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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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15/19

世界崩壊の始まり15

 辺りを見渡してみても、上空を見上げようとも、青空には白い雲が浮かび上がるだけで、ピンクや黄色の蛍光色の服を着た金髪少年も、銀色首なしの化け物もどこにもいない。

 一体なんだったんだろうか、ひょっとしたらこれは全て夢で、目を覚ましたら見慣れた天井がそこにあって、いつもの通り妹が勝手に部屋に入ってきて、アクロバティックに起こしに来て……―――なんてオチではないのだろうか。


「中山田くん」


「は、はい?」


 そんな願望であり、希望でもあった、僕の妄想は、龍音寺のひやっとするクールな声で一蹴される。

 気持ちの良い風が龍音寺の方向から吹いてくる。ああ、良い香りだ。


「二人きりになったことだし……どうする?」


 どうするも、こうするも、じゃあそれならああしたい、……じゃなくて。


「どうする、じゃねーよ。いい加減話せよ」


 首なし海パンマッチョの化け物。

 それを創りあげ、従える、僕らより少し歳の若く見える少年。

 プリモと呼ばれた異様な姿をした鬼畜な幼女。

 龍音寺の不思議な能力。

 そして、僕の記憶を消した理由。

 出来ればこんな奇想天外な事は一切聞きたくもない。聞くだけ信じられるわけがないし、信じられるわけがない。まだUFOを見たといった方が信憑性があるというもんだ。

 だが。だが、しかし。僕は見てしまった。

 非現実な存在の存在を知ってしまった。

 龍音寺麗羅。彼女の存在はあまりにも非凡過ぎて、非現実過ぎた。

 このまま謎は謎のままにしておいた方が、これからの僕の平凡ライフに支障を来たしそうなものだし、何事も無かったように忘れてしまえば良いのかもしれない。でもだからといってあれほどの衝撃を無かったことにする事は、今更もう出来ない。

 もちろん忘れたくないわけじゃない、一瞬にして忘れる事が出来るというのであれば忘れたいとも思う。ただ、僕はもう、忘れることができない。

 この先の将来、どれだけ平凡中の平凡的な人生を歩んだとしても、上がり下がりしない脈絡のない色あせた日常を送ることになったとしても、非現実で非凡すぎる思い出がいつまでも僕の記憶を蝕んでいくだろう。時がいつの間にか水に流してくれる、だなんて何の当てにもならない。それならいっそのことある程度踏み込んでしまったほうがすっきりするかもしれない。

 それに、こんな事を思うのは非常に胸糞悪くなってくるけど、長年の謎を解き明かす瞬間に立ち会う心境とはこんな感じじゃないだろうか。

 そうだ。今、僕は、自分でも驚くほど『非現実を知りたがっている』。


「……わかった。それじゃあ、後はよろしく頼むわ」


 そう一言告げると、龍音寺は僕の横を通り過ぎ入り口の方へと歩きだす。

 ちょっと待ってくれ、何がそれじゃあで、いつの間に一体何を頼まれたんだ。

 横を通り過ぎていった龍音寺の肩をつかもうとした瞬間。目の前に人影が現れる。


「お待ちください、中山田様」


 龍音寺の肩に触れようとした瞬間、どこからともなく現れたのは、白髪オールバックの執事のような格好をした初老の男性。うちの学校にこんな品のある顔をしたおっさんはいただろうか。


「いきなり現れてしまい驚かせて申し訳ありません。私は『爺や』と申します」


「……『爺や』?」


「はい。お嬢様から中山田様に説明をするように任されましたので、現れた次第でございます。以後お見知りおきを」


 そう言ってからにっこりと笑顔を見せる。なんとも品格のあるダンディスマイルなんだろうか。


「説明を任されたってことは、あなたは龍音寺の知り合いか何かなんですか」


「知り合いではありません、使役されている者です」


 そう言ってまた輝かんばかりのダンディスマイルを見せる。やばい、何かきらきらした星が出ているような気がする。僕も歳を取ったらこんなに渋くてカッコいいスマイルを表情に出すことができるのだろうか。

 と、まあそれは何十年後かの楽しみに取っておくとして。

 使役されている者、というのは一体どういうことだろうか。召使いみたいな感じだろうか。

 確かに格好は、執事が身につけるような黒いベストに黒いパンツ、赤い蝶ネクタイ。いかにもすぎるような感じがしないでもないが、本人がそういうんだからそうなんだろう。

 ふと、気づくと龍音寺の姿が見えなくなっていた。あれだけ存在感があるのに、いなくなる時は一瞬で消えてしまったかのように去っていってしまう。


「それじゃあ、爺やさん」


「爺や、で構いませんよ、中山田様」


「……えーっとじゃあ、爺や。僕も様付けで呼ばれるような奴じゃないんで止めてください」


 驚くほど礼儀正しさを感じる老紳士。少し窮屈に感じるだけで、気分が悪くなるほどでもないが、様付けで呼ばれるなんてなんだか居心地の悪い気分になる。


「かしこまりました、それではなんと呼ぶのが好ましいでしょうか」


「特にこれといったあだ名とかもあるわけじゃないし、様付け以外なら」


「ほう……わかりました、それでは『龍くん』と呼ばせて」


「断るっ!」


「左様ですか、ならば中山田さんと呼ばせて頂きましょうか」


「ああ、それで頼む」


 他人行儀な呼び方から、色々とすっ飛ばしてマイフレンドな呼び方にされるところだった。ダンディズム恐るべし。いかにダンディスマイルを何度向けられようとも、その呼ばれ方を男に呼ばれるのはさすがに虫唾が走る。


「それでは、本題に移りましょうか。中山田さん、私で答えられることであればなんなりと聞いてください」


「それじゃあ、龍音寺……あいつは、一体何者なんだ」

 

 色々と聞きたいことは山ほどあるが、この質問が一番核心に近い質問だろう。

 異様なほど人を魅了させる美少女『龍音寺麗羅』。電撃的に榊原西高校に入学したかと思えば、あっという間に学校のマドンナ的な存在へとのし上がる。発言することは少なく、基本的には無口で無表情。特に目立った動きをするわけでもなく、ひっそりと学校生活を送っている彼女のことを、まるで天から地上に降り立った女神の様に神格化して崇めている奴らもいる。

 僕はもちろん崇めてなどはいないが、彼女の美しさは悔しいが認めざるを得ない。

 だが、中身は最悪。最も悪いと書いて、最悪だ。

 彼女の成分のほとんどは『嘘』と『毒』で占められている。

 『嘘』で人を欺き、『毒』で人を追い払う。タチが悪くあまりにも邪悪で迷惑な成分である。

 だがしかし、どうしてこんな720度位捻くれ曲がってしまった人格が形成されてしまったのか。僕はその理由を知っている。

 偶然にも龍音寺が榊原西高校に転校してくる前日、凄まじく激しいゲリラ豪雨が強襲したその日、屋根のあるバス停で僕は彼女に会い、ちょっとした拍子で、彼女に聞いた話である。いや、聞いてしまった、といった方が的確な表現かもしれない。まるで、ゲリラ豪雨のようにいきなり現れて、自分の事を語り、あっという間に去っていってしまったのだから。

 龍音寺は、父親の仕事の都合上、転勤が多く何度も転校を繰り返した彼女は、去っていく自分の為に流すクラスメイトの涙を申し訳なく感じていた。いや、申し訳ないといってしまえば表現としては生温い。龍音寺は、それを『罪』と呼んでいた。

 父親の仕事の都合とはいえ、勝手に去っていってしまう自分の事をまるで罪人かのように龍音寺は話した。

 『罪』そう感じるまでは、転校があれば新しい環境にもすぐ慣れるように、またクラスメイトとすぐに仲良くなれるように明るく振舞っていた。あれほどの美貌だ、今よりもまだ幼かった時期であったとしても、クラスの人気者になるのにはそう時間がかからなかったという。だからこそ、別れの時がくれば、クラスメイトは別れの悲しみに涙を流すのだろう。別れの苦しみに涙するのだろう。だけどそれに対して、龍音寺はそこまで悲しくない、そこまで辛くない、そんな自分に嫌気が差してしまった。悲しくも、苦しくもなれなくなってしまったのだと僕は思う。何度も何度も転校を繰り返していくうちに、別れというものに対して免疫がついてしまったのだ。それはしょうがない事であるし、誰も悪いとは言えない。

 それを彼女は『罪』という。そんな罪人のために流して良い涙なんてあってはいけない。そう考えた彼女は、思いつく。

 今までの自分を捨てれば良いのだと。

 それから彼女、龍音寺麗羅は、新たな自分を始める。

 『嘘』で人を欺き『毒』で人を追い払う。別れの時が来たとしても、誰も悲しむことはなく、誰も苦しむことなく、誰も涙を流さずに済む。これが一番最善の方法であると、彼女は、分かり易過ぎるほどに『嫌われ者』を演じた。転校を繰り返すたび、徹底的に嫌われ者を演じた。いつしか人格が変わってしまうほどに。

 心根は優しい奴なのかもしれない、そして、神がかり的に不器用でもある。

 とまあここまで考えておいてなんだけども、もちろん。龍音寺の元々の性格が良かったかなんてものは知らないし、今とそこまで変わらなかったのかもしれないし、ひょっとしたらこの話も全て嘘なのかもしれない。

 何の確証もないが僕の知ってる龍音寺麗羅はこんなところだ。言うまでもないけど、もうこの時点で充分非現実的な存在だ。


「麗羅お嬢様の事ですか……さて、どこから話しましょう」


 そうつぶやくと、遠くを見るような目に変わる。


「できるだけ簡潔に話してくれると助かります」


 遠くを見るような表情を見て、話がとてつもなく長くなるような気がしたので、お願いする。ほんともう、実は頭がオーバーヒートしそうなんですよ。はい。元々そこまでハイスペックな思考回路は積んではないんですよ。はい。


「それでは、まず私たちの事から話しましょうか。ひょっとすればもうお気づきではないかと思いますが、私達は人間ではありません」


「……へ?」


 やばい、もうこの時点でどこかの思考回路がいかれたかもしれない。爺やは奇天烈な事を平然と言う。一体何を言ってるのだろうかこのダンディマスク紳士は。にっこりと笑う顔が一瞬不気味に思えて、失礼だったかもしれないが、自然と数歩後ずさりしてしまう。


「驚かせて申し訳ありません。そこまで身構えなくて平気ですよ、私は中山田さんに何か危害を加えようなんて事はほんの少しも思っていませんので」


「……じゃあ、あんた何者なんだ?」


 またもにっこりと笑う。というか終始にこやかな笑顔でいるのだけども、先ほどまでのイメージが一瞬で吹っ飛んでしまったかのように、今は顔を見るのすら怖く感じる。

 爺やは、少し間を空けてから、はっきりと自分の正体を告げる。


「悪魔です」


「あ、くま?」


「そう、こんな姿をしてはいますが、私は人間ではなく、お嬢様に使役されている悪魔なのですよ」


 そんな優しそうな声で、そんな事を言われても全く実感が沸かない。どこからどう見ても、目の前にいるのはダンディな白ひげを蓄えている、優しそうな老紳士なのだから。


「……あ、『私たち』ってそういえば言った、よな」


 爺やは『私たち』、そう確かに言っていた。心臓の音が急に高鳴り始める。それは、考えたくないけれど、それはつまり。


「いえ、お嬢様はれっきとした人間ですので、安心してください」


 見透かされたように訂正されて少し恥ずかしくなる。よかった、龍音寺は人間のようだ。

 何が良かったのか、悪かったのかどうかは良いとして、ほっとしてる自分がいることに気づく。まあ、ある意味一番悪魔的な存在ではあるからに、異様なまでに美しい龍音寺が悪魔だと言われても、やっぱりそうだったのか、とか納得してしまっていたかもしれない。


「私たち、というのはもう一人の悪魔『プリモ』のことです。中山田さんも何度か見かけたことはあると思いますが」


 もうひとりの、ああ、あの鬼畜幼女の事か。あれが悪魔というのであればそれ以外に当てはまるものは無いとも言えよう。


「どこかで、僕たちの事を見ていたのか?」


「いえ、私とプリモはお嬢様に使役されている悪魔なので、お嬢様の記憶や感情を中にいる間は、共有することが出来るのですよ」


「中って、身体の中?」


 知らなかった、龍音寺の身体は四次元なポケットだったんだ。


「いえ、身体の中という表現では少し誤りがあります。そうですね、精神体の中で共存しているといえば良いでしょうか」


 精神体の中で共存している、ということはつまり一心同体ってやつだろうか。


「ちなみに記憶や感情を共有することが出来ると言いましたが、全てを共有しているわけではありません。お嬢様が私たちに完全にリンクしている時、つまりお嬢様と精神体で繋がっている時は、ほぼ一心同体ともいえるでしょう。ですがそれはあくまでもお嬢様しだいでありまして、こちらから深いリンクをすることは基本的には出来ません。お嬢様も年頃の女性ですから、個人のプライベートはきちんと尊重しなければというものです」


 深くうなずく爺や。いきなり人間臭い話になり、本当に悪魔なのか疑いたくなる。

 それにしても、龍音寺の身体に龍音寺以外に二人も存在していたとは、いや身体の中ではなく精神体だったっけか。


「……それじゃあ、ひょっとして龍音寺が魔法みたいなのを使えていたのは」 


「ほほう、素晴らしい考察力ですね中山田さん。お察しの通り、普通人間は魔法を使うことは出来ませんが、私達とリンクすることによりお嬢様は魔法を使うことができるのです」


 薄緑色した液状の膜が円を描くようにして、僕達を守っていたバリアを思い出す。確かに、あんな芸当を普通の人間がほいほい使うことが出来てたまるかってなもんだ。


「その、他にも色々と魔法を使うことが出来るのか」


「はい、そこまで大それた魔法を私は使うことは出来ませんが、私の得意とする魔法は、結界、治癒、強化、主にサポートする方面での魔法を得意としています。それに対してプリモの魔法は、火や水や風といった属性の攻撃魔法を主としています。ちなみに先ほどバリアを晴らせてもらったのも私の魔法になります」


「それじゃあ龍音寺は爺やとプリモって奴の魔法を両方使えるって事になるのか」


「はい、左様でございます」


 攻撃魔法も使えて、回復も行えるうえに、バリアも張れるって……そんなのただ単に、最強なだけじゃないか。


「いや、それとも何か、ひょっとしたら龍音寺みたいに魔法が使える奴って他にもゴロゴロいたりするのか」


「いえ、魔法を使えるものはそうそう存在しないかと思います。お嬢様は特別なのですよ」


「特別って……才能とか、血筋とかそんな感じか?」


「いえ、違います。まず、悪魔を使役するのには二つ条件があります。ひとつは魔力を持っていること、二つ目は、ぶれない強靭な精神力」


「魔力を持っていることと、ぶれない強靭な精神力……ってことは、やっぱり魔力が凄いってことなんだろう? 膨大な魔力を持っているとか」


 ということは、やはりそれは才能や血筋によるものとかではないのだろうか。それかもしくは、過酷な修行を耐え抜いた努力の賜物とでも言うのだろうか。


「違います、中山田さん。お嬢様の魔力自体は特に秀でているわけではありません。それに、元々人間が持てる魔力には限界があるので、そこまでの魔力は保有できないのです。また、ほとんどの人間はある程度微量な魔力を持っております。お嬢様が特別というのは、魔力ではなく、凄まじく強靭な精神力そのものです」


 凄まじく強靭な精神力、と言われてみたもののそれが一体どういう意味なのか、良く分からない。精神ってのは、いわゆるひとつの心っていうものだろうか。感情とかそういうものの総称だったりとか。

 普段考えたこともない事にこんがらがっているなか、爺やは構わず話を進める。


「悪魔を使役する上で大切なのは、魔力よりも、精神力の高さが必要になります。魔力は、魔法を使う上で必要な入り口を作るために必要なものでありまして、魔力の量や質は、特に関係はありません。基本的に魔力を消費するのは使役されている悪魔になりますから、人間の魔力は消費されません。それでは、何故強靭な精神力が必要になるかと申し上げますと、悪魔を精神に取り込んだと同時に、使役するものと、使役されるものとの、『個』の対立が始まるからなのです」


「『個』の対立?」


「左様です。何にもぶれる事の無い、そこに強く存在意義を示す一つの『個』が無ければ、あっという間に使役される者、つまり悪魔にに取り込まれ、精神を侵されてしまい、廃人と化します。ですが、その対立にも負けずに、侵されることもなく、使役されるものと繋がり合うことが出来れば、晴れて悪魔を使役する事が可能となります」


「……えっと、それじゃあ、個性の塊みたいな、人の話を全く聞かない、物凄く『我』が強い奴であれば悪魔を使役することが出来るってことか」


「ええ、左様でございますね。そういった認識でも間違いではないかと思います」


 ふーん、そうか個性の塊で、我が道を行くみたいな自己主張が強い奴が悪魔を使役することが出来るわけだ。うん、完璧に僕じゃ無理だ。

 平凡の中の平凡を生きようとしている僕には到底関係の無い話に思える。はち切れんばかりの個性なんてものは僕には存在しない、むしろ存在しては困るというものだ。決まって個性が強い者には何かしらの障害が立ちはだかる。それは時には良い方向に向けば、悪い方向にも向く。

 ある人は前衛的な絵を描くアーティスト。ある人は理解不能な絵を書く変人。

 称えられるか、虐げられるか、そのどちらかでしかない。ちなみにどちらも僕からしては面倒な事この上ない。それならば、特に突出することもなく、平坦で平凡である方がマシというものだ。

 自己主張なんてそんなものは少年の頃にとうに投げ捨てた。流行に流されたり、流されなかったり、その場、その場で状況に合わせて切り替えるような僕に、個性なんてものは存在しないだろう。

 ならば、あいつならどうだ。『嘘』で欺き『毒』で追い払う。他人のために人格を変えてしまうような、そんなはち切れんばかりの個性をむき出しにしているような奴だ。ぴったりと条件に当てはまるのだろう。

 自我が強く、個性が強い、それは精神力の強さでもある、なんとなく理解できたような気もする。でも、すこしだけ府に落ちないような気がしないでもない。



「その、自我が強くて、個性があるからって、悪魔と契約できちゃうものなのか」


「いえ、もちろんそんな事はありません。多少個性が強くても、多少精神力が強くても、大抵の人間は悪魔に乗っ取られ全てを食い尽くされてしまうでしょう。それほど、人間の精神力は儚く、脆いものです」


「それじゃあ、なんで龍音寺は」


「ですから、お嬢様は特別なのですよ。誰にも負けない、人間とは思えないほどの精神力をお持ちです。精神力の強い人間には、決まって確固たる『目的意識』があることです、お嬢様のそれは、尋常じゃないほど固いものです」


「なんとなく分かるような、分からないような微妙な所なんだけどさ、つまり『目的意識』っていうのは何の事を言ってるんだ」


「単純なものでいえば、なにかしたい、どこに行きたい、あれを食べたい、といった目的意識があり、人は行動に移すかと思います。その目的意識のそれをぶれることなく、一心不乱に強く思えば思うほど自身の中にある精神力は強まっていきます。そして、その思いは深ければ深いほど、歪であれば歪であるほど強くなっていきます。たとえば……誰かを殺したい、など」


 一気に温度感が下がった声で、背筋に小さな虫がいっせいに駆け上がったような感覚が襲い掛かる。だが、不思議にも同時に何か悲しいイメージを彷彿させる声でもある。

 そこで僕は、気がついてしまう。


「……聞きたくないけど、それじゃあ龍音寺は」


 あの爺やの表情はそういうことなんだろう。言わなくても、聞かなくても、結果は分かるような気がする。

 誰かを殺そうとしてる。

 殺したいと思っている。僕と歳の変わらない女子高生が、誰かを殺したいほど憎んでいる。それは、悪魔である爺やが、賞賛に値するほどのものであり、それほど龍音寺の『目的意識』が深く、歪で、憎しみに溢れているということなんだろう。

 それがどれほどものなのか、僕には一切計る事はできない。誰かを殺したいほど憎んだことなど、今まで一度も無いのだから、想像することすら困難にも思えた。

 爺やは、問いかけにすぐに応えようとはしなかった。数秒の間を空けてから、またも悲しげな表情を浮かべて、ゆっくりと口を開く。


「……申し訳ありません。それは私の口から語れる話ではないかと思います」


 本当に申し訳なさそうな表情をした爺やは、深々と頭を垂れる。

 龍音寺の事を思ってなのか、もしくは語るにはあまりにも残酷な話であるのか、またはその両方か。

 どちらにしても、これ以上詮索しても爺やは応えるつもりは無いだろうし、僕もそこまで根掘り葉掘り聞き出そうなんて事は考えていない、ただ、龍音寺の根底には、僕の知らない世界がまだいくらでもあるということを改めて思い知らされた。


「顔を上げてくれよ、爺や。爺やだって使役されている身だろうし、分からないけれど何かしら制限なんかもあったりするんだろう。それにそこまで人の過去を掘り下げるようなことをしちゃ、ほら、女子高生のプライベートに関わるって話だったろ、気にしないでくれ」


「ええ、まあ、気にしてはないのですが」


 気にしてないのかよ。

 さっきまでの物凄い申し訳なさそうな表情はどこにいった。にっこりと笑った顔がむかついてしょうがない。この人は、笑顔ひとつでどこまで人の感情を左右させてしまうのだろうか。そういえばよく考えてみれば、基本的に終始笑顔を絶やさないので、ある意味、日常的に無表情な龍音寺と大して変わらない。飼い主に良くに似るといった奴だろうか。いや、この場合は、契約者に良く似るか。


「じゃあ、龍音寺の事はもう良いとして」


 いや、全然良くないんだけど、これ以上龍音寺の事を話していたら、聞けば聞くほど謎が増えていってしまいそうなので、色々と割愛させて頂こう。日が暮れても話が終わる気がしない。

 色々と話を聞きたいこともあるけども、もう一つ気になってしょうがないことがある。


「龍音寺はなんで、僕の記憶を消したんだ?」


 なんというか、ある意味これが一番の疑問点かもしれない。別に思い出せたのだから良いじゃないか、と思いもするが、先ほどの鬼畜幼女の言葉が気にかかる。僕は龍音寺に記憶を消されていたわけだけども(正確には鬼畜幼女によって)、でもそれは龍音寺の事を何らかの形で知ってしまった全ての人が対象であるらしいけど、でも鬼畜幼女は僕だけは特別扱いされている様な事を言っていた。

 『いつもの命令とは違った形』つまり、いつもは龍音寺の事を知ってしまった、もしくは何らしか感じ取ってしまった人の記憶を全て消していた。文字通り、龍音寺に関する全ての記憶を、気持ちをも、跡形もなく消していた。

 だけど、僕は消されていない。龍音寺の黒いパン、いや、黒の奇跡によって思い出す以前も、龍音寺の事はしっかりと覚えていた。昨日の下校する所から、朝起きるまでの記憶以外は全てしっかり覚えていた。龍音寺に関する記憶、思いも全て消されるはずだったのに、僕は『一部分しか』消されていない。


「それも、私の口から語らない方が良い話かと思いますが」


 今度は喋り辛いといった表情ではなく、笑顔のまま答える。


「じゃあ、これも龍音寺に聞いたほうが良いっていうのか」


「いえ、お嬢様は絶対に喋らないでしょう。例え天と地が逆さまになったとしても、女性と男性の性格が逆になったとしても、両足と両手の位置が逆になったところで、その事については口を開くことは無いでしょう」


 例え話が斬新すぎるだろ。もうむしろそこまで色々な現象が起きたら何でも喋ってくれよ。

 


「一体どういう事なんだ爺や。それじゃあ僕は誰に聞いたら良いんだ」


 児童相談所にでも電話したほうが良いのだろうか。クラスメイトに記憶を消された理由を教えて下さい、って。そのまま精神病棟へレッツゴーだよばかやろう。


「鋭い所もあるかと思いましたが、お嬢様の言うとおりでございますね」


 もちろん笑顔のまま表情は変わらないが、少し落胆が混じった様な声を漏らす。


「龍音寺がなんて?」


「『猿に近い脳みそは持っているのだけど、たまにどこかへと置き忘れてしまう』と」


「すでに僕はその進化の過程はとうに過ぎ去っているし、脳みそは生まれた時から常に標準装備しているよっ!」


 ついさっきもこんなやり取りをしたばかりの様な気がする。龍音寺の奴め、爺やにも僕への毒を撒き散らしているのか。たまには僕の事を人間扱いしてほしいもんだ。


「……ですので、中山田さん。ご自身でお気づきになってはいかがですか」


 いかがですか、と言われても。

 やはり、質問すればするほど謎が増えていくだけのような気がする。


「お嬢様は、大変お優しい方です」


 ついさっき、僕、猿扱いされて、脳みそそこらへんに置いて来るって言ってましたよ、あなた。


「不器用な方です。だからこそお優しいのですよ」


 不器用だから優しい。なんだか表現的に間違っているような気がするけど、そのニュアンスは何となく分かる。

 自分の事で、誰かが悲しい思いをしないように、人格が変わるまで悪者を演じてしまうなんて、不器用な優しさにもほどがある。


「それは何となくだけでも分かっているつもりだけどさ、それと僕の事と関係があるのか?」


「お嬢様は、中山田さんを守ろうとしたのですよ」


 龍音寺が僕を守る?




「お嬢様は、中山田さんを出来る限り巻き込みたくなかったのですよ。あなたは、お嬢様と生きる世界が違いすぎる。ですから昨日の襲撃により、中山田さんの存在を知ってしまった可能性を含め、お嬢様はこの屋上にて、自分自身をターゲットにする様におびき寄せていたのですよ」


 だから、今日休みを入れていたのにも関わらず学校に来ていたのか。誰かにバレないように屋上に潜んで、いつでも襲撃があっても対応ができるように。


「生きる世界が違いすぎる面に関して、もちろんそれは、あなただけではなくほとんどの人間にも該当します、お優しいお嬢様はだからこそ、自分の事を知ってしまった者の記憶を消すのです」


「でも、それだったら今までのように、全ての記憶を消した方が良かったんじゃないか? さすがに、同じクラスメイトの記憶を全て消してしまうのはいささか強引すぎるかもしれないけど。今まで、僕と龍音寺が接触してきた記憶だけ消して、クラスメイトとしての龍音寺の記憶だけ残す様に改ざんするとか、出来たんじゃないか?」


 あくまでも憶測に過ぎないけど、記憶を消すことが出来るんだから、記憶を改ざんする事だって出来るんじゃないだろうか。自分で言っててなんだけども、かなり恐ろしいことだけどな。


「はい、中山田さんの仰るような形は取れました。中山田さんがお嬢様の事を、最近転校してきた『ただのクラスメイト』という様な認識の記憶に改ざんする事は出来ます。ですが、お嬢様はあえてその形を取らなかった。そのお気持ちはご理解いただけないでしょうか?」


「……分からない。爺や、申し訳ないけど、はっきり言ってくれよ」


 全く分からない。爺やが言うには、龍音字は僕を巻き込またくないと思っていたという。その巻き込みたくなかったというのは、この魔法や悪魔という非現実的な世界に、という事で間違いないとおもうけども。それじゃあ何故、全ての記憶を消してしまわなかったのだろう。天邪鬼なあいつの事だから、無駄に記憶を残させて、僕の混乱する様を楽しんでいたんじゃないだろうか。

 そんな邪推をしている僕の心を覗き込まれるような感覚を、爺やの視線に感じた。

 爺やは一瞬困った顔をしてから、ゆっくりと口を開く。


「お嬢様は……麗羅お嬢様は、ただ単純に、中山田さんと友人という関係でいたかったのですよ」





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