第5章・飽きる少年・訛る少女
半ば強制的に雛子に協力することになった日の夜。夜季は自宅の電話で、凛から連絡を受けた。
「明日の一時、僕はちょっと遅くなるからユーシと二人で先に行ってて。それと、僕達の他に協力してくれそうな人がいたら声を掛けといてってスーコさんが言ってたよ」
電話を切り、夜季はフっとため息をつく。
「ったく、リンは人付き合いが良すぎるんだよなぁ……結局オレまで巻き込まれちまった」
夜季は中学時代、「不良」の肩書を背負っていた。同じような仲間たちと群れて行動し、ケンカやタバコもしょっちゅうだった。しかし、高校に上がると同時にそれらのグループを離れた。
理由は「飽きた」からである。元々なにか理由や目的があってつっぱっていたわけでもない。ことあるごとに一々大人に反発するのも面倒だし、わざと見せびらかしながら吸うタバコも美味いとは感じられなかった。
不良グループをやめたと言っても、当然マジメになるわけではない。気に入らないものは徹底的に嫌う性格は変わらないし、授業もよくサボる。ただ、2年の冬、ほんの気まぐれに少しだけマジメに勉強に取り組んでみた時期があった。それは本当にただの気まぐれだったのだが、その時一緒に勉強を手伝ってくれたのが凛と夕紫だった。
「もしよかったら、昼休みに生徒会室に来ない? 僕たち、いつもそこでお昼食べてるんだ」
勉強を教える合間に、凛がそう誘った。それからすぐに夜季の中で勉強のブームは過ぎ去ったが、三人の関係は今も続いている。
「他に手伝ってくれそうなやつ? そんな暇なやつが他にいるかってんだ」
ふてくされるようにベッドに寝転んだ夜季は、あるハッキリとした確信を持っていた。
「ジジィに煽られて参加するとは言ったが、俺は飽きっぽいっからな……どうせすぐにやめるに決まってる」
そのまま、夜季は眠りについた。
翌日。朝浦家の二階に雛子、”じぃ”、夜季、夕紫が集まっている。
「リンは遅くなるって言ってたぞ」
夜季がそう伝えると、雛子が聞き返す。
「遅くなるって? なんで?」
「電話で」
「連絡手段じゃなくて! 理由を聞いてるの〜!」
「ハッハッハ! そう来たか、ヨキ」
雛子がむくれると、”じぃ”が高笑いをした。
「お前さんにも、冗談を言うぐらいの知恵はあったんだなぁ」
「あ? どーゆー意味だ」
「褒めたつもりだ」
褒めるのと馬鹿にするのを同時にやっている。
「リンが来ないかぁ……アンタ達の中で一番マトモなのに……」
雛子がつぶやくと、夜季はますます不機嫌になる。
「俺もやっぱり帰ろうかな」
「あーん! 冗談だってば〜! 帰らないでよ〜」
「カハハ! おもしろいのぅ、お前らは」
……ただ一人、夕紫だけが静かだった。
ふと、”じぃ”が窓の外を見ると、ある人物が道の向こうからこちらに向かってくるのが見えた。
「おい、ありゃあリンじゃないか?」
「え、どこどこ?」
雛子も窓から首を出してその人物を見つける。
「本当だ。おーい! リン……が二人いるー!?」
「なんだよ、うるせぇな!」
突然の大声に夜季が驚き、雛子を手で押しのけて窓をのぞく。
「ん? あれは……なんだ、リンの妹じゃねーか」
「え、リンって妹いたの?」
再び雛子が窓の外を見ようとして、全身で夜季を押しのけようとする。
「もう一回よく見せろ〜!」
「うわっ!? ど、どいてやるから、そんなにひっつくな!」
背伸びした雛子の白い髪が、夜季の鼻孔をわずかにくすぐる。
「んー? ヨキ、ちぃっと顔が赤うなっとらんか?」
”じぃ”はニヤニヤと笑ってからかい、夕紫は凛と妹を迎えに下へ降りて行った。
「ジジィ、なんか言ったか?」
「いーや、なんにも」
わざと険しい表情をつくるが、”じぃ”は相変わらずニヤけたままだ。
やがて、夕紫が二人を連れて戻ってきた。
「おはようございます。唖倉先生。キャストに使えるんじゃないかと思って、妹を連れてきました」
紹介された少女は、艶のある滑らかなロングヘアー、白く透き通るような肌、上品に整った顔立ち等、凛とよく似ていた。しかし、全体の雰囲気は兄のそれよりも「硬い」印象だった。
「西条 壬織、高校2年です。よろしくお願いします」
しとやかでありながら、よく通る声だ。
「壬織は小学校の時から演劇が好きなんです。今回の映画に役立てるかなと……」
「いい〜! この子、てっげないい〜!」
突然、雛子が叫んだ。
「て、てげな……?」
「とても、とかスゴク、という意味だ。スーコは時々方言がでるぞ。ワシの影響でな」
呑気に解説する”じぃ”をよそに、雛子のテンションは高まる。
「いいなぁ、こん子もてげキレイ〜! 羨ましすぎるよあの黒髪〜! リンが女の子になったらこげな感じんなるっちゃあ……この子も映画参加してくりゃっと? 使える! 使えるよこの子! ヒロイン決定!」
「は、はぁ……」
妙な勢いに壬織は気押されている。
「スーコ、落ち着け。とりあえず落ち着いて標準語に戻れ」
「リン、ウチにちょーだい! こん子、ちょーだい!」
「キ、キャアッ!?」
夜季のツッコミはむなしく無視され、テンションの上がりきった雛子は壬織に飛びついたのであった……。




