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異能探偵  作者: discordance
第三章
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26

 息せき切って控え室前の廊下に姿を現した金ラメ入りスーツの我王区民明は、奇妙なことに例の特番で書記を務めた超野茉茶を引き連れていた。

「何でいるんだ、あの娘」

「付き合ってるんですよ、今。あの二人」

 廊下の壁から背を離し、将門は興味なげに声を洩らした。

 全くの初耳だが、どうやらこの二人、十日ほど前に報道各位向けのファックスにて交際宣言をしていたらしく、爾来、仕事に追われ様々な現場へ行き来する我王区には、彼女が公然と同伴するのだという。何でも、急速に二人が仲を深めたのは、スタジオでの毒殺事件発生時、塞の神の異変におろおろするばかりの中堅芸人を眼にした彼女が、見た目とのギャップにカワイイと思ったのがきっかけだとか。本業だったアイドル声優の肩書を捨て、所属していた芸能プロダクションも辞めて、超野茉茶は我王区との大恋愛を満喫しているとのことだった。

「殺人現場で恋に落ちたなんて話、聞いたこともないが」

「吊り橋効果と同様の心理が働いたんですかね。ま、ただの徒花で終わるかもですけど」

 いずれにせよ、自称霊能者と自称神威の使い手の死が、何の異能力も持たない男女を結びつけたのだから、世の中は全くもって不可解だ。

「お、君たちだな。あっしに話があるってのは」

 特番の際の弱腰な態度とは似ても似つかぬ高圧的な口調で言うと、我王区民明はネクタイの結び目を気怠そうに緩めた。身動きのたびに乱反射するスーツ表面の細かいラメが、着用者の品位を判りやすく示していた。

 隣の新恋人にも憚らず、占い師の豊満な肢体を好色な眼で一渡り眺めやった我王区は、

「すまんが、ゆっくり話を聞いている暇はないんだ。どうか手短に頼むよ」

 受け取った名刺を手に、さっさと自分に宛がわれた控え室のドアを開けた。金スーツの後を追い、後の三人も続々と室内に向かう。

 愛しの男性との接触を図る謎の美女に危機感を募らせたのか、頭一つ上にある相手の美貌を不自然に艶めくカラコンの瞳で警戒気味に見上げると、超野茉茶はオーバーサイズの黄色いトレーナーを揺らして我王区の横に立ち、メイク用の鏡面前で椅子に寛ぐ彼の四角い顔を、新品の脂取り紙で甲斐甲斐しく拭い始めた。

「いつも悪いね茉ちゃん」

「いえいえ」

 二人とも、特番のときとキャラが違う。我王区民明は唯我独尊とばかりに伸び伸びしているし、超野茉茶は若者言葉をすっかり封印して貞淑な女性を演じている。いや、これがお互いの素なのだろう。

 並大抵でない居心地の悪さに、将門と並んで中央のアームチェアに腰を下ろした壱八が白壁に当てどなく視線を彷徨わせていると、仰々しいノック音に続いて若い男女が数人、恐る恐るといった体で入ってきた。衣装や風貌からしてスタッフではなさそうだ。最前の番組収録で共演した芸能人の類いか。

 一同の堅苦しい挨拶を素っ気なくやり過ごした中堅芸人は、全員が退室したのを見計らい、あの事件について訊きたいんだろう、と背後の将門に声をかけた。

「ええ。質問を始めてもよろしいですか」

「構わんよ。茉ちゃん、これお願い」

 質問者に背を向けたまま、我王区は脱いだ上着をぞんざいに掲げた。茉茶が受け取り、肩口に付着した埃を丹念に取り除き始める。幼妻気取りが早くも板についていた。

「それぞれの事件における我王区さんのアリバイを、話していただけますか」

 人前でも平然と私服に着替えながら、我王区は他人事のような口振りで自らのアリバイを語った。

 ラジオ局のスタジオ、居酒屋、深夜営業のゴルフ練習場と場所はまちまちだが、塞の神を除く三件の殺人発生時、彼はいずれも別の場所にいて、局のスタッフや店の従業員もその事実を裏づけているとのことだった。

 とはいえ、我王区にだけ読心術を施さないわけにもいかない。席を外してさりげなく鏡の前に立ち、壱八は将門の合図に従い心理を解読した。

 チーフディレクターも青年も少女も、連続殺人の犯人ではなかった。残る容疑者は、この傲岸な中堅芸人しかいないのだ。

 だが、相手の思考に亀裂は見当たらなかった。我王区民明のアリバイ証言は、どれも真実だった。

 嫌な予感がした。相手の心を読み取った壱八のほうが、却って己の心理に過る不吉な影を感じた。

 将門が容疑者と睨んだ他の三人が自身の犯行を否認し、その証言に偽りがないことは確認済み。三人がシロであるなら、最後の質問に対する我王区の反応は明らかにクロとなるはずだが、アリバイが証明された流れからすると、最終的な我王区の反応も、シロになるのではないか。

 事態は確実に、壱八の思惑から遠い彼方へ逸脱しつつあった。

 互い違いに腕と脚を組んで椅子に踏ん反った占い師が、怒ったような眼で壱八を見ている。心理解読後のサインを待ち侘びていたのだ。僅かな逡巡の後、やむなく肯定のサインを出す。それを見た将門が声も立てず満足げに微笑むのを、不愉快な思いで見やった。

 将門とて、アリバイの立証を快くは思っていないだろう。容疑者四人のアリバイ証言のうち、偽証と断言できるのは筧要殺害時の飛駆と十条教授殺害時の空だけだ。彼らの一人あるいは両方に犯人の烙印を捺すことも、今の段階ではまず不可能だし、今後も無理だろう。我王区のアリバイが確実なものなら、四人のいずれかを犯人とする将門の読み自体に、誤謬があったことになる。

 何故だか自信ありげな将門から眼を逸らし、壱八は編み目の粗いセーターに袖を通す我王区を鏡越しに眺めた。

 相貌、言動、風格、気配。連続殺人犯たる証拠は、相手のどこからも滲み出ていない。だが、他者の視線に晒されない内面はどうか。今となってはその一点に、一縷の望みを託すしかなかった。

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