12 すれ違い
「ただいまー」
玄関でヒールとコートを脱ぎ、疲れた体をひきずるようにリビングへ入った。
ソファーへドカッと腰を下ろし、背もたれに頭を預けた。
すると、ロイドが上から覗き込んできた。
「……おかえり」
ん?
視線が合わない。
どこかロイドの様子がおかしい。
「ロイド? どうしたの?」
そう尋ねると、ロイドはしばらく迷うようなそぶりを見せたあと、意を決したように言った。
「アンは……結婚するの?」
思いもよらない言葉に、ガバッと起き上がった。
「は!? 何で? そんな訳ないじゃない!」
「でも……指輪、もらってたよね」
「え……?」
「今日は『早く帰れるかも』って言ってたから、会社まで迎えに行ったんだ」
「あ……」
「アンが誰かとカフェに行って……話までは聞こえなかったけど、外から見てたら、指輪を受け取ったアンが……顔を赤くして、呼吸も荒くなってて……」
「あれは……っ」
なんとなく、今の私たちの間に過去の話なんて関係ないと思いたかった。
だから今まで、元カレである延原君との出来事はロイドに何も説明していなかった。
余計なことを話して、今の二人の関係が変わってしまうのが怖かったのだ。
「彼は……延原君はね――」
「俺じゃあ……ダメなのか?」
「ロイド?」
「俺が、アンドロイドだから駄目なのか!?」
ロイドは視線を泳がせ、頭を抱え込んだ。
「俺……何言ってるんだ! くそっ、なんだよ!これはっ……!」
「ロイド、落ち着いて。何でもいいから……今考えてること、言ってみて?」
宥めようとした瞬間、いきなりソファーに押し倒された。
(えっ……?)
「俺はっ!アンをあいつに取られたくない!俺だって! 俺だって戸籍は無いけど……子供も作れるんだ!!」
(子供……?まさか、不認可になった――生殖機能?)
私は、必死に叫ぶロイドを見つめた。
自分の不完全さを突きつけられたようで、ポロポロと涙が溢れてきた。
そんな私を見て、ロイドの動きがピタリと止まった。
「あ……アン、ご……ごめん……」
私は掠れた声を振り絞った。
「機能だけあったって……! 子供は出来ないんだよっ!!」
私はロイドの胸を全力で押し返し、鞄の中から取り出した『申請書』を叩きつけるように投げつけた。
そして何も持たず、家を飛び出した。
◇
朝、アンは嬉しそうに言っていた。
「今日は早く帰れると思うから、帰ったら少しお出かけしよ」
そう笑って、仕事へ向かったのだ。
夕方になり、少しでも早く彼女に会いたくなって、俺は会社まで迎えに行った。
すると、以前買い物中に遭遇したあの男が、アンの腕を掴んでいるのが見えた。
二人は近くのカフェに入り、男がアンに小さな箱を差し出した。
指輪を見たアンの顔は熱を帯び、呼吸が乱れていた。
距離があり、瞳孔の変化までは観察できなかったから、感情までは読み取れなかった。
けれど――。
男性が女性に指輪を渡す。
これは、人間社会における『プロポーズ』だ。
そう確信した瞬間――
これまでに経験したことのない異常事態が体内で発生した。
内部冷却機能が追いつかず呼吸が乱れ、全身の駆動系が硬直する。
瞳孔が勝手に拡大し、頭部が熱を帯びて内部から激しいエラー音が響く。
「何だ……? 何なんだ、これは……」
混乱したまま家に帰り、落ち着こうとリビングの隅にうずくまっていた。
だが、帰ってきたアンと話をするうちに、自分でも制御不能になった感情が爆発してしまった。
アンの流した涙を見て、ハッと我に返る。
アンは俺に何か紙束を投げつけ、そのまま飛び出していってしまった。
取り残された部屋で、俺は投げつけられた書類を拾い上げ、ゆっくりと広げた。
『独身税免除申請書』
そして、それに添付された医師の診断書。
妊娠――困難




