13 見つけた
俺は、アンが残していった書類を見つめたまま、固まっていた。
『独身税免除申請書』と、それに添えられた『医師の診断書』。
そこに記された残酷な文字。
妊娠――困難
そして、去り際のアンの涙。
『機能だけあったって……!子供は出来ないんだよっ!!』
彼女の叫びと涙が頭から離れず、俺はしばらくの間、動くことさえできなかった。
もしかして……俺は……彼女を傷つけたのか……?
ハッと我に返り、玄関へ向かう。
彼女のハイヒールが転がっている。
玄関にあるはずのサンダルがない。
見回すと、お気に入りのコートもハンガーに掛けられたままだった。
俺はアンのコートを引っ掴み、表へ飛び出した。
今日は、やけに人が多い。
まずは、アンと出会ったあの裏路地に向かってみた。
――いない。
一体、どこへ行ったんだ?
サンダル履きで、コートさえ着ずに……こんな寒さじゃ風邪をひいてしまう。
胸の奥が不快にざわつき、焦りが急激に広がっていく。
自分の中のGPSを開く。
移動する彼女の反応を頼りに、夢中で後を追う。
やがて、彼女の位置を示す光がピタリと止まった。
俺は急いでその場所へと走った。
たどり着いたのは、いつもの大通りだった。
今日は歩行者天国になっていて、中央の交差点が巨大な広場のようになっている。
広場の中心には、小さな光を無数に纏った巨大な木のオブジェがそびえ立っていた。
――クリスマスツリー。
見上げれば、街中が眩いほどの光で彩られている。
そうか――今日は、クリスマスイブだ。
光り輝くイルミネーションを見つめていると、頭の中にアンの声が静かに響いた。
『昔から、憧れてたことがあるの』
『夢だよ、夢。恥ずかしい少女の夢』
ふと周りを見渡せば、広場は行き交う人波でごった返していた。
こんなに人が多いと、GPSで位置が分かっていても、彼女の姿を見つけられない。
押し合いへし合いで移動するのも一苦労なのに、誰もが嬉しそうな笑顔でツリーを見上げている。
『イルミネーションが輝く中でさ、一緒にいた恋人と少し喧嘩して、はぐれちゃうの。周りには仲良さそうな家族やカップルがたくさん歩いてて』
俺は必死で人混みを掻き分け、アンの姿を探した。
俺と同じ髪色をした、小柄な彼女。
愛おしい、俺の大切な女性。
『私は彼を見つけられなくて、泣きたくなるの』
そう語っていた時の、どこか甘やかにうっとりとしたアンの横顔が鮮明に浮かぶ。
あの時――アンは、そのあと何て言っていたっけ?
『……すると、息を切らした彼が私を見つけて、ギュッと抱きしめてくれるの』
ぜいぜいと喘ぐような呼吸の中、ふと視線を上げる。
クリスマスツリーの眩い光の向こう側で、泣き出しそうな顔でツリーを見上げるアンの姿があった。
(あぁ、見つけた。俺の大切な――)
息を切らせたまま、ゆっくりと彼女に近づく……。
すぐ目前まで歩み寄ったとき、アンが俺に気づいた。
彼女は嬉しそうに目元をほころばせ、同時にぽろぽろと涙を溢れさせた。
俺はそっと彼女を引き寄せ、抱きしめた。
「……見つけたよ」
アンは俺の背中にゆっくり手を回し、強く抱きしめ返してくれた。
◇
その夜。
俺たちは初めて、同じベッドに入った。
これまで、こういう行為は種を残すための、ただの『繁殖』という機能に過ぎないと思っていた。
けれど、違った。
もっと、近づきたい。
もっと、触れたい。
もっと、深く感じたい。
ずっと、そばにいたい。
求める理由は、ただそれだけだった。




