16 不安
クリスマスからの二日間、アンは『延原』という男との話を打ち明けてくれた。
彼女はもう結婚する気がないこと。
そして俺の存在とは関係なく、すでに二人の関係は破局していたのだと……。
月曜日の朝。
アンは俺の頬を両手でそっと包み、じっと目を覗き込んで微笑んだ。
「今日、ちゃんと指輪返してくるからね」
「……うん」
そう言って見つめ返す。
少し息が苦しくなって、訳もなく涙腺が緩みそうになった。
俺の顔色の変化に気づいたのか、アンはクスッと小さく笑う。
「そんな不安そうな顔しないで」
「……」
「会社が終わってから返すつもりだし……不安なら、見に来てもいいんだよ?」
「でも……」
「会社出る前にメッセージを送るね」
俺はただ頷き、出勤していくアンを見送った。
腕の中から彼女の体温が消えると、急に部屋が冷え込んだような気がした。
一人残された俺は、等身大の鏡の前に立つ。
服を脱ぎ、じっと映し出された自分を観察する。
一見すると、どこにでもいる普通の人間だ。
しかし、左肩から首にかけて色の違う人工皮膚が継ぎ合わされ、左の頬にはわずかに縫い目が残っている。
髪の色はアンが染めてくれたダークブラウン。
眼鏡を外すと、黒目の色が薄く、白目の部分がわずかにメタル調の光沢を帯びているのが分かる。
――アンドロイド。
たぶん、知識のある人間が見たら一目で分かるんだろうな。
アンに出会った頃の俺は、思考プログラムで確認してから、表情や身体変化を作っていた。
それがいつの間にかアンの言動に連鎖して、勝手に表情が変わり動悸がする。
そして、その変化のあとに自分の思考が追いつく。
(さっきの胸の締め付けは『不安』だったのか……)
『ロイドが笑うと嬉しいよ』
『離れると寂しい』
『一緒に料理すると楽しいね』
アンはそんな何気ない一言で、俺に『喜怒哀楽』を教えてくれた。
アンと離れたくない。
ずっと傍にいたい。
けれど、俺にはアンを自分のもとに引き留める権利なんてない。
だってアンと俺の間には、正式な『所有契約』がない。
そして――交わすことすらできない。
そう思った途端、胸の奥がさらに強く、痛いほどに締め付けられた。
「……苦しい」
俺は思わず、胸元で右手を握りしめた。




