第3章・産声に集う
「とりあえず、座ったら?」
凛が雛子に席を薦める。
「ありがと。えーと……副会長」
「で? 用件はなんなんだよ」
夜季は面倒くさそうに足を投げ出す。先ほどの件もあり、夜季はこの少女のことが苦手になっていた。
「とっとすませてさっさと帰ってくんねーかな」
「なによぉ、エラソーに。……言うわよ」
オホン、と一つ咳払いをし、雛子は続けた。
「文化祭、あるでしょ。11月に」
「ああ、2か月後だな」
「で、あたし、文化祭で映画作って発表しようと思ってんの」
「へえ」
「……で?」
凛は興味深そうに、夜季はどうでもよさそうに答える。
「だから……映画、作るの手伝って?」
「断る」
即答。
「ちょっと、ヨキ! もう少し話を聞こうよ」
凛がたしなめるが、夜季は不愉快な表情を浮かべて雛子に食ってかかる。
「なんでお前が映画を作りたいのかは知らないし、どうでもいい。問題なのは、なんでオレがそんな下らねぇことをしなきゃならねぇのか、ってことだ」
「う……だってぇ……3年生のみんなは今から受験、受験って忙しいじゃん! とりあえず、ヒマそうな人から誘おうかなって……」
「悪かったな。ヒマそうで」
フン、と鼻を鳴らしてそっぽ向く。
「朝浦さん」
「ん? なに?」
声をかけたのは凛だ。
「僕でよければ、手伝うけど」
「ホント!?」
「お、おいっ! リン!? お前も受験生だろうが」
驚いた夜季が聞き返す。
「勉強は時間をかければいいってものじゃないからね。それに、今年で高校生活最後なんだから、こういう行事は大切にしたいよ」
「さっすが副会長〜。だよね? 行事大切だよね! なのにウチの学校、文化祭まで地味で詰まんないんだもん。あたし達の手で盛り上げなきゃ!」
雛子はニッコリと笑みを浮かべて凛の手を握る。他の女子が見ていたら嫉妬されそうな光景だ。
「勝手にしやがれってんだ」
夜季はますます不機嫌そうに顔を渋くする。
「ちなみに、なんで映画を作ろうって思ったの?」
凛がそう聞くと、雛子は少し考え込んだ。
「んー……ちょっと説明しづらいかな……ある人に会ってくれたらわかりやすいんだけど……」
「ある人?」
「そ。よかったら、今日の放課後、会いに来てくれる? みんなで」
「オレはやらねぇっつってるだろうが!」
夜季が雛子を睨んで怒鳴りつける。
「僕はいいよ。ユーシは?」
凛がきくと、夕紫は無言でうなずいた。
「ヨキ。話を聞くぐらいならいいんじゃないの? 今日は他に用事ないよね」
「おねがいっ! 今日一緒に恥かいた仲じゃん!」
「いや、恥って……」
夜季は反論したかったが、凛と夕紫が行くとなった手前、少々分が悪い。
「……話、聞くだけだからな」
「うん! じゃ、放課後ね。それと、あたしのことはスーコって呼んで。フレンドリィにね」
(なにがフレンドリィだよ……馴れ馴れしい)
そして放課後。夜季・凛・夕紫の3人は雛子の後に続いて校門を出た。
「そう言えばヨキ。昨日の野球、どうだった?」
「野球……オレ、途中で抜けたからなぁ。気分が悪くなって」
「……機嫌が、だろう」
ボソっと夕紫がツッコミを入れる。夜季の性格を知っていれば、この程度の推理(?)は夕紫がにとってた易い。
「まあ、ムカツク野郎が一人いてよ。……いや、一番ムカツくのはその後のジジイ……」
後半は独り言になっている。
「えー? なに? 何の話?」
雛子が振り返って話に入ってくる。
「お前には関係ねーよ」
と、夜季は言い捨てたが、実は非常に関係があったのである……。
20分程歩いたとき、目的の場所についた。
「ここ、あたしの家。ここの2階にその人がいるから」
住宅街から少し離れたところに、その家はあった。雛子に続いて夜季達はその中に入って行く。
「近代的なリビングって感じだね。けっこう広いし」
凛が感想を言うと、雛子はいたずらっぽく笑う。
「一階はね。二階はスゴイことになってるよ」
階段を上ると、そこはまるで江戸時代の民家のようだった。黒ずんだ板張りの廊下、黄ばみかかってところどころ穴のあいた障子、そして、薄く香るタバコの匂い。匂いの発信源と思われる部屋の前で、雛子は3人を振り返る。
「ここに、その人物がいます。さあ、ご対面〜」
ガラっと勢いよく襖を開け、中の人物に向かって声をかける。
「じぃ! 仲間、連れてきたよ〜」
雛子に続いて部屋に入った夜季は、背筋にいやな汗をかいた。
本や書類が散乱した部屋の中央に、胡坐をかいて座っていたのは、ヨレヨレの和服に身を包んだ白髪の老人――
「あああ! てめー、昨日のジジイ!」
驚いた夜季が叫ぶと、老人は咥えていた煙管を口から離してニヤリと笑った。
「ほう、お前さんか。奇妙な縁があるもんだな」
老人の口から洩れるタバコの煙が、夜季には地獄の瘴気のように感じられた……。




