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第2章・少女と二人の優等生

 翌日。県立鶺鴒(せきれい)高校・三年A組の教室にて。


 時刻は十一時半。受験に向けて教師の話に集中する生徒が多数の中、夜季は堂々と居眠りをしていた。夜季は高校卒業後は実家の商売を手伝うことになっており、受験はしない。誰にも邪魔されず、机に顔を伏して呑気に夢を見ていた。しかし、その夢はあまり良い夢ではなかった……。

 



 夜季の夢の中――昨日の老人が、ミルクを持って迫ってくる。

 

『ほらほら、坊や? ミルクの時間だぞ?』


 夜季は逃げようとするが、足がうまく動かせない。夢の中の夜季は、赤ん坊の姿になっていた。老人がすぐ目の前にまで迫って来る。


『や、やめろ……やめろぉ! 来るなっ来るな! やめろやめろやめろ……』


「やめろぉっ!」


 自分の声で目を覚ました夜季は、自分が突然起き上がって周囲の注目を浴びていることに気づいた。


「あーその、君ねぇ。授業中に……」


 今年転勤してきたばかりの中年教師が嫌味たらしく声をかけてくる。夜季がきまり悪くなり、


「……わかったよ。出ていきゃいいんだろうが」


 と言おうとした瞬間――


「ごめんなさいっ! 木崎先生!」


 夜季のすぐ目の前の席の少女が、大きな声を上げた。


 この少女がこの物語のヒロイン――朝浦雛子(あさうら すうこ)である。雛子は、ある外見的特徴のせいで非常に目立つ存在だった。


 それは、『生まれつき髪が白い』という事。


 病気ではなく、ただ色が白いというだけである。雛子曰く、祖父の遺伝ということらしい。持ち前の明るく前向きな性格のおかげで、クラス内では特に嫌われているわけではないが、やはり近付き違い存在になっている。


 その雛子が立ち上がり、教師に深々と頭を下げる。


「ええっと、その、授業中に早弁、じゃなくて早飲み? は違うなぁ……早……ドリンク?  をしてたのは悪いことだと分かってます。けど、今日は残暑が厳しくて蒸し暑いし、喉が乾いちゃうと授業に集中できないから……」

 

「……いや、朝浦君……」


 中年教師があっ気に取られている。周りの生徒もクスクスと笑いだした。


(こいつ……もしかして自分が叱られたと思ってんのか? ってか、すぐ後ろの俺に全く気付いてねぇのかよ……)


 夜季が拍子抜けていると、ようやく雛子も気が付いたのか、キョロキョロとあたりを見回して後ろを向き、同じく立っていた夜季と目が合う。


「……あっ…」

 

 三年間同じ学校にいながら、夜季は雛子の顔をちゃんと見たことがない。いや、夜季に限らず、大半の生徒は白髪を意識して、あまり雛子の顔を見ないようにしているのだ。


(こいつ……結構整った顔立ちしてんな……)


 一瞬、夜季がそう思った時、教師が口を挟んだ。


「えー……もうわかったから、授業を続けてもいいかな?」

 

「あ、ハイ。すみません、先生」


 雛子がもう一度頭を下げて席に着く。


(……ま、コイツの天然のおかげで恥が軽減したな)


 夜季も座りかけたが、ふと気になって雛子の机の上を見た。そこにあったのは、飲みかけの……あの子供向けのミルク瓶だった。

 

(いい加減にしろぉぉぉぉっ!)


 今度は口には出さなかった。が、代わりに夜季自身が教室を飛び出していった。


 


「うっかり条件反射で逃げちまった……。そこまでトラウマになってんのか?」


 教室を飛び出した夜季は、生徒会室の長机の上に寝そべってブツブツとつぶやいていた。この学校の校風は一言で言うと「ゆるい」。大概のクラブ活動や委員会は生徒の自主性に任されており、かぎの管理も甘い。


 特に生徒会に至っては、学校一有名な不良生徒が会長になっており、しかもその本人は現在障害事件で停学中である。そのためこの生徒会室はほぼ出入り自由の状態になっており、夜季はいつも昼休みをここですごすことにしている。


「なんでよりによって牛乳なんか飲んでるんだよ……あいつは」


 なおもつぶやいていると、授業終了のチャイムが鳴った。同時に、廊下を歩く生徒達の声が聞こえてくる。


「やっと終わったか」


 夜季が体を起こすと、ドアが開いて二人の男子生徒が入ってきた。


「あれ、ヨキ早いね。またサボったの?」


 そう言ったのは、生徒会・「副」会長の西条 凛(さいじょう りん)である。


 メガネをかけ、眼鼻のすっきりとした顔立ち。瑞々しい白肌。一つに束ねて腰まで伸ばした漆黒の後ろ髪……男子の制服を着ていなければ、女性のようにも見える。(実際に、よく女の子に間違えられる)。その丁寧な物腰と中性的な外見が女子からの高い人気を呼び、FCまであるという。


「一応、途中までは授業出てたぞ」


「ハハハ。最後までちゃんと聞かなきゃ」


 女性がため息をついて憧れるほど艶のある髪をなびかせ、凛は空いている席に着く。そしてもう一人、凛と一緒に入ってきたのだが先ほどから一言もしゃべらない男子がいる。


「ユーシ、ドア閉めてくれる?」


 ユーシ、と呼ばれたこの無表情な少年が、伊波 夕紫(いなみ ゆうし)である。無表情に加えて無口・無愛想と三拍子を兼ねた物静かな男だ。しかしながら、試験を受けさせればあらゆる科目でトップとなる高い頭脳の持ち主でもあった。


 夜季、凛、夕紫。この3人はあるきっかけで仲良くなり、昼休みにはこの生徒会室に集まるようにしている。


「ユーシ……? おい、どうしたんだ?」


 ドアを開け放したまま廊下の奥を見つめる夕紫に、夜季が声をかける。夕紫は、目線を固定したまま薄く口を開く。


「……朝浦スーコ……」


「え?」


 凛が聞き返すや否や、バタバタと走ってくる足音が廊下の奥から響き、見間違えようのない白い頭が飛び込んできた。


「み、み、み、見っつけたぁ!」


 息を切らし、顔を上気させる雛子が夜季を見据える。


「な、なんだよ、お前……なんか用か?」


「ハァ、ハァ、も、もちろん……用があるから来たのよ」


 この時の雛子の用件が、どんな意味を持っていたのか。夜季が真相を知るのは、ずっと後のことになるのであった……。

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