第4章・淡い結びつき
「なになになに? ヨキとじぃって知り合い?」
雛子が二人の顔を見比べながら尋ねる。
「おうよ。拳で語り合った仲だ。のう?」
”じぃ”と呼ばれた老人は夜季に向かって拳を突き出すが、夜季はショックの表情のまま動かない。
「あ、あの〜……」
代わりに、凛が口を開く。
「初めまして。リンと言います。彼は、ユーシです。」
夕紫は「よろしく」と言い……はしなかったが、頭を下げる。
「おう、よろしゅう。そっちのリンとやら、おなごかと思うとったら男だったんか」
「ええ……男です」
「ねえ、じぃ。リンってキレイだよねー」
雛子が凛の後ろ髪をいじりながら笑う。
「本当にのぉ。女装してもおかしゅうないな」
「いえ、あの……僕、そっちの趣味は……」
凛が苦笑していると、ようやく夜季が正気に戻った。
「あ、あんたがスーコのじいさんってことは……もしかして、その髪……」
「その通り。ワシも生まれつき白髪だ」
再び煙管を加えて、”じぃ”はこともなげに言う。
「も〜、じぃったら。未成年者の前でタバコ吸っちゃダメっていってるでしょ〜!」
「おう。スマン、スマン」
雛子に咎められ、灰を皿に落とす。
「若いころは大変だったのう。周りからは気味悪がられてな。ひどいコンプレックスだったが、今では……」
「今じゃ、あたしもじぃも気にしてないもんね」
二人は肩を寄せ合って笑う。
「……ついでに、色々気にしなさ過ぎるような……」
「なんか言った? ヨキ」
「いや、別に。……それより、映画の話はどうすんだ?」
聞きたいことは後回しにして、夜季は本題を促す。おそらく、早く話を済ませてこの場を立ち去りたいのだろう。
「そうそう。まずは、コレ見て」
「どれだ?」
雛子は畳の上に散乱した本の海を指さす。
「コレ。この、新しいやつ」
その本は、周囲の古ぼけた本や書類とは異なって、比較的新しいきれいなカバーに包まれていた。
「それ、『神の唄う街』?」
読書家の凛が声を上げる。確かにその本は、老若男女を問わず人気の高い小説・『神の唄う街』であった。
「そう、それ。この本の作者、誰か知ってる?」
「唖倉浪才……先生だよね」
凛が答えたとき、今まで黙っていた夕紫が口を開く。
「あぐらろうさい……あさうら……」
「なんだって? ユーシ」
夜季が聞き返そうとすると、突然”じぃ”が高らかに笑いだした。
「ハッハッハ! なんだ、もう気付いたんか」
「あ? なんのことだ?」
夜季が怪訝な顔をしていると、今度は凛が閃いた。
「あ、そうか! なるほど……」
夜季一人だけがわからない。
「おい、なんなんだよ……」
「教えてあげよっか?」
雛子が優越感たっぷりの表情で夜季の脇腹をつつく。
「うるせぇ。自分で考える」
夜季は雛子の手をどけながら言うが、今一つピンとこない。
「ヒントをやろう。ワシの本名は朝浦 義朗だ」
”じぃ”がそう告げた時、ようやく理解した。
「えっと、つまり……”あさうら ぎろう”って名前のアルファベット入れ替えると……」
「そう。”あぐら ろうさい”だ。つまり、阿倉浪才とはワシのことであり、その本はワシが書いたものだ」
「へー……って、ええっ!?」
夜季は改めて驚く。それはそうだろう。文学に興味の無い自分でも知っているほど著名な小説家が、目の前の老人と同一人物だと言われても急には納得できない。
「ホントだよー。あたし、じぃが原稿書いてるの見たことあるもん」
誇らしげに雛子が胸を張る。
「マジかよ……」
「まァ、それは置いといて、と。映画のことだったのう」
”じぃ”が強引に話を戻し、雛子が説明する。
「この小説・『神の唄う街』を映画化したいの。高校時代の思い出に」
「……」
「前々から、じぃの小説を映画にしたらおもしろいだろうなーって思っててさ。そんで、高校生活最後の文化祭でやっちゃおうかな……って」
「留年すりゃあ来年にもできるぞ」
夜季がぶっきらぼうに言い捨てると、雛子はふくれっ面になる。
「今年やりたいの! ね、手伝ってよ〜」
……正直に言って、この時の雛子の説明は今一つ不十分だ。しかし、今この時点で雛子が話せるのはここまでなのであった……
「僕はいいよ」
やはり、最初に賛同したのは凛であった。
「唖倉浪才先生とつながりが出来て、光栄です」
「お〜い……リン……」
夜季はうんざりした声を出す。どうせなにを言っても無駄だと知りながら。
「光栄、か。嬉しいことを言うてくれるのう。……そっちの、ユーシとやらはどうだ?」
視線を向けると、夕紫は無言で凛の肩に手を置いた。
「賛成、らしいね」
凛が言うと、今度は夜季に視線が集まる。
「ねぇ、ヨキ……」
「オレはやらねーぞ! 映画も小説も興味ないからな!」
流れを振り切るように声を荒くする。
「もう用はない。オレは帰るからな」
「ヨキ!」
襖をあけて廊下に出ようとする。その背中に、”じぃ”がボソっと声を投げる。
「また、逃げるんか」
「あぁ?」
夜季は立ち止まり、不機嫌をあらわにして”じぃ”を睨みつける。
「昨日の野球と同じだ。少しだけ手を出しといて、自分が満足できないと思ったらすぐに逃げる。それでいいんか?」
「……なにが言いてぇんだよ」
「ここまで来たら最後まで付き合えっちゅうことだ。それに……」
「それに?」
”じぃ”は腕を組み、顎をあげて見下すように言う。
「昨日あれだけコケにされて、このままでいいんかぁ?」
「ぐっ……」
この一言が効いた。トラウマにまでなりかけたのだから、昨日の出来事を持ち出されると弱い。
「このままずっと、ずーーっと負けっぱなしでも……」
「うっせぇ! わかったよ! オレも協力してやる。だが、ジジィ。お前には絶対いつかやり返してやるからな! 覚悟してろよ」
勢いよくまくし立てて、夜季は背を向ける。
「明日の土曜日、午後1時にまたここで打ち合わせだからねー!」
後ろから飛んでくる雛子の声を聞きながら、夜季は拳をにぎりしめて帰って行った。




