14 異質
僕は栞の目の前に指輪を置いたまま、カフェを後にした。
(必ず……正月に栞を実家に連れていく)
彼女の病気のことを考えると、両親どころか親族全員の反対は避けられないだろう。
今のこの社会において、少子化を打破するための出産は半ば義務であり、強要に近い。
そんな時代に、子供を産めない女性と結婚するなんて不合理極まりない選択だ。
今のご時世、誰も彼女を選びはしない。
きっと彼女も、このまま一生独身を貫くのだろうと、どこかで高をくくっていた。
けれど――見知らぬ男に肩を抱かれ、大切に守られている彼女を見た瞬間、頭が沸騰するような激しい嫉妬を覚えた。
彼女はあの男を『ロイド』と親しげに呼んでいた。
おまけに同僚の杉田加奈によると、二人は同棲しているらしい。
ロイドとやらとも直接話をするべきだな。
そう心に決め、栞のマンションへと向かった。
するとマンション近くの通りで、ひどく慌てた様子のロイドとすれ違った。
(アンドロイド……!?)
振り返り、慌てて彼の後を追いかけた。
彼は必死の形相で、誰かを捜し回っている。
息を切らしている……?
しかし、瞳の奥には確かにGPSのインジケーターが光っている。
アンドロイドであることは間違いない。
だが、我が社で開発しているアンドロイドとはあまりにも異質だ。
うちの製品はあくまで『機械』に過ぎない。
これほど人間的な動作をし、感情を露わにして焦るはずがないのだ。
『アンドロイドを人間に近づけすぎてはならない』
業界における絶対的ルール。
僕自身、プログラマーとして、発汗や発熱、呼吸、偽装脈拍などを、行動や思考ロジックと連携させないよう厳しく制御している。
最近も別部署から生殖機能の追加申請が出されていたが、倫理的な問題から却下されたばかりだ。
なのに、あれは――。
思考に没頭している間に、ロイドを見失ってしまった。
焦って探し回った先で、ようやく彼の姿を捉えた。
彼は栞を見つけ出していた。
栞は泣きながら、嬉しそうに微笑んでいる。
同じ髪色をした二つの影が、静かに重なり合った。
『ロイド』――あれは、なんだ……?
(これは――とんでもないことが起こってるんじゃないのか?)
急速に血の気が引いていくのを感じた。
◇
翌朝、目を覚ますと隣でロイドが眠っていた。
本人曰く、スリープモードという状態らしい。
彼の綺麗な髪にそっと触れ、その唇に軽いキスを落とす。
なんだか照れくさくて、少しだけ頬が熱くなった。
素肌の上に彼のオーバーサイズなシャツを羽織り、丸テーブルの椅子に腰かけて、いつも通り煙草に火をつけた。
ふうっと紫煙を吐き出す。
「おはよう」
目を覚ましたロイドが、ベッドから起きてきた。
そして、いつものように尋ねてくる。
「コーヒー、飲む?」
「飲む」
ロイドは私の姿を確認すると、不思議そうに首を傾けた。
「……なんで俺のシャツ着てるの?」
「なんとなく……」
少し頬を赤くして答えると、ロイドは私の顔を覗き込んで揶揄うように聞いてきた。
「もしかして、それも『憧れ』だった?」
「……っもう!」
気恥ずかしさに思わず目を逸らす。
ロイドは、そんな私の頬に優しく手を添えて自分の方を向かせた。
そして、静かに唇を重ねてきた。
――とても、幸せな朝だった。




