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「異能力と言っても、僕のは大したものじゃないんですよ。ESPカードの図柄を裏返したまま透視したり、消しゴムや乾電池を宙に浮かせたり、その程度です。スタッフの皆さんに頼まれて、カメラの念写実験をやってみたことはありますが」
「それ、わちきも観ました。ポラロイドカメラのやつですよね。写真全体に、光の渦みたいなものが重なって」
そういえば、念写の実験はまだ行っていなかった。そのうち使い捨てカメラでも買って試してみよう。スマホのカメラじゃ無理か。壱八はつらつらと考えた。
「十条教授に言わせると、ああいう光のぶれは故意に作り出すことも可能だそうで」
「でも、ゲストの鑑定家はずっと首を捻っていましたよね。レンズかネガそのものに細工しない限り、あんな光の像はできないって」
言いつつ一歩踏み出した将門の靴先が、カツンと軽い響きを立ててスプーンの断片を捉えた。結構な速さで足許に滑り込んできた卵形の頭部を、壱八は何ということもなしに見つめた。
「カメラには、何の仕掛けもなかったんですよね」
「はい。ですが、やっぱり僕には写真に写った光の正体なんてどうでもよくて。写らないはずの物体がどうかして写真に収まったとしても、それ自体は別に大したことじゃないんですから」
言葉を切り、飛駆は街灯明かりに舞い集う灰色の蛾を、歪んだ眼差しで見上げた。どんなに若手異能者の有望株ともてはやされようが、人間一人にできることなど高が知れている。視線がそう訴えていた。
「飛駆君。君、さっき空ちゃん以外の異能力者には会ったことがないと言ってましたよね」
訴求力のある低い声が、壱八の逸る心を冷たく撫でた。
「はい」
果たして将門は、壱八の異能を二人に打ち明けようというのだろうか。仮にばらされたところで壱八が困るわけではないし、事実を知った両者の反応を窺いたい気持ちもなくはなかったが、将門にしては無鉄砲な言動ではないか。
占い師の思いの先にあるものを、このとき壱八は少しも理解していなかった。
「〈ガダラ・マダラ〉には、呼び名こそ違え歴とした超知覚、超常的異能の持ち主が、君たちの他にあと二人いたはずです。それを考慮すると、さっきの発言はちょっと聞き捨てならないんですよ」
「いえ、それは」
飛駆は即座に否定したが、言葉はそこで止まった。続いて発せられるはずの弁明が出てこない。
そういうことか。相当過剰になっていた自意識を悔い改める必要性を感じ、壱八は心中密かに恥じ入った。将門が注意を促した残る二人とは、既に殺害された霊能系配信者筧要と、黒衣の怪僧塞の神紀世のことだ。壱八の能力を明かすような意図を、将門は毛の先ほども持ち合わせていなかった。
新参エスパーの勝手な思い込みはともかく、占い師は澄みきった視線を青年の青褪めた相貌に注ぎ、尋問に相応しい冷厳な口調で、
「担当するコーナーは違っても、同じ番組のキャストですもの、塞の神や筧とは何度も顔を合わせていますよね。現にわちきが朱良ちゃんとそこの彼を連れてスタジオ観覧に行ったときも、君は塞の神と共演していました。それでもなお、君は自分たち二人以外の異能力者には会ったことがないと」
言質は取ったと言わんばかりに、将門の表情は溌剌と明るい。
「それは、塞の神さんと筧さんは異能とは別の能力を持っているという意味です。お二人の能力を否定してるわけではなくて」
「言葉の定義に逃げようとしてません? 怪しいですね」
半陰陽一流のカマかけが炸裂した。こういう舌戦になると、将門は本当に生き生きし始める。
対する飛駆は返す言葉もなく、己の靴先に眼を落とすのみ。滑らかに下がった肩のラインが、頼りなげに揺れた。
「わちきはですね、彼らの名誉を貶めようというのではないんですよ。事実を知りたいだけですので」
大袈裟に髪を掻き上げ、将門は続けて、
「飛駆君、正直に言ってください。塞の神紀世と筧要は、本物の能力者ではなかった。彼らはペテン師だったんですね」
壱八は黙して語らぬ青年を射るように見つめ、今日何度目かの読心を実行した。
顔を上げ、飛駆は観念した面持ちで正面から将門を見据えると、小さく頷いて、
「筧さんは、楽屋入りのとき、手品の仕込みみたいな、道具の詰まった大きなバッグを持ち込んでいました。僕が見た限り、毎回そうでした。僕のいないときも、多分、そうだったんじゃないかと」
「筧要の霊能は、要するに手品の如きトリックありきの代物だったと?」
「……多分」
「なるほど。彼お得意の霊視もセラピューティック・タッチも、全部フェイクだったということでしょうか」
「はい。僕にはそうとしか」覇気のない声を振り絞るようにして、飛駆は言った。
壱八は彼の中に肯定の心理を見た。青年は筧要のインチキを確信しているようだ。にしても、占い師風情の山師にフェイク呼ばわりされるとは、さぞや筧も虚言者の陥る地獄の層で、歯噛みと地団駄踏みを繰り返していることだろう。
「空と一緒にスタジオにお邪魔して、塞の神さんの神威を間近に見学したとき、客席にいた知らない男性が、こっそり舞台上の塞の神さんにサインを送っていたんです。それを見た塞の神さんが動くと、実際に神威が発現するという感じで。スタジオにいた他の方々は、気づいていないようでしたけど」
「サクラが紛れ込んでいたと」
「実はその客席にいた方を、収録直前の控え室で見かけていたんです」
「塞の神と打ち合わせでもしてたんですかね」
「いえ、塞の神さんではなくて」飛駆は一呼吸置いてから、意を決したように続けて、「渕崎さんです」
「あのボールドヘッド」将門は柳眉を逆立てた。「やっぱりあいつも連中のイカサマ芝居に一枚噛んでいたわけですね。どうせそんなことだろうとは思っていましたが、何でしょうこの予定調和。意外性なさすぎて拍子抜けです」
占い師は隣の少女にも同様の質問をした。殺害された二人がペテン師だったのか否か。
合図に従い、相手の心理を読む壱八。青年と同じ返答をした空の心に、虚実による亀裂は現れなかった。
それにしても、将門の質問は意図が不明瞭だ。目撃証言により、筧も塞の神も何ら超常的能力を有していないのははっきりしたが、その事実が自身の推理にいかなる進展をもたらすのだろう。しがない連絡係から嘘発見器に役割を変えた壱八にも、そこは依然謎のままだった。とはいえ、敢えてその内面を読み取りたいとも思わない。占い師の雑談や思惑は、壱八には本当にどうでもよかった。
犯人は君か?
必要な問いはその一言しかなく、かつ、それだけで充分なのだ。
「わちきからの質問は以上です。ご協力ありがとうございました。あと、そこの壱八君が、他に訊きたいことがあるそうですけど」
馬鹿にしきった顔で、将門が見ている。見放したような眼つきが冷たく壱八に突き刺さる。
飛駆と空は、そんな様子を不思議そうに見比べていた。
「すぐ済むと思いますけど、なるべく手短にお願いしますね、時短探偵さん」
「何だよそれ」
「カンニングのほうが良かったですか」
ファスト探偵と大差ない呼び名だが、時間短縮なのは間違いない。カンニング呼ばわりに比べたら、かなりまともな気がしないでもなかった。
緊張で硬直した壱八の顔は、しかし程なく決意の形相に変わった。こうなったら腹を括るしかない。十代の若者に罵られようとも、嘲り笑われようとも、あの問いだけが唯一の武器なのだ。
占い師よりも早く犯人を見つけ出すためには、今もどこかでのうのうと暮らしているであろう犯人を一敗地に塗れさせるには、恥を忍んであの質問を口にするしかない。他に選択肢はないのだ。
「〈ガダラ・マダラ〉の関係者を、殺し続ける犯人は」
恥も外聞も関係ない。理性は捨てた。そう考えると、急に気分が軽くなった。
時短でも何でもいい。好きに呼ぶがいい。知性を犠牲にしてでも、俺は真実を手に入れてみせる。
「犯人は、飛駆君、君なのか?」




