第11章・過去からの干渉
夜季が朝浦家を出たころ、時を同じくして西条家では凛がシャワーを浴びていた。
「ふぅ。髪が長いと手入れが大変だな」
凛自身はもっと髪を短くしたいのだが、ファンの女子たちからの強い要望に応えて伸ばしているのだ。強く押されると断れない性分なのである。
「とりあえず脚本はできたけど……。引き受けてくれるかなぁ……ヨキ」
湯船につかり、体を休めながらも脳は回転している。
「当然、キャストとして画面にでることは一番嫌がるだろうけど、かと言ってこの仕事もどうかな……?」
凛は、ある作業を夜季に任せたいと思っていた。問題は、それを本人が引き受けてくれるかどうか、である。
「とにかく明日、頼んでみるしかないか……」
窓から外を見ると、夜空には鏡のような月が浮かんでいた。
同じころ、月を見上げていた男がもう一人。夕紫である。
「ん〜……夕紫、いつ帰ってきたの……」
伊波家の台所のスミから、淀んだ声が聞こえる。
「あんた、帰ってきたらただいま、ぐらい言いなさいよ……」
と、その女性は言うが、言ったところで聞こえはしないだろう。泥酔して眠り込んでいた母親には。
「頭イタイ……」
ヨロヨロと立ち上がり、テーブルの上の迎え酒に手を出す。
「酒の苦しみは、酒で消すのが一番ね」
夕紫はこの間、なにもしゃべらずに窓から月を見ていた。やがて、チーンと電気的な音が響き、夕紫はレンジからレトルト食品を取り出す。
伊波家は、夕紫と母親の二人暮らしである。父親は夕紫が3歳の時に離婚しており、当時6歳の姉とともに本州の実家に残った。
「あの男……この間死んだんだって」
書かれた文章を読み上げる様に母親がつぶやく。この間、と言うが、父親が亡くなったのはもう6年も前のことである。それ以来、母は口癖のようにこの言葉を繰り返している。
「バカな男だよね。からだ弱いのに働き過ぎて死ぬなんてさぁ……」
夕紫は黙って食事をする。
「ゆうしぃ、あんたはあんな男にならないでよね。あんたは頭がいいんだから、ヒック。誰にも、バカにされない、ヒック。立派な、男になりなさい……」
そのまま、テーブルに伏して再び眠り込んでしまった。
夕紫は、何も言わなかった。言えなかった。
翌日の昼休み。夜季は凛からある提案を受けた。
「美術係?」
「そう。ヨキにお願いしたいんだ」
生徒会室。いつもの顔ぶれである。
「スーコさんの提案で、映画のラストシーンを少し工夫することにしたんだ。最後のライブの場面は録画を流すんじゃなくて、実際にステージの上でやろうって」
「……また面倒なアイデア出しやがったな」
「なによ〜。その方がおもしろいでしょ?」
雛子が言い返すが、夜季は無視する。
「で、それがどう関係するんだ?」
「小説読んでもらえばわかるけど、この最後のライブって、室内じゃなくて夜の草原でやってるんだよね」
「ん、ああ。そうだった……な」
夜季はあやふやな反応を示す。昨日帰宅した後に続きを読んだのだが、半分眠りながら読んでいたため内容があまり頭に残っていない。
「それで、雰囲気を出すためにステージの背景として草原の絵を描いてほしいんだ」
以上が、凛の提案である。無論、この役を夜季に頼んだのには理由がある。
「ヨキって、絵を描くのが得意だったよね」
そう。なにごともすぐに飽きてしまう夜季だが、絵、特に風景画を描くことは得意だった。
「そりゃあ、まあ……絵を描くのは嫌いじゃねえけどよ……」
「んじゃ、別にいーじゃん。決定ね」
雛子が例のノートを取り出してメモを取ろうとする。それに気付き、夜季は慌てて声を挙げた。
「ま、待て! もう少し考えさせろ」
「え?」
ペンを持つ雛子の手が止まる。
「どしたの?」
「いいから。まだ決めるな」
そう言って夜季は立ち上がり、ドアを開ける。
「ヨキ、どこに……」
凛が声をかけるが、夜季は構わず外に出た。
(ったく、人数が増えれば仕事もなくなって、すんなり抜けられると思ったのによ。ジジィにやり返すのは別にいつでもできるし、これ以上協力するなんてダリィんだよ……。なんとか理由つけて断ってやる)
そう思いながら、職員室の前を通りかかった時、中から出て来た一人の生徒と目が合った。
威嚇するように染められた金髪、肩耳だけにあるピアス穴、平均よりも太めのガッシリとした体格。いずれも、夜季の知っているある人物と一致していた。
「暮越……」
「おう、ヨキ。久しぶりだな」
暮越 和真。夜季と同じ3年生で、知らぬ人のいないほど有名な不良でありながら鶺鴒高校の生徒会長でもある男だ。
「謹慎、解けたのか」
「おうよ。3か月ぶりの登校だぜ。もっとも、本格的に授業に出れるのは明日からだけどよ」
暮越は3か月前に他校生とケンカし、相手に怪我を負わせて謹慎処分を受けていた。今日がその最終日だったらしい。
「ところでよぉ、ヨキ」
身長は夜季よりもわずかに低いが、体格のせいで威圧感がある。
「ちょいとウワサに聞いたことがあるんだけどよ。確認したいから、話いいか?」
「……ああ」
そして、二人は屋上へ向かった……。




