第10章・謎多き血筋
――毎日、目を覚ますのが楽しみになっていた。今日もまたツグミに会える。仲間たちと笑い合うことが出来る。そんな思いが、太一を動かしていた。
「おはよう、ツグミ、隆二」
「おはよー、タイチ」
敬語を使う癖もすっかり直り、本格的にメンバーとしての意識が高まってきた。
「あれ? 隆二、いつものバンダナは?」
チームリーダー・隆二のトレードマークである派手なバンダナを、今日は巻いていなかった。
「ん、ああ。あれは……昨日、ちょっと汚しちまってなぁ。洗ってんだ」
「お前、あのバンダナ丸1年ぐらい洗ってないだろ」
仲間の一人が野次を飛ばす。
「うっそ。隆二アンタ、そんな汚いもん頭に被ってたの?」
ツグミが顔をしかめる。
「んなわけねーだろ! せいぜい……1か月ぐらいだ。洗ってないのは」
「それでもキタねーよ!」
部屋中に笑い声が響く。そんな中、太一は気付いた。隆二の日に焼けた頬に、不自然なアザができていることに――
バタン。という音で、夜季は目を覚ました。
「ん……んん……?」
一瞬、どこにいるのかわからなかった。うっすらと開いた眼には、見慣れない天井があった。いつもの自分の部屋ではない。
「どこだ、ここ……」
むくりと上半身を起こそうとすると、体の上に乗っていた何かが床に落ちた。それは例の『神の唄う街』だった。
「あ、オレ、寝ちまったのか……?」
ようやく、状況を把握した。夜季は朝浦家の一階にあるリビングのソファーで読書をはじめ、そのまま眠ってしまったのだ。
「あー! ヨキ、おはよ〜」
隣のキッチンに続くドアが開き、雛子が入ってきた。それと同時に、独特の香ばしいにおいが漂ってくる。
「今、何時だ?」
「もう8時過ぎだよ。みんなはもうとっくに帰っちゃってる」
「そうか。じゃあ、オレも帰るかな」
と言って夜季が立ち上がると、キッチンから別の人影が入ってきた。
「ついでに、メシぐらい食ろうていけ」
言うまでもなく、”じぃ”である。
「ヨキの家の人には、リンが電話しておくってさ。遅くなるかもしれないから、食事はよそで済ませるって」
「……そんな手間かけるなら、帰るついでにオレを起こしてくれればよかったのによ……」
「それじゃあ面白くなかろう」
”じぃ”にとっては、常識や倫理よりも「面白さ」が優先なのである。
「とりあえず、ゴハン食べよ。今日はカレーだかんね」
仕方なく、夜季は二人とともに食卓に着く。
「コレ、お前がつくったのか?」
「そーだよ。言っとくけど、レトルトじゃないからね」
ボリュームのあるカレーに、サラダの組み合わせ。典型的な家庭料理の一例だ。
「お……けっこう美味い」
「でしょ〜?」
雛子が得意げに胸を張る。ちなみに、夜季と”じぃ”にはお茶が出されたが、雛子はいつものミルクである。
「ま、人んちでメシ食わせてもろうて、まずいとは言えんわのぅ。もっともそれを抜きにしてもスーコのメシは美味いがな」
いちいち余計な一言を加えないと褒められない性格らしい。
「二人暮らしだからね。あたしが料理担当なの」
「そうか……」
両親は? と聞こうとして、夜季は思いとどまった。あまりプライバシーに踏み込むべきではない、と判断したからである。
しかし、当の本人達から話し始めた。
「スーコの両親……ワシの娘夫婦は隣のS市に住んどる。別に向こうで親子三人暮らしをさせてもよかったんだが……」
「あたしが、自分でじぃと二人暮らしするって決めたの。じぃと一緒だと楽しいもん」
「ふーん……」
深い理由や事情はまったくなかったらしい。夜季は拍子抜けた返事をする。
「ワシにとっても、孫がそばにいてくれるとありがたい。長年住み慣れたこの家を離れるのもいやだったしな」
”じぃ”はあっという間に食事をたいらげ、席を立つ。
「どれ、ワシゃあ風呂に入るからな」
「あー、待って、じぃ。ちゃんとお薬飲んで」
雛子が戸棚から薬の袋を取り出すと、”じぃ”は渋い顔になった。
「どこか悪いのか?」
「いや、大したことはないが……どうも薬は好かんなぁ。こげなもんが本当に人体にいいとかねぇ」
(なに子どもみたいなこと言ってんだよ)
夜季は2杯目を食べながら呆れた視線を送る。
「いーと! ちゃんつ飲まんといつまっでんよーならんとよ〜!」
(方言出てるぞ、方言)
「やれやれ、仕方ないのぉ」
この時ばかりは雛子の方が大人びている。いつもヘラヘラとしている”じぃ”が困っている様子を見て、夜季は密かに笑った。
「ごちそうさま」
「ハイ、どーいたしまして」
”じぃ”が去ったところで、食卓を片づける。
「ねえ、ヨキ」
「なんだ」
食器を下げながら、雛子が話しかける。
「ちょっと面白いこと教えてあげよっか。あのねぇ……あたしのお母さん、つまりじぃの子どもなんだけどね、髪が白くないんだよ」
「あ? どういうことだ」
「んっと……カクセー遺伝ってやつなんだって。この白髪。最初にじぃがこうなって、お母さんはならなくて、次のあたしがこうなったの」
空いている方の手で自分の頭を指さす。
「しかもさ、じぃってハーフなんだよ」
「ハーフ? どこの国と?」
「アメリカの人なんだって、お母さんが。だからあたしにも8分の1ぐらいアメリカの血が流れてるってわけ」
……つくづく、奇妙な一族だ。
「お前がアメリカ……ねぇ」
夜季が疑わしい目で雛子の顔を見る。
「なによ」
「その割には背が低いな、と思っただけだ」
そう言われて、雛子はむっとする。
「アメリカ人だって背が低い人はいるでしょ! それに、たったの8分の1なんだし」
「ハイハイ……」
夜季は適当に話を切り上げ、一つの結論に達した。
(ハーフってのはウソだな。多分。正確な年齢はわからねーが、あのジジィ、60ぐらいだろう)
思わず、小さな笑みが口元に浮かぶ。
(ってことは、ジジィが生まれたのは戦争が終わりかけた頃だろ。……そんな時期に、アメリカ人と日本人が結婚できるわけねーだろーが!)
なぞなぞを解いた子どものように優越感に浸りながら、夜季は荷物を取って朝浦家を後にした。




