に……偶然ですよ」
彼は年齢のせいか、あるいは職業柄のせいか、表情から感情が読み取りにくい。
だが、まっすぐに視線を合わせると、その瞳孔の微妙な変化から強い『怒り』が読み取れた。
「あなたこそ……何の目的で、今俺に近づくんですか?」
「君の行動原理を知りたいんだよ」
「……知る必要がありますか? 俺のしたこと、知っているんでしょう? さっさと捕まえてスクラップにすればいいじゃないですか」
一瞬、彼の中で怒りが膨れ上がったように見えた。
だが宮本はそれ以上追及せず、俺の隣に立つと、同じように壁に背を預けて前方を見つめたまま言葉を重ねた。
「我々の研究には……批判の声も大きいし、強硬派もいる。
だから『あれ』は事故として処理されたんだ」
事故……?
「それに、君をスクラップにするとして……彼女はどうする? 何も知らないまま残されるあの子は……」
宮本はおもむろにポケットから煙草を取り出して口にくわえたが、ここが禁煙エリアだと気づいたのか、煙草をギュッと手の中で握りつぶした。
「……あの子は寂しがり屋だ」
「……(知ってる)」
「彼女を利用しようとしているのか?」
「……俺にそこまでの機能はありませんよ」
「あの子は、君がアンドロイドだと知っているのか? 知らないのなら―――」
「知っています」
宮本は俺の言葉に息を呑み、体を大きくこわばらせた。
しばし絶句したあと、深く重いため息をついて左手で額を押さえた。
「……参ったな」
宮本はそれきり黙りこくった。
感情を殺した顔のまま、ただ前方を行き交う人波を見つめている。
「……彼女が戻ってきます」
「なぜ分かる」
「なんとなくです」
「なんとなく……そうか。また来る」
そう短く告げると、宮本はそれ以上何も言わず、雑踏の中へ背を向けて歩き出した。
居場所が知られてしまったのだ。近くに別の関係者が潜んでいる可能性も高い。
……けれど、アンの側を離れることなんて、今の俺にはどうしてもできなかった。




