第9章・根本的な指摘
――好調。そんな日々が続いた。
「いやー、今日の演奏もバッチシだったわね〜」
「タイチが入ってからいいことづくめだな」
「い、いえ……僕は歌詞を書いただけで……」
太一は頭をかきながら照れ笑いをする。
「ほら、また敬語になってるってば」
ツグミが指摘する。
「あ、ゴメンなさ……ゴメン。ツグミ」
「アハハハ! 謝る必要はないのによ」
隆二と仲間達が笑った。
「そんじゃ、俺たちは早めに帰らせてもらうぜ」
「うん、おつかれー」
楽屋には、太一とツグミだけが残った。
「タイチ。今から何か予定ある?」
「ううん、なにも」
「よかったらさ、買い物付き合ってくれない?」
「え?」
太一の動悸が激しくなった。
「いい?」
「あ……うん」
「ありがとう。なんか、デートみたいだね。」
みたい、ではなくて本当のデートならもっとよかったのに。太一はそう思った。
太一の生活は順風満帆に回っていた――
「というわけで、活動は順風マンタンであります!」
「順風満帆、だな。それを言うなら」
放課後の朝浦家。雛子が”じぃ”に今日の出来事を報告している。
「それにしても、大半が女子とはなぁ。さすがモテる男は違うわい」
「い、いえ……ユーシや壬織も一緒だったから……」
「ヨキが一緒だったら逆効果だったかもね」
雛子がからかうように言うが、夜季は無視する。
「んで、とりあえずまだ他に人が集まるかもしれないから、先に脚本を作ろうかなって思うんだけど」
「ちょっと待てや、スーコ」
夜季の指摘が入る。
「お前、脚本もなしに配役とか決めようとしてたのか?」
「うん。基本的に原作そのまんまだし。わざわざ新しく脚本作る必要もないかなーって」
「映画やお芝居をする時には、やっぱり脚本がないと……」
壬織がおずおずと口をはさむ。
「全部のシーンを入れるのも難しいしね。どの場面を省くか、というのも考えないと」
凛がそう言うと、雛子は怪訝な表情になる。
「ええー? あたし、原作を丸ごと映画にしようと思ってんのに〜」
「2か月しか期間がねえんだからムリだろ」
「うぅ〜……わかった」
「まぁ、その辺も含めて脚本考えようか」
渋る雛子を凛がなだめる。
「おれは原作読んでねーから参加しないぞ」
夜季がそう言うと、誰かに肩を叩かれた。……振り向かなくてもわかる。”じぃ”だ。
「そーか、まだ読んどらんかったか。そんじゃあ宿題だ」
例の本を押しつける。
「今日中に全て読み終われ。その気になりゃあ2時間もかからん」
「あぁ? めんどくせえよ、そんなの」
夜季が本を畳の上に落とす。すると、”じぃ”が眉をひそめ、夜季に鼻息がかかるほど顔を近付けた。
「ワシがやれと言うたらやれ。お前さんは常になにかやらせておかんと、スグに飽きてどこかに行ってしまいそうなタイプだからのぅ。」
「くっ……顔近づけんなよ、ジジィ」
夜季は口で反抗しつつも、”じぃ”の有無を言わせぬ迫力に圧倒されていた。決して荒い声ではないが、どこか従わざるをえないような口ぶりだ。
「わかったよ。読めばいいんだろ!」
本を拾い、逃げるように”じぃ”から離れる。
「ったくよぉ……」
仕方なくページを繰り出すと、またも声がかかる。
「ここで読むな。作業しとるやつらに迷惑だからな。下のリビングで読んどけ」
「いちいちうるせぇな」
文句を言いながらも、夜季は素直に従って部屋を出た。朝浦家の人間には逆らうだけ無駄だと悟ったようである。
(――そういえば)
ふと、夜季は思った。
(この家、スーコとジジィ以外に人が住んでんのか? 全然気配がねぇけど……)
気になって玄関の靴箱を調べてみるが、雛子と”じぃ”の履物と思われるものしか見つからなかった。
(祖父と孫の二人暮らしかよ……スーコがやたらと甘えたがりなのはそのせいか?)
天井を見つめ、しばしの間その向こうにいる雛子のことを想う。しかし、すぐにその考えを振り切り、ソファーに寝転んで本を開く。
「その気になれば2時間もかからねえ、か。俺なら3時間ぐらいかかるかもな……って、最終的に何時になるんだよ、読み終わるの……」
ブツブツとつぶやきながら、とりあえず読み始めた。
一方そのころ、2階の脚本製作チームはというと……
「ねー、じぃ? このタイチのお母さんが作った歌ってさぁ……歌詞が途中までしか書いてないけど、最後まで考えてあるの?」
「んー……知ってどうする気だ?」
「これさ、ラストシーンで歌う場面があるじゃん。その時に実際に歌ってみたらおもしろいかなぁーって思うんだけど」
雛子はノートにメモを取りながら提案する。
「うーん、雰囲気を作るのにはいいかもしれないけど」
「人前で歌った経験はあんまり……」
壬織が自信なさそうに言う。
「ミオちゃんって声がいいからさ。歌もイケると思うんだよね」
「まあ確かに、壬織は音楽の成績もいいけど」
「ちょっと、兄さん……」
慌てて兄の口をふさごうとするが、避けられた。
「というよりも、お前ら兄妹は苦手な教科とかあるんか? ユーシもな」
「あっユーシ……そういえばいたんだ」
”じぃ”のこのセリフで、雛子が夕紫の存在を改めて認識した。
「いたんだって……ずっと一緒にいたんだけど」
「全然しゃべらないから気付かなかった。ねぇユーシ、何してんの?」
見ると夕紫は、雛子が途中まで書いた脚本を書き直している。
「どっか間違えてる?」
雛子がノートを覗き込みながら聞くと、夕紫はわずかに口を開いた。
「……漢字ぐらい使え」
雛子の書いた脚本は、ほとんどが平仮名で書かれているのであった……。




