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異能探偵  作者: discordance
第三章
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25

「その通りだよ、犯人はあっしだ」

 不敵に微笑みながら、〈ガダラ・マダラ〉の司会進行役たる我王区民明はそう明かした。

 予想だにしなかった告白に、主張の強いカラコンで盛られた超野茉茶の丸い両眼がぎょろりと押し開かれた。

「そんな。嘘、嘘よ、嘘でしょ」

 顔の作りは全く違うが、彼女の表情は、数日前の春霧空を思い起こさせるに充分だった。少女も驚いていた。兄と慕う青年に向けられた、素っ頓狂な質問に唖然としていた。

「民明さん、嘘でしょ」

「さあ、どうかな。警察には正直に打ち明けたが、前々から気に喰わなかったんだ。芸能人面した青二才どもや、数字に取り憑かれたスタッフ連中の身勝手なやり口がね。昇格した元チーフDの彼なんて、ラジオパーソナリティーの話もあったんだろ? 一体何やりたいんだか」

 壱八がぶつけた紋切り型の質問に、中堅芸人は愚弄するような返答をよこしたが、いかに横柄な態度だろうと、答えを返したことに変わりはない。後はいつも通り、額の傷痕に意識を集めて相手の心を読むだけだ。

 今までと大きく異なるのは、回答者が壱八の質問を否定しなかったことだ。それどころか、犯人は自分だとさえ言ってのけた。

 我王区の答えは、読心能力の骨子を反転させたのだ。壱八が確実に解読できるのは、口頭での発言と心の内側の相違なのだから、我王区の心理解読は、従来の読心結果と反対に考えなければならない。

 彼の心理に亀裂が現れたなら、それは証言と内心との喰い違いを意味する。自分は犯人である、の逆。取りも直さず、事件の犯人ではないことになる。逆に亀裂を見出すことができなかった場合、自白は真実となる。

 亀裂がなければ事件は解決する。だが、亀裂が現れたときは。

「これで満足かい? こんなしょうもないやり取りで、あっしを捕まえるつもりかな」

「嘘だよね、ねえ、民明さん」

 程なくして、我王区の心理を壱八の能力が完全に捉えた。

 ここにいる尊大な男とは打って変わって、しっかり真顔で応じてくれた大賀飛駆と春霧空。内心笑っていたのかもしれないが、そんな感情までは読み取れないし、そうしたいとも思わなかった。

 あの日の夕暮れ刻、人気のない児童公園で、二人は共に犯人であることを否定した。壱八は各々の心を読み、それが事実であることを見て取った。

 二人とも事件の犯人ではなかった。アリバイに一部偽証があったが、犯人でない以上、そこに拘る理由もなかった。

 それから一週間と一日後、壱八は占い師の付き添いとして、またしても極東テレビに来ていた。残る面会相手は、かの特番でも議長を務めた中堅芸人、我王区民明ただ独り。

 ある意味、壱八は追い詰められていた。他に容疑者はいないのだ。正確にはもう一人、アシスタント超野茉茶も数え入れるべきなのだろうが、番組との関連が元々稀薄な彼女に、どれだけ嫌疑をかけられるのか。

 我王区から犯人の心理を見出すことができなければ、壱八の計画は振り出しに戻る。事実上の頓挫と言ってもいい。将門による容疑者の選出に、そもそも問題があったことになる。容疑者圏を更に広げる必要があるが、果たしてどこまで広げればいいのか。壱八には見当もつかない。

 将門の捜査も暗礁に乗り上げるだろう。しかし、それは壱八とは関係ないことだ。マンションの階段から突き落とされた恨みは残るが、致し方ない。ケガの功名で手に入れた能力を使い、自らの手で捕まえることにこそ意味があるのだから。

 鼓動に合わせて額がズキズキ痛んだ。いつもの倍は痛い気がする。昨日の益体もない念動実験が祟ったか?

 酩酊犯罪。

 脳裏に将門の指摘がフラッシュバックする。

 頭がクラクラしそうだ。こっちが酩酊していては世話がない。

 ディオニュソス的犯罪。

 将門の声が頭を打ちつける。

 こんなはずじゃなかった。こんなはずでは。

 いや、これでいいんだ。これで万事うまくいく。

 昨日の今頃は、そんな大船に乗ったような気分だったのに。ボールペンで書いた字は、それこそ酔っ払いの筆跡だったが。

 今やすっかり船酔いだ。


 一日前の同時刻。大賀飛駆らとの面会から一週間後。

 マネージャーを通して我王区民明本人との面会を取りつけた将門の報せを受け、壱八は揚々たる心持ちでスマホを置き、テーブルの上に転がる黒のボールペンを指で抓み上げた。

 将門からの電話連絡が来たのは、面会の前日だった。面会といっても、今回与えられた時間は、テレビ番組の撮影を終えてからラジオの収録に向かうまでの僅かな休憩時間のみ。相当タイトなスケジュールだった。場所は例の如く極東テレビ。これも一つの因縁か。

 最早どうやって交渉したのかという疑問すら出てこない。結果こそ凡て。壱八の思想にも一脈通じるものがある。成果主義とはそういうものだ。

 その日、壱八は配達にも行かず、座布団に重い腰を落ち着けたまま、念動によってボールペンを浮遊させ、開いた大学ノートに文字を書く離れ業に挑戦していたところだった。眼に見える額の傷は皮膚の新陳代謝機能で消えかかっていたが、異能力使用時の疼き具合は、傷を負った当初とさほど変わっていない。異能は健在だった。

 それにしても、下らない能力だと自分でも思う。手を触れずにノートに字を書いても、実生活では何の役にも立たない。曲芸扱いされ、物好き連中のまばらな拍手を浴びるのが関の山だ。事実、ノートに描かれた念動による筆跡は、類人猿に書かせたほうがまだましなほどの、文字でも図形でもない、単なる薄い曲線の集合に過ぎなかった。ボールペンの試し書き以下だ。複雑で細かい文章など書けようはずもなかった。アンテナのように掲げた右腕が、気負いに力んで血管を浮き立たせる様は滑稽ですらあった。

 額の疼痛は、徐々に本腰を据えた頭痛へ変わろうとしていた。相変わらず、異能力の使用時間は延びてくれなかった。自らに課した筆記の使命をあっさり放棄し、壱八は脈に合わせて痛む前頭部を両の掌で押さえた。

 こんなことに頭を酷使する必要もあるまい。明日は大事な仕事を、我王区民明との面会を控えているのだ。占い師円筒将門が眼をつけた五人の〈ガダラ・マダラ〉関係者のうち、壱八の読心を被っていないのは我王区ただ独り。プロデューサー南枳実は既に故人で、後の三人はいずれもその心理を覗き見ている。

 チーフディレクター渕崎柾騎、番組キャスト大賀飛駆及び春霧空。彼ら三名は、〈ガダラ・マダラ〉連続殺人事件の犯人ではなかった。将門の読みが当たっていれば、残る司会者にクロの心理結果が現れるだろう。読心による犯人当ては、ほんの一週間で最終局面に突入していた。

 反面、そう楽観視してばかりもいられなかった。壱八の読心には、思わぬ落とし穴が存在したのだ。

 先刻の電話で占い師に指摘されたのだが、己の犯行に自分で気づいていない、つまり自分が知らないうちに己が手で犯行を重ねていた場合、相手の意識の表層しか読み取れない壱八の読心能力は、効果がないのではないか。

「その代表例が、酩酊犯罪だというのか」

『ですね。ディオニュソス的犯罪、と言ったほうが衒学的でしょうか』

 泥酔者や錯乱者がその行為に自覚を持たないのは往々にしてありうることで、意識の外にある読心対象の言動は、当然ながら思念の網には掛からない。

 また酩酊犯罪に限らずとも、例えば多重人格者による犯行も、同様の結果を招くだろう。人格Aの犯行を知らない人格Bに質問を向けたとて、Bの思考に虚偽の分裂は現れない。壱八に見破ることができるのは、捏造された意図的な嘘だけなのだ。

 しかし、これまでに発生した四つの殺人が、酩酊者や夢遊病者の犯行とはとても考えられなかった。

 万が一、司会者の内面にも犯人としての心理が見当たらなければ、壱八としても酩酊犯罪の可能性を考慮し、それに応じて調査方法を練り直す必要が生じるだろう。それができるかどうかはともかくとして。

 今はそこまで思いを巡らす必要はない。自分の能力を信じて、全力で我王区民明にぶつかっていくまでだ。細かいことを気にしていては、解読可能な心理さえ読み取れなくなりそうだった。

「俺の質問の解読結果は、言わなくていいんだな? 本当に」

『結構です』

 読心に関するありがたい忠告を授かった一方、独断で行った最後の質問に対する飛駆と空の読心結果は、何一つ将門には明かさなかった。

 怠慢とも卑怯とも取れるやり方に壱八が執心するのと同じく、将門も自身の捜査方針を貫く所存のようだ。向こうが聞きたくないのなら、こちらから無理に教えてやる筋合いはない。どうせ明日の面会で片がつくのだ。我王区民明から犯人の心理を見つけ出し、凡てが終わる。

 壱八はボールペンを放り投げ、畳に寝転がった。それから翌日のアパートを発つ時刻まで、一度たりとも事件に思いを馳せることはなかった。

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